恋する錬成師は世界最強   作:見た目は子供、素顔は厨二

8 / 40
2/20に日間16位!
ありがとうございます!
これからも頑張りますぜ!



5、(らん)(ラン)(ran)

 その日の朝、ヘリーナは非常に頭を痛めていた。

 

 正確に言えばその頭痛は幻痛だ。精神的な負担、それこそが真のヘリーナが抱える物だ。

 

 とある王女の部屋で一人。ヘリーナはまるで呪う様に呟く。

 

「…お嬢様、一体何をされるおつもりで」

 

 その両手には小さな手紙が握られている。メモ用紙にも勘違いしてしまいそうなそれには、何とも簡潔なメッセージが綴られている。

 

『社会科見学行って来ますわ by.リリアーナ』

 

 お前の身分を考えろ、と言いたくなる様な内容にヘリーナは無表情ながらも頭を抱える。

 

 そして思うのだ。何故自分の主()は己の平穏に無頓着なのか、と。

 

 黄昏た視線は窓の先、城下町へと注がれていた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 ハジメがウォルペン工房に入り、おおよそ一ヶ月半。ハジメはさまざまな事を学んだ。

 

 効率の良い“錬成”のアプローチから始まり、合金の生成方法や鍛治、魔法陣の彫り方、果てには準アーティファクトの制作まで、様々な事を行なった。

 

 ちなみに準アーティファクトはアーティファクトの一歩下に及ぶ魔道具の事を指す。

 

 アーティファクトの特徴としては『その道具其の物が特殊な力を持ってる』事が挙げられる。例えば光輝が持つ聖剣、そのステータス全上昇及び対魔への特攻能力。例えば教皇が使ったヴィーケン・リード、その洗脳能力。

 

 どれも出鱈目で、かつ所有者が魔力を流すだけでそれらの機能は扱える。それが現代では制作できないとされるアーティファクトという代物だ。

 

 一方で準アーティファクトは今の【錬成師】が作れる劣化版アーティファクトの事を指す。例としてはハジメが持つ“錬成”の魔法陣が刻まれた手袋、これも準アーティファクトとなる。

 

 名こそ大層だが、そう大それた物では無い。『使用者の魔法補助を行う道具』、それが準アーティファクトだ。

 

 要は魔法陣が刻まれただけの道具であろうと、準アーティファクト扱いとなる。人間にとって魔法陣が無ければ魔法が使えない、と考えるとそれだけでも『魔法補助』は出来ている訳なのだから。

 

 魔法陣の彫り方は“錬成”で使用する魔法の円陣を刻み込むというこれ以上なくシンプル。

 

 ただそれが【錬成師】の誰でも出来るか、と言われればそうでは無い。魔法陣に求められるのは『完全な円型』とされている。そして作られた円の中、もしくは周囲に式を刻み込んで行く。もしその円形が崩れれば、式が成り立たず魔法の成立が破棄される。

 

 また専用の紙に魔法陣を刻む様な単発使用の物とは違い、準アーティファクトは使い回しが絶対だ。そして式の欠損や歪みは単発の魔法行使ならば問題無いが、回数が増すに連れてエラーが蓄積する。そのエラーは魔法陣の機能を低下させていき、やがて停止させる。

 

 更に言えば感覚的には普通の“錬成”とは異なり、ただ溝を作るよりも時間を要する。何が具体的に違うのかは未だ分かっていないが…それでも通常の“錬成”とは()()()ことは間違いない。

 

 その上、純粋な“錬成”の技術の他に『魔法陣学』の履修が必須。基本五式は当然の事、必要に合わせて様々な式を刻んで行かねばならない。

 

 故に魔法陣を刻むという作業は現代の【錬成師】にとって一つの登竜門。出来ると出来ないとではその者の【錬成師】人生を大きく左右するだろう。

 

 ハジメはそれを一ヶ月半で習得出来たのだから凄まじい。まだまだ技術では上位に辿り着くことは出来ていないが、そこは現代知識により補っている形だ。

 

【錬成師】としての訓練と同様、他の修行も順調だ。その証左が他ならぬステータスプレートにある。

 

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 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:21

 天職:錬成師

 筋力:30

 体力:30

 耐性:30

 敏捷:30

 魔力:30

 魔耐:30

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+複製錬成] [+高速錬成][+圧縮錬成][+鉱物分解] [+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+消費魔力減少]・言語理解

