スパイウィッチとウォーロックの遺児   作:haguruma03

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6話 拳打と銃撃

1.

 

地下駐車場に荒い息が響く。

偽物を倒した本物は倒れ伏した偽物の側で地面に横たわりながら激しく咳き込んだ。

それは死と隣り合わせの危ない賭けをした代償だ。

筋肉の限界を無視して走り、宙に浮いている相手には普通の蹴りでは当たらないと判断して繰り出された空中胴回し回転蹴り。

だがそんな慣れない曲芸の結果、彼女は受け身に失敗し地面に叩きつけられたのだ。

 

死の淵にいた緊張感、短期間での肉体の限界までの行使、受け身の失敗による痛み。その痛みと疲労が一気にジェイミーに襲いかかっていた。

 

ジェイミーは深呼吸をして猫耳と尻尾を消しながら息を整え、上半身を起こす。

そして先ほどまでのことを思い出し苦笑した。

『これ報告したらボスにまた小言を言われるわね。お前はアクション映画の俳優かってね』

 

あとは危ない時に漏れてしまうリベリアンの様な口調を治さなきゃ、とジェイミーは自身の欠点を独白しながら倒れている偽物を見下ろした。

 

自分と全く一緒の顔の下手人。だがその顔に変化が見られた。

金髪は白髪へと変わっていき、髪がみるみると伸びていっている。それだけではなく体の肉付きも少し変化し、顔はまるで靄がかかったかの様に見えなくなっているのだ。

 

術者本人が気絶したから固有魔法が解けてきているのか?

ジェイミーはそう思い偽物の身体検査を始める。

だが、見つかるのはナイフと先ほど偽物が使っていたS&W M10のみ、身元の特定につながる物品は見当たらない。

 

『もしもの時のために身元につながる情報は的確に潰している…その用意周到さから、やはりこの子も私と同じ諜報員かそれに近い何か…』

 

ジェイミーが気になるのは偽物が最後に思わずこぼしたオラーシャ語。素直に考えるのならオラーシャの諜報員となるが。だがそれも彼女の撒いたダミーの可能性がある。

 

そう思案しながらジェイミーは地面から立ち上がった。

それにしても、この固有魔法と思わしき現象の恐ろしさだ。これ一つで一体幾つの諜報任務が楽になるだろうか。そんな存在を内に抱え込んでいた組織はどこなのだろうか。

 

ジェイミーは考察するが、すぐにその考えを切り上げる。

尋問や推理は仕事じゃない。そういったことそれが仕事の人間に任せればいい。

それが彼女の下した結論だ。

 

とりあえず、銃声を聞きつけた誰かが来る前にこの場をどうにか片付けなくてはならない。

そんなことを考え、息抜きに懐からカスタムメイドのタバコを取り出したところでジェイミーの視界に一つの物が目に入る。

先ほどまでMK108 2連装30mm機関砲が置かれていた手押し車。

そこに一つのアタッシュケースが置かれてあった。

 

あれもまたMK108 2連装30mm機関砲と同じ浮遊脚に関わる物だろうか。

ジェイミーは疑問に思い、取り出したタバコを直しながらアタッシュケースに近づく。

するとぐしゃりと何かを踏みつけた。

ジェイミーは地面とは違う感触に足元を見る。そこには従業員の体から出た赤い液体によって濡れた手帳らしきものが落ちていた。

 

おそらく従業員が銃弾によって倒れた時に落としたのであろうその物品。

思い出されるのは、この従業員と偽物が会話していた内容。

 

『受取人の運び屋はお前ではなかったはずだが?』

『あれぇ? そうだっケ?』

『謀るな。もとよりお前の行動はいつも怪しすぎる』

『それは君の偏見じゃないかナ?それよりも、『アレ』と『あれ』はちゃんと持ってきてるようだネ。最初聞いた時は偽物でも持ってくるのかと思ったけど、どうやら本物のようダ。それ手に入れるのに一体どんな手を使ったんだイ?』

 

 

 

ジェイミーは疑問に思う。

『あれ』と『アレ』とはなんだ?

『あれ』が浮遊脚としたのなら、『アレ』はMK108 2連装30mm機関砲だろうか?

