マリエーナ城下町の南に位置する町、トッペ。
ヤネン帝国とマリエーナ王国の間に位置するこの国は、突如として赤くなった空に混乱が起きていた。
それは、街の小さなペットショップにおいても例外ではなかった。
「リラー、ちょっと来てよ!店の子達が暴れてる!」
「ええっ、ちょっ、本当!?」
ウサ耳少女のキャラットが、現在奥でペット達の餌を用意しているリラを呼びつけた。
急に店内の動物達が暴れだして、一人では手に負えなくなったのだ。
リラが慌てて店内に戻ると、店の中のペット達が何かにおびえるようにキャンキャンと鳴き出していた。
「わわっ、ほ、ほら、大丈夫大丈夫、怖くない」
リラは近くに居た子猫を慌てて抱き上げる。抱き上げて気づいたのだが、びっくりするくらい震えている。周りの動物達もそんな感じだ。
「み、皆おびえてるみたい!どど、どうしよう?リラ?」
「え、ええっと…とりあえずキャラットも落ち着きなさい!」
「うう~、こんなとき、太郎さんが居てくれたら…」
「いや、あいつが居てもさすがにどうにもならないでしょ。居て欲しいけど」
思いも告げずに振られた男を思い出して嘆息するリラ。陽雲といい仲になっているのが分かっていたから身を引いたのだ。それはキャラットも同じで、二人とも振られ組と言うか、リラが動物好きでキャラットがウサギだったとか、そんな縁で一緒に暮らし始めたと言う経緯がある。
とりあえず二人して店の動物達をなだめて回る。幸い、皆聞き分けのいい子達で(動物と意思疎通ができるキャラットの存在が大きい)、半時間ほどでなんとか収まってくれた。だが、どうにも不安そうで落ち着き無くキョロキョロしている。
「ふう……なんとか静まってくれたけど、一体何が起こってるのよ」
「ボクにも分からないよ…」
疲れ果てた様子でぼやく二人。しかし、これは異変のほんの一端にしか過ぎなかった。
マリエーナ王国南東に位置するソウルの街のパン屋。ここでは、以前カイルと共に旅をしていた若葉と、旅の途中で知り合ったリリトが一緒に暮らしていた。
色々あって若葉と一緒に人間との共存を始めたリリト。だが、そんな彼女の元にも魔王の影は忍び寄っていた。
「リリト!どうしたの!?」
「ぐ……が……わ、若葉……あ、あたしから離れろ!」
突然苦しみだして蹲ったリリトに、若葉は普段のおっとりした様子からは考えられないくらい大慌ててで駆け寄る。しかし、リリトは苦しそうに叫んで拒絶した。素直な若葉はその言葉に一度足を止めてしまう。
「えっ……リリト、なんで」
「このままじゃ、あたしは……う、うあああっ」
「リリト!」
またも苦しみ始めたリリトに、若葉は我慢できなくなり近づいていく。が、リリトの方が行動が早かった。
「若葉…ゴメン!」
「えっ…きゃあっ!」
リリトが風の魔法を唱えて、小麦粉がまって若葉の視界を塞ぐ。
若葉の視界が戻った頃には、リリトの姿は忽然と若葉の視界から消えていた。
「リリト?……リリトー!そんな、どうして……」
何も事情が分からない若葉は、一人取り残されて呆然と佇んでいた。
魔王の復活と共に変貌を始める世界……
その変貌は、奇妙な相違でもって一人の異世界人の下に収束されていていく。
3つの強大な敵が、佐藤太郎を狙い始めたのだ!
その時、不運なことに、アルザはヤネン帝国の領土を旅している所だった。
牙人族は基本的に好戦的な種族だ。アルザはそれを食欲に変換することで上手く付き合ってきたのだが、魔王の復活によって牙人族固有の破壊衝動が目覚めようとしていた。しかも、彼女には実は少し魔族の血も混じっている。だからこそ、カイルは彼女を魔宝探しの仲間に選んだのだ。
もっとも、魔族の血はほとんど消えかけているくらい薄かったので、本来なら問題ない程度だった。事実、アルザは自分に魔族の血が流れていることを知らなかった、それくらい、彼女の中に流れる魔族の血は薄まっていたのだ。
だが、先ほども言ったとおり運が悪かった。魔王が復活した国の領土に居たこと、加えて牙人族は元々好戦的であること。この二つが合わさって、彼女の中の暴力的な本性をさらけ出そうとしていた。
「うーん、な~んかもにょもにょするな~。悪いモンでも食ったんやろか」
自分の異変に気づきつつも、それが何か分からずに首を捻って放置するアルザ。なぜか、胸の奥底がざわめいて仕方が無いのだが、どうすればいいのかわからない。
「うー…胸くっそ悪いな~」
意味不明の感覚に少し不機嫌になりながら、彼女は一人街道を歩く。
うまい物を探しながらの一人旅。食べることが趣味の彼女にとってはそれなりに充実していたのだが、それでもどこかでいつも物足りなさを感じていた。
いや、理由は分かっている。魔宝を探していたときのようなワクワク感が無いのだ。あの時は本当楽しかった。色々な場所を尋ね、色々な魔物と戦い、そしてライバルでありながら友人のように気のいいヤツラと競い合った。それは、物事にあまり頓着しない彼女が今でもたまに思い出すほど、彼女の中に深く刻まれたことだったのだ。
食べ歩きをの旅をしながらでも、彼女は心の奥底でいつも願っている。また、あんな冒険をしたい。気の合う仲間と一緒に、人の良いライバルと一緒に、面白おかしく競い合いたい。
それも、彼女の持つ心の隙間だったのだろう。結果として、魔王の瘴気はその隙間に入り込み、彼女の意思を蝕んでいった。
だから、アルザは今ものすごく期限が悪い。自分が自分でないみたいな、何かがずれている様な違和感がずっと付きまとっているからだ。
と、その時、複数の魔物が彼女の前に立ちはだかった。
相手の戦う意思はもう確認するまでも無い。ほとんどの魔物がそれぞれの武器--爪やら牙やらを構えてアルザに向かってきているからだ。
「はん、ウチとやろうってんか?上等やないか!」
口元を不適に歪めて、背中に背負っているグレートソードを一気に抜き放つ!
