スパイウィッチとウォーロックの遺児 作:haguruma03
1.
AM00:08
「いったいこれはどういう事だ!あそこを戦場にでもする気か!!」
0時も過ぎ去ったガリアのとある施設の一室にて、一人の男の怒号が響いた
ここは
そんな部屋の一室に二人の男がいた。
片方の頭が禿げている男はコメカミに血管を浮かせ顔を真っ赤にして怒り声を張り上げている。
だが、そんな怒声を聞いているもう片方の男、スーツを着た初老の男は、そんな怒声を意に返さず飄々と受け流していた。
「敵が打ち返してきたからしょうがないでしょう?あのまま打ち返さなかったら被害は増えていました」
「しょうがないわけがあるか!! まだ子供がいた孤児院にMAS-38でいくつも銃弾打ち込んで穴だらけにして、しかも捕獲予定だった手配犯を射殺だと!?何を考えている!!」
ドン!という強い音とともに、禿げている男は拳を机に叩きつける。
机の上に乗っていた書類やペンが卓上を転がって行く。
そんな様子を目で追いながら初老の男は禿げている男の怒声に答えた。
「凶悪犯を捕まえるためには必要なリスクでした。それともあれですかな?もしや、銃器を持っている相手に対して無手で捕まえろとでもいうつもりですか?」
「そんなことを言っているのではない!! 貴様は最初から手配書のウィッチを殺す気で部下を向かわせたのだろう!」
「そんなわけないでしょう」
「だったらこれはなんだ!!」
禿げた男は机に散らばっている書類を初老の男に突きつけた。
その書類には初老の男の行動や指揮した事柄の内容が事細かく書かれていた。
それは、506JFWが慰問活動をする予定の児童福祉施設に二人の不審者が現れ、その内一人の身体的特徴がモナコでの騒動で手配されているウィッチに似通っている情報が報告された事。
そしてその捕獲のために
それだけではなく、初老の男の手駒も後から向かわせた事。
そしてその手駒には捕獲目的ではありえないほどの武装を持たせていた事
そしてその結果、児童福祉施設は軽機関銃により穴だらけになり、
明らかに過剰な武装と攻撃。捕獲ではなく最初から殺す気で向かわせたと想像するのには容易い情報が書かれた文章
だが、これらの行動が行われたのは今から二時間と少し前。そんな情報が約二時間でまとめられてここまで事細かに書かれているというのは、この行動を起こした初老の男が監視されているとしか言いようがないような証拠の文章である。
だがそんな事実に眉ひとつ初老の男は動かさず、その書類を一通り見て口を開く。
「モナコの騒動を聞いて、かのウィッチが生半可な装備では対処できないと思ったのですよ」
「減らず口を…!!」
「それにしても、ずいぶん詳しく書かれているものですね。私を監視でもしていたのですか?仲間なのに?」
初老の男の言葉を禿げた男は鼻で笑う。
「何が仲間なものか!お前たち組織と私たち
「それは残念ですね。ですが、今回の作戦の指揮権は私たちが握っている事を忘れないでいただきたい。」
初老の男は言葉では落胆の言葉を紡ぎながらも、表情は一切変えずに返事をする。
そんな初老の男を禿げた男は睨みつけるが、一向に反応がないことを見ると忌々しげに表情を歪め傍にあった椅子に深く座り、初老の男に忠告した。
「確かに上が貴様らを作戦の中枢においている以上私には異論を挟む余地はないが、これ以上余計な真似をして
敵意の篭った重い一言。その言葉に初老の男はかすかに笑った。
「私たちがガリアに不義を働く…?ずいぶん面白くない冗談を言うものだ」
初老の男はそう言うと、もうここには用はないと言うかのように、身を翻すと出口に向かって歩いて行く。
そして出口の扉のノブに手をかけると同時に背後の禿げた男に言葉を残した。
「私たちは常にガリアの繁栄を願っている者たちの集まりだよ。ガリア、我が喜び」
初老の男が部屋を出て行き、ガチャリという音とともに扉が閉まる。
