スパイウィッチとウォーロックの遺児   作:haguruma03

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3話 浮遊脚と睡眠薬

1.

 

新型ストライカーユニット『タイガー』

それはカールスラントやオラーシャ、リベリオンで開発を進めている『オートジャイロ』という名の空中停止が可能な新たな航空機を参考に作られた、歩行脚や飛行脚に変わる新たなストライカーユニット『浮遊脚』の別名であった。

 

『浮遊脚』の形状は歩行脚と飛行脚を合わせたかのような特殊な形状のストライカーユニットである。

 

『浮遊脚』は前述した『オートジャイロ』を参考にして作られたとは言っても『オートジャイロ』とは全く用途が違う。

何故ならば、従来の航空機は空中停止ができなくても飛行脚はできる。つまり『オートジャイロ』の優位な点である空中静止という利点がストライカーユニットでは意味をなさない。

 

ならば浮遊脚の利点は何か。

それは『飛行脚に適性がないものでも空に浮かぶことができる』のだ

それだけではない、歩行脚には劣るものの、飛行脚よりも多くの魔力をシールドや身体強化に使うことができるため飛行脚で持つこともできない大型の火器も持つことができる。

また、飛行脚ほどの飛行距離も飛行速度も得ることはできないが、その代わり小さな空域の警護や式典で使用するのにその性能は適しており、しかも飛行脚よりも燃費がいい。

 

まさに歩行脚と飛行脚のいいとこ取り、飛行脚と歩行脚の中間的存在。

空を浮遊するその姿から、つけられた名前が『浮遊脚』である。

 

.....だが、双子からジェイミーに渡された資料に書かれているのはそんなうまい話だけではなかった。

この『浮遊脚』には様々な問題点を含んでいる

① まだ試作段階であり、故障や異常が多発している。

② 飛行脚に適性があるウィッチが履くとユニットがショートしてしまう

③ その名の通り空の飛び方が『浮遊』であるため対地攻撃はできるが空戦には向かない

④ まだかなり扱いが難しく不安定なユニットであり空中を浮かぶのにも一苦労。

⑤ 歩行脚と飛行脚の利点をとっているように見えるが、それ以上の欠点を受け継いでいる。

⑥ そもそもユニット自体の耐久性にかなりの問題がある。

その他不安要素の盛りだくさん。

 

しかもそれらに加えて政治的問題もてんこ盛りであった。

 

この浮遊脚の開発は、表向きには各国の優秀な開発者達が集まり行われたとされているがそれは違う。

この浮遊脚の開発が行うため各国から集められた開発者は皆、逸れ者や学会の異端者ばかり。各国の優秀と評価されていた技術者は誰一人この開発に関わらなかったのである。

それは何故か、そもそもこの開発計画自体が各国の主導のもと、国民に欧州とリベリオンが協力しているところを見せるための見世物、つまりは広告だったのだ。

そうこの開発計画は、ごく一部で研究されながらも不要とされていた浮遊脚の理論を旗印にした、国民のネウロイ戦争への熱意を上げるためのプロパガンダ。

そのプロパガンダが本来の目的であるため別に本当に浮遊脚を開発する必要性はなく、それに加えて参加していた各国は自国にいた爪弾き者の開発者たちをついでとばかりに開発計画の研究者として、ゴミ箱に放り込むかのようにこの開発計画に送り込んだのだ。

 

たとえ本来の目的がプロパガンダとはいえ何故こうまで新技術である浮遊脚をないがしろにしたのか。

それは新技術を実用化するには金がかかるのである。

そして各国の上層部は金のかかる新しい技術というものに懐疑的だ。カールスラントなどその最たるものだろう。ジェットストライカーの研究と配備を推し進めるアドルフィーネ・ガランド少将が頭の固いジジイ達に足を引っ張られ配備を推し進めることができずに苦悩しているという話は一部で有名な話である。唯一の救いは現皇帝フリードリヒ四世が新しい物好きのおかげで計画が止められることはないという点だろうか

 

 

そんな各国の思想が重なって生まれたのが浮遊脚の開発計画。

爪弾き者達の流刑地でありハリボテの計画。

 

ならば何故そんなハリボテの開発計画であった浮遊脚が明日、このモナコでデモンストレーションが行われることになったのか。

 