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 一見すれば大した事もない、平凡的なステータス。レベルの上昇に関しても現在光輝のレベルが40に突入した事を考えれば、あまりにも低い。技能も二つ、しかも非戦闘技能と情けの無い物である。派生技能があれど、戦力としてはまず使えないという判定が下されるだろう。

 

 しかしハジメの異常性はそこでは無い。非戦闘職でありながら一ヶ月でここまでレベルを上げている事が問題なのだ。

 

 以前メルドが告げた魔力の循環速度、それ以外にも戦闘職と非戦闘職では様々な違いが存在している。武器の扱いへの補正、動体視力の強化、痛みへの耐性、そしてレベリングのし易さだ。

 

 そもそもトータスで言うレベルとはゲームで言う様な『経験値を一定以上積んだからステータスが上がる』と言う都合の良いものではない。レベルは証左だ。その人間が己の限界に近づいた事を示す他ならない物だ。

 

 つまりの所、『レベルが上がったからステータスが上がる』のでは無く、『ステータスが上がったからレベルが上がる』と言う事となる。

 

 そして戦闘職は自然と戦い方と言う物を理解できる。己の動きを頭で理解し、どう改善するかを普通の人間よりも呑み込みやすい。だからこそ鍛える事が容易く、レベリングが効率的になる。

 

 だがハジメの様な非戦闘職はそうでは無い。動きの上達にどうしても試行錯誤が必要となる。己の動きを知り、問題を理解し、改善する。戦闘職よりもレベリングに遥かにプロセスを要するのだ。

 

 だと言うのにハジメは異世界生活約二ヶ月にしてここまで辿り着いている。しかも前半の辺りはほぼ寝たっきりであるにも関わらずだ。

 

 それにはやはりメルドの戦闘訓練の方針が大きい。常にハジメに思考させ、より多くの手を考えさせながら実践形式を繰り返す。その結果、段々とハジメの動きは最適化されていった。そしてその思考に応える様に体も鍛えられたのだ。

 

 とは言え、ハジメにとってメルドは当然格上。その相手にめげず何度も挑み、それでもなお思考を止めない。それがあってこそのこれ程のレベルの上昇速度なのだろうが。

 

 他にも派生技能をいくつも手に入れ、ここ最近給料も(ハジメ視点では)案外ウハウハ。何だかんだと良い風が来ている。

 

「…これさえ無ければ、だけどさ」

 

 ハジメの目はちょっぴり悟った感じが見受けられる。そしてウォルペン印の商品が積み上げられた荷車を引きながらも、空を見上げる。

 

 そんな彼にチクチクと忌避の視線が刺さる。ただし城の連中と異なり、遠慮気味、もしくは戸惑いも混ざった物だ。

 

 現在ハジメがいるのは【ハイリヒ王国】王都、その城下町に当たる場所だ。そして荷車から分かる通り、現在ハジメは下町で納品を行なっている。

 

 ウォルペン工房はスタッフがヤベェ奴ら(個性豊か)である事や技術平均がかなり高い以外にも、下町での仕事受けが良い事でも有名だ。

 

 他の工房は「武器製作こそが“錬成”の華!」とばかりにブランドの武器や貴族用製品に尽力する傾向が強い。それ故に高価な代物となる事が多い。

 

 一方でウォルペン工房は棟梁自体が好奇心旺盛な影響か、幅広い商品を取り扱っている。如何にすれば製品をより小さくできるか、使い勝手が良くできるか、安くなるか…その追求の結果と言っても良い。ウォルペン工房はスタッフの人柄以外においては概ね下町から好評を頂いているのだ。

 

 そして今回、その下町での納品担当となったのがハジメだった、という話である。これは当番制なのでまあ避けられない。ウォルペン曰く「顧客の奴らは今更気にしねぇから大丈夫だ」と言っていた。

 

 確かに前回一度納品をした事があったが、依頼人の皆様はハジメを見ても大した反応をしない。むしろ悟った笑みで、「まあ、ウォルペン工房だしな」と頷く。それどころか「君はあの工房の人間の割に接客が出来ている」と誉めてくる始末だ。

 

 先輩方は果たして一体何をやらかしたのか…。彼等のヤベェ武勇伝を知りたくなった様な、無くなった様な…そんな感じの心境であった。

 

