入学編 一話 出会い、春
「ふう。ようやくついたか、第一高校」
そう独り言をつぶやく少年が一人、第一高校と呼ばれた校舎を見上げている。少年と青年のはざまにいる高校一年生の少年はいまだ真新しい制服に身を包み、新たな高校生活に胸を躍らせる……訳ではない。
(正直言えば来たくなかったのが本音なんだがなぁ……)
少年の心は入学式の初々しさなど微塵も感じない。なんなら月曜日の出社する大人のような。そんな哀愁を漂わせている。少年はそんな考えをふるうように首を左右に振り、考えを無理やり打ち切る。
少年は成長期にいる中では細い体つきをしているが歩く姿勢にはブレが一切ない。
体は細身だが、彼自身筋トレなどは欠かさずに行っていることからある程度は鍛え上げられている。黒髪をクルクルと巻くのが癖なのだろうか、その動作をしながら時間が来るのを待つ。
どうやら入学式前に到着してしまったのだろう。少年がポケットから携帯端末を取り出し、時刻を確認する。どうやらあと一時間ほどで入学式が始まるのだという。
「はぁ」
少年は大きくため息をつき、腰を落ち着けれる場所を探すために左右を見ながら歩く。周りを見てもやはり国が運営するだけあってかなり広い。
そしてベンチがあったのだが、どうやら同じように時間を待っている生徒がいたようで自分の携帯端末に意識を集中している男子生徒がいた。恐らく同年代だろう。周りを見ても他にベンチが無かったため、話しかけることにした。
「隣、いいかい?」
「ん、ああ。構わない」
聞こえてきた声は思ったよりも低く、一瞬大人かと思ったが制服を着ているのでそれはないだろうと自己解決し、少年はベンチに座る。座ったが別にすることがあるわけでもないのでボーッとしている。
どうやら先に座っていた少年は携帯端末で書籍を見ているようだ。真剣なまなざしで見ているようだが、彼は少年の視線に気づいたのか話しかけてきた。
「どうしたんだ?」
「いや、珍しいと思ってね。仮想型ディスプレイじゃなく携帯型。しかも読書ときたもんだからさ」
そうか、と呟き端末をしまう少年。しまい終えた彼は少し間を開け口を開いた。その声を聞きながらやっぱり低いよなぁと考える。そういえば、どうしてこんなところにいるのだろうか。
「とりあえず自己紹介でもしようか。俺は司波達也。好きに呼んでくれて構わない」
「柊颯。まぁこっちも呼び方はお任せするよ。達也」
というわけで、これが二人の初コンタクトであった。偶然か必然か、この先色々面倒事に巻き込まれる二人だった。
***
そろそろ時間だということで達也と話していた颯だが、達也にはどうやら妹がいるらしい。どうやら達也はその妹の付き添いで早めに来たのだという。颯は年の割には仲良さげな兄妹だと感じた。話を聞いただけではあるが、何となくそう思った。
颯の友人にも妹がいる男がいるのだが、聞く話は喧嘩ばかりだった。まぁ年が同じってことは双子なのだろうと思ったのだが。
「俺は四月生まれで妹が三月生まれなんだ。だから双子ってわけじゃないな」
「なるほどね。年子ってわけか」
「あぁ」
それを聞いた颯はなかなか複雑だなとつぶやいた。妹の方が一歳年下で、一学年上につくことになるから兄と同じ学年になるということだ。
「新入生ですね、そろそろ入学式の時間ですよ」
その声が聞こえ、達也と颯は声のする方を向くとそこには一人の女子生徒が立っていた。上級生だろうと目星をつけた達也と颯はとある場所に目が行った。
一つはスカート、女子生徒だと断定できた理由でもある。声音が高かったので必要なかったかもしれないが。そして左腕に巻かれたリング型の装置。人はそれをCADと呼ぶ。ホウキ(法機)とも呼ばれることがあるが。
CADとは、現代魔法において魔法を行使するための杖のような役割を持つ近代魔法師ならだれでも持っている必須のツール。古来では詠唱が必要だった魔法を一秒未満で発動することができるスグレモノである。
そして学園内でCADを常時持つことのできる学生は生徒会メンバーと特定の委員会のメンバー。主な例で言えば風紀委員などがある。
それをもとより理解している颯たち、この人は自分より先輩でこの学校内において上の存在だということを悟る。
「ありがとうございます。すぐに行きます」
そしてもう一つ、颯は目に行く場所があった。相手の左胸にある八枚花弁のエンブレム。颯と達也の制服にはそれがない。男子が無いというわけではない。もっと簡単で、別の理由がある。
ーーそもそも、魔法師というのは事故がつきものだ。雄大な力を有するということでその力に飲まれたり、事故などでトラウマができてしまうと魔法が行使できなくなってしまう。
