ありがとうございます!
少し個人的にマンネリぎみですが、次回からは話がガラッと変わるので楽しみです。(作者が)
みんなはどーでも良いよとか思っても、優しく見守ってください。
「まったく…理由は分かったわ。紛らわしい真似をしてくれたものね」
「誤解は解けましたでしょうか、八重樫様?」
リリアーナ逃亡後、ダンスホールでは、黄金比の土下座を遂行するハジメと仁王立ちで見下ろす雫の姿があった。外からフフフと笑い声が聞こえるのは気のせいだろう。それが何処かの侍女さんの物の様な気がしたが、雫は侍女さんのマトモな所しか知らない。故にこんな所にいるはずがないと自己完結し、気を取り直した。
雫が此処に来たのは単純に、新聞で話題になったリリアーナとハジメの関係である。あれが話題になってからと言うものの、香織の
後に『般若さん』と呼ぶ事となる香織のス○ンドは、それはもう威圧感が凄かった。例えその姿が顔だけであり、半覚醒だったとしても…雫が怯え、光輝が鎮まり、龍太郎が弱音を吐き、メルドが目を逸らした。正しく怪物その物。
いつもならば【オルクス大迷宮】には一週間以上は少なくとも留まるのだが、今日は例外。香織を除く全員が体調不良を訴えた為、即時帰還となった。メルドまで「俺も衰えた様だ…帰りたい」と言っていた事からその異常性が分かるだろう。香織だけは「少し
なお現在香織は多くのクラスメイトの尽力により機嫌を直している。勿論この話題を聞けば再度般若さん出現となるだろうが、見事な連携により情報はシャットダウンされていた。
素晴らしきかな、友情は。それを『神の使徒』達が思い出した、今日この日であった。
その為、雫はかなりハジメに対して譲歩していると言えるだろう。本気でムカついているならば、此処に香織を呼べば良いのだ。約束なぞ知るものかと、般若さんをハジメの目の前で顕現させて仕舞えば良い。
それをしないのは雫がハジメと香織の関係を良い状態のままで保ちたいからだ。二人の関係にヒビを入れない為にも、雫は尽力していた。
取り敢えず例のスキャンダルは嘘だと分かり、ほっと一息付く雫。ただそうなれば気になって来るのは、すれ違ったリリアーナの事だ。
「さっき通り過ぎて行ったの…リリィで合っているわよね? 何で逃げたのか、心当たりはあるかしら?」
「えっと…多分恥ずかしかったからだと思います」
「…恥ずかしかった?」
八重樫雫、ここで嫌な気配を感じる。長年、トラブルメイカー共と関わり続けた苦労人としての経験が警鐘を鳴らしたのだ。
だが此処で引いては女が廃る。雫は更に一歩踏み出す。
「具体的には何が恥ずかしかったのかしら、リリィは?」
「甘えて良いんだよ的な事を言っちゃって…そしたら逃げちゃいました。今思えばかなりクサいセリフの様な気もするけど…それの所為かもしれないです、ハイ」
「………」
「あと………こっちに来れたから、リリアーナさんに会えたんだから良かったよって…言いました」
「……………ちょっとタイムをくれないかしら?」
「あ、ハイ。幾らでも」
雫は思った。
(やってくれたわね…南雲君)
スキャンダルの何が嘘だ。ほぼ事実では無いか。リリィ自身が自覚しているかはどうかは分からないが、確実に
雫はハジメが、光輝とはベクトルの違う…だが結果は同じジゴロ野郎である事は重々承知している。光輝の場合は『助ける』というヒーロー精神から来るジゴロ具合だが、ハジメの場合は優しさ120%の全力フルスウィングだ。
光輝のそれは広く浅く、万人に
雫の近くにはその実例がいるのでよく分かる。香織といい、リリアーナといい…本当にやってくれる。
取り敢えずこの事は確実に香織に漏らさぬ様にせねばと心に決めつつ、眉間を揉む。同時に己の周囲に於けるトラブルメイカー率の高さを改めてよく感じた。