 ただ悟っている工房の顧客はあくまでも特殊例だ。普通の城下町の住人はハジメを遠巻きに見つめている。ある者は疑念を。またある者は恐怖心を。そしてまた違う者は目を逸らす。露骨に悪意を向けてこないばかりに、返って城の連中よりもやり辛い。

 

 当然ながら学校でも多くの陰口や視線を浴びて来たが、初対面の人間からこうも多くの集中を浴びるのは初めてだ。嫌とまでは言わないが、その様な感覚に少し気を置いてしまうのは確かだ。

 

 だがハジメは帰るわけには行かない。何故なら仕事の真っ最中だ。最近給料を貰えたのでプロ意識が上がっているハジメは、めげずに次の物件へと進む。

 

(えーっと次の納品場所は…『アスタマリア食堂』。商品は大きめの鍋三つと包丁五本、あと砥石か)

 

 なおハジメはあくまでも顧客としてしか知らないが『アスタマリア食堂』は今庶民に大流行の勢いのあるお店だ。『使徒』のメンバーも割と足を運んでいる。安い上にボリューミー、そして旨いと大絶賛だ。あと接客も良いと噂だ。恐らくは工房のイカれ共(ユニークな方々)と契約しているから、と言う理由もあるだろうが。

 

 しかしそんな事も知らないハジメは店の名前に気を止めない。単純に「あそこの店主、冒険者上がりらしいけど気前良いよなぁ」と思う程度だ。荷車をゴロゴロとしつつも進む。

 

 しばらく進むとその店の看板が見えた。木製の、敢えて古風な雰囲気を醸し出している建物だ。女性の好みはよく知らないが、こう言った物をオシャレと言うのだろうと感じた。

 

 その店の前には何やら人集りが出来ていた。ハジメは行列か何かだと思い、気にも止めずその人混みをかき分けていった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 人混みの中、『アスタマリア食堂』の店前では豪奢な鎧を来た男とエプロンを着た()()の少女が対面していた。男の方は顔を顰め、少女の方は見事な笑顔を見せている。

 

「…つまり貴様は私とコイツら庶民を…同じ扱いにするつもりか?」

「何度も申し上げた通り当店のマナーです。予約されたと言うならば話は別ですが…されてませんよね?」

 

 男の方がクレーマー、少女の方がそれに対応する店員と言った所なのだろう。だがそれだけならば第三者が男に物申せば良い話。ペンは剣よりも強し、質より量だ。周囲が男を同様に責めれば問題は無い。

 

 しかし周囲がそう簡単に介入できない理由が、どうやらある様だ。男が顔を一層険しくし、少女へと怒鳴りつける。

 

「巫山戯るな! 私は誉れある王国騎士、それに選ばれた男だぞ!? 貴様等の様な凡庸な者達に私の意向を邪魔する権利など無かろう!」

「ふむ…王国騎士に貴方が言う横暴な権威は無かった、と記憶しておりますが?」

「ハッ、貴様等と一緒にして貰っては困る。我々は国の為、国王様の為血肉を削り鍛錬しているのだ。多少ならば黙認される…そう言うものだ」

 

 どうやら男の方は王国騎士となる事が決定しているらしい。それで浮かれているのか、それとも生来からの横暴さなのか。だからこそ人々が何も言えない状況となっているらしい。

 

 王国騎士、その名があるだけで王家の後ろ盾がある様なもの。例えそれを王家が認めておらずとも、一般人はそれを聞くだけで竦み上がるだろう。

 

「…そうですか」

「分かったか? ならばとっとと入れろ。今日は私が王国騎士になった祝杯を上げるのだ。私以外にも五人ほどの席を用意しろ」

「再度申し上げます。列にお並び下さい」

「…聞こえなかったか、小娘?」

 

 ただ少女の方はその威圧を物ともしない胆力があった。笑顔での対応を続ける。

 

「むしろ貴方のその耳が節穴でしょうか? 私は何度も申し上げているはずです。当店のマナーだと。そして…お客様皆様に分け隔てなく対応する事を心掛けております」

「融通を利かせろと言っている。飲食店なのだろう? その程度出来るはずだ」

「当店ではマナーを守らぬ客に気を利かせる程、客に媚びた接客はしておりませんので。むしろ貴方、その様な接客しか受けた事が無くて? …風俗にしか行った事がありませんの?」