これは魔法を使う演算機能が人の意識と無意識の狭間にあることが原因とされている。脳が魔法を使うことを拒否するのだろう。
……それは高校生でも例外はない。魔法師には「スペア」が必要なのだ。そのための「一科生」「二科生」のシステム。それを示すのが八枚花弁の有無である。無い者を雑草を暗喩する「ウィード」と、ある者を満開に咲く花を意味する「ブルーム」と呼ばれる。
さて、そんなはたから言えば劣等生と蔑まれる存在である達也と颯だ。
元より颯はそんなことは気にしていないようだが。単純明快、どうでもいいと考えているからだ。
早々に話を打ち切り、講堂に足を運ぶ前に、目の前の小柄な女子生徒が二人に話しかけてきた。
「私の名前は七草真由美です。ななくさ、と書いてさえぐさとよびます。この学校の生徒会長です。よろしくね」
と、最後にウインクまでしてくる真由美に、達也のみならず颯までもが顔を顰めた。(無論、真由美には見えないように)嫌悪のものではない。むしろ男子生徒の殆どがそのウインクでときめくのだろうが、あいにく二人にはそれ以上に頭を抱えるものがあった。
(数字付き、寄りにもよって七草か……俺の今年の運は悪いようだ)
少なくとも颯はそう思ったようだ。数字付き、ナンバーズと呼ぶ数字がついている苗字の魔法師は血筋が多く作用する魔法師の中で優れた血筋を持つものを指す。
つまり、この学校で生徒会長であり数字付き、しかもその中でもエリートと呼ばれる十師族の彼女はエリートの中のエリートであることを何よりも雄弁に物語っていた。
「俺、いえ、自分は司波達也といいます」
「自分は柊颯といいます」
達也に続いて自己紹介をする颯。表面上は冷静に見せているが内心心臓がバクバクな颯。目の前に十師族の、それも四葉に次ぐ有力候補の娘がいるのだ。緊張しないわけはない。粗相をしたら最後、何が起こるか分からない。
(はぁ、やっぱりここに来るんじゃなかったよ)
本気で帰りたくなってきた颯を嘲笑うかのように真由美と達也の会話は続く。
「司波達也くん……あなたのことはよく聞いてるわ。入学試験七科目平均百点満点中九十六点。しかも魔法理論と魔法工学に至っては満点。職員室ではあなたの話でもちきりよ」
そんなにすごいやつだったんだなと横目で見る颯だが、そんな彼が何故二科生なのか、理由は簡単だった。
「所詮はペーパーテストの成績です」
筆記がよかったのならおそらく実技がひどかったのだろう。自嘲気味に笑う達也を見て颯はそう思案する。
魔法理論がいくら出来ていようとこの世界では実力が結局ものを言う。
魔法展開速度、魔法干渉力、魔法術式の規模。この三つですべてが決まると言っても過言ではない。事実、魔法科高校ではこの評価基準で一科生ニ科生が決められている。
そうこう話している二人を見ながらそんなことを考える。
颯自身、話にはいれていないからか居心地が悪かったので、二人が会話に夢中になっている隙に間にそそくさと講堂に逃げ込もうとしたのだが、颯の腕をつかむ者がいた。
「勘弁してくれよ、達也。俺は生徒会長殿に褒められるような成績はしていないんだ。精々筆記が中の上。実技が下の上ぐらいなんだから」
「だからといってこのまま見逃すわけにはいかないだろう?」
颯は嫌そうに顔を顰める。今度は隠しもせずに。それをみた真由美はふふっと笑い、
「柊颯くんも人のこと言えないわよ?」
「……そうですかね?」
「颯くんも七科目平均は八九点。しかも実技の成績も悪くはないけど、惜しかったわね。もうあと一人いなければ……ってところだったわ」
「人のこと言えないんじゃないか? 颯」
どうやらこの生徒会長殿は生徒全員の入試結果を持っているようだ。たしかにそうなんだろうが、
「まぁ、結局はこれですからね」
そう言って胸の辺りを指差す。ここには本来あるはずの八枚花弁の刺繍がない。自分が二科生であることを示す。
「あっ、もうこんな時間かぁ……ごめんね時間とらせちゃって。そろそろ講堂に行くように」
颯と達也は真由美のその笑顔に言いしれない恐怖? を感じ、そそくさと講堂の中へと入っていった。
「今年のニ科生は面白そうね……」
***
講堂の中はきれいに真っ二つに分かれていた。言わずもがな、一科生と二科生だ。見やすいであろう前に一科生が、後ろの方に二科生が座っていた。もちろん席の指定はないためどこに座ろうが勝手だ。
そしてこの学校は入学式後に配られる個人用のIDカードでクラスを確認するためクラス毎というわけでもない。ならば考えられることは一つ。
