恋する錬成師は世界最強   作:見た目は子供、素顔は厨二

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お待たせしました!
長かった! 本当に長かった!
今回はボリューム盛りだくさん!
最初の視点だけは改訂前のコピペ+αだけど、他は全部一からでした。
…どいつもこいつも喋りすぎです。
それではどうぞ!

追記:砂男曹長様
   影龍 零様
   綾辻 深月様
   パルスD様
   GREEN GREENS様
   アオキシ様
評価ありがとうございます!
高かろうと低かろうと評価は私のモチベになります。
かなり遅い感謝ですが、ご容赦を!


2、朝焼けの約束

 その男が、この会話を聴いていたのは本当に偶然だった。

 

「ね? 上手くいったでしょ?」

 

 その声が聞こえたのは城の空き部屋の内の一つだった。つい先日の教皇の宣言とクラスメイトの様子の変化から薄気味悪さを覚えていた彼。そうして少し気分が悪くなった為、壁伝いに移動していた所、聞こえて来たのだ。

 

 その声には()()()()()()()()。しかし声に含まれる雰囲気が異なった。その違和感から申し訳ない気持ちを抱きながらも、耳を壁に密着させた。

 

「初めて見た時も思ったが…テメェ、二重人格じゃねぇんだよな?」

 

 もう一人の声は檜山のものだった。いつも南雲を虐めたりと、声こそは出せないものの良い思いは抱いていないからこそすぐに分かった。

 

 同時に「何故彼女(・・)が檜山と…」と胸中で溢す。関わりなど無いはずだと混乱する。

 

「前も言ったけれど、これが僕だよ? いつもは可愛い子ぶってるだけ。人は自分を偽らなきゃ生きていけない。偽らなきゃ欲しいものには届かない。それは君も同じでしょ? 犯人様(・・・)?」

「…そうだな。その通りだ」

 

『犯人』、その言葉にゾクッと背筋に氷柱が突き刺されたような幻覚を感じた。先ほどまで考えていた内容、ハジメの冤罪のことが頭によぎった。

 

 彼はハジメの戦いぶりをしっかりと見ていた。故に犯人として疑おうとは思って居なかった。しかしクラスメイトの多くが彼を犯人扱いし、その勢いがあまりにも狂気的だったが故に恐ろしく、結果中立という形を取っていた。

 

 彼もまたそれを不思議に思いつつも、恐ろしく探れなかった。しかし壁の奥からその理由がいとも容易く明かされた。

 

「それにしてもこのアーティファクト凄いよね〜。僕も一か八かで教会の方に『南雲くんに責任を擦りつける』提案をした訳だけど流石はファンタジー。一国規模で洗脳可能ときた。…色々制約はあるらしいけど、それでも便利なのには変わりないよね〜。…僕も使ってみたいな〜」

 

 それこそが教会がハジメを嵌める為に仕掛けた種そのもの。一見は拡声器のようなアーティファクト。しかしその正体は伝音式対民衆洗脳型アーティファクト:ヴィーゲン・リート。これは発動者が発する言葉を受容者の思考に『正しい』と判断させやすくするという単純かつ凶悪なアーティファクトである。イシュタル教皇がバルコニーで神言を発した際に使ったものでもある。

 

 教会はバルコニーでこれを使う前に、一度クラスメイト達の前でこれを使用していた。『南雲ハジメは悪者でないか?』と。

 

 そうして彼等は己の中にあるハジメへの疑心や嫉妬などの負の感情を爆発させた。そしてハジメが裏切り者だと証言させたのだ。

 

 そうする事で檜山は己の罪の大まかをハジメへとなすり付けられたわけだ。術に嵌まらなかった者達が狂気的と表したのは、実に事実に則していた。

 

「…それでも白崎はまだアイツを構ってやがる。なら意味がねぇ」

「ん〜? あー、そーだね。このアーティファクトも万能じゃないって事だね」

 

 アーティファクト:ヴィーゲン・リートにはその凶悪な性能と引き換えに制約が多々存在する。エヒト神の加護の下でしか使えないことや聞いた音の大きさによって洗脳の度合いが変化すること、改竄する事柄への興味の有無、話した内容に対する疑念の大小、このアーティファクトの存在の認識の有無…それらによって感情の増幅の具合はまるで違う。しかしその凶悪さは確かめるまでもない。

 

「白崎さんにメルドさん。八重樫さんに園部さん、愛子先生…後は幾らかいるけど彼等以外は僕らの作戦の妨害を警戒しなくてもいいと思うよ。彼らは確固たる自信を持って南雲くんに味方出来ない。つまり中立さ。他のメンバーは南雲くんへの信頼じゃなくて、話題への関心の有無とかそっちの制約だろうしね」

 

 そして彼は中立という立場を選んだ自分達もまた、アーティファクトの術中にあったのだと知る。彼は知る由も無いが、ヴィーケン・リートの洗脳から完全に逃れるには確信染みた思いが必要だ。

 

「ところで白崎のことだっけ? でも仕方がないんじゃないかなぁ。だって明らかに白崎さんって南雲くんのこと──」

「うるせぇ!」

 

 何かが砕ける音が鳴る。恐らくは檜山がステータスに任せて机に拳を叩きつけ、木っ端微塵としたのだろう。フー、フーと興奮気味の吐息が壁越しでもわかった。

 

「あはは、やっぱり自覚してるよね? まともじゃ南雲くんには勝てないって!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェエエエエエエエエエ!!!!」

「アハハハハッ! 壊れたオーディオ機みた〜い」

 

 それでもなお彼女は揶揄うように嗤う。神経を逆撫でされた檜山が吠え、なお一層女は声を高らかに上げる。

 

 その時、男は思った。この喧騒の中ならば気づかれる事なく逃げられるのでは無いだろうか、と。混沌とエゴに塗れたこの場から去りたい要求。そしてハジメの無罪をクラスメイトに伝えるべきだという責務。それらが男を突き動かす。