「なぁっ!? き、貴様ァ…」

 

 どうやら少女の胆力の方が強いらしい。一切崩れぬ笑顔の少女に対し、男の顔は情けない程に恥辱と怒りで染め上がっている。側から見ても男の方が明らかに余裕が無い。

 

 すると男の表情が急変する。険しく歪んでいたその形相が、何かが吹っ切れたかの様に笑みを浮かべたのだ。人を不快にさせる様な、そんな笑みを。

 

「この私に恥をかかせて…ただで済むと思うなよ、女ぁ…」

 

 そう言って男は腰に収まっていたナイフを抜く。まさかただの言い争いがこうなるとは思いもしなかったギャラリーは騒然とする。

 

 只事ではないと店主が飛び出てくるが、その店主の顎に男の拳が差さる。倒れる店主に誰もが血の気を引く。飛び出そうとしていたギャラリーも、それにより腰が抜けた様だ。

 

 また少女からも息を飲む音が聞こえた気がした。そして半歩後ろに下がる。それに男はニヤリと笑う。

 

「ハハッ! 今更悔い改めたか?」

「正気ですか? 店主への暴行、私への暴行未遂…流石に誤魔化せないと思いますが?」

「どうとでもなるさ。何なら貴様等に冤罪でもかければ良い。周りの奴らにも『話』をして合わせれば、その程度出来るだろう。多少手間だがな」

「…最終忠告です。納めなさい」

「貴様、未だに立場を分かっていない様だな…傷の一つや二つ、覚悟しろ」

 

 男はどうやらなおも強気を崩さない少女が気に入らないらしい。余程短慮だった様で、正気を失ってしまっている。

 

 そして男が一歩、少女の元へと歩みを進めようとして…

 

「うわっ、店主さん!? 大丈夫ですか!? …軽い脳震盪かな? 取り敢えず安静にして貰うとして…」

 

 この場にそぐわぬ緊張感の無い第三者。畏怖もクソも無い言葉に、再び苛立ちを覚えた。

 

「今度は何だ!?」

 

 それはつい先ほど己が殴った店主に駆け寄る形で現れた。荷車を引くのを断念し、店主への応急措置を最優先する黒髪の少年。彼のその正体を、この場の多くの者が知っている。ザワザワと更に騒ぎが大きくなる。

 

 それは他でもない騎士の男も知っている。…ただし悪評と言う意味で、だが。

 

 これ以上無いと言うほどの侮辱と蔑みを込めて、騎士の男は彼へと言葉を投げ捨てる。

 

「…これはこれは。【裏切り者】の、南雲ハジメ様ではないか」

「…うん? 何この状況?」

 

 その少年、南雲ハジメはようやく周囲の異様な雰囲気、そして()()()()()に気が付いたらしい。目を点にしている。

 

 だが己が明確に『下』と見下している人間がその場に現れた事で多少溜飲が下がった様だ。騎士の男は一旦、誹謗中傷のターゲットをハジメへと変える。

 

「気分は如何かな? 犯した罪を甘んじて許されながら、コネで工房に入らせて貰った気分は?」

「えーっと…何でここに?」

 

 しかしハジメの目は騎士の方に向いていない。じっと少女の方を見ている。呆気に取られた様子で、騎士の男の言葉には一寸たりとも反応を見せない。

 

 これがまあ、騎士の逆鱗に触れた。彼にとって格段に格下であるハジメが己を無視した為だ。一旦収まっていた青筋がビキビキと音を立てて現れた事からよく分かる。

 

「貴様も…くたばれぇええ!!」

 

 下に向けていたナイフを再度握りしめて、男はハジメへと振るう。

 

 ギャラリー達はこれから展開されるであろう悲惨な光景に目を覆う。少女は何かを唱えようとしたが、あまりにも遅い。

 

 ナイフはハジメの寸前まで来ていた。ハジメがステータスが弱い事は誰もが承知済み。絶命するかもしれないと未来を思っただろう。

 

 ただ男は運が悪かった。何故ならばそのナイフは鉱石で、相手は他ならぬ【錬成師】なのだから。

 

 ハジメはチラリとそのナイフを視認すると、片手で刃の側面に触れ、一言。

 

「──“錬成”」

 

 瞬間、そのナイフは男の手から消えた。否、()()()()()