それは技術者達の意地と陸戦ウィッチの夢があったからだ。

各国から集められた逸れ者や異端児と呼ばれた技術者達、そう言われるだけあって最初はソリが全く合わなかったが、彼らを陸戦ウィッチ達が説得して一つにまとめ上げたのだ。

なぜ彼女らがそこまで注力したかというと、その陸戦ウィッチ達には夢があったのだ、空を飛びたいという夢が。

空戦ウィッチ達は数が少ない、多くのウィッチ達は陸戦ウィッチとなる。空にいくら憧れようが空を飛ぶ素質をもつウィッチは少ないのだ。

そんな状況の中、突然現れた飛行脚に素質がないウィッチでも空を飛べはせずとも浮かぶことができる浮遊脚の存在はまさに御伽噺でいう魔法の杖であったのだ。

 

そんな魔法の杖に夢見て協力する陸戦ウィッチ達に感化された技術者達は、協力し研究し、己の全力を出して、ついには浮遊脚を実用段階まで作り上げたのであった。

 

彼らにどんな苦難と困難があったかは、彼らにしかわからない。それはここで語られることではない。

だが重要なのは彼らが作り上げてしまったことにある。

 

今回の計画を作り上げた各国の上層部は浮遊脚が実用段階まで開発できるなど、考慮していなかったのだ。

 

彼らが作った浮遊脚は7機ある。

そしてそのどれもが各国の異端者と呼ばれた研究者達が全力で作った合作。

 

そんな何が出るかわからないおもちゃ箱を各国の上層部は表沙汰にしたくはなかった。

だが、浮遊脚の開発計画自体、大々的に国民に発表していた手前、開発できた事は公表しなくてはならない、しかも多くの飛ぶことを夢に見ても飛行脚に適性がなかった陸戦ウィッチ達が浮遊脚の存在に夢を抱いてしまっている。

 

異端児達の合作を闇に葬るにはもう遅く、仮に闇に葬ったとしてもそれがバレた時の反動が大きすぎる。それに加えてモナコが浮遊脚のデモンストレーションをわが国で行いたいと要請してきたのだ。そしてその要請には過去にモナコを利用していた各国にいる富豪達の後ろ盾もあった。

彼ら富豪の存在は、この戦争を続けるための資金源の一つ。無視をしても致命的にはなりはしないが、手痛い事態になりうる可能性はある。

 

もはや腹をくくるしかない。そう観念した各国が開いたのがこのモナコでの浮遊脚のデモンストレーションだ。

 

こんな式典を行う以上、各国は念入りに動いた。

その主な行動は三つ

 

一つはお披露目される浮遊脚の厳重保管。

お披露目当日までは浮遊脚は厳重な警備のもと保管され、その姿を表すのはデモンストレーションの時のみ。

また、浮遊脚には当日までスロットに脚をはめられないようにロックがかけられる。

 

もう一つはお披露目される浮遊脚の性能の調査。

開発された各種の浮遊脚の性能は報告に上がっているが、それが真であるかハリボテの開発計画だと思っていた上層部達は信用できていなかった。

 

最後の一つにしてモナコに政治的問題を呼び寄せることになったもの。それが浮遊脚のデモンストレーションを行うための乗り手の選別。

予想してはいなかったとはいえ浮遊脚は最新鋭機、このデモンストレーションを行うウィッチとその国は歴史に名を記す名誉を受けることになる。

浮遊脚は実用段階だが、乗るのが難しい機体。各国の前でデモンストレーションを行うならば万全の体調でなければならない。

そして浮遊脚のデモンストレーションを行うには陸戦ウィッチでなければならない。

陸戦ウィッチは空戦ウィッチよりもはるかに数が多い。

 

結果、生み出されたのは各国による根回しと暗躍。

すでに一部のデモンストレーションを行う予定だったウィッチが不慮の事故や不慮の病気でモナコに来れなくなっていた。

それが不運によるものなのかは語るまでもない。次々に代役が変わりその代役も変わっていく。

 

まだネウロイとの戦争は佳境である。そんな中、少しでも戦争が好転するとすぐに始まる人類の脚の引っ張り合い。

それを呑気と評価するか愚かと評価するかは人次第。

だが、古来より悪意は悪意を呼び寄せるものである。

 

 

 

 

2.