 

 中立などと言う立場は捨てた。技能も十全に扱える。

 

【暗殺者】たる己ならば隠密行動は容易だ、そう男は確信して──

 

 

 

「そう思うよね、遠藤くん(・・・・)?」

 

 

 

 ──辺り一面の空気が凍った、そんな幻覚を覚えた。

 

 がちゃりと扉の取手が捻られる音が背後からした。

 

 バクバクとした心臓の音さえも遠ざかる。訳が分からない。そもそも音さえ立てていなかったはずだ。

 

 

 

「アハハ。気づかれてないと思ってた? 残念だけど遠藤くんと僕の力ってさ、相性すっごく悪いんだよね〜。流石の君も魂は隠し通せないでしょ? 【暗殺者】の力って一定以上行かないと魂魄は隠蔽出来ないらしいからね〜」

 

 

 

 笑う、微笑う、嗤う。

 

 逃げ出せばこの悪魔を振り払えるのか。この悪夢を見ずに済むのか。

 

 しかし成功のビジョンが見えない。彼女の手から零れ落ちることさえも出来そうにない。

 

 故に遠藤の足は竦む。もはや鬼ごっこが成り立つ前から決まっていた。

 

 

 

「ごめんだけど…ちょっとオハナシ聞いて貰って、良いかなぁ?」

 

 

 

 この鬼ごっこは『(彼女)』の勝ちだと。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「坊主の傷はかなり重傷だ。先日の傷が開いた上に、そこを抉るように付けられた打撲痕がある。かなり執拗にやられたようだ。…頼めるか、香織」

「………はい」

 

 南雲ハジメの部屋の中。今は彼の医務室代わりとなっている部屋だ。ベッドの上で静かに眠るハジメを見つめながら、メルドは香織に尋ねた。

 

 香織の雰囲気はいつものようなにこやかなものとは違う。またハジメに関わった際に現れる様な静かな怒りも感じない。その顔はまるで罪人のもので、同時に虚無を感じさせた。

 

 返事から少し後、香織はメルドの方へと向く。そして淡々と呟いた。

 

「メルドさん、どうか南雲くんと二人っきりにさせてください」

「…分かった」

 

 不安げにメルドは香織を見つめながらも、扉から部屋を出て行く。ギギギと音を鳴らして扉が閉まると、灯りは緑光石が放つ僅かな光のみとなった。

 

 そんな暗闇に近い中、香織はハジメの治癒を開始し始めた。今までの治癒よりも調子が良く、次々と部位ごとに癒していく。

 

『何苦しそうにしてんだよ? ぉおん? 俺の方が! テメェのせいで! ムカついたんだよ!! 大罪人がぁ!!』

 

 あの時の、ついさっき聞いた声が、頭の中で木霊した。

 

『ハハハッ! 教室に居た時から不愉快なんだよ! 散々虐めてやったんだからよぉー、家に篭りゃいいだろうに来やがって! キメェんだよ、クソオタがよ!』

『ですが…使徒の皆様の殆どは我々に『南雲ハジメが裏切った』とそう仰せられましたが?』

 

 力のままに同級生が、彼を傷つけていた。世界が、彼に罪を被せた。でも、でも、でも。

 

『テメェなんざが! ()()()()()()()()()()のが、どれだけ腹立つか…オマエに分かるかぁ? 南雲ぉー? 何も俺等だけじゃねぇ! クラスメイトの奴らにもそー思う奴らがいるんだよ! しーっかり、身の程弁えろよ! このっ、【無能】ごときがっ!!!』

『【聖女】様、貴女はこの様な少年と関わっていい様なお方ではありません。もしこれ以上優しくされようものなら…彼の首を考慮できかねませんなぁ』

 

 ──それらは全て、私の咎。私の罪。

 

 虐めの現場で告げられた檜山の真意、その後香織の元を訪れたイシュタルの言葉。それ等が香織にそう気づかせた。

 

 そんな事に気づいてからの“治癒魔法”は本当に調子が良い。前なら二日や三日掛かった傷も二十分かそこらで塞ぐ事が出来た。何とも皮肉で、その成長を素直に喜ぶことは出来なかった。

 

 五時間後、全身の傷の治癒が完了した。あくまでも治癒力の活性化は本人の体力を奪うものなのであと数日は眠る事になるだろう。もし道中メルドに会ったらその事だけ言っておこうと思い、その部屋から出る。

 

「…ごめんね、南雲くん」

 

 それだけをポツリと呟くと、香織はその部屋を完全に締め切った。後に残るのは泥のように眠るハジメとチカチカ点滅する緑光石のみ。

 

 夕日が地平線に隠れた。窓から覗くはずのあの日の月明かりは、もう曇天に覆われてしまった。

 

 契りは、破れてしまったのだ。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「どうしたものかしら…ね」

 

 己に充てがわれた部屋のテーブルで頬杖をつきながらも、八重樫雫はそんな事を呟いた。目の前にあるのはとある署名書、そのコピーだ。そこには見覚えのある名前がズラリと並んでいる。

 

 その命題としては簡潔にこう書かれている。『南雲ハジメを罪人であるか否か』。そしてここに署名されているのはそれを是とした者達の名前である。

 

『天之河光輝』、『檜山大介』、『中村恵里』、『谷口鈴』…そこに書かれている名前は決して少なくない。

 

 書かれていないのは香織、雫、坂上龍太郎、愛子ちゃん護衛隊、永山パーティーといった所か。とはいえ「ハジメがやっていない」と断言する者は数少ないようだ。彼等は彼等でハジメがしていないのは見ているが、署名組の圧力にも逆らえず結果中立という形を成している。

 

 では雫は中立かと言われればそうではない。むしろハジメ側にいる人間だ。だからこそ彼が冤罪を掛けられた理由を一つ一つ解明している所なのだ。

 

(とは言え…こんな人数が無責任に一人を責めるような真似はするかしら。南雲君の大迷宮での戦いを見なかった、というわけでも無いでしょうね。嫉妬、っていう線が無いとは言い切れないけれど…だとしたら本当に無責任が過ぎる。だとすればいったい──)

 

 ヴィーケン・リートを知る由も無い彼女は思考を巡らせる。そしてそこで廊下から足音が聞こえてきた。その足音は段々と近づき、そして部屋の前で止まった。

 

(香織、戻って来たのかしら?)