 

 “錬成”の派生技能、“鉱物分解”。その名の通り、鉱石の結合を解き、ミクロ単位まで細かくする事ができると言う物だ。本来ならば数多くある“錬成”の派生技能の中でも後期に発生するとされている。

 

 しかしハジメは【錬成師】の中でも特殊例。迷宮然り、メルドとの訓練然り。戦闘に“錬成”を使用すると言う異常者(イレギュラー)だ。本来の派生技能の獲得する順番がまるで異なる。

 

 “鉱物分解”は戦闘訓練の中で、ハジメが手に入れた戦闘手段の一つだ。大まかに言ってしまえば『敵の武器を利用する』という手だ。

 

 それはこの様に単に武器破壊するだけには留まらない。最速最短距離でハジメは騎士との距離を詰める。格下に武器を破壊された事に驚愕していた騎士は見事反応が遅れた。

 

 そして所謂発勁の様に両手を男の鎧に打ち付けて、再度魔法の鍵言を告げた。

 

「“錬成”」

 

 瞬間ハジメの手の甲が、正確にはそこにある魔法陣がより蒼く輝く。眩い光に相対する騎士までもが目を瞑る。

 

 やがて光が止む。ハジメは後方に飛び、騎士との距離を取る。そして何かを確認したのか頷くと、騎士から目を逸らした。

 

 だがここでおかしいのは騎士の容態だ。何と言っても()()()()()()()。傷も打撲の感触も、それどころか痛みさえも全く騎士の男には感じない。

 

 だと言うのにハジメの方はもう、戦いが終わったかのように店主の男に駆け寄っている。また少女の方も今の様子を見て問題無いと把握したのだろう。店主に近づき、回復魔法の詠唱を始める。

 

 これに納得しないのは騎士の男だ。双方共に血祭りに上げるつもりで前へと進み…気づいた。

 

「……は?」

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()

 

 普段の様に動こうとした男は動きを制限された事により、無様に肢体を地面に投げ出した。また手を動かし起き上がろうとしても、()()()()()()()されている様だ。

 

「な、何をした? 貴様ァ!!」

「何って…暴れられても()()困りますし、()()しただけですけど?」

「拘…束?」

 

 そう言われて騎士の男は漸く気が付いた。己の動きを制限する物の正体が鎧にこそある事を。

 

 客観的に見ればその鎧は今や奇天烈に変形している。関節部分はどれも固定されていて、可動性を無視している。また腕と胴体、脚と脚の装甲が癒着してしまっている。

 

 最早鎧が鎧としての機能を持ち合わせていないのだ。騎士の男はまるでミノムシの様にしか動く事ができない。

 

 これこそがハジメが培った戦闘スタイルの一つ、“錬成”による束縛だ。これは相手が鉱石の装甲を纏っている時にしか使えないと言う制限はあるものの、ハジメの()()()となっている。

 

 当然一流のアーティファクトの鎧ともなれば話は別だ。あれ等は対魔性能が非常に高い。故に干渉性能が低い“錬成”ともなれば、全く変形出来ないだろう。

 

 しかし男の鎧はただの鉱石の塊。ならば工房で鍛え上げられたハジメにとってはあまりにも変形は容易だ。一度触れれば出来る。

 

 とは言え通常の【錬成師】にこれが出来るかと問われれば当然否である。そもそもこれには相手の懐に入ると言う前提が存在する。後衛職ならばまだしも、前衛職相手に錬成師が近づくともなれば余程の度胸が必要だ。

 

 またこの一瞬での変形は派生技能、“高速錬成”がなければ不可能。そして鉱石の癒着には“鉱物融合”も必要となってくる。

 

 即ち接近戦を習得し、【錬成師】としてもかなりのレベルに立っていなければこれ程の早業は不可能。正しくハジメ限定の技術と現状、言えるだろう。

 

 ただ油断もあってか『己が負けた』と言う事実を飲み込めない騎士の男。彼は無様にも喚き、ハジメや少女を睨む。

 

「貴様等ァ!! 私を無視するな! 第一何をした! 【無能】と蔑まれる貴様が私に敵うはずも無かろう! 卑怯だぞ! 恥を知れ!!」

「…どうしろと」

 

 ガチャガチャと鎧の成れの果てを鳴らしながら、本人もガヤガヤする騎士の男。ハジメとしては普通に正当防衛をしただけなので、半目で引いている。

 

