大魔王対戦   作:KINTA-K

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8話

「うふふっ」

 

 ティナは本当に嬉しそうに笑みを漏らし、太郎を己の虜にするために鋭い牙を光らせて太郎の首筋に噛み付こうとした――まさにその時のことだった。

 

「ライトニング・ジャベリン」

「きゃああああっ!」

「うおぉぉっ!?」

 

 楊雲の放った電撃の槍がティナに直撃し、今まさに太郎の首筋に牙を突き立てようとしていたティナを吹き飛ばした。ちょっとその余波が太郎に当たって太郎が痺れているのは些細な問題である。

 

「…っ!?邪魔するんですか!」

 

 ティナは直に立ち上がり、キッと楊雲を睨み付ける。しかし、楊雲は顔色を変えずに静かに答える。

 

「邪魔をしないとは一言も言ってません」

「…俺も余波をくらったんだが」

「…女性だからといって油断しているからです」

 

 主人公の非難にもそ知らぬ顔で、いや、少しだけ不満そうに呟く楊雲。そんな楊雲に、ティナは殺気を向ける。

 

「私の邪魔をするのは許しません!」

「許してもらおう等とは想っていません。それに、もう終わりましたから」

 

 はっと何かに気づいて周囲の霧に意識をめぐらせるティナ。いつのまにか、その霧が結界によって覆われていた。

 

「思ったよりも広い範囲に広がっていたため、少々てこずりましたが……これで終わりです」

「くっ!させません!」

 

 ティナの姿が魔狼に変わり、楊雲に向かっていく。だが、それを剣を構えた太郎が遮った。

 

「…楊雲に手出しはさせない」

「太郎さん…っ!?」

 

 何かにおびえる様に魔狼は足を止め、しかしすぐに次の行動に移る。楊雲が駄目なら、先に太郎を支配すればいい。それで自分の目的は達成される。

 太郎の周囲の霧から無数のコウモリが現れ、さらにはもう一体の魔狼が太郎の背後に現れる。

 

(そうです、あなたさえ手に入るのなら、私は……)

 

 太郎の思い人が楊雲だということは分かっている。バンパイアの力の暴走のためそれを忘れていたが、太郎が楊雲を庇ったのを見て不意に思い出した。だから、ティナは一瞬怯んだ。楊雲を殺してしまったら、太郎の心は二度と手に入られないのではないかと。

 だから、決断した。自分の目的は太郎だ。太郎の心が誰を想っていようが、太郎さえ手に入るのなら、他に何もいらない――

 

『本当に、そうなんですか?』

(うるさい!私は、必ず太郎さんを手に入れるの!)

 

 心の中の誰かが自分に呼びかけてくる。いや、誰かではない、それは、今の自分が押さえ込んでいるもう一人のティナだ。手に入らないものを必至に求めている自分の姿を見て、哀れんでいる。

 

(違う!手に入る!吸血すれば、支配してしまえば、ずっと……ずっと私のもの!)

 

 無数のコウモリと二体魔狼が同時に太郎に襲い掛かる。太郎は先行して向かってきた魔狼を剣の腹で殴り倒し、

 

「アース・シールド!」

 

 自らの防御を高める魔法を使って、包囲の一番薄い場所に突撃してくる。魔法によって強化された太郎の皮膚に、コウモリの攻撃は通用せずそのまま包囲を脱出するかと思われた、その時。

 

「太郎さん!」

 

 太郎の直目の前にティナが突如として現れて飛び掛った。包囲が薄かったのは、そこに太郎が来るように誘うためだった。

 ティナは中空から両腕を広げ、そのまま抱き付くように太郎に向かっていく。

 

「絶対、あなたを――」

「――悪い」

 

 太郎の口からこぼれる謝罪の言葉。同時に、ティナはあと少しと言うところで太郎に肩を掴まれて地面に引きずり倒された。

 

「きゃあっ!」

 

 悲鳴を上げて地面に倒れるティナを尻目に、太郎はさっと後方へ跳躍する。太郎の役割はこれで終わりだった。

 

「…呪縛結界、結!」

 

 直後、楊雲の張った結界が縮小し、周囲の霧を横たわるティナにめがけて圧縮していった。その結界は瞬く間にティナの四方を囲むサイズまで縮小する。

 ティナは絶望を感じながらも、どこかに抜け穴があることを期待して己の姿を霧に変化させようとして……できなかった。

 

「無駄です。あなたの能力も封じさせてもらいました」

「…っ!あなたが……あなたがいるから!」

 

 ティナは怒りの感情を露にして結界の壁を叩く。何度も叩き、それでもあきらめ切れずに爪を立てる。あまりに力を入れたためか、爪が割れてティナのほっそりとした指先から血が伝い落ちてきた。

 

「っ!おい、やめろ!」

 

 太郎が慌てて呼びかけるが、ティナはやめようとしない。無駄だと知りながら、それでも叩き、爪を立て結界を破ろうとする。

 

「あなたには……あなたには!負けられないんです!」

 

 ティナは激情も露に楊雲をにらみつけるが、楊雲はただ静かにティナを見下ろしていた。

 

「あなたが……あなたが居るから!どうして、あなたなんですか…どうして!?」

「…偶然です。誰にでも可能性があり、そして私になった……多分、それだけのことなんです」

 

 楊雲がぽつりと呟く。ティナは泣き出しそうなくらい顔をゆがめて、項垂れた。そんなティナに、楊雲は静かに告げる。

 