 

 この部屋は雫と香織の二人一組専用となっている。一見人が多いが故に手狭にも思える。しかし『神の使徒』の中でもトップクラスに優秀である二人の部屋はハジメのそれとは広さも設備もグレードがまるで違う。むしろ学生には皆余るほどのものだ。

 

 だからこそ部屋の前で止まったのが香織だと思ったのも自然な流れである。そして足音が止まって以降、何の動きもない事を不思議に思うのも当然の帰結だ。雫は扉の方に向かい、その鍵を開けた。

 

「香織? 何して──」

 

 扉を開けると、雫の胸にゆったりと香織の身体が預けられた。一瞬何事かと焦ったが、直ぐに違和感を覚える。

 

 震えているのだ。小刻みに。恐怖するかの様に。

 

 香織がこう言った風に弱ると言うのは非常に珍しい。陰りがあろうと微笑みを絶やさず続けられる忍耐力が彼女にはある。しかしそれを意識できぬ程、香織は心に傷を負っていた。

 

「私ね、私のことがね。許せないんだよ…」

 

 いつもの明るさ所か生気さえも失われたかの様な声。

 

「私はただ優しくしてるつもりだったの。南雲くんと仲良くなりたくて、助けになりたくて。私なりのやり方で、力になれたらなって思ったんだよ…」

 

 よく知っている。香織がハジメの勇気を見てから、少しでも仲良くなろうと努力していた。街中で事あるごとに彼の姿を探して、彼の趣味を知ろうとしていた。暴走したこともあったが、どれだけの間香織がハジメを想い続けたか雫は知っている。

 

「でもっ、違ったんだ。それはただの私の自己満足で。南雲くんは知らない場所で傷ついてた。檜山くんも言ってた…私が南雲くんを気にしてるのが許せないんだって…。私が、私が南雲くんを傷つけていたんだよ」

「香織! それはちが──」

「違わないよっ!!」

 

 雫は香織の言葉を否定しようとしたが、香織がそれを遮った。ボロボロと涙が流れる。雫の胸元に落ち、湿らせていた。

 

「イシュタルさんから聞いた! 檜山くんが言ってた! 私が構うのが悪いんだって! だから南雲くんがあんな目にあっちゃったんだって! 私が南雲くんに関わらなきゃっ、南雲くんはちゃんとみんなに受け入れられてた!」

 

 二人の言葉は間違いなく香織を蝕んでいた。ハジメの現状が現状が故に、ありもしない『もしかしたら』に寄り掛かる。それ程に香織は自身を責めていた。

 

「でもっ、でもぉ…何でいけないの!? 凄いって思う人に、大切な人に! 優しくしてあげたいって思う事のっ! …一体。一体、なにがダメだったのかなぁ…」

 

 涙がより一層溢れ出る。強くなっていた言葉が段々と弱々しくなっていく。言い切る頃には消え去るかの様に小さくなっていた。度重なる自責が喉を狭く狭く押し潰す。

 

 雫の胸から滑り落ち、香織は膝を崩した。そして無念である様に歯を食いしばる。

 

「香織…」

 

 そんな香織に雫は慰めの声を掛けられずにいた。ただその腕で香織を抱きしめる。どうか落ち着いて欲しいと、香織の背中を手でそっと撫でる。

 

 そうする事しか親友に寄り添う術を持たないこと、それを雫は不甲斐なく思わずにはいられなかった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「お父様、忙しくされている所申し訳ありませんがお話の時間を頂けませんでしょうか?」

 

 その頃の【ハイリヒ王国】王宮、執務室ではこの国の王とその娘が机を挟んで対面していた。

 

 国王、エリヒド=S=B=ハイリヒ。それに対するは娘であるリリアーナ=S=B=ハイリヒ。本来ならば仲慎ましい親子である二人。しかしこの場の雰囲気は親しみのへったくれもないものだった。

 

 エリヒドは書類に目を通してばかりで、娘であるリリアーナを一切見ようとしない。一方のリリアーナは親であるエリヒドを睨みつけていた。

 

「…リリィ、何の用だ? 生憎ながら私は今は忙しい。話ならば後に──」

「昨日のイシュタル教皇のお話。私、納得しておりませんわ」

「…今何と?」

 

 リリアーナの言葉により、より剣吞さが増す空気。エリヒドは僅かに顔を上げ、リリアーナを一睨みする。そしてすぐに書類へと目を戻した。

 

 しかし引けぬのはリリアーナも同じ。

 

「イシュタル教皇は『神の使徒の方々の意見を聞いた結果』とされていました。ですがその意見はあくまでも一部のもの。それをさも同然として扱うのはあまりに横暴ですわ。現にその場の責任者であったメルド団長は罠は故意的に仕掛けられたものでなく、それに掛かったのは別の使徒様だとおっしゃられておりましたが?」

「教皇の言葉はエヒト神の御言葉も同然。それが証拠に他ならない。メルドは信用に値する部下ではあるが…残念ながら奴も人間だ。判断が間違える事もある」

 

 教皇の言葉を、神の言葉を信じて疑わないエリヒド。表情の抜け落ちていた顔に僅かばかり笑顔が浮かんだ。狂気を孕んだ笑みだ。

 

 そんなエリヒドを見てリリアーナは確信した。そして眉を八の字にする。そこに浮かび上がったのは失望や嫌悪、などではない。

 

