スパイウィッチとウォーロックの遺児 作:haguruma03
1.
夜の帳が下りた、とある児童福祉施設。
その食堂にて椅子に座った3人の人物がろうそくの明かりに照らされながら雑談していた。
一人は妙齢の女性、残りは二人の少女、ジェイミーとルーガルーであった。
先ほど声をかけてくれた妙齢の女性はイリスと名乗り、彼女の懇意で二人は一夜だけこの施設に泊めてもらえる事になったのだ。
それに加えて、夕飯の残りであるパンとスープをいただき二人で食事をしているところである。
パンは柔らかい白パンで、スープはフランスの家庭料理の定番『ペイザンヌ』
ペイザンヌは玉ねぎや人参、ジャガイモが入った野菜スープであり、野菜の旨味と栄養がたっぷりと入ったそのスープに塩と胡椒で味付けがなされており、優しい味を感じさせる料理である。
その味は、モナコから逃げ出して二週間、凝ったものを食せなかったジェイミーとルーガルーの胃に優しく染み込んでいた。
美味しそうにパンとペイザンヌ・スープを食す二人をイリスは暖かな眼差しで見守り、何故あんな夜道歩く事になったのかを聞いていた。
その質問に対してジェイミーが自らの醜態ゆえの結果のため話ずらそうにしたためルーガルーが事の顛末を語ると、イリスは口に手を当ててたいそう驚いた。
「リヨン駅まで歩くって、ここからパリまで歩くつもりだったのかしら?」
そんなイリスの言葉に、ルーガルーは首をかしげる。
確かに目的地はパリだがそのことは彼女に伝えてはいない。
伝えたのはヴァランス市で立ち往生したためリヨン駅まで歩きそこから電車に乗ろうとした事。
それがなぜここからパリまで歩く事になるのだろうか
「どうしてリヨン駅まで歩くのがパリまで歩く事になるのかイ?」
ルーガルーはパンを頬張りながらイリスに問う。
まるで言葉が通じているのに通じていない不思議な感覚。
それに両者は疑問符を浮かべたが、ふとイリスはルーガルーの勘違いに気がついた。
「ああ!!もしかしてあなたリヨン駅がリヨン市にあると勘違いしているのね」
「ん?違うのかイ?」
「リヨン駅はリヨン市にはなくてパリにあるのよ」
「へァ?」
「リヨン市の駅はペラーシュ駅、パールデュー駅 の二つだけ。よく海外からきた人は勘違いするのよね」
そうイリスは語るとクスクスと笑う。
ガリア人なら誰もが知っている事だが、リヨン市にはリヨン駅はなく、リヨン駅があるのはパリ。
だがそれをよく海外の人間はパリにあるのはパリ駅でありリヨン市にあるのはリヨン駅だと勘違いする。
そのよくある勘違いから、気に食わない海外の男がリヨンまで連れて行ってくれと言ってきたのを聞いて、わざとその男をパリのリヨン駅まで連れて行くという小話があるほどだ。
そんな勘違いをしてしまったルーガルーは少し恥ずかしげに顔を背ける、するとそこには美味しそうにスープを飲むジェイミーの姿がある。
その姿は今の話を聞いても何も動じない様子であり、その様子からルーガルーは気がついた。
「ねぇリベリアンもどき…君もしかして此方が話していた時に、此方の間違いに気がついていたナ?」
ルーガルーからの問いにジェイミーは少し口角を上げながら返答する
「私の恥ずかしい話を誇らしげに語りながらも初歩的なミスをする姿は滑稽だったわよ狼」
長年諜報員をやっているジェイミーにとって、大体の欧州の地理は頭の中に入っている。
しかも主要都市の駅の名前なんて初歩中の初歩で間違う事があり得ない。
そんな初歩的な勘違いしてヴァランスの駅からリヨン駅に歩いて向かっていたと語るルーガルーの姿は彼女にとって胸のすくような滑稽さであった。
ニヤニヤと表現できるようないつも自身がする嗤い方をジェイミーに返されたルーガルーは頬を引きつらせながら彼女を睨む。
「……随分陰湿なやり返し方だネ」
「休憩の時にやり返すといったはずよ?」
二人の視線が火花を散らして交わる。
だがその様子を見ているイリスはそれが子供同士の喧嘩のように見えて微笑ましく思い、ついついそれを止めずに眺めてしまっていた。
