スパイウィッチとウォーロックの遺児 作:haguruma03
漫画と小説もあって、漫画は全3巻でちょうどいいところで完結してるのでぜひみなさん見てね。
1.
3月19日
AM9:30
パリを覆う青々とした空の下。気分が盛り上がるような暖かな日差しが降り注ぐ中、そんな日差しが一切入らないようにシャッターが降ろされたとあるホテルの一室があった。
そこはパリの中でもそこそこ名が知れている高級ホテル。
そんなホテルの一室に普通ではありえないほどの機材が持ち込まれ、それを操る数人の人間たちがいる。
『王党派』と呼ばれる彼らは持ち込んだ通信器具を黙々と使い、警察無線など様々な無線を傍受し、聞き取れた情報を一人の初老の男に手渡していた。
彼は黙々とわたされるメモに目を通し、机に広げられたパリの地図に印をつけていく。
すると、また一枚の情報が書かれたメモが初老の男に渡された。
その内容を一目した男は皮肉げに口元を歪めてポツリと呟く。
「まったく、パリ市警と
そう語るとぐしゃりとメモを握りつぶす。
そんな音に辺りにいる初老の男の部下がビクリと背筋を震わせ、初老の男はその様子を一瞥したあと、再び地図に新たな印をつけ始めた。
彼が書き込んでいる地図には様々なマークが記されている。
そんなマークの多くは、パリの駅や主要道路などに書かれていた。
「これではこちらも身動きが取れないではないか」
初老の男は忌々しげに地図を睨みつけた。
このマークは無線から傍受した、警察の配備状況を記したものであり、地図に書かれたマークの多さから警察官が大規模に配置されていることがわかる。
つまりは、今のパリは多くの警察が張り込んでいるという状況である。
だがその配置は混沌としており、まるでいくつもの指揮系統があり、各自がバラバラに警官達を指揮して配置しているようであった。
なぜこんなにも大規模に警官が配置されているのか。
その理由は二つある。
一つ目は
つい4日前にガリア東部ドローム県のコミューンである『ヴァランス』で発生した児童養護施設で発生した銃乱射事件
本当ならば
それによって、すぐに事件の匂いを嗅ぎつけた記者達によってこの事件の概要は市民に広まってしまった。
新聞の内容は要約するとこうなる。
『ヴァランスの孤児院にて無慈悲な銃撃戦』
深夜に児童養護施設に女性の二人組が訪れた。
そんな彼女らが訪れてすぐに彼女らを追ってきた軍との打ち合いが施設内にて発生。銃撃戦の結果二人組は逃亡してしまった。
またこの事件を引き起こした二人組が、先月モナコで起こった新型ユニット強奪事件の犯人と同一犯であり、その彼女ら犯人がパリに向かっていたという情報が養護施設の従業員から語られた。
二人組の逃走に使わらた車両はパリ近郊で見つかっており、彼女たちがパリに潜入している可能性は限りなく100%に近くなっている。
こんな記事が新聞に載せられてものだから大変だ。
犯人がいたとはいえ児童養護に銃弾を打ち込んだことが問題視され軍には連日抗議の電話、警察にはそんなパリに潜り込んだ二人組を早く捕まえて欲しいという要望の電話でてんてこ舞い。
こんな記事で徳をしたといえば、新聞が売れて喜ぶ新聞社と、先日起きた失態を別の事件によってあまり見向きされなくなってホッとしている506JFWぐらいだろう。
そして、徳ではなく損をしてしまった軍と警察はというと
軍は
まるでガリア内部の混沌とした政治事情を表したかのような各組織の責任の押し付け合い。その押し付け合いは事件発生から4日たった今でも繰り広げられている。
また、それに加えて、各組織はこの失態を取り返そうと躍起になって二人組を探しているのだ。
警察は警察で、手配犯の彼女らを捕まえるために躍起になっている。
市民に背中を押されているとはいえ、復興してまだ一年も経っていないパリ市警は、突然やってきた大物取りに張り切っているのである
パリ市警が行った事は単純だ
要所に警官を配置し、警備の巡回を増やす。そしてパリ市の住民に聞き込みをする。