「お父様は、変わってしまわれたのですね…」

「………何がだ?」

「本当に、分からないのですか?」

 

 悲哀だ。己が畏敬を抱いていた父の姿が、もはや昔のものとなってしまったことがリリアーナにとっては辛く、悲しい。

 

「昔のお父様は、国民の皆様を見ていらっしゃいました。路地にて飢える人々がいるならば、就ける職を増やされました。流行り病が蔓延した際にはある限りの財を費やし、対応策を探されました。それこそが私が尊敬したお父様です」

 

 国王となったばかりの頃のエリヒドは兎に角周囲を見ていた。部下の体調、侍女の仕事ぶり、果てには国民の様子を見るため変装して街に繰り出していた。破天荒ではあったが、彼の目は間違いなく国をより良い物へと変えていった。

 

 しかし今のエリヒドは違うと断言できる。それは──

 

「ですがお父様。今の貴方は国民どころか、身近な私すらも見ようとしておられません。それに『神の使徒』からも目を背け続けておられます」

「何を言う? 私は『神の使徒』様方の力になれる様、全力でサポートしているとも。我が国の先鋭を教育係とし、宝物たるアーティファクトも惜しみなく彼等に渡している。今、私が力を最も注いでいるのが彼等の育成であ──」

「彼等はただの子供です」

「…?」

 

 エリヒドはリリアーナの言葉に筆を止めた。そして不思議そうにリリアーナを見つめる。彼の心中はそんな事を口にしたリリアーナに対する疑問で溢れ返っていることだろう。

 

 そんなリリアーナの言葉に首を傾げることこそが、見ていないことの示唆に他ならないと言うのに。

 

「確かに才覚には溢れています。高いステータスを持ち、この国でも希少な天職や技能を与えられている。神から愛されし、使徒というのも納得出来るでしょう。…心を除いては」

「………こころ?」

「ええ、精神力です。彼等は向こうの世界では平和な暮らしの中にいたと聞いています。故に彼等は死に怯え、殺害に忌避を抱く。まだ心構えも出来ていない子供そのものです。…昔のお父様でしたら言われずとも気づいたことでしょうに」

 

 彼等の実力と精神は酷く乖離している。『優しさ』と『甘さ』の違いすら区別できておらず、簡単な戦いでも容易にその命を散らしてしまうだろう。メルドも『殺し』を経験させなばならないとしていた。

 

 巻き込むべきではなかったのだ。この混沌な世界になど。戦いは魔人に憎悪を持たぬ彼等には、あまりにも重すぎる。

 

「その様な事は関係ない。彼等は『神の使徒』。戦うためにこの世界に呼ばれた者達だ。それこそが彼等にとっても至高なる道だ」

「今のお父様は、言われてもなお目を背けられるのですね」

 

 しかしエリヒドはリリアーナの言葉をも意に返さず、教会の指針に従ったまま。確かにリリアーナの言う様にエリヒドは目を背け続けていた。

 

「話を戻しましょう。南雲様には今、使徒の皆様を罠にかけた疑いが掛かっています。教会はその罪に対し『使徒の称号の剥奪』、『基本的な使徒との接触の禁止』、『給付金の最低額まで減少』。これらの三点が南雲様を罰として施行しようとしています。ここまでは間違いありませんね?」

「間違いない。それをされるだけの事をその男はやった。むしろその程度で済んだのは教皇の寛大さ故だろう」

「ですがこの施行権はあくまでも教会にではなく、我ら王国にある。これも間違いありませんね?」

「…何が言いたい?」

 

 エリヒドはリリアーナの含みのある質問に警戒する様に睨みつけた。苛立ちも隠さずにいる。

 

「私が求めるのは、この施行開始時の延長です」

「…ふざけているのか?」

「私が戯れでこの様な事をお父様に言うとお思いで?」

 

 すると執務室の扉が開き、彼女の専属侍女ヘリーナが現れる。その手には三枚の紙が持たれていた。

 

「先程申しました様に南雲様が犯人という証拠はほぼ何も無いのが現状です。そして罪の所在を根拠づけるのは使徒半数程度の署名と教皇様の威光、この二つのみ。逆に言えば同等の威光を持つ者がいるならば無罪の獲得は兎も角、延期は容易い。ならば…ヘリーナ!」

「はい。陛下、こちらは先程リリアーナ様が述べられた内容に賛成の旨を記した署名、三枚となっております。右からリリアーナ様、メルド団長、そして【豊穣の女神】畑山愛子様の者となっております」

「───っ!?」

 

 リリアーナ、メルドの名はまだ良い。それは国王であるエリヒドの名よりは程度が低い。しかし【豊穣の女神】は話が別だ。彼女は下手を打てばエリヒドどころか教皇であるイシュタルよりもその威光は強い。特に農民などの労働者に対して彼女の名は強く働く。

 

 何と言っても現代神とまで言われるほどなのだ。そんな彼女が南雲ハジメの方に肩入れしていると世間に知られたならば、間違いなく騒ぎ出す。

 

「やはりお父様は視野が狭くなっておいでですね。彼女は『神の使徒』の皆様を一人残らず大切に感じていらっしゃいます。そんな彼女が今回の南雲様の一件を見逃すとでも?」

 

 神の言葉を代弁する教皇と唯一神の化身体とも呼ばれる愛子。彼等の意見の相違は教会の信頼を脅かす。それだけは、認められない。

 

「…とはいえ彼女の威光でも無罪までは不可能。半数以上の署名は事実。故にお互いに妥協点はここでしょう。既にイシュタル教皇の許可は得ています。後はお父様、貴方のみです」

 

 ヘリーナがエリヒドの机にもう一枚、署名書とペンを置く。それは未だサインの書かれていないもの。

 

 エリヒドは筆を止め、リリアーナを再度睨み付けると嘆息を吐いた。そして非常に簡潔に一言。

 