ただこのマナーレッスン自体をやめろという訳には行かない。ハジメには直に『学会』が迫っている。そこで無様を晒せば、内容が良くとも落とされるだろう。【ウォルペン工房】が技術的には凄まじいのに、世間的な評価は五分五分で落ち着いている事からも理解できるだろう。マナーを正しく理解するというのはそれ程に重要なのだ。
だからこそやめさせる訳には行かない。そんな事香織も本意では無いだろう。ならば──
「南雲君、一つお願いがあるのだけれど良いかしら?」
「へ、へい。僕めに出来る事からば如何なることでも…」
「小物ムーブ辞めなさい。それでなのだけれど──」
雫は一応周囲を見渡す。香織、般若共にいない。一安心。そして少し前屈みになって、未だ正座するハジメと目を合わせる。
「私もそのマナーレッスンに参加させてくれないかしら?」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
そして現在、八重樫雫はある種の後悔していた。
雫の目的はハジメとリリアーナの関係の監視だ。少し出歯亀感もあるが、事が事だと雫は自身を納得させた。
そうして昨日と同じダンスホールまで来た訳だが…雫の予想を遥かに超えた光景がそこには待っていた。
「リリアーナさん!? どういう事ですか、今日はステップオンリーだなんて!? 昨日までペアでやる事の重要さをあれ程言ってたじゃ無いですか!?」
「いえ! 今日はこれで行きますわ! 申し訳ありませんが、昨日から心臓に何かの病気があるようで──」
「えっ!? それをすぐに言ってください! 今すぐ病室に行きましょう!」
「た、大した事はありませんわ。ちょっとした痛みがあるだけですし…」
「大した事ないなんて思ってたら一大事になるんですよ! 昨日、頼ってくださいって言ったの覚えてないんですか!? 行きますよ、ほら! 早く!」
「な、南雲さん!? て、手を握らないでくださいまし!? 今南雲さんに触れられたら余計心臓がぁ…」
「エッ!? 僕アレルギー!?」
「と、とりあえず、てを…はなして…」
「はい! 離します!」
「──ぁ…」
「?」
「お嬢様と南雲様のすれ違い、堪りませんね。この素晴らしい光景はやはり絵にするに限ります」
「……………なぁに、これ?」
そこは正しく
ハジメは昨日に引き続きリリアーナをバグらせ、ジゴロっていた。またリリアーナも自分の思いに気が付いていない様で、病気だと本気で思っているらしい。二人の鈍感バカがそこにはいた。
そしてリリアーナの言葉を真に受けたハジメはすぐに掴んでいたリリアーナの手を離した。しかし雫は見逃さない。その瞬間に、リリアーナは惜しげに、離されたハジメの手を見つめた事を。
更には二人の従者であるヘリーナは何処から取り出したのやら、立派なキャンパスに筆を叩きつけている。どうやら彼女のパッションが刺激されたらしい。と言うか、雫からすれば「ヘリーナさん、素はこんな感じなのね…」と評価を改めるに至った。当然マイナス方向に。
「私は王女。私は王女。私は王女私は王女王女王女王女王女王女…」
ついにリリアーナが本格的にバグってしまった。壊れたオーディオの如く、同じ言葉を繰り返している。これが今現在の彼女が平静を取り戻す策であるらしい。至近距離で呪詛の如き呟きを聞いたハジメは、少しばかりビクッとしていた。
雫は確信した。この王女、確実にやられてやがると。
時間が経つ度にハジメへの視線にジト目が含まれていく。無遠慮に本人に不満をぶつけるSSRの雫さんがそこにはいた。ハジメはなお一層汗を流した。
そんな訳で色々とどうするんだ、みたいな雰囲気になった静寂(とある侍女さんの