それを大規模に行うのだ、この方法なら手配犯が普通の手配犯ならばそれだけで捕まったのだろう。
だが相手は、厳重に警備されていたモナコから逃げ出し、ヴァランスでは
そんな方法で易々と捕まるわけがなく、むしろ逆に警戒されて逃げられてしまう可能性すらある。
そんなこと
だが、共有できないのもしょうがないだろう。なぜなら
そんな軍部も警察も混乱しながらも二人組を捕まえるため動いているのが、理由の一つ目。
二つ目は王党派による
この事件は市民や記者には広まっておらず知っているのも一部の警察や軍人のみである。
事件は昨日発生した。
事の発端はディジョン基地にて506JFWが先日セダン基地にて発生した爆発事件の調査指揮を行なっていたクリス・キーラ少佐を逮捕したというもの。
逮捕した理由は、逮捕したクリス・キーラ少佐はクリス・キーラ少佐になりすましていた別人であり、セダンでの爆破事件に関与していた可能性があったからである。
またそれだけでなく、506JFWに関連する調査をしていた記者を殺害した容疑もあった。
そうして偽物のクリス・キーラは506JFWの手柄によって捕まる事になったのだが、それに焦ったのが
何故ならば偽物のクリス・キーラは
そんな偽物のクリス・キーラが口を割ってしまったら過激派の関与もバレてしまう。
だからこそ過激派は早々とクリス・キーラの護送手配の書類を作成し、それを使ってクリス・キーラを506JFWの手から奪い取った。
おそらくそのまま過激派は彼女を殺害する予定だったのだろうが、そこで問題が発生した。
なんとクリス・キーラの連行に506JFWのジェニファーデ・ブランク大尉が護送に同行すると言いだしたのだ。
余計な人員に過激派の諜報員達は動揺したが、ジェニファーデ・ブランク大尉はリベリオン所属の軍人。
リベリオンの欧州への浸透に危惧し抵抗している彼らにとって、彼女は別に口封じとして殺しても構わない軍人であったのだ。
そうして、クリス・キーラ、ジェニファーデ・ブランク大尉、運転手を含む諜報員3名の合計5名がセダン基地を昨日出発したのだが、半日後道中で行方不明となった。
そんな行方不明の彼女達の車が発見されたのが今日の朝。
パリ西部のブローニュの森にて二人を載せた護送車が発見され、運転手を含む護送を行なっていた諜報員3名の死体が確認された。
クリス・キーラとジェニファーデ・ブランク大尉の行方はわからず、それに加えて凶器に使われたと思われる銃弾からはブランク大尉の指紋が検出された。
過激派の動向を知る人間ならば、おそらく返り討ちにあったと推測できるが、それをしらない人達にとってはブランク大尉がクリス・キーラの逃走の手助けをしたと思えるような状況。
そんな状況で
だが、そんな突然の
その結果3月19日の今現在。
パリという一つの都市内で『女性二人組の逃走者』を捕まえるという捜査を二つ同時進行で行なっているという事態になってしまった。
それに加えて警察内
地図に記された警察官達の配置は疎らでバラバラだが、交通要所にはしっかりと配置され、パリ全域に多すぎるほどの警官が配置されている。
そんな自体を警察無線の傍受した情報知った初老の男は忌々しげに表情をゆがめる。
彼らは
『クリス・キーラ』が逃亡者となり
だから、パリから逃げ出さなければならないが二つの二人組がパリに潜伏し、それを追っている多くの警官や諜報員がパリを駆け回っている以上身動きが取れなくなっている。
すでに、多くの同志が捕まっている。しかし捕まったのは末端のものばかり。
末端のものが捕まるのはいい。だが問題はある程度の上の権限を持つものが捕まるのは避けなければならない。
それは今逃亡している『クリス・キーラ』でもあるし、いまこうやって顔をしかめて思考する初老の男もそうであった。
初老の男は思考する。
おそらくはキーラは長くパリにはいないだろう。彼女も優秀な諜報員だ。この程度の捜査網をくぐり抜け外に逃げるはずである。
そうやって彼女が捜査網を抜け出して自体が落ち着いた時に私たちも逃げればいい。