「期間はどれほどだ?」

 

 

 

 

 

 

「何とか承諾をもぎ取れましたね、お嬢様」

「ええ、流石に寿命が縮んだわ。成果は得られたけれどね」

 

 エリヒドの執務室から私室へと帰る途中、リリアーナとそれに続く形でヘリーナが歩く。リリアーナの手には新たにサインの書かれた署名が一枚。これにより南雲ハジメへの罰の施行の延期は確定した。

 

 期間は半年。もしその間に犯人である証拠が見つかればその時点で延長は終了。罰は迅速に施行される。

 

 リリアーナとしては変わってしまったとは言え、相手は父であり国王。緊張はやはりリリアーナにのしかかっていた。

 

 ふー、と一息つきながら首を回すリリアーナ。そんな彼女を見つめながら、ふとヘリーナは今回の行動の前に己が尋ねた事を思い返した。

 

『お嬢様。南雲ハジメが今、証拠もなく犯人に仕立てられているのは間違いありません。しかし南雲ハジメが犯人でないと言う証拠が無いのも事実。その上、お嬢様が南雲ハジメの庇い立てをしたとなれば、その立場も僅かながら危うくなるでしょう。正直に言って危ない橋です。聡明なお嬢様の事です、それが分かっていない筈もないでしょう。その為お聞きします。何故南雲ハジメを庇う真似をするのですか?』

 

 ヘリーナにとって何よりも優先すべきはリリアーナだ。小さな頃より共にし、そして忠誠をリリアーナに誓っている。ヘリーナは彼女を守る為ならば国を、神を、自身を、そしてリリアーナ自身をも騙し、逆らうことを決意している。

 

 だからこそ今回のリリアーナの手は悪手だと思った。もしその理由がただの優しさによるものならば、リリアーナの作戦を妨害する事を決めていた。

 

『単純です。私がこの国の王女だから、それだけです。例え『使徒』の誰が善人で、誰が悪人だろうと全ての責任は巻き込んだ我々にこそあります。例え彼が本当に罪人で、悪意を持つ者ならば閉じ込める等の罰は必要です。我々にとって真に重要なのは国民であり、危険が及ぶのは避けなばならない。ですがその上で彼等を責める資格は我々には無い。むしろ責められるべきは彼等を無理矢理呼び出した我々王族。だからこそ私はこの名を使おうとも可能な限り『使徒』の皆様の味方であらねばならないのです』

 

 しかしリリアーナの答えは、どこまでも正しく王道。単なる優しさなどではなく、王家が為すべき責務に従い彼女は動いている。

 

 とは言えそれは教会に、そして神に逆らうも同然だ。リリアーナの進もうとしている道には荊が群生している。

 

「ヘリーナ。貴女には暫く私ではなく南雲様に付いて貰うわ。彼を元々担当していた侍女二名が南雲様を不必要に責めた疑惑が掛かっている以上、彼女等には任せられない。代わりに私が最も信頼する貴女を少しの間、南雲様に付けるわ」

「…畏まりました」

 

 故にヘリーナは見極めねばならない。南雲ハジメを。

 

「そして見極めて頂戴。果たして彼が本当に罪人かどうかを。本当ならば…向こうの世界への帰還まで閉じ込めねばならないから」

 

 そしてもし南雲ハジメが危うい存在ならば──ヘリーナは懐の刃を閃かせる事になるだろう。

 

 リリアーナはあくまでも国王の血筋を、ヘリーナはその従者としての役目を全うする。そして彼女等の焦点は今、一人の男に定められていた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「…南雲は無事なの? 先生」

「…予断が許されない状況は乗り越えたそうです。外傷もほぼ塞がったとの事です。ただし治癒の際、体内の体力をかなり使ったそうです。あと数日は起きないと白崎さんは言っていました」

「そう…」

 

 ハジメの部屋の前、園部優花は目の前の畑山愛子と同様前傾になりながらも、祈るようにして椅子に座った。

 

 治癒が終了して間も無く、優花と愛子はハジメが再び多大な傷を受けた事を知った。それからすぐに二人はこの部屋の前に駆けつけた。愛子は守るべき生徒の一人として、優花は迷宮で助けられた恩人としてハジメを見ていたから。

 

「…先生、南雲は迷宮でちゃんと戦ってたわよ」

 

 座り込んでから少し、ふと優花は隣にいる愛子にそう言った。

 

 優花は迷宮での一戦の際、トラウムソルジャーに殺されかけた所をハジメに助けられている。更にベヒモスを足止めした事もしっかり記憶していた。

 

 今、世間においてハジメは『裏切り者』のレッテルを貼られている。しかし優花にとってハジメは変わらず恩人だ。

 

 だからこそ優花は誰かに認めて欲しかった。ハジメが『裏切り者』などでは無いと言う事を。今呟いた言葉はそんな思いの表れだった。

 

「ええ、そうでしょうね。南雲くんはやる時はやる子だと南雲くんの両親が自慢していらっしゃいました」

 

 愛子は優花のそんな言葉に嬉しそうに頷いた。

 

 愛子がこの世界において最も大切なものは生徒全員だ。彼等を無事に元の世界へと帰すために、彼女は行動している。

 

 だからこそハジメが『裏切り者』として晒し上げられているのは、許せなかった。当然,事実の再確認を求めたが教会側はそれを認めようとはしなかった。リリアーナとの協力により、罰の施行の延期は認められた。だが彼を取り巻く状況が改善したとは言えない。

 

 しかもその上でハジメが檜山等により重傷を受けたとの知らせを聞いた。檜山等もその行為自体は否定しておらず、結果注意勧告を受けたとのこと。罰の内容が甘いのは『使徒』とそうで無い者の差故か。

 

 兎に角愛子の心中はかなり乱されていた。守るべき生徒の名誉を守れず、その上生徒間の不和に今の今まで気づけなかった。ハジメが虐げられていることに気が付けなかった。生徒を不安にさせないためにも表面上はいつも通り元気に振る舞ってはいるが、本来ならもうこの場で己を責め続けているだろう。

