「ぐげげげげげげえっげげぇぇっ!」
血を噴出しながら一匹の妖魔が地に伏した。その光景を慄きつつも見守る街の住民達の視線を感じる。
血液を飛ばすため軽く一振りしてから大剣を背中の鞘にしまう。いまだに恐怖で引きつった顔をしているであろう人間たちに一瞥をくれ、いつも通り宣言する。
「仕事は成した。金は後から来る奴に渡すがいい」
そのまま街の出口へと向かってゆく。住民が一斉に道を開け、出口までの通路がまっすぐ広がる。
相変わらず嫌われているな私達も。
何処へ行っても変わらない反応にそう思った。
組織のNo.13ロージ。現在のNo.一桁のような化け物じみた力は持ってなく、No.下位とは違い自分を守れるだけの力を持っている。組織にとって非常に都合のいい駒と言ったところだろう。特殊な任務でなければ失敗することはなく、捨てるときは異常食欲者狩りなどに向かわせれば良い。
特に組織に対して不満を持ったことはない。組織に入ったのはそれほど珍しいことでもない。街が妖魔に襲われ、孤児となった私を街の人間たちが東の地……組織の元へと送っただけの話。そのころ生死に興味はなかった。かといって妖魔に対して憎悪を抱いているわけでもない。私はただ与えられたから生きている。それだけだった。
友を亡くし空虚な生活を送るくらいなら、死ぬのもいいかとも思っていた。
ーーッチ
夜に焚き火をすると延々、この思考だけが浮かぶから嫌いだ。
気分が悪いから無理やりにでも寝ようかと思った時だった。
不意に気配を感じた。この感覚は組織のものだ。
そのままじっとしているといつも通りの男が近づいてきた。
「また仕事か? ルヴル」
「あぁ、その通りだ」
いつも通りのことだった。一つの仕事が終わると姿を現し、新たな仕事を与えて去ってゆく。つかみ所のない男。
「ここより南にある村、リアンに異常食欲者が現れた。今回の指令はそれの討伐だ」
「何人で今回は当たることになる?」
「四人だ。すでに他の三人はリアンの村でお前を待っている」
「ここからだとリアンまでどれ程かかる」
「そうだな。歩いて二日ってところだろう他に聞きたいことはあるか?」
「いや」
「それは結構。ではな」
用件だけを伝えると私に背を向けて去ってゆく。先ほどの不愉快さに身を任せその背に切りかかってみようかと考え、そんなことをしても意味がないと結論があっけなく出てきて、止めた。
――死ぬのはいつでも出来る。
異常食欲者、別名覚醒者――組織が生み出した妖魔より手ごわい敵。
正確には私たちの成れの果て。
今回の覚醒者狩りが本当に仕事らしい。あそこの村は割りと豊かな生活を送っており、妖魔が出たとなればすぐに依頼してくることがある。集められた他の仲間と相手の覚醒者の強さによっては危険な任務であることに変わりはないのだが。
砂をかけ焚き火を消す。
今夜も闇が深くなってきた。眠るか……
リアンはパブロ山にほど近い湖畔に立てられている村だった。豊かな水源と周囲を森に囲まれた自然の中で、自給自足で生活できるだけでなく街に食材を下すことも出来ている珍しい村だった。行商が街に行く以外は人の出入りはそれほどでもなく、住んでいる者は老人やこの村生まれの者がそのまま居ついているだけだった。それ故今回の被害は覚醒者が相手だとしてはそれほど多くはなかったが、元から少ない村の人口は半分となってしまったらしい。
それ故にこの状況も仕方のないことか。
周囲の気配からそう結論付けておく。太陽は高く南に上っているのにもかかわらず周りの家は雨戸まで締め切っているらしく、外を歩いているものの気配を感じないばかりか、生活音すら聞こえてこない。本当に人が住んでいるのかすら怪しく思えてしまうほど静寂に満ちていた。
