スパイウィッチとウォーロックの遺児 作:haguruma03
1.
相対した軍人と従業員。
ロスマンの銃口はヒタリヒタリと右腕から血を流す従業員に向けられている。
そんな光景を、膝をつきながら見るジェイミーは自身の不手際により命を救われた事実に呆然としていた。
睡眠薬を飲ませたら、飲まされた人物の友人が怒って犯人を探しに来て、その友人が犯人の九死に一生の場面を助けてくれる。
前世で一体幾つの善行を行ったらこんな幸運に恵まれるのだろうか? と彼女は自らの幸運に度肝を抜かれる。
とは言っても完全に幸運なわけではない。
もし本当に幸運な運命を持っているのなら、こうやってMI6の仕事なんてやっているわけがないし、この状況を打破した後にロスマン曹長から逃げなくてはならない事になっていないからだ。
ジェイミーを捕獲するのが同じブリタニア所属ならば大丈夫なのだが、ロスマン曹長はカールスラント軍人。
他国の軍人に諜報員が見つかり捕まった場合、昔から決まって同じことが起こる。それは、その諜報員への拷問か、その諜報員の謎の死である。
絶体絶命なのはかわりない。だが死は遠ざかったのだ。
その事実にジェイミーは安堵しこの後、どうするのかを思案し辺りを見渡す。
目の前の状況は、未だ上手く体を動かすことがままならない私、相変わらず倒れ伏している偽物、右腕から血を流しながらも痛がりもしていない従業員、そして従業員に対して綺麗なシューティングフォームでワルサーP38を構える軍人。
『……何をどうしたらこうなるのよ』
どうするかではなく、どうしてこうなったかを考えてしまったジェイミーは一人独白した。
だがそんな時、状況に変化が訪れた。
従業員が肩を震わせ笑い始めたのだ。
彼、まはや彼女は右腕が銃弾で貫かれ痛みが感覚を襲っているはずなのに、靄で見えない表情を歪ませ不気味に笑う。
「何がそんなに可笑しいのかしら?」
そんな不気味な存在にロスマンが詰問する。
その詰問に対して従業員はまるで降参するように両手を上げ始める。
右手は血が滴り、左手にはアタッシュケースが握られている。
そんな従業員の表情は相変わらず靄がかかったかのように見えない。だがその靄は先ほどより晴れてきている気がする。
従業員がロスマンに対して返答を始める。
その声は先ほどと同じ機械音のような声だが、少しずつ肉声に近づいていた。
「可笑しいに決まっている。エディータ・ロスマン曹長」
名乗ってもいないのに名前を呼ばれる。
この行為は普通なら少しは動揺するものだが、ロスマンは眉をピクリと動かすだけで動揺しない。
「あら、名乗った覚えはないのだけど?」
「502の英雄は有名だからな…出会えて光栄だ」
「そう…こっちは全く嬉しくないわ
ロスマンは思う。
当たり前だ。誰が好き好んでこんな状況に身を踊らせる羽目になるというのか。
ただ私は戦友に薬を盛った相手を捕えるために地下駐車場にきたのだ。
そしたら、ストライカーユニットを履いた少女が倒れているし、給仕の子が死にそうになっているし、その子に銃を向けて殺すとしているホテルの従業員がいる。しかもその従業員は
もう無茶苦茶で訳がわからない状況。
見るからに厄介ごとであり、本来なら関わるのを避けるべき状況だったのだが。
それでもウィッチである私は目の前で人が死ぬことを容認できなかったのだ。
その結果がこの状況。
クルピンスキーが騒動を起こすことへのお目付役として向かわされた私が結局騒動のど真ん中にいる。
『これじゃあ、今後あの人のことをとやかく言えないわよ…』
そんな頭痛がすることを考えるがそんなことを顔にお首も出さず、
睨まれた
まるで今の状況に危機感を抱いていない様子であった。
「ああそれは残念だな…。それでなんで笑っているかだったか…」
その雰囲気、笑い声、そして靄にかかって見えない表情のせいで、一層不気味に見える。