 

 ただそんな中での優花の言葉は少し愛子を安心させた。生徒の半分以上から邪険に扱われているハジメ。しかしそんな中でも味方でいようとしてくれる人がいると、愛子は知ることが出来た。

 

 故に愛子は日頃の無理に繕った笑みではなく、心の底からの安堵の笑みを一瞬浮かべた。

 

「私も、あいつに助けられた」

「そう言ってくれると南雲くんも救われるでしょう。味方でいてくれる人がいるだけで、人は心細さがなくなりますから」

「…そうかなぁ」

「そういうものです。ですから…どうか園部さんは南雲くんの味方だと彼に言ってあげてください。今の南雲くんにはそう言う人が必要でしょうから」

 

 優花がハジメの事を語ると、愛子がそんな優花を肯定する。そんな会話が暫く続く。傷の舐め合いであろうと、二人の削れていた精神は僅かばかり調子を取り戻す。

 

 未だに眠り続けるであろうハジメの部屋の前。優花は路頭に暮れる己の心を段々と定めていく。愛子は己があるべき道を再度目に見据える。

 

 そうして暫く経っただろうか。目の前の扉がギギィ、と音を立てた。

 

「「!!?」」

 

 南雲ハジメだ。

 

 彼は目を張る二人を他所に現れた。身体中に包帯を巻き、脚を引き摺って歩いていた。

 

「ちょっ!? 何してんのよ、南雲!」

「南雲くん!? 今貴方は動いていい良い状況ではありません! 早く部屋に戻りなさい!」

 

 度重なる怪我と治癒により無理矢理使われた体力。本来ならば動くどころか目覚める事すら不可能である筈のハジメ。しかし彼はよろけながらも歩く。

 

 二人の静止の声すら聞く事もない。再度止めようとする優花と愛子。しかしハジメの目を見て逆に二人は止まってしまった。

 

 あまりにも必死なのだ。身に知らぬ罪も、度重なる理不尽も、怪我の痛みも、疲労による眠気も。それ等全てを薙ぎ払いハジメは進んでいる。彼が放つ気迫に彼女等は圧された。

 

 そして壁伝いに彼は歩く。ある一点を目指して。

 

「……白崎、さんっ」

 

 彼の脳裏にはただ一つ。泣いている彼女の顔が映り込んでいる。

 

「…南雲くんに手を貸しましょう、園部さん」

「…そうですね、先生」

 

 二人もまたそんなハジメを追う。彼を止められる気はない。しかし今にも倒れてしまいそうなハジメを支えようと、立ち上がるのだ。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 もうすぐ夜が明ける。明日にはもう訓練が再開される。早く寝なければ体力がもたないだろう事は安易に予想できる。

 

 されどメルドは眠ることが出来ずにいた。ハジメの事も心配だが、施行の延期以上のことが出来ない以上は無理矢理でも思考から外すしか無い。更に言えば暫くは起きないだろうことから、目下の問題は目の前の扉の奥だ。

 

「雫、白崎はまだ…」

「はい、メルドさん。自責の念に駆られてかずっと起きてます。私も何度も慰めようとしたんですけど…駄目でした」

「そうか…」

 

 香織は自責をし続けている。それにより生み出されるストレスが、強迫観念が、香織から眠りという安易な現実逃避の方法を奪っていた。逃げるな、お前が悪い、と香織を責め立てて逃がさない。

 

 しかも食事や水にも一切合切手を付けていない。今のままでは体に限界が訪れ、倒れてしまうだろう。

 

 同時にメルドはこうなった理由もよく理解していた。香織はハジメに恋をしていたのだろう。懸命に彼と接していたり、弾んだその笑顔から良く理解できた。そこに悪意などは見えず、純粋な好意だった。

 

 だがそこで気付かされた、己がハジメへの虐めへの間接的原因だったという事実。それに気づいた際の彼女が受けた傷の大きさは計り知れない。

 

 そして気づいた時には後の祭り。過去に起きた事であり、香織が無闇に傷つけた事実は消える事はない。勿論、雫やメルドが彼女を癒す術を持ち得るはずも無い。

 

 しかし【聖女】白崎香織は国や教会にとって大切なカードの一つ。【聖女】という類い稀な天職を持ち、精度の高い“治癒魔法”と“浄化魔法”を持つ。対魔人との戦争を考慮すると、必ず万全な状態まで育て上げたい人材の一人。ここで躓いてはいけない存在だ。

 

 当然ながら精神がただの少女であることにメルドは気づいている。しかし後に来るであろう戦争に必要な人材を育てることこそがメルドの使命。そこに香織の心も、そしてメルドが持つ人としての感情も挟んではならない。

 

(…きっと俺は地獄行きだな。この様な年端も行かぬ少女に鞭を打たねばならんのだから)

 

 そうしてメルドは扉を開け、強引に香織を立ち直らせようと決意を固め──

 

 

 

「白崎さん…聞こえてる?」

 

 

 

 いつの間にかすぐ横にいたハジメに目を見開いた。

 

「坊主!?」

「な、南雲君?」

『────』

 

 メルドが、雫が、そして扉の奥。三者に動揺が走る。何故ならば本来ならば起きているはずが無いのだ、この男は。

 

 しかしそれ等の動揺も全て無視。ハジメはここまで来るのに手を貸してくれた優花と愛子に軽く礼だけ言うと、香織の部屋の扉にそっと寄り添った。

 

 メルドはすぐにハジメを部屋に戻らせようとした。しかし今の香織を説得出来るとするならば、それは香織の想い人であろうハジメしかいない。少年に無理を重ねるのも情けない話だが、それ以外に香織を前向きに立ち上がらせる方法が思い浮かばないのだ。

 