 

モナコの夜は長い。すでに太陽はとっくの昔に落ち、月が登りきっているのにもかかわらずモナコの町並みは光であふれていた。

そんなモナコの高級ホテルの一つ。そのホテルの入り口には客達や従業員たちが多く出入りしていた。

客は皆裕福な服装をしており、その姿がこのホテルの格式の高さを匂わせる。

だがそんな彼らに紛れて独りの少女が玄関で独りの女性を待っていた。服装はスーツ風ドレス。スカートは細目であり髪の毛には青いリボンが結ばれていた。可愛らしくも働く女性を思わせるキッチリとした衣装であるが少女の表情はどこか惚けたようにノホホンとしており呑気な雰囲気を漂わせている。

 

 

そんな彼女の様子を警備員や従業員が訝しむが、その毒気のない姿から待ち合わせなのだろうと思い誰も声をかけていなかった。

 

 

だがそんな毒気のない振る舞いは彼女にとっての仮面のうちの一つ。

そんな呑気な仮面を被った少女、『ジェイミー・ボンド』は先ほど記憶した『タイガー』もとい浮遊脚の資料と写真を思い出しながら待ち人を探していた

 

待ち人の名は、ヴァルトルート・クルピンスキー

第502統合戦闘航空団「ブレイブウィッチーズ」所属のカールスラント軍人。

階級は中佐でありカールスラント軍が誇るトップエースの一人である。

多くのエースを生み出した第52戦闘航空団に所属していたことがあり、他のカールスラントのエース達と旧知の仲である。その際に知り合ったグンドュラ・ラル少佐の誘いによって502JFWに招聘され、つい数ヶ月前に502JFWの勇士と共にネウロイの巣の撃破の立役者となった時の人である。

 

その空戦能力は苛烈の一言であり、勇猛果敢に必要以上にネウロイに接近し熾烈な攻撃を受けようとも次々に敵を撃墜していくという攻撃に主力を置いたスタイル。

そのため、数多くのユニットを壊しており、502JFWに所属する二人の『ユニット壊し』とまとめられて『ブレイク・ウィッチーズ』と揶揄されていると聞く。

 

そんな戦闘では苛烈な彼女の性格は無類の女好きと酒好きの真面目なカールスラント軍人とは思えない享楽主義者の楽観家。

 

情報で知っていたとはいえ、まさか初対面で女の尻を触ってこようとしてくるとは思わなかったと、ジェイミーは改めて1時間前のことを思い出す。

 

そんなセクハラをしながらも、容姿端麗な姿と熱い口説き文句で迫って来たクルピンスキー。その姿が脳裏に浮かんでジェイミーは頬を赤くするが、すぐにそのあとに起こった痴話喧嘩を思い出してクスリと笑った。

 

カジノに現れたヴァルトルート・クルピンスキー。そんな彼女に「先生」と呼ばれていたのは同じ502JFW所属のエディータロスマンだろう。

 

なぜ彼女達が、ペテルブルグから離れたこのモナコにいるのか。

その答えは彼女達が言っていた。

「式典に出席するため」。

空戦ウィッチである彼女達は浮遊脚を装着することができないためデモンストレーションの要因にはなり得ない。

なら考えられる彼女達の式典での仕事は、この式典に出席すること自体が仕事なのだろう。おそらくは502JFWの活躍を会場で褒め称えられるのだ。

人類の反抗の旗印の一つである彼女達が式典に現れるだけで会場は大きく盛り上がる事だろう。

ということは必然的に同じように戦果を挙げた501JFWのウィッチも出席することが考えられ、現状こんな政治的悪意が渦巻く会場に来るような501のウィッチは......

 

そこまで考えたジェイミーの胃が痛くなる。

思い出すは一人のウィッチ。

ウォーロックに関する諜報活動と後始末をしていた際に体良く利用され、散々な目を合わせられることとなった原因。

そんな彼女の持つ固有能力は隠密行動を行なっているときは天敵となり、変装すらも無意味にする感知系の固有魔法。

 

あの赤髪の灰色狼と再び会うのは死んでもごめんですよ。

 

そう内心毒づき、苦い思い出を思い出していたジェイミーは思い出に蓋をする。

 

そんなジェイミーに甘い声がかけられた

 

「やぁ子猫ちゃん。来てくれて嬉しいよ」

 

その声の方をジェイミーが向くとホテルの玄関から一人の人物が出て来た

その姿はカジノの時とは変わらず、ぴっしりとしたスーツを着こなし、和かに笑いながらジェイミーに熱い視線を送りながら右手を伸ばして来る。

 

 

まるでダンスを貴婦人に誘う伯爵のようなその姿。

ジェイミーは笑いながらその腕をとった。

 

「こちらこそ〜、お誘いいただいてありがとうございます〜。でもよかったのですか〜?  私のような給仕で〜」

 

ジェイミーは微笑みながらも疑問をクルピンスキーに問う。

あのカジノには多くの綺麗に着飾った女性達がいた。そんな中でクルピンスキーはあろうことか給仕のジェイミーを誘ったのだ。

なぜ、あれほど麗しい彼女達がいたのにもかかわらず、ただの給仕に声をかけたのか?