それを破ったのは他でも無い。豪快に開かれた扉と、一人の小さな少年であった。
「此処かぁああああああ!!!」
「「「!!?」」」
「ふむ? この声は──」
突如響く叫喚に目を向くハジメ、リリアーナ、雫。全く事態に着いて行けていない。唯一、外部者が来た事でハジリリ狂信者からパーフェクト侍女に早変わりしたヘリーナさんだけが現状を素早く理解出来た。
「覚悟するが良い、余の怨敵めがぁああああああああああ!!!!」
「いらっしゃいませ、ランデル殿下。南雲様、御来客です」
「御来客の勢いじゃないんですが、それは!?」
「危なそうでしたら手伝いますので。南雲様、これもマナーレッスンの一環ですよ、一環」
「嘘こけ、外道侍女ッッ!!!」
儀礼用の剣を振るい迫るは【ハイリヒ王国】第一王子、ランデル=S=B=ハイリヒだ。その顔には「野郎ぶっ殺してやる」という明確な殺意が書かれていた。
そんなランデルをヘリーナはさっくり通す。そしてハジメにひょいっと任せた。いきなり擦りつけられたヘイトに、ハジメはキレた。失敗したら王族とのバトル展開になるマナーレッスンなど有ってなるものかと心の底から叫んだ。
この侍女もうダメだ! と、この一週間で幾度と無く繰り返した心中の叫びをもう一度。そしてランデルと向き合った。
「よく分かりませんけど…止まってください! …ええっと〜」
「南雲君、ランデル殿下よ?」
「そう! 止まってください、ランデル殿下!」
「誤魔化せんぞ!? 余の名を忘れてたの全く誤魔化せておらんからな! この畜生めがッ!」
どうやらハジメは名前を覚えていなかったらしい。頭をウンウン捻り、雫の助言により漸くランデルの名を口にするに至った。つまりはガチで忘れだ。
これにはランデルもお怒り。王族故に真正面から忘れられる等と言う不遜は初めての体験だったのだろう。フガーっと顔を真っ赤になる。儀礼剣を振るスピードも加速。ランデルは今、限界を超えた!
こうして何が何だか分からぬまま、王宮錬成師VS第一王子という異色のマッチングが始まったのだった。
「おのれぇ…おのれぇ…」
「え──っと…苦しくないですか? ちょっと緩くしましょうか?」
「南雲様、それでは煽ってる様にしか聞こえません」
「だって王族捕縛なんてした事ないですから! ちょっと混乱の一つや二つしますって!」
「捕縛自体は随分手慣れてるわね、南雲君…」
「へ? そりゃあ手慣れないと聖教教会の信者に殴られるし…」
数十秒後、ランデルはぐるぐるになって、泣きべそをかいていた。
儀礼用の剣はご丁寧に地面に溶接され、体はダンスホールの床の鉱石から生み出された鋼糸により雁字搦めとなっていた。
才に恵まれたランデルと言えど、齢十歳。経験の少ない彼には、定石を彼方に投げ出したハジメの戦闘スタイルに対応できなかったらしい。
「ランデル? まったくどうしてこんな事したのですか?」
これ以上ハジメが話し掛けては刺激する。それを理解した雫、リリアーナ、ヘリーナは顔を見合わせ…姉であるリリアーナが理由を尋ねる事にした。
するとプルプルとランデルが震える。泣いているから? それもあるが…彼を振せるのはそれを遥かに超える、怒りだ。
「どうしたも何もありません、姉上! このクソ野郎、噂によればカオリにソノベユウカとか言う『神の使徒』、それに姉上にまでその毒牙を向けていると言うではないですか!? そんなもの…許せる筈が無いでしょう!?」
これに頷くは雫とヘリーナだ。確かに今のハジメを側から見れば、三人の女性に股を掛けるヤベー奴だ。ランデルがキレるのも無理は無い。
そうだよね。この男、一回ぐらいはお仕置きされとくべきだよね、とランデルの言葉を否定できなかった。当の本人であるハジメだけが首を傾げ、「やけにそう言われるよな」と鈍感力を全開。