さて、集合場所はこの村の北に位置する湖の脇に位置する小屋らしい。ルブルに聞いた通り仲間の妖気は三つ。No.一桁が一人、No.10番台が一人、No.……
おかしい。この妖気小さすぎる。これじゃせいぜいNo.40番台だろう。40番台が覚醒者狩りに出ることなど……いや、いいか行けば分かることだ。
そうして私は小屋の中に入った。一斉に視線が私に集まる。
「随分と遅いご到着だな」
開口一番、一人の戦士が文句を言い出した。No.は10番台だろう。
「悪かったな。ここまで来るまでに一仕事あったんだよ」
ほんの少しも罪悪感のない口調で謝罪しておく。それを聞いた奴は小さく舌打ちをする。
そうして奥のほうから声がする。
「これで全員揃ったか。一応貴様らのNo.と名前、そして覚醒者狩りの経験を聞こうか」
威厳を持った声が命令を下す。恐らく、彼女が今回のリーダーなのだろう。妖気の強さからNo.は一桁。それもかなりの実力者と考えられる。そうこう考えているうちに先ほど文句を言ってきたものが立ち上がる音が聞こえた。
「アタシの名前はリーン。No.は17。覚醒者狩りは一回だ」
それだけ言うと私のほうに鋭い視線を向けながら
「だけどそこにいる奴よりか使えると思うぜ」
そう言って、乱暴に座る。
リーンの安い挑発には乗らず無視しておく。彼女は反応がなかったことを鼻で笑い、不機嫌そうに視線を別の仲間に向ける。それを確認してからか妙に妖気の小さいものがおどおどと立ち上がった。
「私はシン。No.は26。覚醒者狩りは今回が初めてです」
私は眉を顰めた。妖気の小ささを考慮すると20番台は明らかに異常だ。特殊な能力の持ち主だと考えていいのだろう。
シンが座った。五月蝿い奴から文句が飛んでくる前に私も名乗っておくか。
「私の名はロージ。No.は13。覚醒者狩りは今回でニ十度目になる」
周囲がかなり動揺していることが分かる。まさか私がそれほど多くの覚醒者狩りに参加していたとは思わなかったのだろう。特にリーンの動揺は激しい。私にNo.で負けていることにも相当驚いているようだった。
一番早く動揺が収まったのはさすがNo.一桁といったところか。
彼女はその動揺を全く感じさせない声音を響かせた。
「No.6。エルダだ。今回の覚醒者狩りのリーダーを務めさせてもらう。覚醒者狩りは四回だ」
さらに動揺が広がった。私もこれには驚いた。元No.5結界のエルダ程の人物が出てくるとは思わなかったからだ。
結界のエルダ。微笑のテレサを筆頭に高速剣のイレーネ、疾風のノエル、膂力のソフィアたちと共に上位五名に長く君臨してきていた者の一人。最近は新たにNo.2が現れたらしく、その均衡は破られたらしいが、間違いなく組織の中でトップクラスの実力者だと言える。
それほどの実力者が来ることになる今回の任務、どうやら一筋縄ではいかないらしい。
「貴様らのことは分かった。これより覚醒者討伐に向かう。奴のねぐらはここより北に一日半歩いた場所にある洞窟内ということだ」
全員立ち上がり、小屋を出てゆく。太陽は厚い雲に覆われ、空からは小雨が降ってきていた。
あれから半日は歩いている。周囲は夜の帳に覆われ、雨脚は次第に強くなってきている。脇を走る川は濁流となり、夜の静寂は失われていた。
道中は皆ほぼ無言だった。特に珍しくはない、我々は元々他人に興味はさして持たない。そういう感情は大抵人間だった頃に置いてきたものが多い。
いや人間だった頃の経験からいつ別れが来るか脅えているから関心を持たないようにしているだけかもしれない。
「なぁ、てめぇ本当にアタシより上のNo.なんだろうな」
先ほどから聞きたかったことなのだろう、相当信じられないようだ。疑いの念が声に篭っている。