 それを怖気ついたと判断したのか、騎士の男は更にヒートアップする。

 

「こうなれば結構だ! 【裏切り者】である貴様も! そこの女も! 私の地位を持って追い詰めてくれる! 私は王国騎士に選ばれただけでは無い! 貴族なのだ! それも後継筆頭のな! 震えて覚悟するが良い!」

「えっ…」

 

 どうやら騎士の男は貴族の息子らしい。それに加えて王国騎士と言う職につく事が出来た為、余計調子に乗っている様だ。血走った目で冤罪を掛けると宣言して見せた。

 

 ハジメはそれに目を見開く。その反応を見て更に勢いを増そうとする男の舌。

 

「もう結構です」

 

 しかしそれが嘘のように凍り付いた。たった一言。要したのはそれのみ。

 

 放たれた言葉は単純。しかしそれに込められた冷気とカリスマ性が男を本能的に静止した。

 

 場が静寂を満たす中、呟いた黒髪の少女はにっこりと笑っている。…ただし目の奥を除いて。

 

 少女は続ける。

 

「先程から聞いていれば…貴方は権威を振りかざすだけ。貴方の親やこれまでの王国騎士が活躍を見せてきたのは確かでしょう。ですが、それは彼等の功績であって貴方の物では無い。正しく『神の名を騙る娼婦』と言った所でしょうか?」

「な、にをぉ…」

 

『神の名を騙る娼婦』はトータスにある諺の一つだ。日本で言う所の『虎の威を借る狐』と同義。他者の威厳で強く見せかける事を指す。

 

 要は言っている人間は小物だと遠回しに言っている様なもの。男は襲い掛かる威圧感(プレッシャー)に冷や汗を流しながらも、恨みがましそうに少女を睨みつけた。

 

 続けて何かを男が言おうとしていたが、その時人垣の中から現れたある人物。彼女の乱入により、男の口は静まらざるを得なくなった。

 

「…漸くですね。見つけましたよ、()()()

「思ったより早かったですね、ヘリーナ?」

「長い付き合いですから、当然です」

「ふふふっ、ですが丁度いいタイミングです」

 

 世情に疎いであろう騎士の男でも知っている。【ハイリヒ王国】第一王女、その【傍付き】たるヘリーナだ。その有能さは侍女の中でも超一流。王女の名声と伴って、知れ渡っている。

 

 そしてそんなヘリーナが『お嬢様』と呼び、己が主と定める人間は、ただ一人しかいない。その場にいた誰もが、そのヘリーナへ気安く話しかける黒髪の少女へと視線をやる。

 

 唯一()()()()()()()ハジメは除くが、他の人間は全ては思った。「まさか…」と。

 

 皆の心の声に沿う様に、黒髪の少女はその()()()()を外し…その金髪を露にした。そして明かされたその素顔に、男は顔面を蒼白にした。

 

「改めまして、偉い偉い王国騎士見習いの貴族様。私はリリアーナ=S=B=ハイリヒ…仮にもこの国の王女をさせて戴いております。どうぞよろしくお願い致します、ね?」

「あ、ぁあ…」

 

 恭しい華麗な会釈を男へと捧げるリリアーナ。本来ならば誉れにもなろうそれが、今は帰って男の顔に一層絶望を刻み込むのみ。

 

 物言わぬ廃人となり掛けている男に、笑顔で追撃をリリアーナは放った。

 

「それで? 王国の後ろ盾が貴方にあると仰られましたが…その様な事を王国は承諾した覚えはありませんよ、エルク=ナイアン?」

「わ、私の名前を…」

「ええ。当然です。今年の入団試験に受かった者の名前や顔は記憶しております。ただ…残念ながら期待していた様な人材ではなかった様ですが」

「いえ! 私は王家の盾となり矛となる事を誓っています! 今回はあくまでも王女様と気付かなかっただけで…」

「…どうやら貴方はとんだ思い違いをしていらっしゃる様ですね?」

「お、思い違い…?」

 

 リリアーナの正体に気づいた途端、先程までの横暴な態度が嘘の様。鎧の束縛により傅く事も出来ないが、それでも懸命に己の王家への忠誠を示そうとする。

 

 しかしそれにもまた溜息を吐くリリアーナ。

 

