剣を抜いて応戦しながら、太郎は必死になってカイルに呼びかけた。
「いきなり何するんだよ、カイル!?」
「佐藤太郎……コロス」
「一体どうしたんだよ、カイル!?」
「佐藤太郎……コロス」
「あー、くそっ、話になんねぇ!!」
剣を打ち合いながら訴える太郎に、カイルは表情を変えずにただ同じ言葉を繰り返している。しかし、その目は殺意の炎でギラギラと燃えていた。
「っ、このっ!」
太郎はカイルの袈裟斬りを受け止めるフリをして自ら倒れこみ、カイルの腹に蹴りを入れた。不安定な体勢の体重の乗っていない蹴り等大して危機はしないが、どちらかと言うと一度距離を置くためにやったことだ。カイルの腹を蹴り付けた反動で距離を取り、振り向きざまにもっとも使い慣れた攻撃魔法を放つ。
「エナジーアロー!」
威力の低い初歩中の初歩の魔法だが、それでも相手の足を止めるくらいはできる。後は相手の出方を伺って……
(って、まともに受けた!?)
回避も防御もしようとしないカイルに太郎は驚愕し…その攻撃がカイルに到達する前に弾かれたのを見て再度驚愕する。
カイルの口からは、聞きなれない呪文詠唱がもれていた。太郎が距離を取った時点ですぐに魔法攻撃に切り替えたようだ。
強力な攻撃魔法の中には、威力のバックファイアを防ぐために簡易的な魔法障壁を作るものがある。しかし、それでもエナジーアローの直撃をそのまま防ぐほどの強固な魔法障壁にはならない筈……
(…っ!?やべぇ!)
ある可能性に至って太郎は戦慄した。カイルは大魔王復活の手がかりを探すために、大魔王によって滅ぼされたと言う古代魔法文明について調べていた。彼はその際に古代魔法をいくつか復活させているのだ。太郎と楊雲は魔宝探しの後に一度だけカイルの冒険に付き合ったことがあるのだが、彼はその時に古代魔法を唱えている目撃している。
聞き覚えの無い魔法、詠唱中にエナジーアローを弾くほどの強固な魔法障壁。最悪な予感しかしない。
「…っ!危ない!」
カイルの魔力が膨れ上がったのを感じた楊雲が悲鳴を上げて、太郎の周りに魔法障壁を張る。太郎も同じタイミングで魔法障壁を張った。直後!
「カーマイン・スプレッド!!」
赤い衝撃波の奔流が太郎に襲い掛かった!その攻撃は魔法障壁にぶち当たり、周囲を粉砕する!!
「太郎さん!!」
周囲を覆い隠す土煙を見て、思わず楊雲が悲鳴を上げる。カイルはそれにかまわず剣を振り上げてその土煙に突っ込んでいった。
「くそっ!今のは『やったか!?』とか言って油断するところだろ!」
「佐藤太郎……コロス」
間髪をいれずに追撃を仕掛けてきたカイルの攻撃を受け止めながら、二人して土煙の中から脱出する。
太郎は剣を打ち合いながら、今の魔法の威力に内心で舌を巻いていた。楊雲はあらゆる魔法を使いこなすが、特に防御の魔法に長けている。その楊雲の魔法障壁と自分の魔法障壁を合わせてギリギリで防ぐのがやっとだった。
(距離を置いたらこっちが一方的に不利になるだけだ。このまま接近戦に持ち込むしかない)
その接近戦でもほとんど互角なのだが、魔法の打ち合いでは一方的に太郎の方が不利であるため選択の余地は無かった。
太郎はかつてカイルとの一騎打ちに勝利したことがあるのだが、あれは太郎の作戦が上手い具合にはまったからだ。それが太郎の強さでもあるのだが、まともに戦えばカイルの方が実力は上だ。
だが、その時と今は状況が違う。相手は一人だが、こっちには楊雲がいる。そして、楊雲も影の民に伝承として伝えられてきた古代魔法が使えるのだ。
太郎が目配せすると、楊雲はすでに呪文詠唱を開始していた。最初こそ様子を見ていたのだが、先ほどの魔法の一撃を見てそんな余裕はないと判断したようだ。楊雲は太郎の視線に気づいて一度頷いた。以心伝心、楊雲の呪文詠唱が完了したのを察した。
「アブソリュート・ゼロ!」
「!?」
楊雲の放った魔法により、カイルは不可視の重圧を受けて目に見えて動きが鈍くなった。そこへ狙い済ましたかのように太郎が斬撃を放つ!
カイルはその一撃を何とか剣で受け止めたが、太郎の力に押されて体勢を崩す。そこへ、
ドゴオッ!