もう潔くぶん殴られろよ、と雫とヘリーナがハジメを見つめる中、もう一人の当人と言えるリリアーナはと言うと──
「わ、私が、南雲さんに!? そそそそそそそんな訳ありませんわぁ!!」
──どうやら毒牙にやられている訳では無いらしい。
私王女! だからやられてなんか無い! と反論するリリアーナ王女。背後から若干二名からの微笑ましい視線が突き刺さるが無視。ハジメがそうだそうだと拳を掲げるが……これも無視。リリアーナ姫は弁解を最優先とした。
しかしその前にランデルにより鋭い一撃が放たれる。
「それに昨日! 隣の部屋から姉上の嬉しそうな奇声が聞こえて来ました! 間違いなくこのクソ野郎が姉上に何かしでかしたに違いありません!」
「!?」
大正解だった。昨日、耐え切れずに全力ダッシュした姉上様は、そのままベッドにダイブ。そして枕に顔を沈め、身の衝動のままに叫んだのだ。一応部屋には防音対策が施されているものの、声量が声量。隣の部屋には聞こえていたらしい。
そしてランデルのお言葉により、昨日の光景がフラッシュバックしちゃったらしい。姉上様の顔が真っ赤に染まる。尤もランデルのお怒りとは別種の、だが。
「今日の朝食もそこのクソ野郎の部屋の方ばっか見てましたし!」
「!?」
今朝から姉上様は気分が上の空だった。日頃のしっかりしたカリスマが嘘の様にほわぁとしていた。しかし本人に自覚は無い。エッマジでぇ!? と言う顔で驚いている。
そしてランデルは止まらない。ビシィッとリリアーナの顔を指差した。面食らうリリアーナに、ランデルはとある事実を突きつける。
「更に言えば今もちょっと照れながら笑ってるしぃ!!」
「!!?」
によによだった。本当にこれ以上ない程、姉上様の顔からは幸福感で溢れていた。姉上様は頰に手を触れ、ムニムニするが口角は強情だ。全く言う事を聞いてくれない。
ムニムニ…によによ…ムニムニ! によによ!
ムニムニムニムニィ!! によによによによぉ!!
…ダメだった。本当に口角は治らなかった。
リリアーナが訳の分からぬ冷や汗を流す。すぐそこに彼が居るが故の焦燥感。断じて自分は彼に恋などしていないのだが…このままランデルに好き勝手言わせれば、どうしようもない程マズい気がした。
一方でランデルは何処ぞの「異議あり!」ばっか言う弁護士の如く、再度指をビシィッとした。
「今までの姉上ではこんなの有り得ません! ですから姉上はこの男の毒牙に──むぐぅ!?」
「申し訳ありません、皆様。ランデルと二人で『お話し』して来ますわ。少しばかり、お待ちくださいまし?」
「「「アッハイ」」」
更に言葉を紡ごうとしたランデル殿下の口を右ストレートで塞ぐ! そしてそのまま雁字搦め状態のランデル殿下を脇で持ち上げる。
今のリリアーナには気迫があった。王族の威光が後光の如く放たれている。有無なんざ言わせねぇ! という凄みがあった。そんなんだからリリアーナに反論を出そうとする者など居なかった。どうぞどうぞだ。
そして三人ともダンスホールから出て、扉を閉じる。そしてダンスホールのある方からは耳を背け、三角座りする。
「………私達って無力ね」
「………雲一つ無い快晴ですね。洗濯物が良く乾きそうで何よりです」
「………ランデル殿下に今度おもちゃ作ってあげようと思うんだ、僕」
三人の目は何処までも遠かった。
数分後、ダンスホールの扉が開いた。そこにはニコニコ王女スマイルなリリアーナ。そして──
「申し訳ありませんでした、南雲様。宜しければ先程の私めの発言は是非とも聞かなかった事にしていただけませんでしょうか。本当に、本当にお願い致します…」
