「消えた…?」
太郎は霧の中に隠れて消えてしまったティナを見て、呆然と呟く。周囲を見渡しても、ティナの姿はどこにも無い。
と、不意に楊雲が鋭い声をあげた。
「太郎さん、後ろです!」
「…!?」
楊雲の警戒に一瞬遅れて、太郎も自分の背後に突如として気配が現れたことに気づき、反射的に前方に飛ぶ。その直後、太郎の後ろに現れたティナの両腕が、太郎が居た空間を抱きしめる様に動いて空振りしていた。
「あら?バレちゃいましたか。でも逃がしませんよ?」
ティナは微笑を浮かべて再び霧に紛れて消える。その光景に、太郎は驚愕の声を上げた。
「また消えた!?一体、どうなっているんだ?」
そして、今度はすぐ目の前にティナが現れて慌てて横に飛ぶ。ティナは悪びれた様子も無く「また失敗しちゃいましたか」と笑みを残して再び霧の中に消えた。訳が分からずに困惑する太郎に、楊雲が説明する。
「彼女はバンパイアです。霧と化して周囲の霧に紛れて移動しているのでしょう。いえ、この霧自体が、ティナさんが生み出したものなのかもしれません」
「そんなんどうすりゃいいんだよ!」
言いながら、再度現れたティナの腕から逃れて大きく距離を取る。霧に紛れて移動しているのなら、移動には時間が掛かるはずだ。実際、今までもティナが霧と化してから再び現れるまでそれなりの時間が掛かっている。
少し時間が開いたのを見計らって、今まで静観していたカイルが太郎に呼びかけた。
「おい、太郎!ティナは昔の仲間だから俺は手を貸さんぞ。一応、お前にも責任があることだしな」
「分かってる!彼女の用があるのは俺だけみたいだしな」
カイルは太郎の返事に満足げに頷いてから(それにしても…)と考え込んでいた。
(ティナの力が強すぎる……ハーフであれほどまでの力が出せるのか?いや、もっと重要なのは『なぜティナが暴走したか?』だ)
洗脳されて周囲が見えてなかったカイルは、魔王の復活が魔族に与えた影響を知らなかった。だが、暴走したティナの姿を見れば、何が起こったのかは想像が付く。
(ちっ、封印されていた駄目魔王の癖して、こんな力が残ってやがるのか)
忌々しげに舌打ちする。ティナが暴走したことを考えれば、恐らく…いや、間違いなく『あいつ』も暴走しているだろう。それを思うとすぐにそっちに向かいたくなるのだが、ティナを放置していくわけには行かない。
カイルは恐らく太郎が何とかするだろうとは思っている。だが、どちらにしても事態を見届けねばならないし、最悪、自分が何とかしなければならない可能性もある。
(太郎……貴様も俺のライバルなら、見事俺の期待に応えて見せろ)
必死でティナから逃れ続けている太郎を、カイルは真剣な顔でじっと見つめていた。
カイルが見守る中、ティナと太郎の鬼ごっこは続く。
ティナは霧に紛れて姿を消し、太郎は事前にティナの出現を察知して回避する。この繰り返しだ。楊雲の力をもってしてもティナの正確な位置を掴むことはできず、手出しできずに二人の戦いを見ていた。
(太郎さんは、やはり女性に甘いですね)
出現するタイミングを事前に察知できるのなら、そのタイミングにあわせて攻撃魔法を打ち込むこともできる。いくら霧に化けることができるバンパイアと言え、実体化している所を攻撃されたらさすがにダメージを受ける。太郎の実力なら相手を倒すことも可能だろう。だが、太郎はそうはしまい。競い合う間柄だったとは言え、ティナもかつて魔宝探しの冒険を共にした仲間なのだから。
(幸いにも、私はティナさんに狙われていない。しかし、洗脳されているのではないから、手出しをすればこちらにも攻撃してくるでしょう。……ティナさんが私に対しそうする理由はあります)
現状、ティナは太郎しか見ていない。ティナが求めているのはあくまで太郎だけだからだ。だが、その邪魔をするものは容赦なく排除するだろう。