ジェイミーの脳裏にはクルピンスキーは私の正体を知っているからこうして声をかけたのではないか? という疑問を抱いていた。

 

だがそれは、彼女がクルピンスキーという女たらしを知らないからこそ思いつくことであった。

 

クルピンスキーが突然、たった今繋がれた腕を引き寄せる。

長身のクルピンスキーに手を引かれたジェイミーは足を絡れさせながら彼女の胸元に飛び込むことになった。

 

「そんなこといわないでよ......ボクはあの時君に一目惚れしたのさ」

 

クルピンスキーは紡がれた手を引きジェイミーを抱き寄せ、そう彼女の耳元で甘く囁いた。

 

クルピンスキーの柔らかな胸に体を委ねながらジェイミーは顔を上げる。

そこには彼女を微笑みながら見下ろす一人の『伯爵』の姿があった。

 

「そして今、ボクはもう一度君に一目惚れをした。仕事に熱心な君にぴったりな美しいドレスだ。そのワンポイントとしてつけられたリボンは君の可愛らさを沢立たせていて、まるで美しく静寂に広がる夜空を彩る一番星の様だ」

 

歯の浮くような口説き文句。

その口ぶりとそれに伴う仕草は完成されすぎていた。

 

こうやって多くの少女達を口説き落として来たのだろう。

クルピンスキー中佐は空だけではなく陸でもトップエースのようだ。

ジェイミーはそう思いながらも、悪い気は一切しなかった。

いやそれよりもまるで物語のお姫様になったような感覚に陥っていた。

 

恐らくは今まで『伯爵』に口説かれて来た少女達も同じ気持ちだったのだろうとジェイミーは確信する。

 

クルピンスキーは口説いた少女をまるでお姫様のように真摯に扱うのだ。お姫様の喜ぶ言葉を与え、その容姿を褒め、その心を甘く解きほぐす。

戦時中の辛いことや悲しいことがあふれているこのご時世に、自分だけに向けてそんな情熱的で紳士的な感情を向けられたら皆コロリと口説かれてしまうのもしょうがない。

 

言い方が悪くなるが、このクルピンスキーという女性はお金を一切とらないホストのような女性なのだ。

だがその行為が、タチの悪いことにお金ではなく口説かれた少女の心を盗んでいくのだ。

 

そしてそんなホストは今、ジェイミーの心を盗もうと隣に寄り添って来る。

ジェイミー自身、このまま身を彼女に委ねたくなるが、残念なことに今は仕事中なのである。

 

「そう褒めてくれて嬉しいのですが〜。一緒にいた方はよろしいのでして〜?」

 

ジェイミーは顔を赤らめながらも、抱きしめて来たクルピンスキーからゆっくりと優しく両手で体を突き離して聞いた。

 

クルピンスキーはそんなつれない態度にまんざらでもない顔をしながら答えた。

 

「先生は疲れてしまって部屋で寝ていてね。だから安心していいさ」

 

つまりは鬼の居ぬ間になんとやらである。

カジノでも見せた反省の気持ちが一切ない、開き直ったかの様な言い分を聞き、ロスマン曹長も苦労してそうだと内心思いながらジェイミーはクスクスと笑いクルピンスキーと話し続ける。

 

「連れの女性が眠っている間に、他の女性に手を出すなんてひどい人ですね〜」

 

「それほど君が魅力的だったのさ。だから今日は君を優先した。」

 

「それが名前も知らない女性にいう言葉ですか〜?」

 

「じゃあ、レディ。よければ君の名前を教えてくれるかい?」

 

クルピンスキーが微笑み語りかけてくる。

本当にキザな女性だ。この人が男でなくて本当に良かった。男だったなら数多くのウィッチが彼女の手にかかってウィッチ出なくなり、この女たらしも首に縄を括られることになっただろう。

 

そんな、しょうもないことを考えながらも表情に一切それを出さず、ジェイミーは用意していた偽名を名乗った。

 

「シュテファニー・ブロードチェストですよ〜」

 

「ステファニーじゃなくてシュテファニーということは君もカールスラント人なのかい?」

 

「そうですよ〜。母国からこのモナコにながれてきたのですよ〜」

 