しばらく小言を言い合った二人はそんなイリスの視線に気がつき、互いに気まずくなり、おとなしくスープとパンを再び食し始める。
子供を見守るような暖かいイリスの眼差しに気恥ずかしくなり、話題を変えようとジェイミーはイリスに質問を投げかけた。
「イリスさん。ここが児童養護施設と言っていましたが、ここには子供が?」
その問いにイリスはニコニコと笑みを深め返答をする。
「そうですね。14人の子供たちが共同生活を送っています」
「14人も…それはやはり」
「そうですね。ガリアが戻ってきても人の命は戻ってきませんから」
「そうですか…」
国土が奪還され復興が進んでも人の命は帰ってこない。
友人や恋人、子供や親など失われた人は帰ってこない。
そして、そんな親を亡くした子供たちが暮らすための児童養護施設もまた数多く存在している。
この施設にいる14人もまた、親と望まぬ別れをする羽目になった子供たちなのだろう。
そう察したジェイミーは表情を悲しげに歪める。
そんな姿を見たイリスは優しげな表情を変えずに言葉を紡いで行く。
「あの子たちのために悲しんでくれてありがとう。ですが悲しいことだけではありませんよ?」
「なんせ私たちは母国に帰ってくることができましたし、復興も着々と進んでいます。それに毎日の子供たちとの賑やかな生活は楽しく幸せなのです」
そう語るイリスの表情はまるでお日様のように暖かく穏やかであった。
「それはよかったです。どうやら勘違い…いや勝手な偏見を抱いていたようです」
そんな様子から、彼女たちが本当に日々を楽しげに生きていることが容易に想像でき、ジェイミーは悲しげな表情を変え微笑みながら、勝手な偏見を押し付けたことを謝罪した。
「いいのよ。気にしないで。」
イリスのそんな謝罪への返答が語られると、突然ルーガルーが親指を立ててそれを背後の食堂の出入り口に向け指差した。
「その子供達って、今此方たちの話を盗み聞きしている子達のことかい?」
その声が聞こえたのか、ガタンという音が扉の向こうに響く。
それと同時に慌てた幾人もの幼い声が扉から漏れて食堂に聞こえてくる。
するとイリスが椅子から立ち上がりズンズンと扉に近づいて行き、扉を開け放った。
「こら!あなたたち!もう就寝時間は過ぎていますよ!」
そんな声とともに開かれた扉の向こうには数人の子供たちが体勢を崩して廊下にへたり込んでいた。
おそらく食堂の扉に耳を押し当てて盗み聞きしていたが、ルーガルーの指摘によって慌てたためそのまま転んでしまったのだろう。
イリスに見つかってしまっため観念したのか子供たちは口々に声を上げる
「アダンがやろうって言ったから…」
「ジュールも同意しただろ!」
「でも先生!明日の劇が楽しみで眠れないよ」
「ねぇねぇ先生!お客さんなの!?」
「レオのトイレに付き合っただけで盗み聞きなんてしてないよ!」
「あー!こんな夜にパン食べてる!いいなぁ!」
「先生、眠れないから子守唄歌ってぇ…」
十人十色、いろんな子供のいろんな声が食堂に溢れる。
子供たちは口々にイリスに語りかけ彼女の周りに集まり甘え始める。
そんな子供たちの様子にイリスは、仕方なさそうにため息をついた。
「明日は劇があるというのに、こんな遅くまで起きていたら明日起きられなくなりますよ?さぁ、連れて言ってあげますからちゃんとみんな寝ましょう」
「えー」
「はーい」
「わかったー」
イリスの言葉に子供たちは口々に同意していく。
そんな子供たちの返事を聞いたイリスはジェイミーとルーガルーに振り返った。
「すいません二人とも。子供たちを二階の寝室に寝かせつけてきますね」
そんな困ったようでありながら慈愛に満ちた表情に、先ほどイリスが語っていたことはやはり本当だったのだろうと確信しながらジェイミーは返事をした。
「いえいえ、気にしないでください」
するとイリスは頭を下げて、子供たちを連れて食堂から離れて行く。
子供たちが手を振ってきたので振り返し、ジェイミーは彼女たちが食堂の扉を閉めるまで見送った。
バタバタと騒がしい足音が食堂から離れて行く音が聞こえる。