(太郎さんはティナさんを傷つけることを望まない。なら、私のすべき事は……)
楊雲は静かに精神を集中し、周囲の霧に意識を張り巡らせた。
太郎とティナの二人は十回くらい現れては避けるの遣り取りを繰り返し、いい加減に焦れたティナは方法を変えることにした。
「う~ん、中々つかまってくれませんね……なら、これはどうですか?」
「なっ!?」
目の前の光景に太郎は絶句する。ティナの体が徐々にほつれていき、そこが無数のコウモリに変わっていったのだ。
コウモリの群れはそのまま太郎に向かっていき、太郎は慌ててその群れから逃れるように横に飛ぶ。と、一匹だけ遅れて飛んできたコウモリが太郎の跳んだ方向に向きを変えた。
「逃がしませんよ?」
太郎が着地したタイミングでそのコウモリはティナの姿に変化し、そのまま太郎に飛びついてくる。
「くっ!」
太郎は反射的に反撃しそうになり、無理やり押しとどめて地面に転がる。完全には避けきれず、ティナの片手が太郎を掴んだが、強引に振りほどいた。そしてすぐに距離を取って改めて対峙する。ティナは振りほどかれた片手を見つめて、少し恨めしそうに頬を膨らませて呟いた。
「……振りほどくなんて酷いです」
「そんなこと言われても…とりあえず、話し合わないか?」
太郎の提案に、しかしティナはにっこり微笑んで拒否した。
「ダ~メ~で~す。太郎さんは私の虜になってもらうんですから」
可愛らしい仕草に笑み。だが、この状況ではその異常さがかえって浮き彫りになっている。太郎はティナの様子に怖気すら抱いていた。
(くっ、このまま逃げ続けても埒があかない……できれば攻撃したくなかったけど、仕方がない)
説得は無駄だと悟った、いやあきらめた太郎は、とりあえず一度ティナを気絶させるために攻撃する覚悟を決めた。一度気絶させてこの場を収めれば冷静になってくれるかも知れないという判断だ。
ティナは太郎が身構えたことに気づき、楽しそうに唇を歪めた。
「ようやく相手をする気になってくれたんですね。では、これはどうですか?」
言いながら、ティナは虚空を撫でるように右手を動かす。すると、その手の先に一体の黒い魔狼が現れていた。そして左手側は解れる様に消えて行き、無数のコウモリに変化していく。そんなことも出来るのかと太郎が驚いている中、魔狼とコウモリの群れは同時に太郎に向かっていった。
「ヒート・シャワー!」
コウモリの群れを魔法の火の雨で攻撃し、向かってくる魔狼の牙を手にした剣で受け止め同時に蹴りを入れる。コウモリは火の雨に焼かれて消えていったが、魔狼は一回転して着地して太郎をにらみつけた。
が、太郎はそこで気を抜いてしまった。いや、正確にはそこでティナの攻撃に区切りがついたのだと判断してしまった。
「捕まえました♪」
「なっ!?」
突如として背後に現れてティナに、太郎はなすすべも無く背中から抱きつかれた。コウモリと魔狼をけしかける一方で、ティナの本体は霧に変化して太郎の背後に回っていたのだ。
「くっ!」
ティナは太郎の首に両腕を回して抱きついており、太郎の腕は自由になっている。太郎は抱きついてきたティナを引き剥がすべく咄嗟に拳でティナを攻撃しようとして……そのままではティナの顔を殴ってしまうことに気づき、反射的に攻撃を止めてしまった。
攻撃することを決意しても、女性の顔は殴れない。それが太郎の限界だった。
「うふふっ」
ティナは本当に嬉しそうに笑みを漏らし、太郎を己の虜にするために鋭い牙を光らせて太郎の首筋に噛み付こうとした。
以前にも断ってますが、キャラ設定はかなりいじってます。
アルザが魔族の血をちょっと引いてると言うのも当然オリジナルですが、ティナに関してはもっと派手に設定いじってます。
カイルパーティはカイルも含めて設定いじりまくりです。