と変わらず鋼糸で雁字搦めのまま、ガクブル土下座する王子がいた。周囲には水溜りが出来ている。果たしてその水は何か…取り敢えずちょっと匂ったとだけ供述しておく。
ある種、世界初であろうその光景にハジメは…
「………“錬成”」
せめて鋼糸だけは解いてあげるのであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ふふっ、今日の紅茶も美味ですわ。ヘリーナ」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢様」
「本当に美味しいわ。私の家じゃこう言うのは飲めなかったからとても新鮮よ」
「雫ってばいつもそればかりですわね」
「うむ! やはり姉上の【側付き】の技量は凄まじいな! とても美味い!」
「恐悦至極に御座います、殿下」
「………」
マナーレッスンの方は非常に
そんな訳で急遽開催されたのはお茶会だ。主に鋼の王女スマイルとなったリリアーナとぐずぐずになっちゃったランデル殿下を宥める為に三人が誘導したのだ。
結果、二人ともある程度元の調子に戻って来た。リリアーナは一応ハジメともコミュニケーションが以前の様に取れて来たし、ランデル殿下も今は子供の様にはしゃいでいる。少なくともつい先程までの居た堪れない感じよりは数百倍マシになっている。
しかし一つハジメには別問題が生じていた。ハジメが目の前にあるワッフルに恐る恐る手を伸ばす。
──パシィッ!
瞬間、隣の席のランデルの目が変わる! テメェに渡すかとハジメの手をはたいた!
「…」
「…」
無音の見つめ合い。再度ハジメがお茶会の品に手を伸ばす。
そーっと。──パシィッ!
「………」
「………」
そー、パシィッ! そー、パシィッ! そそそー、パシィッン!
ランデル殿下、むっちゃ弾く。ハジメがお菓子に手を伸ばそうとする度叩く。こら、そこの侍女! 笑うな!
「ランデル! 行儀がなっていませんわよ! あと単純に失礼ですわ!」
「そうは言いますが姉上! やはり余はコイツと相容れるなど不可能です!」
そう、姉上にブチギレーションされようとランデル殿下のハジメへの敵意は折れていなかった。
何故これ程までに頑ななのか、理由は単純明快。
「余のカオリがこのクソ野郎の事、何度も何度も話すんです! 許せる訳が無いでしょう!」
どうやらランデル殿下は噂の【聖女】様に御執心らしい。ランデルからすれば楽しく話している時に、別の男の話を度々されるのだ。しかもその男の悪い噂も多い事。良い噂もあるが、ちょっとシスコンも患っているランデル殿下的にはカオリと姉上のツーアウト。そうしてハジメを『クソ野郎』認識している訳だ。
なのでランデル殿下は止まらない。言ってやらねばならぬぅ! と幼い故の矜持や嫉妬の暴走が彼を無理矢理突き進める。
「カオリは凄いんだぞ! 六十五階層の悪夢、ベヒモスを初の…しかも単独撃破! “光球”で魔法陣を創り出し、オリジナルの光属性特級魔法を三つ生み出し、更には【フューレン】の魔物の
「ちょっと、ランデ──」
突然だが、南雲ハジメは決して顔に出るタイプでは無い。
雫のハジメへの評価の一つに『聞き上手』と言うのがある様に、基本イラついても笑顔でコーティングして対応するのが彼の基本。親しい仲の相手ならば彼も積極的になるが、それ以外は基本受け手として丁寧に捌くのが彼だ。
だから、だ。それは間違い無く南雲ハジメとして異様だった。口は微笑んでいる。立ち姿も何ら普段と変わらない。
しかしランデルを見つめるハジメの目は、全く笑っていなかった。
目とそれ以外の箇所が、尽く矛盾している。そのあべこべさが異様で、かつ不気味であった。それに気が付いた全員が普段とは全く異なる彼に、押し黙る。