そんな音にジェイミーが耳を傾けていると、カチンと金属音がなった。
彼女がそちらに目を向けると、そこにはそんなジェイミーを見ながらスプーンでスープ皿を叩いたルーガルーの笑みがあった。
「随分と、和んでいるようだね。明日も泊まって行くかイ」
そんな答えがわかっているような戯言に、子供たちを見て表情を緩めていたジェイミーの顔が呆れ果てた表情に変わる。
「バカ言ってるんじゃないわよ。明日の朝一番に出て行くわ」
「それは残念」
クスクスとルーガルーの笑いごえが食堂に響く。
相変わらずのどこか癪に障る声、そんな声にひたいに少しシワを寄せながらジェイミーはパンをちぎる。
「それにしても、よく子供達がいるって気がついたわね」
「此方は耳がいいからネ」
ルーガルーはそう言い、ひょっこりと頭に狼の耳を出現させた。
その様子に、ジェイミーはため息をつく。
「バカ、なに耳を出しているのよ仕舞いなさい。バレるわよ」
「大丈夫、大丈夫」
ルーガルーはジェイミーの渓谷を軽く受け流し、残った最後のパンをごくりと飲み込む。そして、両手を合わせ完食された皿に向かって頭を下げた。
『ごちそうさまでした』
そんな英語ではない言葉がルーガルーから発せられる。
そしてその言葉を聞いたジェイミーは驚き目を瞬かせた。
その言葉は英語ではなく扶桑語、そしてその礼法は扶桑人に見られる食後の礼法であったからだ。
そして、明らかに扶桑人の顔ではないルーガルーが行うその作法は、なぜか妙にしっくりきており、違和感を感じさせない。
またこいつの出自がどこかわからなくなった。
ジェイミーはそう内心毒づく
礼を終えたルーガルーはそんなジェイミーの様子を見てチェシャ猫のように口角を歪めた。
「どうしたんだイ?そんな変な事を此方はしたかナ」
その声色と表情から明らかにわかってやったものだとジェイミーは認識し再度ため息を吐く。
「嘘でもなんでもいいから、そろそろ経歴とか統一してくれないかしら?アンタの癖と礼法見てると、一人万国博覧会を見てる気分よ」
「酷いナァ。わざとじゃないのニ」
「嘘よ。どうせ本当はその変な英語訛りつけなくても喋れるでしょ」
「
「随分と綺麗なクイーンズ・イングリッシュね!」
「お褒めいただき光栄だヨ」
「皮肉を言ってるのよ……!」
飄々とした表情で煽ってくるルーガルーをジェイミーは睨め付ける。
だがそんな視線もルーガルーは気にせず、そのニヤついた表情を少しも変える様子はない。
こういったやり取りは二人にとって初めてではなかった。
モナコから逃亡して二週間の間、こういったやり取りは二人の間で何度も行ってきたことだ。
正直ジェイミーとしては勘弁してほしいが、どうもルーガルーはこんなやり取りを好んでいるようにも見受けられていた。
誰が好んでこんなコントのような会話をしなくてはならないのか。
だがそれを好んでいるルーガルーはジェイミーにとって、やはり訳が分からないウィッチであった。
そんなルーガルーを見ていたジェイミーの脳裏にふと一つの事が頭に浮かび上がる。
それは今更というべき事だったが、落ち着いている状況の今ならちょうどいい。
ジェイミーは、最後のパンの一切れを掴みながらルーガルーに質問をした。
「ねぇ狼。最初は
暗喩を含んだジェイミーの質問。その質問に対してルーガルーは答える。
「実はお土産を買い忘れてね。それを手に入れるまでは帰れないのさ。家出のような出発だっただけにね」
『お土産』はおそらくはオナトップが確保したあのアタッシュケースのこと、またはそれに伴う『ウォーロック技術』のこと
『家出』に関しては、彼女がオナトップらが行おうとしていた取引の邪魔をして裏切ったことを指すのだろう
そこまではジェイミーにも理解していたこと。だがなぜ裏切ったのかをジェイミーは聞いていなかった。
そう、なぜこいつが裏切りをしたのかが分からない
あの時の事を思い出す限り、オナトップが持っていたアタッシュケースと浮遊脚を受け取るのはこいつではなかったはずだ
本来のこいつの役割は顔の偽装のはず
それが何故?