「差別意識があるのは一科生も二科生も同じってわけか……入学時点で差なんてほとんどないはずなんだけどな」
「そうらしい」
そういう颯たちも逆らうわけではなく後ろ三分の一にある中央当たりの空席を適当に見繕って座った颯の隣に座る達也。
そうして話すわけでもなく時間を過ごす。達也も本は既に読み終わっているだろうし、颯も暇潰しの道具は持っていないからだ。
「あの、お隣よろしいですか?」
と、颯の右の通路側に座っていた達也に話しかけてくる声が。声音からして女性のものだろうか。颯は達也の様子を見ることにした。
「どうぞ」
と目を閉じていた達也が疑問を感じながらもうなずく。疑問というのは周りを見ても満席ではなく、座れる場所は他にもあるのでは? と考えたからだ。
(んー満席ってわけでもないしなぁ……)
颯も回りを見渡しながら竜也と同じことを考えながらもま、いいかと割り切る。颯はどうでもいいことには思考を回さないようだ。そのまま座った四人組と達也の会話に耳を傾ける。
「私は柴田美月っていいます。よろしくお願いします」
そういったのは初めに達也に話しかけてきた少女だった。現代では珍しい眼鏡をかけている大人しそうな少女で……とても大きい。何がとは明確にはしないが、とにかく大きい。
「あたしは千葉エリカ。よろしくね」
もう一人の方は活発そうな明るい色の髪の少女が続けて達也に話しかける。どうやらなかなかに仲の良さそうな四人組のようだ。颯は話を聞きながら前を向いている。話しかけるのはなんか躊躇われる。
「司波達也です。こちらこそよろしく」
そのあとは会話が盛り上がったのか、チバとシバタとシバでゴロがいいよねとか結構楽しそうであった。
そんな様子を一人見る颯。しかしその眼に不快感は無かった。もとよりこのようなことには慣れている。
「……そうだ、颯。お前は自己紹介しないのか?」
明らかに忘れていたであろう達也に少し苦笑いしながらも自己紹介を済ませる颯と四人組。一人が申し訳なさそうに言う。
「す、すいません。気づかなくて」
「あぁ、大丈夫ですよ。自分から話しかけなかっただけですから」
「異性は苦手なタイプなの?」
「まぁ、そうですね」
曖昧な返答をする颯。特段女性関係に何かあった訳ではないが、どうにも女性と話すときには及び腰になってしまう。そのあとは少しだけ少女たちと話していると入学式を告げるアナウンスの声が講堂に響き渡った。
***
何事もなく入学式が終わり、達也たちとクラス確認をして同じクラスだということに安堵しているところに。
「お兄様、お待たせいたしました」
と、どこか最近聞いたような声が聞こえ、そちらの方に視線を向けると黒髪ロングのだれもが美人だと称する少女が講堂の人だかりから飛び出し、こちらを向いていることが分かった。
彼女は新入生総代の司波深雪だと思い当たる。正確には達也の方向、だが。やはりというべきか、司波達也と司波深雪。二人は兄妹だったようだ。
そんな兄を見た妹はなぜか、目を笑わずに顔は笑うという高等テクを用いて達也に、
「お兄様、さっそくクラスメートとダブルデートですか?」
とさらに笑みを深くしながら言ってきた。その後ろには生徒会長である真由美もおり、颯は頭痛がひどくなるのを感じた。て言うかそんな勘違いされたの初めてだなぁ……
「こら、三人に失礼だろ? 三人はクラスメートだよ」
そう言い誤解は解けたのか謝ってきたため気にしないでという旨を伝え、改めて自己紹介を行う。
どうやら深雪は一科生と二科生を差別する者ではないというのは答辞の時点で分かっていたため、すぐにエリカと美月とも仲良くなったようだ。
しかしその後ろにいる生徒会メンバーはお気に召さなかったようで、男子生徒が舌打ちしそうなほどの顔でこちらをにらんでいた。しかしその後に【はんぞーくん】なる言葉が聞こえたのは気のせいだろうか。
***
「ふう、疲れた」
達也たちとは帰らずに別れ、一人で自宅に着いた俺は早々に大きなため息をつく。家に帰って直ぐにため息とは、なかなかに疲労が堪っていたのも知れない。
「入学早々生徒会長に目をつけられ、しかも知り合った初めての奴が新入生総代の兄とは」
入学初日だというのに颯の当初の目的「静かな学校生活」は達成されないようだ。もとより魔法科高校に平穏を求めるほうがおかしいというのは颯自身理解しているのだが。それでもまぁ願いたかったのだ。たぶん。
「まぁできるだけ、静かに過ごしたいもんだ」
颯は誰もいない自宅で紅茶の準備をしながら颯はまた大きなため息をつくのだった。
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