…だが、それだけではダメなのだ。
初老の男はそんな考えとともに地図に指を這わせていく。
その経路は警官達が配置されている場所ではなく別の場所であった。
それは、銃撃事件を引き起こした二人組、ジェイミーとルーガルーの目撃情報であった。
初老の男は眼下に広がるパリ市の地図中にポツリポツリ書き記された目撃地点に指を這わせながら彼女達がいると思われる場所に思考を巡らせていく。
そう、初老の男はこのままオメオメとこのパリを逃げ出すわけにはいかなかった。
それは、彼がこのパリに部下とともに来た任務が理由である。
その任務は『ジェイミー・ボンド』の殺害。そして『ジェイミー・ボンド』が『彼女』に接触することの阻止。
それは『教授』からの命令であり、『王党派』に所属する以上やらなければならない事であった。
だからこそ、多くの部下を連れ試作品の『ウィッチ』まで連れて来たのだが、その結果が今の状況である。
同盟関係にあった過激派には同盟を破棄され、追われるものになってしまい、しまいには連れて来た試作品の『ウィッチ』とすら連絡が取れなくなっている。
泣きっ面に蜂のような状況に初老の男の胸中に焦りと不安が湧き上がってきていた。
「…随分と焦っているようだなエドムンド」
背後からの突然の女性の声。
先ほどまでは聞こえもしなかった新たな声色に初老の男…エドムンドは驚き目を見開くが、ゆっくりと振り返り背後の人物に目を向けた。
いつのまにか部屋に侵入していたその人物。
腰まであるロングヘアーを三つ編みにしてまとめており、黒地の赤色のラインが入った前開きコートと黄色のベルクロ付きワイシャツ着て黒いネクタイをした女性。
明らかに異質な服装をしたそんな女性がいつのまにか部屋に侵入していた事実に、通信器具かかりっきりになっていた部下達が次々に懐から拳銃を取り出そうとするがエドムンドはとっさに手を上げてその動きを止めた。
なぜならその人物は敵ではなく同盟関係にある組織の人員だったからだ。そしてそれに加えて、ただの拳銃では彼女に傷一つ付けられない事を彼自身知っていた。
彼は彼女の侵入に気がつかなかった入り口の警備をしていた部下への文句を内心つぶやきながら口を開く。
「これは、これは。よくこの状況のパリにお越しくださいましたね『オナトップ』…申し訳ありませんが突然のご訪問だったのでお茶菓子の用意はできませんでした。次からは訪問前に一言言ってくださるとありがたいですね」
演劇のような芝居のかかった物言い。
「…別に貴様とお茶を趣味はないし、ブリタニア人のようにいかなる時もティータイムを取るような暇人ではない。それよりも仕事の方はどうなったかと気になってな」
オナトップと呼ばれた女性はエドムンドの言葉を軽く流し、まるで非難をするような目で彼を見つめる
仕事。つまりは『ジェイミー・ボンド』の殺害。
彼女はその催促に来たと言った。
———こんな忙しい時に面倒な…
エドムンドは内心毒づきながらも表情を一切変えずに返答する。
「そちらからお願いされたことに関しては今着実に進行中ですよ」
「…そうか、それにしては随分と時間がかかっているようだが?」
「こちらも少々立て込んでおりましてね」
「…なるほど。私は今パリに来たばかりで状況を知らないのだが何やら面倒ごとに巻き込まれているのか?」
「確かに巻き込まれていますが別にそんな大変な事ではありませんよ」
「…それはこのパリで起こっているお祭りに参加しているからか?貴様達のお友達の
エドムンドはその言葉に鼻白み視線をそらす。
そんな彼をオナトップは喜怒哀楽が感じられない表情でじっとエドムンドを見つめる。
———なにが状況を知らないですか。明らかに知っているではないですか
エドムンドは現状を知っているオナトップに対してどう返答するか悩み思考を巡らす。
そんなとき、ため息が一つ聞こえた。
すぐに視線を前に向けるとオナトップは呆れたように息を履いていた。
「…忘れないでもらいたいが、私たち『ヤヌス』と貴様達はお友達でも仲間でもない。ただの商売関係だ。契約関係だ。貴様達が武器を欲しがるから私たちは貴様達に武器を下ろしている。」
