時刻はもう一時を回っており、肌寒い空気が肌を刺すような冷気を発している。そんな中で、俺は森の中に溶けるように消えた少女と男達を追って森の中に足を踏み入れていた。
「(それにしても、静かすぎやしないか……?)」
いやまぁ、彼らが森に消えてから最高速度でここまできたが多少なりとも時間はたっているし、見えないのは仕方のないと思うのだが、こうも見つかりにくいのか。
「(……っ?)」
ふと、小さな声が耳に入る。それは高い声で、囁くような音量だが、耳をすませば聞こえない訳ではないほどの大きさだった。
ガサガサと、木の葉が擦れる音が耳障りで、あまり聞こえない。声のする方に検討を向け、そちらへと足を向ける。
「(……見えた)」
しばらく歩くと、見つけた。少女と男。しっかし、そこで少し疑問が浮かんだ。
いや、その疑問は少女が見えた時にこそ感じるものであったのだが、こんなことをしていることに呆れが勝って忘れてしまったのだ。
本来、男性プレイヤーが女性プレイヤーに触れた場合、女性プレイヤーの視界内にハラスメント警告が現れる。勿論女性が男性に触れた場合もだが。
その警告には黒鉄宮の牢屋にぶち込むことのできるもので、Yesの文字を押すだけで強制的に牢屋にそのプレイヤーを入れることができる。
そして疑問なのは、確かに少女は男性プレイヤーに攫われていた。ちゃっかり運ばれていたので警告は出ていたはず。
「(…………いや、待てよ)」
そこまで考えて、ふとキリトが話していたことが思い浮かばれる。
それを語るにはキリトとアスナの出会いからなのだが、まぁ簡潔に言うと迷宮区で三徹したアスナが気絶し、それを運ぶために行った手法。それが、寝袋に入れて運ぶ、という方法。
これならば警告が出ないという。何故キリトがこの情報を持っていたのか、兄として問いただしたいところだが、どこぞの鼠の情報だろう。俺はそうだった。なんでこんな無駄な情報をもらうのか。そうでないとキリトを許せそうにない。犯罪だからね。
「(しかし、あの時寝袋に入れていたわけじゃない。ただ単に運ばれていたのだが……)」
ええい、これ以上考えても仕方ない。俺は森から飛び出し、男達の前に出る。
「な、なんだ!?」
「いやまぁ、君らがその少女を運んでいる如何にも事案な現場を目撃したからね」
しかも、少女は縄らしきもので木ごと縛られていた。一体どこでそんなスキルを手に入れたのか、疑問でしかないが。わかることは一つ。
「一応聞くが、何をしようとしたんだ?」
「はは! そんなの分かってるだろ? 折角のこんな状況だ。楽しまなきゃ損ってやつだろうがよお!!」
「運のいいことにここの女性プレイヤーは美人が多い。しかも大抵は無気力な状態なんだ! おかしくはないだろう!?」
「…………あーはいはい、もういいです」
……だめだな。話が通用するような感じがしない。多分、この子を犯すような真似をしようとしたのだろう。事実、こいつらはハラスメント警告を無視できるような何かを持っている。
「君らが性根の腐った奴ってのは分かったから、さっさとその子を解放して失せてくれない?」
「……ギャハハ! だれがそんなことするかよ! 折角の獲物なんだ!」
「ひっ……」
怯えた様子でこちらをみてくる少女。どのようにしてここまで運んだのかは気になるが、気にしている場合ではない。
「大丈夫、すぐに助けてあげるから、今は目を閉じて耳を塞いでいて」
「っ!(コクコク)」
耳を塞いだのを確認して、俺が邪魔をする存在だと認めたのか、それともこんな状況で思考が働いていないのか、男達……と言っても二人だけだが。は、自らの持っている凶器を手に取る。
「だったら、殺すしかないよなぁ!? どうせ茅場ってやつも実際には死ぬようにしてねぇよお! だから安心して殺されてくれや!」
「……はぁ、だめだこりゃ」
そう言ってこちらに片手剣を振り下ろす男AとB。俺はその攻撃を。
ーー避けるのではなく、ワザと食らった。
勿論急所は外す。ギリギリ掠めるような挙動で切られた。
そうすると男達の頭の上にある緑のカーソルが黄色に染まった。こうなればあとは簡単。
「ぎぃ……!」