やがてハジメは口を開いた。
「御忠告痛み入ります、ランデル殿下。確かに僕と白崎さんは不分相応かもしれません。その意見はごもっともかと」
口調は丁寧で柔らかだ。身振り手振りも実直で、偉ぶりを感じさせない。しかし目は変わらない。彼の目だけはじぃっと見開かれ、ランデルを見下ろしている。
「ですが申し訳ありません。僕にとってそれだけは譲るつもりがありません。彼女の側を諦めるなんて事は、僕には出来ません。例えどれだけ厳しい道だったとしても…僕は乗り越えて見せます」
南雲ハジメは断言する。自分は白崎香織の側に必ず立つと。そんな大馬鹿で、ランデルの言う様に分不相応な夢物語を語る。
嗚呼、何と愚かか。されどこの男はその為にここまで来ている。
だからかだろうか。
「ぐぬぬぬぬぬ…やはり余は貴様が嫌いだ! ナグモハジメ!」
ランデルは笑わなかった。
彼はまだ矮小な子供だ。自己中心的で、
だが、同時に彼は器だ。次期国王としての素質が確かに存在する、小さな雛だ。
ハジメがもし先の言葉を表面上だけで騙ったならば、ランデルは笑っただろう。しかしハジメのそれは違う。ありったけの執念と覚悟。それ等をハジメは背負っている。
だからランデルは笑わない。代わりにハッキリと『嫌い』と言う。
それが非常にハジメには新鮮だった。決まって初対面の相手には、舐めて掛かられる事が常だ。だからこそ、彼はつい目を丸くする。
そんな事が少し可笑しくて、ハジメはやがて吹き出した。
「ぷっ…はははは、偶然ですね。僕もですよ、ランデル殿下」
「余、一応王族ぞ!? ちょっとは躊躇わない!?」
「いや、殿下も僕の事散々言いますから、これぐらいなら良いかなって」
「ぐぬぅ…生意気なクソ野郎めがぁあ…」
ランデル殿下、ムカついたのか菓子に手を伸ばす。やけ食いするつもりらしい。適当にワッフルを鷲掴みにしようとする。
──ペシッ
だがその手は弾かれた。
弾かれた己の手を、丸い目で見つめるランデル。そして横を見ると、ハジメがにこっと笑っていながらワッフルを食べていた。
ピキッと青筋を立てるランデル殿下、物申す。
「貴様ァ!? 仮にも歳上だろう!? 余のした事をまんま返すとは、何と狭量な野郎なのだ!?」
「生憎ながら殿下。高貴な身分故に知らないのでしょうが、食卓は戦場ですよ?」
「知らんわ!」
もう一度、ランデルがワッフルに手を伸ばす。ランデルは王族の血筋故、子供でありながらステータス値が高い。全力を駆使してビュンッとワッフルを取りに行く!
だが甘い! ハジメは体内魔力を循環させる! ペシィッと派手に音が鳴った。ついでにワッフルを取って口に入れる。うん、美味い。
再び無言の見つめ合い。ランデル殿下、ラッシュを繰り出す。ハジメも同じく腕を瞬時に閃かせる。
──ビュン! ペシッ! もぐぅ! ビュン! ペシッ! もぐぅ! ビュビュンビュン! ペペペペペシィイッ!! も〜ぐもぐもぐもぐ!
「「五月蝿い!」」
「「痛ァ!!?」」
男子(10歳)と男子(17歳)の頭に拳骨が落ちる。お茶会にも関わらずマナーのマの字も気にしない男子二人は、キレられるには十分だった。
意識外からの攻撃を喰らい蹲る馬鹿二名。女子はそれに仕方の無い人達だと、呆れた目を向けた。
やがてふらふらとランデル殿下は復帰する。そして立ち上がり、踵を返す。全員がランデル殿下の行動に「?」としていると、やがて殿下は口を開いた。
「覚えておれ、ナグモハジメ! 最後に勝つのは余ぞ! 貴様には絶対負けん! 余の宿敵めぇえええええええ!!!!」
瞬間、超絶ダッシュ! 昨日のリリアーナとは負けずとも劣らぬ素晴らしい速さ。ランデル殿下は再び限界を越える!