「———っ!」
カシャンという音とともに禿げた男が投げつけたペンが扉にぶつかり地面をコロコロと転がり、ぶつかった衝撃でインクを漏らしながら地面を汚していった。
そんな自らが起こした無為な行為の結果をしばらく見つめた後、禿げた男はため息を吐いた。
彼は
そしてその過激派は今、ある『組織』と同盟を組んでいた。
その『組織』は王家とそれを補佐する貴族による絶対統治の復活を目論み、そのためならば手を血に染めるのも厭わない集団。
なぜ上層部が彼らと手を組んだのかは彼には一切わからなかった。
だがそのおかげで今506JFWでは着々と計画が進んでいる。
そのため、彼自身も不服に思いながらも組織の動向を見守っていたわけだが、そんな中この自体が起こった。
これが過失ならば良かった。だが先ほど初老の男に突きつけた書類に書いている行動からして故意の行為であるのは確実である。
なぜ彼らが同盟関係である我らと関係が悪化するような事を行なったのかは想像ができない。
もしかしたら殺害されたウィッチ達に何らかの殺さなければならない理由があったのかもしれない。
その理由を禿げた男は想像ができない。だがそのことよりも懸念すべき事が彼にはあった。
それはこの書類に書かれた、初老の男の手駒の兵達。
彼らの中には何とウィッチが一人配属されていたのだ。
そのウィッチはもちろん
しかもそのウィッチは陸戦脚を装備しており、彼女とともにいた他の兵隊達もMAS-38という第一線で使われている軽機関銃を各々装備している始末。
軍の1小隊と呼んでも遜色ないその潤沢な装備に禿げた男は疑念を持っていた。
どこからそんな装備が湧いて出ているのか?何故そんな装備を持っているのか?
彼は、それらの疑問を持つと同時に彼らの武器の出どころを知りたいという欲がでたが、これを知った時、自身も窃盗犯のウィッチと同じように殺されるのではないだろうか?といううちから沸き起こる怖気に背筋を震わせる。
潤沢な装備を有し、政治界、軍部内などの至る所に潜んでいる『組織』
王家とそれを補佐する貴族による絶対統治の復活を目論み、そのためならば手を血に染めるのも厭わない集団
通称『王党派』
彼らの闇の深さは想像もできないほど深い物であると想像するには容易かった。
2.
AM00:09
ざわざわと人々声が響いている。
すでに遥か数時間前に太陽が落ち、月が輝いている0時すぎ、そんな真夜中の月明かりだけが頼りのはずの児童福祉施設の前は煌々と明かりがあふれていた。
照明が立ち並び、その中で様々な人が動き話している。警察、軍人、野次馬、そしてこの施設の孤児や従業員達。
軍人と警官は現場検証を行い、孤児や従業員達は調書を取られて、それを遠巻きに野次馬達が眺めている。
まるで昼間のような騒がしさだが、こんな片田舎でこんな大事件が起こったのならばこうもなるだろう。
そんな喧騒の中に一人、人々が忙しく動き回る場所から少し離れた場所、周りに誰もいない場所で施設の外壁に背を預けながら施設の外観を見つめタバコをふかす1人の男がいた。
その男は2mを優に超えている身長の大男であるが、その体の大きさであるのにもかかわらず周囲と一体化するように息をこらし目立たないようにしている。
そんな彼の視線の先、孤児達が日々をクラス施設は銃弾の雨によって穴だらけになっていた。
何故、こうなってしまったのか?それは彼自身二時間前に実際に体感したため疑問に思うこともない。
二時間前に彼が所属する部隊とその増援部隊が二人の人間相手に派手な銃撃戦を行なったからだ。
本来ならば明日には506JFWのウィッチ達が慰問活動をする予定だったこの施設が、こんなにも無情な状態になっているのは、原因の一旦でもある彼にとっては少々心が痛む光景であった。
捕獲任務は失敗。対象は2名とも殺害。部隊の2名は重症を負ったため、ここから車で一時間かかる病院へ車で搬送。