「ウチ、今、めっちゃ機嫌悪いねん。やから…死んでも知らへんで!」
そして、獰猛な笑みを漏らすと、彼女は武器を手に魔物の群れに突っ込んでいった。
--半時間後。
全ての魔物を切り伏せたアルザは、魔物の死骸を見つめて無感情に呟いた。
「足りへん」
そう物足りない。もっと戦いたいのに、こんな雑魚では欲求不満が溜まるだけだ。
「あー、ヒマやヒマやヒマやー!なんかおもろいことあらへんかなー」
こんな奴等と戦っても退屈なだけだ。そう、自分の渇望を満たすくらいに強い相手でなければ。
強い相手、そう考えたときに浮かんだ顔が二つあった。
一つは魔宝を探すときにチームを組んだリーダー、カイル・イシュバーン。武力、魔法ともに優れた戦士だった。そして、もう一つは…
「佐藤太郎」
ぽつりと、アルザは呟く。
そう、かつてのリーダーのライバルで、そして、最後に自分が認めるほど強いリーダーを下した男。
アルザは今でも鮮明に覚えている。魔宝の最後の冒険、空中庭園に向かう時の冒険の時の、カイルと太郎の一騎打ちを。
何より--壮絶な戦いの末、最後に立っていた佐藤太郎の姿を。
「…そうや」
そうだ。この渇望を満たすすべを思いついた。
佐藤太郎と戦えばいい。あの男と戦えば、きっと自分の飢えを満たすことができる――
「待っとれや、佐藤太郎!必ずウチがあんたを倒したる!」
そして、アルザは何かに導かれるように来た道を引き返して歩き始めた。
向かうは北の方角、マリエーナ王国。
そこで、佐藤太郎と戦うことができる、そんな不思議な確信があるからだ。
完全に闇に落ちたアルザは、その時だけまるで無邪気な子供の様に心底待ち遠しそうな無邪気な笑みを見せるのだった。
ティナは湖の畔で家庭菜園をしながら一人静かに暮らしていた。
彼女が佐藤太郎に抱いた初恋、そしてそれに伴う強烈な吸血衝動は中々収まることはなかった。魔宝探しの旅に出たのも、佐藤太郎と少しでも関わりを持ちたいからと言うことが大きい。そして、もう一つ大きな理由があった。カイルが、ティナがハーフバンパイアであることを一目で見抜いていたのだ。
意外なことに、カイルはティナの吸血衝動が暴走しないように色々と面倒を見てくれていた。
そして、魔宝探しの冒険が終わった後、カイルはティナに助言をした。
吸血鬼の嫌いな水の傍に住み、そして日光に当たる時間を増やしていけば、お前の中の吸血鬼の影響は弱くなっていくだろう。後はお前しだいだ、と。
ティナにはなぜカイルがそんな風に自分に助言してくれたのか分からない。カイルの望みを考えれば、自分が吸血鬼――魔族と化した方が都合が良いだろうに。だが、それでも長い間冒険を共にしたことでカイルを信頼していたティナは、カイルの助言に従い故郷に戻ることも無く人里はなれた湖の畔で暮らすことにしたのだ。
そのおかげか、彼女の中の吸血鬼の影響は次第に弱まっていった。だが、彼女の中にある佐藤太郎への思慕の念は消えることはなかった。
強烈な感覚だった。胸を打たれるような衝撃と、周囲の光景が色あせていくような不思議な感覚――そして、狂おしいほどの甘美な吸血衝動。
まだ一度も吸血行為をおこなったことが無かったティナには、その衝動を完全に消すことはできなかった。
そして、世界が変貌する。
それは、日課の湖の周囲の散歩をしている時のことだった。
「え?何?」
不意に、自分の中から何かが出てくるような感覚を受けた。そして、それは今すぐにでも自分の意思を飲み込もうとしてくる。その感覚に、彼女は覚えがあった。
――吸血鬼化の前兆だ。
「そ、そんな急に、どうして!」
頭を抱えてその場に蹲る。必死に、自分の中の悪魔を外に出さないように耐える。だが、その努力も虚しく彼女の意思は闇に侵食されていった。
「い、いや……やめて!私の中から出てこないで!」
絶叫して気を失い、その場に倒れるティナ。しかし、すぐに何事も無かったかのように立ち上がった。