廊下の奥から「リナァアアアア!! 今すぐ余は勉強するぞ! 今すぐだぁあああああああ!!!」と己の教育係を呼ぶ。どうやらハジメと会って反骨精神と向上心が湧いたらしい。メチャクチャ必死だ。
「…行ってしまわれましたね」
「…一瞬で行ったわね、ランデル殿下」
「全く…本当にあの子は暴走しやすいと言うか何というか…」
ランデルがお茶会現場から走り去って少ししてから、三人の意識は復帰する。ヘリーナは「菓子が余りますね」と困り、雫はランデルの消えた角を覗いている。そして姉であるリリアーナは手で頭を覆った。
ただまあ、これはこれで弟の成長に繋がるのだろうと、クスリとリリアーナは笑った。
そうして三人が各々走り去ったランデルに思考を巡らせていると、不意にハジメが立ち上がる。またか走り去るのか、と三人が振り返る。だがランデルとは違い、ハジメはその場に留まり、ブツブツブツブツと何かを呟いていた。
「な、南雲さん? どうされたのですか?」
リリアーナがついついハジメに尋ねる。されどハジメの反応は無い。変わらず小言をつぶやいている。
「ど、どうしたのかしら?」
「まさか…八重樫様の殴打が南雲様の思考に弊害を?」
「えっ!? 嘘!? 私そんなに強く殴ってないわよ!? 小突いた程度よ!?」
「雫…」
「やめてリリィ!? 私をゴリラを見る様な目で見ないで!?」
三人がえらいこっちゃ、えらいこっちゃとてんやわんやする中、尚もハジメは呟く。指でちょんちょんしたり、猫騙しをしたり、ワッフルを無理矢理口に詰めても反応は無い。
ヤベー、ガチで壊れたか? と三人が遂に医者を呼ぼうとした途端、ハジメは動く。
「八重樫さん!」
「え!? ちょっ? 南雲君!?」
「聞きたい事がある!」
「こ、怖いのだけれど? 一体どうしたのかしら、南雲君?」
襲いかかる様に雫の肩を捉え、己の眼前に固定するハジメ。雫もついついハジメの勢いに引いてしまう。それ程に今のハジメには気迫があった。
雫の視界の隅ではリリアーナがむすぅっとしている。明らかに嫉妬です。ありがとうございます。
だが目の前の男はそんな事に気が付こうはずが無い。尋ねようとしている事に夢中な様で、視線なんぞ何のそのだ。
「八重樫さん! 白崎さんは“光球”で魔法陣を作ったって言うのは本当!?」
「え、ええ。本当よ? 嘘じゃ無いわ。あんな事出来るんだって私も驚いたもの」
視界に映るリリアーナさんが余計むすぅっとした。ハジメ御執心の相手に、ちょっと苛立ちが欠かせない様だ。隣のヘリーナに指でツンツン。ヘリーナは主の可愛らしい嫉妬に尊死した。復活した。
「魔法陣に関しては【錬成師】の間でも詳しいメカニズムは理解されてない。あくまでも感覚的で、詳しい理論は立てられていない。正直非効率だとは前々から思っていたけど、それを理論立てれば………だったら魔法陣の導線はいったい何なんだ? 何か特定の鉱石がある訳でもない。魔法陣の導線は“錬成”により生み出される。当然“錬成”以外にも手段は存在する。血に、地脈、魔法紙…後は白崎さんが生み出した“光球”。それが現状の魔法陣を構成し得る候補。これ等に何か共通点があると考えた方が良い。…ただ此処から考えても“錬成”はあぶれている様にしか………いや、そもそも“錬成”の前提を僕らは間違えてる? 魔法陣の構成要因が鉱石側に無い以上、“錬成”の方に何か違いがあると考えるのが正しい判断…ならば“錬成”は────」