 結果、優花や愛子と同様、見守る形となった。

 

『──南雲くん?』

「白崎さん。少しだけでもいい。話をさせ──」

『…帰ってよ』

 

 香織はハジメにそう冷酷に告げる。いつもの明るさが嘘の様に、その声は暗く重い。ハジメも初めて聞いたそんな声に僅かばかり動揺を見せた。

 

 一瞬の動揺の後、めげずハジメは扉の向こうに声を掛ける。

 

「…帰らないよ」

『ダメだよ? 帰って』

「…何で?」

『………南雲くん、今凄く無理してるでしょ? だから早く部屋に戻って寝なきゃダメだよ?』

「白崎さん、嘘下手だね? それが本当の理由じゃ無いなんてこと、僕にだって分かるよ」

『………』

 

 地球の頃から彼女はいつもいつも、下世話と言える程にハジメに話し掛けていた。嬉しそうに微笑んで、心配そうに上目遣いに見つめてきて、悲しそうに口を尖らせて…そんな一挙一動がハジメの記憶にはある。

 

 なんて分かりやすい嘘だ、とハジメが軽く笑う。そして本当の事を話すつもりが無いらしい香織にハジメは困った様に眉を八の字にした。

 

「話してくれない?」

『ダメだよ。帰ってよ…』

「…本当の理由を話してくれるまで、僕はここでずっと待つよ?」

『─────!』

「気絶仕掛けても無理矢理体を叱咤打つし、食事だって取らない。四六時中、扉の前で君が本当の事を話してくれるのを待つ」

『…南雲くんってば、意地悪だよ』

「あはは、ごめんね。でも白崎さんは優しいから。僕の事を気遣って話してくれるだろうなって思ったんだ」

 

 ハジメが切り出したのは我が身を使った脅し。何とも情けない脅しだが、それが兎に角香織には効いた。

 

 扉の奥から、香織が想いを曝け出す。

 

『南雲くんが傷ついたのはね、私のせいなんだよ』

 

『学校で話しかけてたから、檜山くん達が南雲くんを虐めた。トータス(こっち)でも仲良くなろうとしたから、南雲くんが悪者にされたんだ…』

 

『それを知っちゃったら、もう南雲くんには会えないよ。私の何が南雲くんを傷つけるか分からない。だったらもう…会わないのが一番の正解でしょ?』

 

 扉の奥から震える様な声が響く。か細くて、それでも扉を挟んだのが嘘の様にその場にいる全員の耳に届いた。香織の言葉はそれ程に必死に搾り出されたものだった。

 

『南雲くんは優しいから、私を許すかもしれない。でも…そうすれば南雲くんはまた傷付く。今度は死んじゃうかもしれない』

 

『だからもう私と関わらないで…そして、私を許さないで』

 

 それは香織にとっては苦渋に満ちた選択だっただろう。それでも香織はハジメを傷つけたく無い一心で、その道を選んだ。ハジメとの仲を修復しないという事を決めたのだ。

 

 故にその覚悟の丈は計り知れない。香織の好意を知る雫、メルドはそれだけの想いを察した。全貌は理解していない愛子や優花でも、押し黙るだけの覚悟を見せた。

 

 果たしてその想いを直に受けたハジメはどうか。皆の視線が扉の前に向く。

 

 しばらくハジメは何も言わなかった。香織から受けたその想いを咀嚼していたのか、はたまた己の中での香織への感情を見直しているのか。はたまた別の何かか。

 

 やがてハジメは扉の奥へ届けと口を開いた。

 

「最初は僕、白崎さんの事を不思議な人だって思ったんだ」

『………』

「誰とでも仲良く出来て、いつも明るくて、僕とはまるで生きてる世界が違う。それなのにいつも僕の所に来ては、何度も何度も構うんだから…本当に不思議だった」

『…』

「僕は僕でオタク趣味中心の生き方を変えるつもりは無かったから、君の言葉をろくに聞かなくて…そんなんだから非難轟々だったんだろうなぁ」

『…』

「確かにさ、白崎さんが僕に構わなかったら今までみたいな目に見えた虐めなんて無かったと思う。学校で何とも無い日常を送って、家に帰って趣味に生きてたんだろうな。こっちに来てからも…こんなに目に見えて邪険にされなかったと思うよ」

『………だよね。そうだよね…』

 

 それは香織が知る由も無かった、ハジメからの香織の印象だった。ハジメは一人、懐かしむ様にぽつりぽつりと語っていく。

 

 そしてハジメが香織の言う様な『もしも』の話をし始めると、香織はその声を更により暗く落とした。やはり改めて本人に肯定されると、辛かったらしい。更に深く彼女は悲しみに暮れた。

 

 そんなあんまりな物言いに周囲が眉を顰めた。だがそんな様子も、すぐに晴れる事となる。

 

 

 

「でも、僕は救われた」

『───』

 

 

 

「クソッタレみたいなこの世界で、君は変わらず僕に接してくれた。味方でいてくれた。笑顔でいてくれた。そんな君に僕は何度も何度も…数えきれないくらいに救われた」

『──違うよ! 私はそんな人じゃ無い!』

「何より──君があの日。僕を『強い人』って言ってくれた! だから僕は迷わず戦えた!」

『ダメッ! 私を、私を許さないで!』

 

 そう、ハジメは救われた。全てが変わったあの日、それでもなお香織だけはその変わらぬ笑みを向けてくれた。怒涛に押し寄せる非日常と理不尽の中、ハジメを肯定してくれた。

 

 しかし香織はそれを否定する。また今までの様に戻れば、ハジメが傷ついてしまう。それを恐れて、己を許そうとするハジメに怒鳴った。

 

「…でもこのままの僕じゃ君のそばにいれない。今のままじゃ僕はまた誰かにやられて…君を悲しませてしまう」

 