オナトップはそう語り部屋を歩き始める。
彼女が一歩歩くたびに小さな足音が鳴り、そんな小さな音一つ一つがエドムンドの心臓を重くしていく。
「…そしてそんな貴様達に私たちは武器ではなく人材すらも商品として売っている。そう彼女だ。その彼女はどこに?」
「いつもの場所に…」
「…そうか、変わらずこのパリにいるということか。変わらず彼女のわがままを聞いているということか。あれほど彼女をブリタニアが探していると言ったのに、わがままを聞いて外にだして」
追求するようなオナトップの言葉にエドムンドはとっさに反論する。
「それは、あの女が現地の人間の治療をさせてもらわなければ研究に協力しないと言ったからで….」
「…それが?」
「そもそも、そちらが『ウォーロック計画』の情報商品として渡してきたのに、あの女は要求を呑まなければ協力すらしてくれないのはどういうことですか!?」
「脅せばよかったじゃないか」
「それは無理だと貴方たちも知っているだろう!?あの女は痛みも死も恐れていない。計画が最悪な形で頓挫した時点で奴は自己の安全を考慮していない!貴方達が売ってきたあの女は、お願いを聞かなければ働きもしないのは貴方達も理解しているはずです!」
「だとしても、それを分かって買ったのは貴様達で、そのお願いを聞いたのは貴様達だ。売った後の商品の事なんて私たちには関係がない。私たちは彼女をあなた達に売った時言ったはずだ。彼女を誰にも渡してはならない。彼女は『ウォーロック計画』の母親だ。彼女がもし他に渡るようなことがあるなら此方とそちらの契約を全て打ち切ると」
オナトップがエドムンドの方を向き一歩一歩近づいてくる。
それはまるで猟犬が逃げ場を失った獲物に一歩一歩近づくようで、近づかれているエドムンドに恐怖を覚えさせるには充分であった。
エドムンドにとって死は怖くない
だが最も怖いのはガリアが、真の姿を取り戻せない事だ。
そして今、ガリアが真の姿を取り戻すために必要な物の一つ、それが武器だ。
軍からの横流し品は、数が限られる。密造品に関しては正規品に比べると安全性も性能も大きく差がある。ゆえに彼等との契約は王党派にとって金がある限り恒久的に性能が保障された武器や最先端の武器を供給できる大事な物であり、王党派の武力を支える大きな柱の一つである。
それが今、失われそうになっている。
理由、正当性、そんな物関係ない。
目の前の女『オナトップ』の裁量ひとつで契約は打ち切られてしまう事をエドムンドは理解していた。
彼女にはそれができる地位にあるからだ。
今、自分が『オナトップ』の機嫌を宥めなければ、契約が打ち切られる。
自分が真のガリアの復活の鍵を握っている。
それを自覚しながら彼は冷や汗を背中に垂らしながら返答をした。
「た、確かに最初に君達はそう言った、だが…」
「…なのに、『ボンド』が、ブリタニアのMI6の諜報員がパリに来ているのに、彼女のわがままを聞いて未だに診療所に行くことを許可していると?」
「ああ…」
「…随分と面白いこと…だ!!」
ダンッ!!という音とともにオナトップの足が床に叩きつけられる。
エドムンドに1mもないほど接近したオナトップはまるで人形のような無表情で彼に詰め寄っていく。
「…忘れるな。『ボンド』がパリに来たのは偶然ではない。どこかで手に入れた情報から彼女が、『アルス博士』がパリにいることを知って来た。彼女がボンドに奪われれば貴様達だけではなく、私たちの存在も知られてしまう」
オナトップはエドムンドの襟首を掴んで引き、顔を数センチのところまで近づける。
エドムンドの視界にオナトップの無機質な顔が広がる。人形のような表情。だがその瞳には何らかの重い感情を含んだ暗い闇が映されていた。
「…改めて言うぞ。『父』はボンドの処理に成功した時、今まで以上に貴様達に武器の優遇をしてやるという契約を貴様達の『教授』と結んだ。確かだな?」
「ああ、その通りだ」