「南雲君? ちょっと南雲君? 大丈夫?」
するとハジメはもう雫には用がない様で、肩から手を外し、再びぶつぶつぶつ。
こりゃあもう駄目だ。誰かがそう言おうとした所だった。
「……ハハッ」
ハジメは
犬歯を剥き出しにし、猛禽類の如き眼光を煌めかせる。眉はこれ以上ない程釣り上がっているのは、凄まじいまでの歓喜の示唆だ。普段のハジメでは先ず見られない凶暴な笑みに、気付けばその場に居た者達は尽く引き込まれていた。
やがて虚空を噛み砕く様に、ハジメは口を閉じた。ガリィッと歯と歯がぶつかり合う音が響く。
「取り敢えず、まずは実験。…いやその前に目に見える実例を見つけておくべきかな? ただの推論だけで述べてたら、先入観だけで反論されるのは目に見えてる。ならそっちが優先…いや、その前に説の立証だけはしておくべきかな? 立証方法は…こっちの方が良いだろうなぁ。目に見えるのは別の実例で示せば良いから…その方が今後に役立つだろうし…うん、これが良い。そうしよう」
そして言葉を紡ぐのを止める事なく、ハジメはお茶会の会場を抜けて行った。走る事はしない。折角生み出されたアイディアを溢さぬ様にする為か、ハジメはゆっくりと歩を進めた。
ランデルとは異なり、ゆっくりと小さくなるハジメの背を三人は消えるまで目で追った。追っている事自体に合理性や意味は無い。単に惚けている、それだけの話だった。
やがて…三人の内の誰だっただろうか? 兎も角、その内の一人が小さくか細い声で呟いた。
「………反則でしょ、あれは?」
残された三人の中で、それに反論出来る者は居なかった。
そんな訳でちょっとだけハジメ君の中のハジメさんがピョコッとしました。
普段大人しい奴が実は狂ってるってのが好きな作者だから、こんな感じになりました。
今回はハジメくんの珍しい顔をいっぱい出せたと思ってます。
やったぜ!
なお作者は割とランデル殿下が好きです。
というのも、王族じゃん? プライドあんじゃん? 何なら子供じゃん?
なのにハジメの事、ライバルって言うのはかなり凄い子だと思う。
ちょろいのは仕方ないけど…それでも個人的には応援したいキャラの一人です。
ありふれはこういうあざといキャラが多いから困る、困らない。
さて! 次回からは『学会編』本番です!
一応二話構成を予定しております。
今話のハジメが最後に呟いていた言葉の真意とは?
…ま、二次創作でここまで設定弄くり回してんのは私ぐらいだろ、と思う原因の回です。
一応来週、再来週の投稿では説明めんどくせーって人用にあとがきで本編の説明を簡略化する予定だからどうぞよろしく!
それじゃあね!
ーー追記
ナノオー様
北原楓希様
ゆっくりいんⅡ様
ゲーム様
評価ありがとうございます!
ごっつぁんです!
またミスする事に定評のある作者の為、秘密裏に誤字を教えて下さる皆様。
及びおしゃべり大好きな関西人クオリティの作者に付き合って下さる感想欄の皆様。
誠にサンキューだぜぃ!
これ等全ては私の活力!
これがなきゃ多分、ほぼオリジナルとか言う阿呆な真似はやり続けていない!(断言)
なので本当にありがとうございます。
今後ともよろしく! ですわー!!
この作品、アナタは何メイン目的で読んでる?
-
ハジカオ!
-
オリジナル展開!
-
成り上がり要素!
-
考察要素!
-
曇らせ!
-
感想返し!
-
ダイレクトマーケティング!