確かにそれもあるだろう。だがジェイミーの直感は、『アレ』が目の前のアタッシュケースなのではないだろうかと告げていた。

 

あのアタッシュケースがなんなのかはわからない。下手をすれば開ければ爆発する爆弾かもしれない。ならばその前にやるべきことは1つ。

 

偽物の所持品にヒントはなかった。ならばその協力者と思われる従業員ならばどうだ?

ジェイミーはそう考え、従業者の遺品を拾おうとして......ふとあることに気がついた。

 

それは視界と感覚の違和感。

存在してしかるべきのものがないという疑問。

 

『…血の匂いがしない?』

 

空調の悪い地下駐車場であるのにもかかわらず、従業員から溢れ出た血の匂いが一切しないのだ。

 

匂いのしない血などあり得ない。ならばこの赤い液体は血ではなく別の何かであり……

ジェイミーの脳裏に戦慄が走った。

すぐさまワルサーPPKを従業員の死体に向ける。

 

だがそこには死体はなく、見えたのは起き上がりざまに振るわれる従業員の右足

 

「ぐぁっ…ッ!!」

 

ジェイミーの声にならない苦悶の声を上げワルサーPPKを取りこぼす。

右わき腹に直撃した鈍器による一撃を思わせるような蹴り。その一撃は的確にジェイミーの骨と内臓に深刻なダメージを与え鈍い痛みをもたらした。

だが致命傷ではない。

衝撃を足さばきで受け流すことも不可能と断じたジェイミーは大きく飛び退き転倒を免れる。

その際に腕からこぼれ落ちたワルサーPPKを足で弾き、拾われぬように転がした。

 

カラカラと音を立てて両者の間合いから離れて転がっていくワルサーPPK

 

追撃範囲から離れたジェイミーは距離を置いて、突然の襲撃者の姿を見る。

初めて会った時は体が細い若い男を思わせたその風貌は大きく変わっていた。

あの従業員らしい真面目な雰囲気は消え去り、重く剣呑な空気を醸し出す。細身に見えた体はガッシリと肉付き、そしてその顔は、今倒れ伏している偽物と同様に靄がかかって認識する事が出来ない。

 

『あいつ、自分だけでなく他人の顔もいじれたの!?』

偽物が残した置き土産ともいうべき現象に慄くジェイミー。

自身だけでなく他人も変装させる事ができるというのなら、それだけで大きく世界を動かすことも可能である。

ジェイミーの意識が偽物の存在価値の大きさや考察に傾きかけるが状況がそれを許さない。

 

「じきに魔法が切れるな…時間がない」

従業員が呟いた言葉。その声質はロビーで聞いた彼の声と大きく変わっており、それが男なのか女なのかが判別がつかない。

まるで音程を調節しているスピーカーのように声が変質して機械じみていた。

 

そんな敵対者は、突然体を倒れこむかのように前に倒すとその倒れこみを利用してジェイミーに急速に駆け寄って来る。

『疾い…!!』

その急速な接近に対して、即座に魔力を再び解放して猫耳を生やしたジェイミーは、重い一撃を受けた体を動かして対峙する。

 

彼女の意図しない2回目の戦闘の火蓋が地下駐車場で切って落とされた。

 

1秒もせずに両者は両者の間合いに入る。

そして間髪を入れずに従業員とジェイミーの格闘技が無数に交錯した。

互いの急所を狙う拳が空を切り、互いの肉体を傷つける打撃音が地下駐車場に響き渡る。

不意打ちを受け体調が万全でないにもかかわらずジェイミーはその拳劇に飢えた獣のように追いすがる。だがそれは彼女の最後の気力なのだろう。度重なる運動により筋肉が、受けたダメージにより内臓が、限界を超えて行使させられる脳や肺が悲鳴をあげ続けていた。

しかしそれでもなおジェイミーは縋り付く、筋肉が動かぬなら魔力で動かし、痛みが動きを阻害するのなら痛みを忘れ、心臓を過剰なまでに行使して身体に栄養を行き渡らせる。それが後々の体にどんな悪影響を及ぼすのかという現実を彼女は無視した。なぜなら、彼女はこんなところで絶対に死ぬわけにはいかないからだ。

 

「……よくここまで鍛えたものだ。感心する」

そんな死に物狂いの彼女に対して従業員、いや敵からの賞賛が送られる

 