「…じゃあ『アルス博士』が他の存在に奪われた時は?彼女が他の組織に情報を売った時の契約内容は?」
「……全ての契約の打ち切りと『アルス博士』を担当していたメンバーの処理」
「なら、ボンドの処理に失敗し武器優遇のチャンスを逃し、『アルス博士』をそんなボンドに奪われた時。『アルス博士』を担当している貴様はどうなるのだろうな」
呟くような最後の一言。
オナトップがそんな言葉を残すと同時にエドムンドの襟首から手を離し、体を翻し出口に歩いていく。
そんな彼女をエドムンドの部下達は呆然と見送るしかできなかった。
そしてオナトップが出口の扉のノブに手をかけると同時に背後言葉を残した。
「…もしボンドを処理した成功時、こちらが秘匿している『遺児』のデータを分けてやる。それなら博士はもういらないだろう?」
そんな言葉とともにガチャリと扉が閉まった。
わずか数分の出来事。
まるで嵐のような出来事に部下達が目を白黒させていると、ふと小さな水音が一人の部下の耳に入って来た。
今日のパリは晴天であり雨が降っていることはありえない。
ならばこの水音は何だと、音の方向に視線を向けた時、目を見開いた。
「エ、エドムンド卿!」
部下の一人が慌ててエドムンドに近寄る。
彼の手は血で汚れていた。
彼は怒りとともに右手を握りしめ、その手から血が地面に滴り落ちていた。
彼の傷を気にかけ部下が近寄るも、エドムンドはそんな部下を振りはらう。
「私のことなどどうでもいい!それよりも動ける人員をシャン・ド・マルス公園に向かわせろ」
シャン・ド・マルス公園
24.3haの面積を有するパリ有数の緑地であり、公園の北西側にはエッフェル塔、南東側にはエコール・ミリテール(陸軍士官学校)が隣接している場所。
そこでは、今では多くのテントが立ち並び、医療施設として機能している。
パリはある程度の復興はなされたが、戦争によって多くの家や建物は破壊された。病院もそのひとつだ。
戦争で多くの傷病者を抱えているガリアにとって病院の復活は急務であった。ゆえにガリア奪還後、早い段階でガリア政府はシャン・ド・マルス公園を病院として機能させ機能させた。
今では正式な病院が建てられ、その役目を終えたが、金がない傷病者や軽い怪我などを治療するための場所として多くのボランティアと共に未だにこの場所は機能している。
そしてアルス・フィーゼラー博士もボランティアの1人であった。
そんなアルス博士がいる場所に部下を向かわせると理由は一つしかない。
「エドムンド卿!本当によろしいのですか!?」
部下が驚き再度確認するかのようにエドムンドに問う。
そんな問いにエドムンドはひたいに皺を寄せながら答えた。
「いい。もともとアルス博士の管理は私が『教授』から任されているのだ」
「で、ですが今のパリは警官や
「くどい!」
エドムンドはそう声をあげると、再び地図に向き直り思考を巡らせる。
オナトップからの詰問
迫り来る自らの死
そして何よりも自らの失態が『王党派』のつまずきになってしまう事への恐れ
それら全てが合わさりエドムンドの胸中に暗い影を落としていた。
2.
ホテルの廊下を一人の女性が歩いていく。
彼女は内心ご機嫌であった。
なぜならば、全てが思い通りに進んでいるのだから。
ボンドは何とかモナコからパリに来てくれた。
あとはボンドが多くの障害をくぐり抜けてアルス・フィーゼラー博士までたどり着くだけだ。
厳しい道のりだろう。
だが、ボンドならできるはずである。
『父』の要望通り、ボンドを殺すために彼女は動いた。中途半端に
『彼女』の要望通り、ボンドを生かすために彼女は動いた。中途半端に
全ては『母』のため
我ら『遺児』は動き回る。
彼女は廊下の窓からふと外を見る。
そこには鉄の貴婦人が優雅にそびえ立っていた。
戦争が起き、一度この場所を敵に奪われてもまだ存在する本物
再度作られたレプリカではないたった一つの存在
パリの象徴
『
彼女はそんな祈りを貴婦人に捧げ、歩いていく。
ボンドが博士だけではなく、遺児の母の元にたどり着くことを祈りながら。