『シュテファニー・ブロードチェスト』

年齢14歳。両親もカールスラント人の生粋のカールスラント人

カールスラントがネウロイに占領された時に両親を亡くし、ブリタニア方メインではなくロマーニャ方面に避難してきて、モナコにたどり着きそこで生きていくために日々を働いている呑気ながらも仕事熱心な少女

 

という設定。

 

今回の作戦でモナコに潜りやすい様にジェイミーが作り出した役であり、ジェイミーが数多く所有している数多の人物設定のうちの一つ。

だが役とはいえ、ジェイミーは役を演じるのではなく『シュテファニー』になっていた。これは軽い自己暗示の一種であり、『シュテファニー』は自らの設定をまるで体験して来て今ここに存在していると確信しここに存在している。

この自己暗示を併用した役を演ずる方法はやりすぎると戻ってこれなくなるが、ジェイミーがこの方法を行うのは日常茶飯事であり習慣の様に染み付いていた。

 

まさか目の前の『シュテファニー』が実際には存在しない人間だとは思いもしないクルピンスキーは自ら誘った少女の名を手に入れたことに満足し、次の段階に進み始める

 

「じゃあ、シュテファニー。このホテルの中には良いバーがあってね。そこで君の夜のひと時を奪わせてもらってもいいかな」

 

甘いひと時を誘う一言。

その誘いにシュテファニーは喜んで引き受けた。

 

「それは光栄です〜」

 

承諾を得たクルピンスキーが微笑みながらシュテファニーの手を取りホテルの中に案内していく。

 

 

これで、ホテルへの侵入ができた。

クルピンスキーに連れられながら、ホテル入り口の警備員の横を通り抜けるジェイミーはちらりと自らの腕にはめた腕時計を見ながら思考する。

 

『アーカーディ・ジョン』の待ち合わせまであと2時間。まだまだ時間には余裕がある。このままクルピンスキーと1時間ほど時間を潰した後、『アーカーディ・ジョン』の元に向かおう。

もし、クルピンスキーが離してくれなかったなら、軽く眠らせればいい。

そう考えるジェイミーの脳裏には懐に忍ばせた睡眠薬の存在が思い出されていた。

 

 

そんな薬を盛られる可能性があると思いもしないクルピンスキーはシュテファニーを連れ、ホテルのロビースペースに入る。

そこはまるで別世界の様であった。

頭上が吹き抜けとなったロビースペースには豪華なガラス張りのドームが天井に広がり、床は研かれた大理石が使われ、その上に豪奢なカーペットが惜しげも無く敷かれている。

また、各所には恐らくは途方もない値段であろう絵画や銅像が飾られ、その一角には今回の式典のために用意したであろう、ストライカーユニットも飾られている。そのユニットには見覚えのある著名なパーソナルマークとサインが施されていることから、彼女らもこのホテルに泊まったのだろう。

そして、ロビースペースにそびえるホテルの支柱も細かい装飾が彫られその奥に見えるフロントも小物ひとつ置かれていないながらもフロント台を構成している木材は綺麗に研かれたその木目と色調から美しさと力強さが感じさせられた。それらによって彩られた、このこだわり抜かれて作られたロビースペース一帯はまるで一つの芸術品の様であった

 

今まで様々な作戦で格式のあるホテルや建物に潜入して来たジェイミーもこの空間には流石に圧倒され思わず目を瞬かせた。

 

「ふふっ。圧倒されている様だね。ボクも初めてここに来た時は驚いたものさ」

傍に立つクルピンスキーの声がジェイミーの耳に入る。

 

「ほぁ〜こんなところ始めて来ました〜」

いや本当にこんなところ始めて来ましたよ。なにここ宮殿ですか?

 

ジェイミーは『シュテファニー』と同じことを考え答える。

 

そんな驚いている様子に満足したのかシュテファニーの手を引きクルピンスキーがある一角を指差す。

 

「驚いてくれている様でなにより。実はあそこに飾られたストライカーユニット。僕が履いていたものがサイン付きで寄贈してあるから見ていかないかい?」

「それは見て見たいですよ〜!」

 

 

クルピンスキーの誘いにシュテファニーは目を輝かせながら心良く承諾する

 

だがシュテファニーの表情とジェイミーの内心はまったく違った。

ジェイミーの内心にあるのは呆れ。

 

そもそも、502JFWは『ブレイクウィッチーズ』を含む様々な要因で資材と金の遣り繰りに四苦八苦しているはずである。

そんな502JFWがストライカーを易々と寄贈するはずがない。

 

502は噂で聞く限り、壊れたユニットも使える部品を回収して再利用していると聞いている。ならなぜ目の前にクルピンスキーが履いていたユニットが飾られているのか。

 

偽物か? いやそれはない。なぜなら履いていた本人が、自分が履いていたと認めているから。

なら考えられるのは、あれは中が空っぽのハリボテであるということ、そしてわざわざこのハリボテをペテルブルグからモナコに運んで来て飾られている事から、502JFWはこのサイン付きのハリボテをこのホテルに売りつけたのではないか?