すると
「な…何…?」
突然顔を向けられたジェイミーは困惑する。
それが何を意識しての行動なのかはジェイミーにはわからない。だが、なんらかの感情を含んでいる行動であると容易に想像がついた。
そんなジェイミーの様子に満足したのか
その声はまるで楽しい思い出を語るかのような語り口であり、ロスマンには理解できない答えであった。
「フォーチュンクッキーの占いは当たるものだと思ってな」
その答えはロスマンにとってはなぜ笑いにつながるのかわからない答え。
だが、その答えを聞いたジェイミーは違った。
「え……?」
本日何度目かもわからない呆然とした彼女の声。
だが今回に関しては今日の中で最も彼女の意表をついた言葉であった。
なぜならばその答えは、彼女と彼女の戦友の思い出を知っていなければ答えることのできない答えだったから
その様子に気がついたのかロスマンは眉をひそめる。
その時であった。
ガチャンという音が響く。
それはアタッシュケースのロックが外れる音であった。
アタッシュケースの口が開き内容物が公開される。
そしてそれを見たジェイミーとロスマンの思考が一瞬停止した。
内容物は二種類。
たくさんの書類と二つの透明なシリンダー。
シリンダーの大きさはワインボトルほどであり、二つのシリンダーの中には共に1つの綺麗な宝石のような物体が入っていた。
それは、
それは人類の天敵の心臓。それはここにあってはならない物
『ネウロイコア』
なぜそんなものがこのモナコにある?なぜコアだけが存在している?
そんな疑問が頭の中に浮き上がる前に1つのことが起きた。
片手で開かられたアタッシュケース。
本来ならばそんな開け方をしたら溢れるはずのアタッシュケースの内容物だが、内容物はしっかりとケース内のベルトでロックされているため開いても内容物が溢れることはなかった。
……1つのシリンダー以外。
それはワザとなのだろうか、偶然なのだろうか、1つのみベルトでロックされていなかったシリンダーは、ゆっくりと重力に従いアタッシュケースから傾きこぼれ落ちていく。
わずか数コンマの瞬間であるのにもかかわらず、その動きはゆっくりと見え、まるで時間が遅延しているようであった。
だが、一つの絶叫がその遅延を打ち砕く。
「コアを撃てぇぇぇッッ!!」
ジェイミーの絶叫にも似た叫び声が地下駐車場に響き渡る。
だがその声を聞くのは倒れ伏している偽物、シリンダーを宙に踊らせた
ロスマンは地面にダイブするシリンダーに向かって瞬時に銃口を動かす。
その動きをみて
だがロスマンは、従業員の動きを視界の端で追いながらも無視をする。
ロスマン曹長は今この状況が、何が起こってこうなったのかは全く理解していない。だがそれでも、あのシリンダーが割れてコアが外に出たらとんでもないことになると内から湧き上がる危機感が告げていた。
なぜなら彼女が見間違うはずがないのだ。多くの戦友と国民を殺戮して来た人類の天敵の心臓の事を。
ロスマンは狙いを定める。
『空中から落ちるシリンダーの中にある小さなコアを地面に落ちるまでのわずかな時間で撃ち抜く』
そんな曲芸、彼女の知る限りできるウィッチは『偏差射撃』の固有魔法を持つグンドュラ・ラルしかいない。
そんな魔法はロスマンにはない。だがそれでも彼女には当てられるという確信があった。
ロスマンのJG52の経験が、502JFWでの日々が、人々を守るという義務感が、上で眠る友を守るという熱い想いが、彼女をアスリートのようなゾーン状態へと導いていた。
彼女は今まで自らが教え子たちに教えて来た銃の撃ち方を忠実に行い始める
『体重の重心は前へ』
『身体は目標に対して正面を向く』
『腰は両足の間で安定させる』
『頭ではなく腕を動かし銃と視線を目標と一直線に』
コンマ数秒で彼女はそれを完全にこなした。