いや、彼女の様子はその前後でかなり変わっていた。外見こそ同じだが、その雰囲気は別人かと見まごう程に違う。
ティナの穏やかな雰囲気はすっかりなりを潜め、代わりにどことなく妖艶で悪戯っぽい表情が顔に浮かぶ。
そして、ティナは心底楽しそうに、うっとりとした様子で虚空の向こうに誰かの姿を見出しながら、甘い声で呟いた。
「うふふ……待っていてくださいね、佐藤太郎さん。今すぐ、あなたを私のものにしてあげますから♪」
楽しそうに唇を歪めるティナ。その薄くあいた唇の隙間には、鋭い牙が光っていた。
唐突に強い風が吹きすさぶ。
その次の瞬間には、ティナの姿は忽然と湖の霧に紛れて消えていた。
そして……
「カイルよ、貴様に命ずる。勇者を探し出して、殺せ」
「…ハ」
大魔王は新たな自分の城としたヤネン城の玉座に座り、部下のカイルに厳かに命じた。
自分を復活させ、そして洗脳して部下にした魔族の男に。
自分の命に対し、感情の欠落した声でただ言葉を返したと言う様子のカイルを見て、魔王は小さく舌打ちする。
(自我を消しすぎたな。本来なら少しは残すところだったのだが…この男、バカのくせして意識だけは強すぎた。完全に封印させてしまわねば洗脳すらままならないほどに)
意識を完全に封印させてしまうと、ただの操り人形になってしまい自分で行動をしなくなるのだ。本来なら魔王の瘴気にあてられて凶暴性が増したところに付け込むように洗脳を施せばそれで十分なのだが、カイルは魔王の瘴気の影響など欠片も受けなかったのだ。これだけ純血に近い魔族が魔王の瘴気の影響を受けずにいられるのは本来ならありえないことなのだが…
(ま、放置しておくしかないな。せいぜい見つかりもしない勇者を探し続けていることだ)
自分を復活させ、開口一番『公園のゴミを拾いをしろ!』と言って来た馬鹿な出来事を思い出し、魔王は不機嫌そうに顔をゆがめる。
「さっさと行け!」
「…ハ」
やつ辺り気味の命令に、カイルはやはり無感情のまま頷いて謁見の魔を後にした。
一人になり、カイルは洗脳されたつたない思考で考える。
「勇者……敵……強敵……ライバル……ライバル?……佐藤太郎……佐藤太郎!!」
一瞬、カイルの目に光が宿った。宿敵の名を思い出したがゆえに。
だが、洗脳されているカイルにはそこまでだった。強固に封印された自我を取り戻すには至らない。
それでも、カイルの中に眠る意思が、己の永遠のライバルたる佐藤太郎を強く求める。
「勇者……コロス……佐藤太郎……コロス!!」
カイルは洗脳されたままの状態でありながら、わずかに顔に好戦的な色を浮かべ、転移の魔法を唱えて城の中から消え去った。
知らない内に命を狙われることになった主人公こと佐藤太郎。
当然、彼も異変に気づいたかと思いきや、
「楊雲……その、今日はやけにくっついてくるんだな?」
「……なぜだか、胸騒ぎが止まらないんです。何か、巨大な闇が世界を飲み込もうとしているかのような……」
「そうか……それも、影の民の力か?」
「……はい」
楊雲の言葉に、太郎は逆に安心する思いだった。影の民の力で困っている皆を助けていく。それが、二人の旅の目的だからだ。
「それなら大丈夫だ。今までだって二人で何とかしてきただろ」
「そう、なのでしょうか…今回は、いつになく強大な力を感じます。まるで、伝説の魔王が現れたかのような……」
ぎゅっと腕にしがみついてくる楊雲の頭を、太郎は優しく撫でてやった。
「俺がいるからさ。平気だろ」
「…はい。貴方と一緒なら」
太郎の言葉に、楊雲は頬を微かに赤く染め、さらに太郎の体に身を寄せる。
太郎も自分の言葉に自分で照れたのかやや頬を赤く染め、それでも身を寄せてくる楊雲の肩を優しく抱いてやる。
世界の危機などお構いなしに、二人はラブラブであった。
今更だけど、楊雲異世界ED後の話です。
主人公パーティ: 楊雲 リラ キャラット
カイルパーティ: 若葉 アルザ ティナ
レミットパーティ: カレン メイヤー ウェンディ