もはや目も当てられないような事態に我らが上官の頭はさらに剥げ上がる事だろうと、タバコを嗜んでいる男は思い、空に輝く星々に向かって上官の頭皮の無事を祈った。
するとその時、男のズボンが何者かによって引っ張られる。
彼がそちらの方向を向くとそこには一人の短髪の少女がしゃがみながら、彼のズボンを引っ張り、彼を見上げていた。
その瞳はまるでガラス玉のようで思考が読めず、その表情も喜怒哀楽が抜け落ちたかのような無表情。
そんな低身長の少女がそこにいた。
こんな深夜をただの少女が出歩くには不自然である。
だがその脚には重厚な陸戦脚がはめられており、背には旧式のライフルが担がれ、そして頭にはネズミの耳が生えていた。
こんな特殊な格好をするのは世界でも限られている。
そう…ウィッチ、それも陸戦のウィッチがここにいた。
そして彼自身、このウィッチには見覚えがあった。
何故ならば、彼女が二時間前に最初に施設に銃弾を打ち込んだ人間なのだから。
彼女の最初の一発に続いて多くの銃弾が施設に打ち込まれた。
それは施設の中にいた捕獲対象に向けられてものだったが、その時に捕獲対象を探して同じ建物にいた人間としては寿命が縮むような思いであった事を彼は忘れてはいない。
騒動が終わったあと、彼は一言文句を言おうと建物から外に出て野外にいた彼女に詰め寄ったが、彼女は表情を人形のようにピクリとも動かずずっと突っ立っていたのを覚えている。
代わりに対応したのが、彼女と一緒に後から来た男達だ。
詰め寄った彼を引き剥がして、ただ一言「…関わるな」という言葉を残し、あたりの指揮を我が物顔で取り始めたのだ。
彼らは
だが、好き好んで気に食わない奴らに率先して協力する気も起きなかったので、不真面目にタバコを吹かしていたわけなのだが………
そう彼は思い、目を瞬かせるが、いくら目を瞑ろうとも今彼のズボンを引っ張る年少のウィッチの姿は幻覚のように消え去ることはない。
その現実に彼は苦笑いを浮かべるしかなかった。
まさか先ほど掴みかかって来た男に掴みかかれた少女の方からコンタクトがあるとは彼は思いもしなかったのだ。
基本的に男との接触を制限されているウィッチ、それも表立った組織ではない『組織』に所属しているウィッチとの接触は頼まれても嫌だったのだが、まさかの展開であった。
だが、目の前のウィッチは彼のズボンを掴み見上げるばかりで何も行動を起こしてこない。
じっと見つめるばかりで銅像のように動かない。
下手をすれば一生このままなのではないだろうかと彼の脳裏に浮かんでは消えていく。
時計の秒針が数センチ進んだ後、彼は観念してこちらからウィッチに対して行動をとることにした。
このままだと後何時間たってもこの目の前のウィッチは動かないのではないだろうかという懸念が浮かび上がったのだ。
「えーと、お嬢さん。何をしているのかな?」
男は精一杯のぎこちない笑顔を浮かべ少女に尋ねる。
すると少女は目をパチパチと瞬かせた後、やっと口を開いた。
「次の命令まで待機と言われたので待っています」
「なるほど…で、なんで俺のズボンを引っ張っているのかな?」
「あなたに気になる点を見つけました」
「…で、それは?」
「何故あなたはこんなところで仕事もせずに休憩をしているのですか?」
抑揚のない平坦な声。年頃の少女にしてはあまりに無機質な表情。
そんな少女の様子に男は少々気圧される。
彼女は『組織』が連れて来たウィッチ。『組織』については男は詳しいことは知らないが、ろくな組織ではないことは容易に想像でき、そんな『組織』に所属している彼女もまた、まともな経歴のウィッチではないだろう。
———この子と関わると厄ネタ抱えそうだな。適当に対応して離れるか
男は、そんな自己保身を考えると同時に彼の口が開く
「休憩してるわけじゃない。ただ最初に命令されていた仕事が終わったから今は仕事がないだけだ」
「仕事がなければ上官に尋ねればいいのでは?」