「今から、あなたの吸血衝動を封印します。そうすれば、バンパイアの力に惑わされることも無く、いつもの日々に戻ることができるでしょう」

 

 吸血衝動の封印。その意味を理解したティナは、再び結界から逃れるべく暴れだした。今度は先ほどにも勝る勢いで何度も力を使い結界の壁を叩き、爪を立て、結界を破ろうとしている。

 

「いや…いや!忘れたくない!」

 

 吸血衝動を封印すると言うことは、自分の中にある太郎への思いを消してしまうことだ。それだけは、どうしても受け入れることはできなかった。

 ついに、結界に突き立てていたティナの爪が剥がれた。指先から血が噴出すも、それにかまわずティナは暴れて結界の壁をたたき続けている。

 

「ティナ!」

 

 太郎の制止の言葉も聴かずに、やがてティナは結界に拳を打ち付けて、言った。

 

「…どうして…」

 

 ティナは目に涙を浮かべ、ずっと心の残っていた想いを吐き出す。想いが消されるかも知れないという恐怖が、彼女の本心を喋らせていた。

 

「どうして、私を連れて行ってくれなかったんですか!あなたに付いて行きたかった……それだけだったのに……!なんで、それすらも私には許されなかったんですか!」

 

 楊雲は、静かにティナを見つめている。その目には感情は無い。いや、意識して感情を押さえ込んでいる。

 そして太郎は――

 

(そう、だったのか)

 

 ようやく分かった。ティナが本当に望んでいたことはなんだったのか。

 太郎が初めてこの世界に訪れたあの日、そこからずっと続いていたことだったのだ。

 

(なんで、か……理由は何もない、あの時、俺は、ただ街で出会った人に声を掛けた、それだけだったんだ)

 

 異世界に飛ばされたこと、パーティを作って冒険に行かなければならなくなったこと。まだ世界を移動した混乱から抜けきれていなかった太郎はとにかくフィリーの指示に従って動き……パーティは3人必要と言われて、本当に何となく楊雲とリラとキャラットに声を掛けた。深い理由なんて何もないのだ。恋仲になった楊雲には運命的なものを感じたのではないかと思わないでもないが、それも後付だ。あの時、混乱していた俺は、ただただ力になってくれる人が欲しかった。誰でも良かったのだ。

 ティナはその時からずっとあきらめ切れずに…そして、ライバルのパーティに入ってまで付いてきてくれたのだ。

 

「楊雲、ティナの結界を解いてくれ」

「…いいのですか?」

「頼む」

「…分かりました」

 

 楊雲はあきらめた様に頷いて、ティナを閉じ込めていた結界を解いた。ティナはなぜ自分が解放されたのか分からず呆然としてしまい、そこに太郎が近づいていった。

 太郎は呆然とするティナの手を取り、優しく両手で包むように握った。

 

「え…?」

「乱暴な真似をして悪かったな」

 

 顔を上げるティナに、太郎は優しく笑いかけて治療の魔法を唱える。

 

「ヒーリング・ウェイブ」

 

 握られた手の隙間から光があふれ出す。見る見るうちに彼女の手の傷が消えていく、剥がれた爪も元通りに修復された。

 ティナはただ呆然と太郎に握られている手を見つめていた。吸血の絶好の機会だと言うのに、なぜかその気が起きない。

 太郎はティナのほっそりとした指が完全に元通りになったのを確かめると、顔をあげて真剣な表情でティナと目を合わせた。思い人に思わぬ近距離から見つめられて、ティナは胸が高鳴るのを感じた。

 

「…今、俺達は魔王退治に行こうと思っているんだ」

 

 太郎は言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。

 

「相手は魔王だ。カイルの奴は勝てるなんて言ってるけど、どれだけ危険があるのか分からない。だから、頼りになる仲間は多いほうがいい。ティナ、俺の仲間になってくれないか?」

「あ……」

 

 ティナの唇から小さく声が漏れる。太郎が、自分を誘ってくれた。ただそれだけのことなのに、彼女の胸に温かい感情があふれてくる。

 

「…私は、ハーフバンパイアなんですよ」

「ティナには悪いけど、実を言うとその力にも期待してる。それに、ティナはティナだろ」

 

 ティナの胸が熱くなる。太郎は、バンパイアである自分を認めてくれた。ずっと否定し続けてきた自分を。

 

「頼む、俺の力になってくれないか?」

 

 頭を下げて、真面目に頼む太郎。その姿に、知らずティナの瞳から涙があふれ出てきた。

 

(私は、今度こそ、この人に必要とされているんですね)

「…は、はい……私なんかでよければ……ううっ……」

 

 ちゃんと仲間になると言いたいのに、胸がいっぱいで言葉が出てこない。太郎はそんなティナの顔を自分の胸に優しく抱いてやった。先ほどまで襲われていたのにも関わらずに。

 

「うう……うわあああっ……」

 

 自分をありのままに受け入れてくれる太郎に、ティナはあふれ出す感情を止められずに、太郎の胸にすがり付いてなき続けた。

 

「何となく、こうなる予感はしていました」

「…途中やられそうになったのは減点だが、まあ良くやった方だろう」

 

 そんな二人の様子を眺めながら、楊雲は安堵と諦観の混ざった嘆息を漏らし、カイルはふんと鼻を鳴らした。




楊雲の台詞が何気にメタい。まあギャルゲーだしね。
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