「王国騎士団は確かに王家の盾であり矛。我々が下す命令を忠実にこなし、国を守る。そう言った組織です。ですが、それ以前に我々王家も騎士団も…国民を守る事が前提にあります。その本質を忘れ、国民に権威を無闇に晒すなど…恥を知りなさい」

「ぁあ…」

 

 そう、意識が違うのだ。リリアーナにとっては王家とは国民の為にあるもの。もし国民に不安を晒す様な事があれば、それは最早『王』として機能を成していないただの暴君だ。だからこそ己をも律している。

 

 正しく男は逆鱗に触れたのだ。最初に『平民』を見下し、己の身分で他者を蔑ろにした時点で時は遅かった。

 

 それを悟ったのか男はその首を力無く落とした。そんな彼に最終通告をリリアーナは耳元で呟いた。

 

「ああ、ご安心下さい。この件に関しては後々騎士団長様の方に通して置きますので。だって…誉れある王国騎士の行動ですものね?」

 

 にこやかな、しかし明らかに黒い笑みを浮かべてリリアーナは遂に男に背を向けた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「さて。この度は御助力頂き感謝しますわ、南雲様。貴方がいなければもっと多くの国民が傷ついていたかもしれません。改めて礼を申し上げますわ」

 

 明らかにショックを受けている騎士の男が運ばれていく中、リリアーナはハジメの下にやって来た。

 

 なおリリアーナがやってくるまでにハジメはヘリーナと情報共有を行なっていた。ヘリーナ曰く、リリアーナがここにいたのは定期的な城下町の探索の一環だった様だ。様々な形で街に溶け込み、自然な様子を見るのだとか。

 

 全く持って国民想いで自由奔放な王女様です、とヘリーナはこめかみを押さえながら言っていた。何故かハジメにもジト目を注ぎながら。

 

 なお脳震盪を起こしていた店主はリリアーナの“治癒魔法”によって、全快だ。むしろ王女直々に施しを受けた事は店に人を呼ぶキッカケにもなるだろう。更なる繁盛が予想される。

 

 取り敢えず周りのギャラリーも一安心した様子だ。…ただ僅かにハジメへと不審な視線が向けられているが。

 

「いえ、こちらこそです。権力勝負になったら僕に勝ち目無かったですし…改めて王女殿下、有難うございました」

「ふふふっ、やめて下さい。『使徒』の方でそこまで余所余所しいのは南雲様だけですよ?」

「でも僕はもう『使徒』じゃない様なものですし…」

「謙遜は止して下さいまし。先程のエルクとの戦い、御見事でしたわ」

 

 パチパチと小さく拍手をするリリアーナ。それに周囲の雰囲気が安らいだ気がした。彼女程の人間が褒め称えるならば、もしかすればハジメは悪人では無いのでは無いか、そんな仄かな同調圧力をリリアーナは作り出している。

 

 とは言えハジメは教会が直々に定めた【裏切り者】。そんな単純に疑いの視線が無くなることはな──

 

 

 

 

 

 

 

「流石は──()()()()ですわ」

『『『『『「…………………はい?」』』』』』

 

 ハジメと民衆(ギャラリー)の声がシンクロする。そしてありったけの動揺と疑問を露にする。

 

 その疑問の込められた言葉に対し、リリアーナはただただ微笑むだけであった。

 

 

 

 ──この日から、城下町に於けるハジメの印象は大きく変動する事となる。

 

 そして王城にさえも僅かに影響を及ぼす事となるのだった。




王国騎士と店員さん()の会話を書いている時、私は凄くニヤニヤしながら書いてました。(畜生作者)
騎士さんの今後や如何に!?
次回! 王国騎士さんクビになる、衝撃!それは漢女!、王国騎士さん二丁目に入り浸る、の三本立てでお送り致します(嘘告知)

そして出ました『私の騎士』宣言。
なおリリアーナは別に好感度クソ高な訳ではありません。
ただ同時にハジメが罰を受ける様な人間では無い、と判断したからこその爆弾発言です。
何故こんな形になったのか、その辺りは次回で理解してくれると助かります。

追記、との109様 評価ありがとうございます!
評価により私は更なる進化を迎えます。
感謝感激です。
…あ、当然感想を送ってくださる方々にも感謝を!
有難うございます!

この作品、アナタは何メイン目的で読んでる?

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