 そう、今のハジメは弱い。世界どころかそこ等の子供にさえ負ける。周囲は敵だらけで、いつまた傷付く事になるか分かりやしない。

 

 そうなれば悲しむのは香織だ。つい先、気絶する直前に見たあの香織の暗い顔を、またさせてしまう。

 

 だから──

 

「だから…どうか待ってて欲しい」

『………え?』

 

 今度こそ、香織はハジメの言葉により呆気に取られた。

 

 しかし構わずハジメは続ける。

 

「今の僕は弱いから…君に並べるだけの力も名誉も才能も無い。それに誰かを傷付けるのも、ボロクソにやられた今でも嫌だ」

 

 ステータスは子供並み、民衆には【裏切り者】のレッテルを貼られ、天職は何処にでもいる【錬成師】。力も名誉も才能も、どれも香織に届く訳が無い。

 

 しかもこの世界という現実を理解していてもなお、ハジメは人を傷付ける事を恐れていた。

 

「それでも! それでも僕は君のそばにいたい! 君が僕の生き方を教えてくれた! 僕の今までが間違ってないって教えてくれた! 僕は君から…数え切れないほど沢山の物を貰った!」

 

 だがこの世界での平穏は常に彼女の傍にこそあった。こちらまで明るくなる様な笑顔でいてくれた。己が戦う為の覚悟も彼女から貰った。

 

 香織こそは気づいて居ないが、ハジメにとってはそれらは掛け替えもない様な物だった。

 

 故にハジメは強欲にも願ってしまう。天と地程に離れた場所にいる彼女の隣を、求めてしまう。

 

 

 

「だから──僕は強くなるって決めたんだ!!」

 

 

 

 だからこそ───ハジメはあの日漠然と願った夢を宿すのだ。

 

「力も名誉も手に入れて! 才能なんて関係なくなるくらい強くなって! 世界が認めたくなくても認めざるを得ないぐらいに成り上がって──僕は君の横に立つ!」

 

 この世界は理不尽だ。才能がおおよそ全てを決め、弱者は満遍なく蹴落とされる。上を向く事など許されない。事実、ハジメは何度も何度も理不尽を喰らっている。

 

 故に己が欲望を叶えるには強くなるしか無い。

 

 誰も傷つけたく無いという思想も、地球に帰りたいという願望も、そして白崎香織の隣に居たいと願う理想も! それら全てを叶えるには、周りが有無を言わない程に上に行くしか方法は存在しない。

 

 きっと目指す未来は目を凝らさねば見えぬ程に細いだろう。だとしても構わない。生憎ながらハジメは理不尽をよく食らっている。今更の話だ。

 

 そうハジメは決意する。そしてその決意の丈を、扉の向こうで閉じこもっている彼女に響かせた。

 

「だから…どうか高くて遠い、遥か先で待っていて欲しい。太陽みたいに明るくて優しい君のままで、()()()()()()()()()()待っていて欲しい!」

『───────ッ!!』

 

 ハジメは息を切らす程に声を張り上げた。体の体力も全て出し切ったのか、これを言い終わる頃には地面に倒れ込む形となって居た。

 

 すると扉が開く。そこから現れた香織は頬を赤く染め、両目から涙を流して居た。しかし、それ等が数時間前の様な悲しみによるものでは無いことなど、この場の全員が理解して居た。

 

 そして香織はハジメを抱きしめて、()()()

 

「うん…待ってる。絶対に、南雲くんが来てくれるまで。いつまでも待ってるから!」

「…うん。待ってて、白崎さん。必ず、必ず君の元までたどり着くから」

 

 ──最初の月下での契りは、世界が破り捨ててしまった。

 

 ──しかしここに新たな契りが交わされた。

 

 ──そして天はその契りを祝福する。曇天は晴れ、地平線から照らす朝焼けの陽光が二人を包んだ。

 

 ──ここから始まるのだ。

 

 ──世界から虐げられた【無能】が愛した者の傍に立つ為の物語、その一頁目が。




雫、メルド、優花、愛子((((プロポーズしてる…))))

全、16682字 ー!!!!
…改訂版の前二話足しても余裕で勝てる計算の文字量です、今回。
…はいやめてー! 石投げないでー!
投げていいの創作したことあるやつで、全部自分の思い通りに書ける超人様だけでーす!
真面目な話、二つに分けてもいいんじゃねーの、とか言われそうだけど個人的にどこで切っていいか分からんかったのでこのまま投稿。
もし二つに切った方がいいと思うなら感想で何処で切った方がいいか教えてくんろー!
私バカだからわかんねー!

あとヴィーケン・リートの説明しとくね…。
とは言えあんま改訂前と変わんねーんだよなぁ…。
・使用者の天職が神関連(【勇者】【聖女】【神子】【教皇】など)であること。
・使用者のレベルが三十以上あり、かつ一定以上の魔力を保有すること。
・使用者が純粋な人族であること。
・使用範囲が人族の領地(人の神たるエヒトの領域)であること。
・効果は声の聞こえた度合いに比例する。
・対象者が洗脳内容への疑惑を持たないこと。
・対象者が洗脳内容に関心を一定以上持つこと。
・対象者の天職が神関連でないこと。
・対象者が神代魔法を持たないこと。
・対象者が人族であること。
・対象者がヴィーゲン・リートの存在を知らないこと。
・対象者が眼鏡を掛けていないこと。
こんな感じやね!

と、言うわけで私は村正を手に入れる旅に出掛けるので暫くメンゴ!
そしてそれが終わっても他二作品の投稿するから更に遅れる! メンゴ!
それはそうと明日の呪術とジャンプ楽しみ、イェイ!

…あ、言い忘れてた!
新年あけましておめでとうございます!

この作品、アナタは何メイン目的で読んでる?

  • ハジカオ!
  • オリジナル展開!
  • 成り上がり要素!
  • 考察要素!
  • 曇らせ!
  • 感想返し!
  • ダイレクトマーケティング!
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