ジェイミーの脳から消えない疑問
考えられる理由はいくつかあるが、そのどれもが当てはまりどれもが当てはまらない可能性がある
いくらでも推測や妄想はできる
だが、それよりもジェイミーは別の選択をした
「なんで
それは直接の問い。
常に嘘八百を並べ立てる人狼に対して、最も意味のない行動
だが、それでもジェイミーは直接彼女から答えを聞きたかった
ジェイミーのさらなる問いに、さも楽しげな思い出を語るようにルーガルーは答える。
「家から命じられた仕事をやっていたんだけど、思ったより早く終わってネ。」
そのままルーガルーが語ろうとするが、その言葉にジェイミーはSTOPというジェスチャーをルーガルーに向けて言葉を止める。
話し始めたのに止められたルーガルーは不服そうな顔をジェイミーに向ける。
だがそんな表情を無視してジェイミーはルーガルーに質問をした。
「その仕事って…私が関わっているアレ?」
そんな質問にルーガルーはキョトンとしたあと、楽しそうに微笑み答えた。
「そうだヨ。君の
「…OKわかった。話を続けて」
ジェイミーはわかっていたとはいえ、こうして濡れ衣を着せられたを再確認すると、内からルーガルーとヤヌスへの怒りが湧き上がるのを感じる。
だがそれをジェイミーは宥め、ルーガルに話の続きを促した。
「それで早く帰ってきたら、『同じ職場』の人たちが話をしていてネ。それを盗み聞きしてみたら、どうも『美味しいケーキ』を此方に隠れて家に運ぼうとしていたんダ。今まで一緒に仕事をしてきたというのに『美味しいケーキ』の事を教えてくれなかった『家』が嫌になって『家出』したのサ」
「その『家出』はいつから考えてたのよ」
「仕事が始まる前から」
「…理由と行動の時系列が逆になってるわよ」
「別にそれは重要じゃないだろ?」
ニヒルに笑いなら戯言を吐く狼にジェイミーは悪態をつきたくなるが、それを内の中に納めため息をつきながら話の続きを促した。
これ以上話の腰を折っても仕方ないからだ。
「で…あんた、その『美味しいケーキ』どうするつもりだったのよ」
「それは『仲良くなった友達』と分け合って、その子ともっと仲良くなるために使うかナ?」
「その『仲良くなった友達』が『実家』ってわけ?」
「まさか、どこも此方の『家族』だよ」
「…やっぱりろくな『家出』の理由じゃないわね」
「そりゃあ酷い、でも今の所『美味しいケーキ』を分けようと思っているのは君だヨ」
「それは光栄だけどね。『家出』するような不良少女と仲良くケーキを分け合うなんて
「それは君の推測で、実際は『パパ』に聞いてみないと分からないだろう?まぁどの『パパ』に話を聞くかで答えは変わりそうだけど」
「……まぁね」
ルーガルーがまるでわかっているかのように雄弁に語る。
その答えが癪に触るがジェイミーは一応同意した。
ジェイミーは口に出すことはないが個人的にはルーガルーのことは一応信用している。だが信用しようとしまいと、ジェイミーがエージェントである以上『美味しいケーキ』を分ける分けないの最終的な判決を下すのはジェイミーの上司である『MI6長官』である。
そのため現状ジェイミーが長官に連絡が取れないので、その答えは保留、つまりは現状維持ということになる。
まぁ、現状ルーガルーが役に立っている以上このまま協力関係を続けられるのはジェイミーとしても嬉しい限りであった。
するとその時、ルーガルーが眉をひそめると、頭部から狼の耳を消した。
そして彼女はゆっくりと視線を食堂の出入り口に向ける。
ジェイミーもまたそれにつられるように視線を食堂に向けた。
そこは相変わらずしまっている扉があり…
数秒後、その扉がゆっくりと開き始める。
そして扉の影から小さな影が顔を出した。
その人物はまだ十代にも満たない小さな少年。
彼は不安そうな顔でジェイミーとルーガルーを見つめ、口を開いた。
「お姉さん達……だれ?」
そんな不安げな彼に対してジェイミーは微笑みながら答える。
「私はジェイミー・ボンド。こっちは私の友人。宿がみつからなくて立ち往生しているところをイリスさんに助けてもらったのよ」