普通の人間からしたら信じられない一瞬の動作。だがそれは不可能ではない。
その動作を行うだけの、肉体と経験と知識をロスマンは、カールスラントのエース達は皆所持している。
『当てた』
トリガーを引いた瞬間彼女は必中を確信した。
撃鉄が落とされる
確かに、ロスマンはこの行動を行うだけの肉体と経験と知識を持っていただろう。
だがそれは前述した通り、カールスラントのエースならばだ。
ロスマンは思い出すべきであった。今の自分はカールスラントの軍服を着た曹長ではないことを。
ロスマンは知るべきであった。ゾーンに入った集中した意識が、射撃以外の意識を、注意力を排斥してしまっていることを
撃鉄によって銃弾の雷管が叩かれ発射薬に添加された瞬間、人間には知覚不可能なそんなわずかな瞬間にロスマンは違和感を覚えた。
『体幹が…おかしい?』
今まで数多の生徒達に何度も教え実演してきた拳銃の撃ち方。
けれど、それと同じことをしているはずなのに、この時に限って発砲した時の衝撃を受け流しきれない自らの体の違和感。
だがそれは当たり前のことであった。
今の彼女の姿は、いつもの軍服と軍靴ではなく白いドレスとハイヒールなのだから。
動きやすい軍服とドレスでは、地面との接触面積が軍靴とハイヒールでは、射撃をする際の誤差が違いすぎた
彼女は気がつかなかったのだ、一発目の従業員の右腕を狙って放った銃撃が『幸運』に恵まれて命中したことを。
ロスマンの一撃はシリンダーに直撃する。
しかしその銃弾はコアを掠るだけだけにとどまった。
シリンダーは地面と接触し、派手に割れた。
巻き散らかされる中に入っていた無色の液体とコア。
ロスマンは外してしまった事に動揺しなかった。
動揺し体を固まらせるほど彼女の軍人としての経歴は短くない。
すぐさま銃口を修正し第二射を打ち込まんとする。
それは1秒も満たない素早い行動であった。
だが、その速さよりも早く動いたものがいた。
それは新たな乱入者か?いや、それは最初からこの地下駐車場にいた。
『ソレ』は長年の拘束を解かれた事で瞬時に自らの使命を遂行し始める。
目の前の存在が自らを殺すよりも早く、自らのコアを守る肉体を再生する。
響く二射目の銃声。
それは『コア』ではなく『ネウロイの外皮』を削るにとどまった。
三射目は発射されなかった。
突然現れた巨大なものがロスマンの体を吹き飛ばしたからだ。
それは横薙ぎに振るわれた蜘蛛のような足。
その足は黒く巨大であり丸太のように太い。その一撃は瞬時に貼られたシールドごとロスマンの体を弾き飛ばした。
宙を舞う華奢で小柄な体。
彼女はコンマ数秒の浮遊体験の後に激しく車に体を激突させた。
激しい衝突音とともに車がひしゃげる。
「ロスマン曹長ッ!!」
ジェイミーがロスマンに駆け寄ろうと前へ1歩進もうとするが、その目の前に巨大な杭が突き刺さり行く手を阻む。
いや、杭ではない。
それもまた足であった。
ジェイミーは突然自らが影に覆われた事に気がつき上を見上げる。
そこには蜘蛛がいた。
普通の蜘蛛ではない、トラックのように大きい体は鎧のような黒い外骨格に覆われ、そこから丸太のような太い8本の足が生えている。
そしてその体から生えた顔はじっと目の前の
ネウロイ。
形状からして名付けるなら、『アシダカ蜘蛛ネウロイ』がそこにはいた。
ジェイミーは目を閉じていたわけではなかった。だが彼女が瞬きするような一瞬のうちに目の前のネウロイは、コアが外気に触れた瞬間その体を再生させていたのだ。
あまりに速すぎる再生速度。それについて彼女が思考するよりも前に、彼女の頭を噛み砕かんとネウロイの開かれた顎が近づく。
『ここまで来て…ッ!』
体が重く身を翻し逃げることができないジェイミー。
そんな彼女は後数秒でたどり着く自らの死を防がんと、シールドを展開しようとする。