「がぁ!」
男の悲鳴が森の中に響き渡る。剣を徐に出し、袈裟斬りに一人目のプレイヤーを、ギョッとしているもう一人を切る。初期微動で俺が身動き一つせずに剣を受け止めたのが驚いたのだろう。
しかし、俺のカーソルが黄色になることはない。そのままHPバーが一ドット残るか残らないかの場面で止める。
どうやら上手くいったようだ。峰打ちってやつだ。
「……どうする。本当に死ぬかどうか、その身で確かめてみるか? 今なら無料でそこまで連れてってあげるけど」
「ひ、ひぃぃぃぃ!!!」
「すいませんでしたぁぁぁぁ!!」
そうやって逃げ出す二人を追いかけることはしなかった。追いかけるだけ無駄、どうせ追いかけてもモンスターに殺される可能性の方が高いんだから。
そうやって静かになった森の中で、俺は縛られた縄を切り落とし、目を開けるように促す。
「大丈夫かい?」
「……あの、人たちは?」
「懲らしめただけさ、殺してはいない」
「そう、ですか……」
体を震わせる少女をみて、これまでに至って経緯を聞くことは躊躇われた。確かに再犯防止の為には情報を得るのも大事だが、こんな怯えている少女に弱音に漬け込む形で得るのは、なんというか躊躇われた。
「……君は、これからどうするつもり?」
「これから……?」
「そ、君がこのような目にあったのは確かにアイツらのせいだが、要因を作り出したのは多分君だ」
「そう、ですね」
暗がりであまり顔は見れないが、その顔を俯かせて、そう静かに呟いた。森の中は以前閑散としており、木の葉の擦れる音と僅かな虫の音が聞こえている。
痛いほどの静寂の後、少女は口を開いた。
「これからのことは、まだ分かりません。だって今までだってこれからのことを考えたことは無かったから」
でも、と少女は続ける。やけに強調された“でも”に、少女へと意識が集中する。
「自分が何をしたいのかは、多分私自身が一番分かっています。だから……その、えーっと……」
「いや、十分だよ。ありがとう」
もともと、この問いに意味はないし。と彼女に向かっていう。
「取り敢えず、街まで送って行くよ。助けたのにモンスターに嬲られる、とか洒落にならないし」
「……本当ですね。じゃあ、お願いします」
その後は少女を護衛するために一緒に始まりの街に向かうことにした。
森の中から開けた草原を数十分程少女とともに歩いていく。勿論その間に会話はなかった。
しかしながら、夜になると明かりが無く、モンスターの弱点部位が見にくいな。やっぱり夜の狩りは苦手な部類に入るなぁ。
そんなどうでもいいことを考えていると、
「……あの」
「ん?」
おずおず、といった具合で少女が俺に話しかけてきた。今の今まで会話のひとつも無かったため少し疑問に思いながら話を聞く体制を取る。勿論警戒は怠ることはない。
「どうして、助けてくれたんですか?」
「……助けない方が良かったかい?」
いえ、そうではないんです。ありがたいんですけど……。と俺の言葉を即座に否定し、少女はゆっくりと言葉を選ぶように。
「気に、なったんです。見ず知らずの私を助けてくれた理由が」
その言葉に返す言葉を探そうとして、
「……意味は、ないんだと思うよ」
「え……?」
知らず知らずのうちに、そんな言葉が俺の口から飛び出していた。しかしその言葉は今の俺の本音でもあったことに少なからず驚きを感じる。
「うん。意味はないんだよ。ただ救いたかった。助けを求めている人がいれば、どんな理由であっても助けたいんだと思う」
悪人にかける情けは無いけどね。と続けて言い返しながら。俺は話を打ち切るように自らの剣を構えて警戒体制に入る。
そんな俺の様子は、彼女にはどう見えていたのだろうか。
出来れば、道化にでも見られていた方がよっぽどマシだ。英雄とか、恩人とか、そんな風には思われたくは無いなと、感じながら。
ーーそんな、夜の一幕は、俺と彼女しか知る者はいない。
まぁ、それが当たり前のことなのだが。
個人的に好みな作品(安寧の天使制作に付き、二回目)
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なし