「あー…。ほら今指揮している上官忙しそうじゃないか。今声をかけに行くのは帰って邪魔になるぞ?」
「他の上官は?」
「ほら、他の上官も忙しそうだろ?」
もちろん、上官が忙しそうなんて言葉は彼の口から出たでまかせである。
だが運良く、そう言った彼の視界の先にはあたりの人員に慌ただしく命令をしている『組織』の人間の姿があった。
少女も男の視線を追ってその様子を確認するが、すぐに顔を再度男の方に向け直して反論をする、
「ですが、命令をもらわなければ我々は何もできません。なので我々は次の行動のために上官から命令をもらわなければなりません」
「そんなことはない。自己判断による行動も時には大事だぞ?」
「…その自己判断の結果がタバコをふかして休憩ですか?」
「そうその通り、時には自分であたりを俯瞰してどのように動くかを考えるのも大事だ」
「自己判断による行動は認められてはいません。命令を受けて私たちは行動しなければなりません」
少女はかけらも疑念を抱いていない声で、その言葉を男に吐いた。
————こりゃまた、ずいぶんな教育をしてるようで…
そんな言葉を聞いた男は表情を変えずに内心で毒づく。
年相応でない言葉遣いや考えを持つ少女達の存在は今の時代珍しくない。現に軍の中には大人も顔負けの威厳を持った少女…ウィッチ達が多く存在している。
だが、そんなウィッチ達の中でも、ここまで命令を絶対視し、まるで奴隷のように忠実な無機質なウィッチを彼は見た事がなかった。
何故彼女がこうなってしまったのか、彼にはわからないが、どうせろくな理由ではない事が容易に想像できる。
男はそんな少女に対してどのように返事をするか、行く通りかの言葉を頭に巡らせる。
そんな男を見つめる少女はまるで餌を待つ飼い犬のようにじっと男を見守っていた。
側から見れば、兄に何かを
だがその実態は
そんな状態が数秒すぎると、やっと男は口を開いた。
「あー……お嬢さん。その考えは逆に怠惰だぞ?」
「怠惰…?」
思いもしなかった言葉に少女は首をかしげる。
先ほどまでの無機質な人形のような様子と違い、少し年相応な表情を見た男はかすかに笑いながら言葉を続ける。
「そう、怠惰だ。部下一人一人の全ての行動を一から百まで命令していたら、指揮官の処理能力をオーバーするに決まっている。」
「…うん」
「だからある程度、部下達が自主的に行動しなければ指揮官も困るってものだ。」
「…うん」
「それなのに、いちいち命令を聞きに行こうとするのは自分から仕事をしない、つまり怠惰と変わらないってことだ」
「…うん」
男は得意げに少女に語って行き、それを少女は一つ一つ頷きながら聞きいっている。
妙に素直な少女に違和感を持ちながら男は話をまとめることにした。
「だからお嬢さんも、怠惰にならないために、自らやらなければならないと思ったことはやらなくてはな。それが俺たちのガリアのためにもなる」
「ガリアのために…?」
「そう、ガリアのためだ。お嬢さんのような優秀なウィッチが怠惰ではなくなって必死にやるべき事をやればより一層ガリアは復興を遂げるはずさ!みんな大喜びだ」
「ガリア…喜び…!!」
「だから、今すぐ俺なんて構わずに自らやるべき事をやって来るのだ!」
男はそう言うと、まるで子供の門出を祝うかのように両手を広げる。
だがその彼がやっている事はただの厄介払いである。
しかし、そんな三流詐欺師のような口車に少女は、瞳にすこしキラキラとしたものが混ざり悟りを得たかのように頷き立ち上がった。
———やっとこれでどこかに行ってくれる
男が内心そんな安堵の息を吐く
……だが、世の中そんなにうまく事は運ばない。
少女は立ち上がると同時にがっしりと男の腕を握りしめた。
それはまるで父親の手を引く娘のような光景であるが、掴まれた方は突然のことに石のように固まる。
そんな石を見つめながら少女は言う。
「じゃあ、行きましょう」
———え?どこに?