「----ッ!」

 

だがその言葉は彼女にとって良い意味になりえない。

なぜならそれは、彼女が肉体を限界まで酷使して戦闘をしているのに対し、目の前の敵は言葉を話し、相手を賞賛する余裕があることの証明にすぎないからだ。

 

時間が経過するごとに徐々に追い詰められて行くジェイミー。それに加えて肉体が絞り出した最後の気力も枯れ果てようとしていた。

 

『一撃……一撃入れれば勝機はある』

ジェイミーは焦りながらも思案する。

魔力を付与した一撃を相手に当てさえすれば勝機はあるのだ。

 

その願いともいうべき思考の元、彼女は重い一撃を受ける覚悟で深く相手に近づき渾身の拳を叩き付けようとする。捨て身に近い右拳による一撃。その鬼気迫る拳の一撃を敵はあろうことか逆に近づいた。

そして拳が伸び切る前のジェイミーの右腕を容易く受け流し、敵はそのまま大きく一歩彼女の右後方に足を踏み込む。

次の瞬間、ジェイミーの耳に地面が強く踏み込まれる音が聞こえた。

その音に彼女は戦慄し視線を横に向ける。

横に見えるのは大きく右腕を弓の様に引き絞った敵の右半身。

 

シールドを貼ろうとするが間に合わず、とっさに左腕で右側頭部をガードするジェイミー。

だが放たれた肘打ちは頭部ではなくガードの空いた脇腹へと的確に突き刺さった。

 

「ガ……ハッ!!」

まるで槍による一撃の様に振るわれた鋭く重すぎる一撃。

肺の空気が全て吐き出され、脇腹から激痛が悶え走る。

そんな一撃を受けたジェイミーの体はゴロゴロと地面を転がし数メートル先の柱にぶつかり静止した。

 

 

もはや勝負はすでに決していた。

片や息一つ乱れず転がった少女を見下ろし、片や呼吸が乱れ痛みと損傷で立つことも体を起き上がらせる事もままならない。

 

しかし

 

『死んで……やるわけには…いかないのよ……!!』

悲鳴をあげ震える腕を床に叩きつけジェイミーは無理やり地面から起き上がる。

体はすでに限界を迎え、最後の気力も先ほどの一撃で吹き飛んだ。だが彼女の眼光は諦めていない。

その瞳は諦めや絶望の光を一欠片も灯さず、生き残るためにギラギラと輝いている。

もはや状況は生き残る道が耐えているのにもかかわらず、彼女は生きることを絶対に諦めていなかった。

そんな『自らの死』を頑なに否定し争う姿は、狂気ともいうべき意志の強さでありもはや20にも満たない少女がする瞳ではない。

 

そんな彼女を見て、敵は哀れみの視線を向けていた。

「諦める気はないか……?」

 

それは憐憫の言葉だろうか?

10代でMI6という重く暗いものを背負い続け生きてきた彼女への哀れみだろうか?

 

だがそんな言葉はジェイミーにとって無用の長物であった。

彼女は吼える

「だれが…諦めるものですか……! 私は幸運と運命に恵まれているらしいのよ……こんな所で死ぬわけが……ないでしょうが!!」

 

ジェイミーの心からの叫び。それを聞いた敵はピタリと動きを止めた。

 

敵は彼女の言葉に感銘を受けて見逃す気になったのか?

それは否である。

 

敵は歩き、あるものを拾いに行く。

一つは手押し車に乗せられていたアタッシュケース。もう一つは床に転がった別のもの。

左手にアタッシュケースを持ちながら数歩歩いた場所にその鉄塊は落ちていた。

それはワルサーPPK。ジェイミーが先ほど落とした拳銃。

 

それを拾い、状態を確認しながら敵はジェイミーに語りかける。

「お前が自分のことを幸運と言うのなら、お前が運命に恵まれていると言うのなら試してやろう」

 

敵はそう言うと右手でワルサーPPKを構え銃口をジェイミーに向けた。

「今からこの銃の中に残った2発の銃弾をお前に撃つ。魔力を使い無理やり体を動カしている今のお前にはシールドが張れないだろう。だがそれでも、お前の言う幸運や運命がお前を生かすと言うのならば私はお前を見逃してやる」

 