「がはっ…」
太郎の強烈な蹴りが炸裂した!まともにくらったカイルが吹っ飛び、地面に倒れる。カイルを殺すわけにはいかないから、斬撃はブラフで、本命はこっちの方だった。まぁ、アブソリュート・ゼロを受けて守備力が下がっている相手に太郎が本気で蹴りをかましたら命に関わるのだが、そこは頑丈なカイルだから大丈夫だと目を瞑った。
「これで、何とか形勢逆転か」
「太郎さん、大丈夫ですか」
楊雲が太郎に駆け寄っていく。太郎はそれに軽く手を振って大丈夫だとアピールした。
「しかし、一体どうしたんだろうな、カイルの奴」
「かなり強固に自我が封じられているようです。恐らく、洗脳されているのだと思われます」
「まぁ、正気じゃなかったのは確かだけど、一体誰が洗脳なんて…」
と、その時、不意に魔力を感じて太郎と楊雲は同時に振り向いた。その視線の先には、先ほど地に付したカイルがよろよろと立ち上がっていた。
「あれをまともに食らってもう動けるのか!?」
太郎は慌てて武器を構えて相手に向かっていったが、カイルの方が早かった。カイルは完全に立ち上がると、唱えていた呪文を完成させた。
「エーテル・バースト!」
「…!?まさか、あの魔法が破られるなんて…」
カイルに掛けられていた重圧が消失し、同時にカイルの体に力が漲っていく。その光景を見て、楊雲が驚いたように目を見張る。アブソリュート・ゼロの重圧が跳ね除けられたのは初めてのことだった。
カイルは魔法で上昇した身体能力でもって一気に太郎との距離をつめた。
「しまっ…!」
ギィンッと甲高い音がして太郎がカイルの残撃を受け止める。が、カイルはそのまま強引に剣を振りぬいて太郎を吹っ飛ばした。
「かはっ…」
地面に叩きつけられて肺の中の呼吸を全て吐き出す。カイルはそこにさらに追撃を仕掛けようとする。
「ヒート・シャワー!」
そこへ、楊雲の広域魔法が間に割って入り、カイルは後ろに跳んでそれを逃れた。
その隙に太郎は体勢を整え、今のカイルと対等に遣り合うべく魔法を唱えた。
「エーテル・マキシマム!」
太郎も自らの身体能力を上昇させ、向かってくるカイルの攻撃を今度は何とか受け止めることに成功した。そのまま先ほどまでよりもすさまじい勢いで剣を打ち合う。カイルは先ほど楊雲に横槍を入れられたにもかかわらず、相変わらず太郎しか見ていない。
「佐藤太郎……殺すっ!」
「口を開けば殺す殺すと、お前は夜○王ガイか!」
カイルの言葉に、太郎は異世界では知っている者のいないネタで言い返した。いや、現実世界でも相当古いネタだから知っている者は少ないだろうが。
その時、二人の戦いを見守っていた楊雲がカイルの様子が若干変わってきたことに気づいた。無表情だった顔に、喜悦のような笑みが浮かんできている。それを見て、楊雲はカイルの洗脳を解く方法を思いついた。
(……ようやく分かりました。自我を封印されて居る筈のカイルさんが、なぜここまで戦うことができるのか……太郎さんとの戦うこと自体が、カイルさんの望みだったからなのですね)
つまり、太郎と戦いはカイルの自我の封印を上回っていると言うことだ。このまま太郎と戦い続ければ、自我を刺激されて正気に戻る可能性は十分ある。それを理解した楊雲は、戦っている太郎に大声で呼びかけた。
「太郎さん!可能な限り長くカイルさんと戦ってください!そうすれば、カイルさんは正気を取り戻します!」
「分かった!!」
なぜ、とは聞かない。聞くまでも無く、太郎は楊雲を信頼している。が…
(しかし、カイルとの戦いを長引かせるか……キツイな)
剣を打ち合いながら、太郎は内心で舌打ちする。こっちも身体能力を強化したことで何とか互角に打ち合えているが、それも今のうちだけだ。剣を打ち合っているうちに、接近戦でもカイルの方が僅かに上だと言うことを太郎は理解していた。今は太郎の持つ勘の良さで打ち合えているが、これを長時間続けるのはかなり厳しい。
「くそっ、いい加減に正気に戻りやがれ、バカイル!」
太郎が思わずこぼした愚痴に、カイルの表情がピクリと反応した。それに気づいた楊雲が再度太郎に呼びかける。
「太郎さん、今…」
「ああ、俺も気づいた!」
楊雲に言われるまでも無く、太郎の方も気づいていた。先ほど自分がバカイルと言った時、わずかにカイルの口元が引きつったことを。
(あいつは『バカイル』と言う言葉に強く反応していた。なら…!)
「洗脳されるなんて、バカイルは本当にバカイルだな!」
「悔しかったらいい加減に正気に戻ってみろ、バカイル!」
「つか、何洗脳されてるんだよ!本当にバカか、バカイル!」
太郎は打ち合いながら容赦なくバカイルと罵倒した。そして!
「だあああああっ!誰がバカイルだ!!……はっ!俺は一体何を!?」
カイルが切れたように言い返し、そしてはっと我に返る。ついにカイルの洗脳が解けたのだ。
「…こーゆーところは本当にバカイルだな」
「…良かったです」
正気を取り戻したカイルを見て、太郎は脱力してその場にへたり込み、楊雲もほっと安堵の息を漏らして胸をなでおろした。
「口を開けば殺す殺すと、お前は夜○王ガイか!」
今時の子は知らないよなあ……ウサミン案件どころではない。でも、ウサミンならきっと知っていると信じてる。
どうしてもフルネームを思い出せなくて、「なんとか王ガイってキャラ知らない?」と知人に訊ねた時「獅子王ガイのこと?」と返された思い出。
なお、古代魔法は悠久幻想曲の魔法です。(悠久要素はここだけ)