そんな男の胸中の思いも無視するように少女は男を引っ張りズンズンと進んで行く。
男は少女の突然の行動に足を引っ掛けながら引っ張られて行く
彼は慌ててその行動の是非を少女に聞いた。
「ちょ…!! お嬢さん!? 一体何を?」
「私の発砲の許可には上官が必要です。あなたは確か私よりも階級が高いはずですよねジャン=ボニスール中尉」
「な、なんで俺の名を…いやその前に、上官が必要だったら、俺じゃなくていいのでは!?」
「あなたが他の上官は忙しいと言ったじゃないですか」
そう語る少女の目は、先ほどのジャンの言葉をかけらも疑っていないようであった。
その様子にジャンは冷や汗をかく。
———いや、この子、人の事信用しすぎだろ…!?
そう彼は胸中に独白するが、その体はズンズンと進む少女に引っ張られて行く。
「ま、待ってくれ。とりあえず発砲許可に俺が必要なのはわかった。だがなぜ発砲する必要があるんだ?」
至極真っ当なジャンの意見。
すでに手配犯であった犯人は先ほど射殺され、もう騒動は終わっているはずなのだ。
だが、少女はそんな意見を聞きながらも陸戦脚を履いた足を動かし語った。
「当初の目標のウィッチを追います」
「…はぁ?」
思いもよらない言葉にジャンの口から声が漏れる。
わけがわからない。その目標のウィッチはすでに射殺され、今その死体はまだ施設の二階に放置されている。
身体中穴だらけになった彼女達が生きているとは到底思えなかった。
「いや、すでに死んでいるだろう?」
「上官殿にもそう言われ、ついに頭がおかしくなったのか、後で調整するから黙っていろと言われました。あなたも私にそう命令しますか?」
少女のそんな言葉にジャンは眉をひそめる。
少女に対して『ついに』頭がおかしくなったのか、『調整』する、などという言葉を使う少女のいう上官に不快感を抱いたのだ。
確かに、くだんの手配犯のウィッチの死体はジャンも確認している。確認して、こんな少女が穴だらけになって死ぬ現実に嫌気がさしたのも覚えている。
だがそんな穴だらけの死体となった手配犯のウィッチを生きていると言い、目の前に死体があるのにも関わらず、追跡するなどと言われると、そう語る少女の頭がおかしくなったと表現するのも無理はないだろう
だがそんな嘘、または何の確証もなくそのような事をこの人を信用しすぎる少女が語るとはジャンは思えなかった
「いや、俺はそんな命令をしない。ただ何でそんな事を思ったんだ?」
ジャンは少女にそう語ると少女はその答えを返答し始めた。
「見た目は変わっていましたが、彼女達が車で運ばれて行くのを目の前で見ました」
「見た目が変わっていた?」
「はい、見た目は男の怪我人になっていましたが、魔力反応は完全にあの手配犯のウィッチでした」
「…は?」
ジャンの脳裏に二時間前の事が思い浮かぶ。
それは二時間前にジャンと同じように施設内の捜索に駆り出され、最終的に重傷を負った同僚。
そしてその相方であるもう一人は、怪我をしながらも重傷の相方を心配し取り乱していた。
そんな彼の提言でその二人と付き添いの運転手の合わせて3名は車でここから一番近い病院があるリヨン市向かって行ったのジャンはこの目でしっかりと見ていた。
だが、今思えば少しおかしい。
確かにあの二人は仲が良かったがあそこまで取り乱すような人間だったか?
長い付き合いではないが彼はそこまで取り乱すような人間ではなかったと思う。
そして、重傷だった同僚も、その傷の深さ具合を確認したのは誰だ?