這いつくばるジェイミーが見えるのは銃口と靄がかった敵の顔。

敵のその行動は戯れか、哀れみか、だがそのどちらにせよジェイミーにとって絶体絶命なことは変わりがない。

 

しかし、それでも生き残るチャンスが現れたのだ。

 

ジェイミーは心身を振り絞り、ウィッチになってから使い慣れたシールド(生き残る技)を展開する。

見慣れた青く光る魔法陣が術者の盾となるべく敵と彼女の間を阻む。

 

敵が使用できないと語ったシールドを展開して見せたジェイミー。

だがその光はすでに乏しく明滅し、弱々しいものであった。

それは敵によるたった二撃の打撃で彼女の体は限界を迎え魔力の安定ができなくなっているからだ。

 

『しっかりしろ私!! ここで死んだらアレンに笑われるわよ!!』 

 

亡き友を思い出し自らの体を叱咤するジェイミー。だがまともなシールドを張る事が出来ないのは当然のことであった。

まだ20にも満たない少女に対して重い攻撃が二度も直撃したのだ。大人ですら苦悶する一撃を子供が耐える事ができるわけがない。精神論ではどうにかできない域まですでに達しているのだ。

 

だがそれでもジェイミーは足掻き続ける。脳を過剰に動かし目の前のシールドを強固にしようとする。

その生き残ろうとする執念は『ウィッチに不可能はない』という言葉を証明するがごとくハリボテのシールドを強固にしていく。

もしかしたら、もう少し時間を置けば銃弾1発ぐらい防げるシールドを作り上げる事が出来るのかもしれない。

 

しかし無情にも敵の銃口はすでにジェイミーの額に向けられ発射されようとしていた。

もはや防ぐことは叶わない攻撃。ならば避けるしかない。

 

『動け…動け動け動け動いて!!』

 

ジェイミーは奥歯を砕くほど噛みしめながら肉体に命令する。

だが筋肉は痙攣するばかりで動きを見せることはない。

 

足掻くジェイミー。その姿を無情にも見下ろす敵。

わき腹に二度目の打撃を受けた事によって完全に傾いた戦いのシーソーゲームは終わりを迎えようとしていた。

 

射撃者によってワルサーの狙いはすでに定められている。

 

その時、運命は定まった。

 

『この距離ならば外すことはない』

射撃者はそう認識し、撃鉄を落とした。

 

 

 

2.

 

 

響いたのは1発の銃声。硝煙の匂いが香り、撃たれた者の血が地面に滴り落ちる。

 

「……ぐぅ!?」

 

そんなうめき声とともに、()()()()()()()()()()P()P()K()()()()()()()()

 

ジェイミーは突然のことに混乱して目を白黒させる。

 

一体何が?とジェイミーが思案していると『射撃者』の声が駐車場に響き始めた。

 

「バーテンダーから話を聞いた時は驚いたわ。あの『ニセ伯爵』がたった2杯のカクテルで酔い潰れて眠っているなんて、ありえない冗談を聞いたのだから」

 

鈴のように鳴り響く女性の声。

そんな声で語る彼女はカツンカツンと音を立てながら近づいてくる。

 

「だってありえなのよ。あの酒好きが2杯で酔い潰れるなんて。それも女の子を口説いている途中にね。」

 

その姿は白いドレスを着た銀髪の女性

だがその表情は固く、格好とは不釣り合いな剣呑とした雰囲気を醸し出している。

 

「なら考えられるのは薬。誰かが私の戦友に薬を盛ったという事」

 

そんな彼女は、その華奢な体には似合わない、カールスラント軍に支給される拳銃であるワルサーP38を持ち、銃口を敵に対して構えている。

 

「第一容疑者はあの人が誘っていたカジノの給仕。聞き込みをしてみたらボロボロと情報が出てきたわ。よっぽど急いでいたのね」

 

その視線は鋭く、まさに軍人の目であった。

そんな彼女目がちらりとジェイミーを見つめる。

 

「後で、詳しく事情を聞かせてもらうわ」

 

彼女はジェイミーに一言うと再び敵に視線を向けた。

 

『エディータ・ロスマン曹長』

カールスラントのエースの1人にして502JFWの英雄の1人がこの混沌とした地下駐車場に姿を現したのだ。

 

 

 

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