「イリス先生に…?」
「そうよ。さっきイリス先生は他の子と一緒に二階の寝室に行ったけれど君はどうしたの?」
「えっと…みんなとトイレに行っていて、でもトイレから出るとみんないなくて…廊下が一人で変えるには暗くて怖くて…そしたら食堂から声が聞こえて…」
そう語る少年は恥ずかしそうにモジモジと手をいじりながらたどたどしく話始める。
そんな微笑ましい様子にジェイミーは微笑み、事情を察する。
おそらく彼は、先ほど食堂に来ていた子供達とトイレにいったが、一人置いていかれたのだろう。そして一人で暗い廊下を進んで帰るには怖くて怯えていたら、食堂から声が聞こえて来たからこうして顔を出したというわけだ。
そんな小動物のような可愛らしさをジェイミーは感じ、椅子から立ち上がり少年の傍に近寄り目線を合わせる。
「ねぇ君、なんて名前なのかな?」
優しげに微笑むジェイミーに安心したのか、少年は小さな声だがその問いに答えた。
「レオ…レオって名前」
「そう、じゃあレオ。よかったらお姉さんと一緒に寝室に行く?」
「えっと…いいのお姉さん」
「いいわよ。このままだと寝室に帰ったみんなが、部屋にレオがいない事にびっくりしちゃうからね」
「ありがとうお姉さん!」
レオは喜びジェイミーに抱きついた。突然の大胆な行動にジェイミーは驚くも微笑みながらレオの頭を撫でた。
それは微笑ましい光景だったのだが、そんな光景に似合わないルーガルーの癪に触る笑い声が食堂に響き始める。
ジェイミーは優しげな表情からジト目になりルーガルーに視線を向ける。
するとそこには可笑しそうに腹を抱える彼女の姿がいた。
何がそんなにおかしいのか分からないジェイミーは首をかしげるとルーガルーがその理由を雄弁に語り始めた。
「お姉さんと一緒に寝室に行く?って……君はそんな幼い子が趣味なのかイ?」
「……?」
「あレ?分からなイ?君はまだコウノトリやキャベツ畑を信じる子供だったかナ?」
「………!! ば、バカじゃないのあんた!!
ルーガルーの言いたいことに気がついたジェイミーは顔を真っ赤にして声を荒げる。
このルーガルーは、『寝室に行かない?』という言葉を、よりによって大人な意味の言葉と解釈したのだ。
まだ十代にも満たない少年をそんな意味の言葉で誘う女になった覚えはジェイミーには一切なかった。
今日という今日は許さないとジェイミーは怒り、ルーガルーがその怒りをさらに煽る、そしてその間にいるレオと名乗った少年はなぜ彼女達が言い合いをしているのか分からず目を白黒させていた。
2.
ジェイミー達がいる児童福祉施設から数十メートル離れた地点。
そこには黒スーツの男達が乗った数台の車が施設に向かっていた。
彼らに通信が入ったのは数刻前、監視班から怪しげな二人が施設に侵入した事を知らせる連絡であった。
くだんの二人はまだ若い女性二人。そんな二人がこんな夜更けに現れる事は確かに怪しいが、ヴァランス市とリヨン市との線路が遮断され列車が使えない今、車などの手段がないのなら徒歩で無理やり渡ろうとする人間がいてもおかしくはない。だから警戒はするが、そこまで急を要することはない。
そう彼らは最初に連絡をもらった時に判断していた。
だが、彼女達の身体的特徴のいくつかが、とある手配書の内容と被っている部分があることに彼らの上司は気がついた。
その手配書と彼女達には確かに違う身体的特徴がいくつも見受けられる。だがそれでも、似ている点もあり彼女達が手配書に書かれた人間である可能性が微々たるものだが湧いて来ていた。
微かな可能性。それは本来ならば、その可能性が確実になるまで無視すべき事柄でありそれを精査するのが彼らの上司の役割であった。
だがその上司は、たとえ可能性が微々たるものだったとしても手配書の人間ならば逃すわけには行かないとある理由があった。
そのため上司は施設警備に従事していた自らの手駒と部下を集め、施設に向かわせたのだ。
何台もの黒い車が施設に向かって進み続ける。
彼らが施設まで到着するのに残り4分。
夜のガリアにて、血なまぐさい争いが始まろうとしていた…