重症の同僚は血だらけではあったがその状態を確認したのは、あの取り乱していた相方だけだ。
…誰も重傷の同僚の容体を診ていないのである。
その事実に気がついたジャンは頭を抱え少女に問う。
「待て、なら何だって?あの病院に行った俺の同僚は実は敵の変装だって言うのか?体格も顔も同じだったぞ!?」
「そういう固有魔法なのでしょう」
「なら、俺の同僚はどこに?」
「二階にあります」
『います』ではなく『あります』
彼女はそう言った。
病院に行った二人の同僚が、死体になっていると思われた二人ならば、病院に行ったと思われていた二人の同僚はその逆となる。
つまり、同僚は二人ともすでに、穴だらけの死体になっているということだ。
しかもその穴だらけの原因は言わずものがな、後からやってきた『組織』の人間達が放ったMAS-38の銃弾が原因だ。
つまり『組織』の人間に
「マジかよ…勘弁してくれ」
目標を取り逃がしたどころか、味方殺し。しかも殺したのは同じ組織ではなく同盟関係の『組織』である。
考えるだけでも今ここにはいない上司の禿頭に残ったわずかな髪の毛が死滅するに充分な厄ネタである。
そして問題は、その事実を知っているのが目の前の少女とジャンだけであると言うことだ。
ジャンも一介の諜報員。様々な機密情報を手に入れた事はある。だが、ここまで一歩取り扱いを間違えると爆発する火薬庫のような情報を手にいれた事はなかった。
「頭を抱えてどうしたのですかジャン=ボニスール中尉?」
自身がどんな爆弾を吐露したのか理解していない少女の声がジャンの耳に入る。
そんな声を聞きながらジャンは知恵熱が起きそうなほど思考に没頭していた。
この情報をどう使えばいい?すぐにでも上司に通信で連絡するか?だが、その途中で『組織』の耳にこの情報が入った時何が起こる?その危険性を考えて直接伝えに行くべきか?それよりも逃亡した手配犯はどうなった?
様々な考えが頭の中をめぐる。
堂々めぐりに近い思考の中、手を引く少女がコテンと不思議そうに首を傾げた時。
「少し…いいかな?」
ポンとジャンの肩に手が置かれる。
その手はジャンの考える問題を解決する救いの手。
だが、その手がジャンにとって良きものであるとは限らない。
ジャンは恐る恐る背後を振り返り、その人物を確認する。
そこには黒髪を後ろでまとめた、朴訥とした雰囲気の少女がいた。服装はリベリオン陸軍航空ウィッチのベージュ色軍服の上に茶色のジャケットを着用している。そしてその表情はいかにも堅物そうな無愛想な表情をしている。
そしてその少女もまたジャンは見覚えがあった。
「ジーナ…プレディ中佐…?」
ジーナ・プレディ連合軍第506統合戦闘航空団<ノーブルウィッチーズ>B部隊 隊長
ディジョンに基地を構えるB部隊の隊長が何故かそこにいた。
「私のことを知っているのか…ならちょうどいい」
彼女はそう言うと、ズイッと顔をジャンに近づける
その瞳は彼女の固有魔法の名前と同じような鷹のような鋭い瞳。
獲物を逃さないその猛禽類の瞳にジャンはピタリとも動けなくなっていた。
そして彼女は口を開く
「今の話、もう一度聞かせてくれるかな?」
前から聞こえるのはまるで尋問のような鷹の言葉。
「早く行きましょう中尉。ガリアのために!」
後ろから聞こえるのは現状を理解していない鼠の声
———なんでこんな事に…
前門に鷹、後門に鼠。
そんなわけのわからない状況に陥ったジャンの口からポロリとタバコが地面に落ちて行った。
3.
「うまくいくものだネ。それにしても迫真の演技だったヨ」
「あれぐらいの演技ができなければMI6の諜報員なんてやってられないわ」
夜道を進む一台の車のなか、運転席と助手席に乗った二人の少女は軽口を交わす。
そんな彼女達の後部座席には簀巻きにされ呻いている一人のスーツの男がいるが、そんな事気にせずに彼女達は会話を続け、月明かりに照らされながら車をパリに向けて進めて行っていた。