無駄なあがきとも言える行動。だが彼女は死ぬまで生きることを諦めないのだ。
「やっぱり君は、ドブネズミのように生き汚いネ」
その時、轟音が響いた。
1つではない、幾重もの砲撃音が地下空間に響く。
その音の発生源をジェイミーはすぐに理解し、そちらに目を向ける。
そこには倒れながらもMK108 2連装30mm機関砲を持ち打ち続ける偽物の姿があった。
偽物の顔には靄がすでにかかっておらず、頭に狼の耳を生やしたニヤついた性格の悪そうな表情が見える。いつから彼女が起きていたかはわからない。しかし、彼女の瞳の焦点があっていないことから頭部へのダメージが回復していないことがわかる。
だが、瞳の焦点が合わずとも、目標は地下駐車場という限られた空間の中におり、しかも巨大である。
そんな存在に毎分650発の砲弾が当てられないはずがないのだ。
音が重なり合う轟音とともに機関砲から放たれた30x90RBmm弾は地下駐車場と『アシダカ蜘蛛ネウロイ』を穴だらけにしていく。
響く轟音、弾ける外壁、崩れるネウロイの外皮。
圧倒的な破壊が辺りに巻き散らかされる。
すでに『アシダカ蜘蛛ネウロイ』は穴だらけで体が崩壊していた。普通の生き物なら死ぬはずの致死的損傷。だがネウロイはコアを破壊しなければ死ぬことはない。そしてこのネウロイにはその驚異的な回復スピードがある。
『アシダカ蜘蛛ネウロイ』は連装砲によって体を崩壊されながらも、その崩壊以上に体を再生し足を我武者羅に暴れ回し始めた。
容易に人を殺し売る8本の巨大な足が暴風雨のように暴れ狂う。
その結果、弾き飛ばされた瓦礫や車が宙を舞い踊った。
考えるまでもなく当たるだけで死に至る、車という名の鉄塊や瓦礫。
それらが、天井や床を跳ね返り、転がり、弾き飛ばされ死の暴風雨となって暴れまわる。
「
「
奇しくも同じことを吐き捨てた両者にも、弾き飛ばされた無数の車や瓦礫が襲いかかった。
シールドで受けるか?避けるか?それとも撃ち落とすか?
どれが最も生存率が高いのか二人の思考が回転する。
だがその思考が結論を出す前に、二人を助ける存在が飛んだ。
それは魔力を惜しげも無く全力で使った方法。足にはち切れんばかりの魔力を込め彼女は今にも瓦礫によってミンチになりそうな二人に向かって飛んだ。
ウィッチはストライカーユニットがなくても箒で飛ぶことも可能なのだ。
ならば魔力を使えるだけ使い、飛行時間さえ考えなければ、生身で一瞬の時間だけ飛ぶことは可能である。
彼女は、いやエディータ・ロスマンは地下駐車場を超低空飛行で砲弾のように飛び、体当たりのように二人のウィッチを拾い上げた。
次の瞬間彼女たちがいた場所に無数の車が転がる。
まさに九死に一生の出来事。死を避ける行動。
だが安心はできなかった
確かに、飛ぶことはできるだろう。
だが止まることはできないのだ。
「頭を守りなさい!!」
ロスマンの大声が二人の耳に聞こえる。
二人は瞬時に頭を抱えシールドを張る。
風を切り裂く風切り音。ロマーニャの12歳のエースパイロットが聞き慣れたその音が3人の耳に音を奏でた次の瞬間。
3人のウィッチによる砲弾は着弾した。
2.
3人のウィッチによる突撃によって生まれた大きな衝撃と激突音。
普通なら目を引くであろうそんな轟音は『アシダカ蜘蛛ネウロイ』の聴覚には入らなかった。
なぜならその音は『アシダカ蜘蛛ネウロイ』の暴れまわる音によってかき消されたからだ。
ネウロイは暴れまわる。
自分への攻撃は無くなった。だが土煙と瓦礫まみれで確実に敵を殺せたかが認識できない。
だがそれでもネウロイは暴れまわった。
なぜかはわからない。ただただネウロイは暴れまわる。
それはまるで長年拘束された鬱憤を晴らすように
それはまるで攻撃された仕返しをする激情に飲まれているかのように
それはまるで、なにかに操られるかのように