 

中身が空っぽとはいえ軍用品を売るなんて横暴は普通認められない

だが502JFWの司令はあのグンドュラ・ラル少佐である。

502の戦力維持のためにやり口を問わず様々な裏技や裏工作を行い、強欲に人材や資材をかき集めるやり手。親しい戦友から「強欲女、人類の敵、ネウロイ以下の悪党」「くたばれ」「さっさとくたばれ」などの友愛を感じさせる熱い言葉を受け取りながらも図々しく振る舞う鋼の女。

 

一体このハリボテでどのぐらい金を稼いだのやら。

 

ジェイミーは502に入る強欲なウィッチに慄きながらも、シュテファニーとしての笑顔を絶やさぬままクルピンスキーに腕を引かれていく。

 

 

とその時、運悪く突然彼女らの目の前を一人の従業員が手押し車を押しながら小走りで通り過ぎた。

 

「おっと、あぶない」

クルピンスキーはぶつかりそうになったため足を止め、同じくぶつかりそうになったシュテファニーの肩を抱く。

 

シュテファニーはクルピンスキーに肩を抱かれながら目を白黒させた。

そんな様子に気がついた、従業員が慌てて立ち止まり、彼女たちに向き直る。

このホテルの帽子と制服を着た若い男の従業員。彼は表情に、『やってしまった』とわかりやすく表現していた。

 

「す、すみませんお客様!」

 

被って入る帽子がずり落ちそうなほど頭を下げて謝罪をする従業員

だが彼の様子にクルピンスキーは笑顔で告げる。

 

「いや、構わないよ。ただ次からは気をつけてね。危うくレディが転ぶところだったからさ」

 

「申し訳有りません!」

 

再び頭をさげる従業員。

そんな真面目な彼にクルピンスキーは逆に好感を覚えながらも、ふと彼が押していた手押し車に目を向ける。

 

二つのものが乗せられていた。一つは白い布がかけられており何かはわからない大きなもの。もう一つはそんな白い布をかけられた上に置かれた木箱に入れられた機械であった。

 

「これは......ストライカーユニットかい?」

クルピンスキーが従業員に問う。

軍人である彼女にとって見慣れているストライカーユニット。だがそれを問う彼女の声には少しの困惑が見られた。

 

「そうなんですよ。どうも新しく飾るらしくて。どうも古い型らしいですね」

 

「へぇ......。ああ引き止めて悪かったね。もう行っていいよ」

 

「いえこちらこそ、本当に失礼しました」

 

クルピンスキーに促され、従業員が足早に去って行く。

その様子を眺めた後、クルピンスキーは傍にいるシュテファニーに語りかけた

 

「じゃあ気を取り直して行こうか」

 

「......はい! では行きましょう!」

 

 

 

 

行けるわけがない。

 

 

明るく答えるシュテファニーとは違い、ジェイミーは混乱していた。

先ほどのストライカーユニット、クルピンスキーが困惑するのも無理はない。

あんなストライカーユニットを彼女は見たことがないからだ。

それは当たり前だ。その姿は明日まで厳重に軍で保管されているはずの物。

あのストライカーユニットは明日お披露目される物

 

新型ストライカーユニット『浮遊脚』なのだから。

 

そんなものが高級ホテルとはいえ一般のホテルになぜ存在している?

その理由はまったくわからない。だが異常事態には変わりがない。

 

『アーカーディ・ジョン』の予定まで後2時間。

その2時間を『伯爵』との甘いひと時を過ごすのか、それともここにあるはずのない『浮遊脚』の事を探るのか。

 

 

MI6の諜報員であるジェイミー・ボンドにとってその答えは明白であった。

 

ジェイミーはクルピンスキーに腕を引かれながら、懐に忍ばせた薬の確認をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストライクウィッチーズ ROAD to BERLIN完結しましたね
今までのストライクウィッチーズの集大成でした......本当に良かった
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