「あぁ本当だが、それがどうかしたのか」
その心中を分かっていながら、私はわざとこういう態度をとっておく。私にこういう態度をとるものは少なくない。後ろからついてくるシンも内心では信じられないらしい。
「それよりも私には覚醒者狩りに十九回も参加していて、生き残っているってことのほうが信じられません」
その不信感が小さく爆発したらしい。私に対して特に何も言ってこなかった彼女が少々棘のある言葉で疑問を投げかけてきた。
「貴様ら、他人のことなど心配していないで自分の心配をしたらどうだ」
「だってよ。こいつ……」
リーンがまだ何かを言おうとすると、エルダは短く息を吐き、私のほうを振り向いた。どうやら彼女も私のことが信じられないらしい。不信の念が視線から伝わってくる。
「いいだろう今日はあそこの洞窟で夜を明かす」
エルダが指差した先には雨がある程度しのげる空間があるようだ。
「そこでだ。ここで貴様の実力を確かめさせてもらう」
彼女は私に視線を固定させながら、大剣を引き抜く。
「先ほどの説明じゃ不足ですか? エルダさん」
トラブルを避けたいため丁寧口調で言ってみたが、相手が本気なのは分かっていた。
「そこの二人ほどではないが、私にも貴様がそれほどの実力者だとは俄かに信じがたい。手合わせをしてもらうぞ。死なない程度に加減はするつもりだが、保障はできない。元よりこの手合わせを生き残れないなら、今回の任務を遂行できるとは思えん」
「仕方ない、いつものことか……ただここじゃ周りの樹が邪魔じゃないですか?」
「気にするな」
短くそう言うとエルダは大地を蹴り、私へと肉薄する。
「すぐ終わる」
左下段から右上段への振り上げ。
瞬時にそう判断した私は左へと飛び、大剣を抜く。エルダは避けられるのが分かっていたのか、振りぬいた大剣の勢いのまま回転して左わき腹へと剣を叩き込もうとしていた。
――随分私も甘く見られたものだ。
心の中でそう呟くと、姿勢を極端に低くして、大剣の下を潜り抜け相手の喉下に突きを繰り出す。
彼女はその突きを蹴りで左斜め上へと軌道をずらす。
私はそのまま左足で相手の右わき腹へと蹴りを放った。
彼女は大剣を握っていた右手を離し、肘でその蹴りを受け止め、残った左手で大剣を上段から振りかぶった。
その切っ先を軌道が逸れた大剣で振り払う。
互いの大剣が周囲にある木を切り倒す。
同時に後ろに跳び、相手との距離を取る。
数合切り結んだだけだが、他の者共は驚愕しているらしい。
まだまだこれからだというのに。
それにしても……
「結界のエルダさん。何故そこまで手を抜くのですか?」
私も存外に精神が高ぶっているらしい。いつもならこんな安い挑発をしないのにしてしまった。
「別にこれは殺し合いじゃない。貴様の力を見られる程度の力を出せば十分だろう」
相手たるエルダは冷静だった。
私は眼中にないって訳か。
それを認識すると精神が急激に冷め、そして覚めてゆく。
「どうでした?」
「聞くまでもなかろう。これが全力でもあるまい」
そう言うと大剣を仕舞い、私に背を向けて洞窟のほうへと向かっていった。
本当に眼中にないらしい少々残念だ。
普段なら思わない感想を胸に抱き、その背を追って行こうとする。
「何でだよ?」
後ろから呟くように声が漏れてきた。震え、どこか恐怖しているような声だった。震えた声を出しているのは先刻私より強いと豪語したリーンだ。
「何であんなふうに戦えるんだよ!」
畏怖の視線が私に突き刺さる。シンもその視線を向けているようだった。
「何で、と聞かれてもな。私たちは戦わなければ生きてゆけないから戦う。それだけじゃないか?」
口調をいつも通りに戻す。特別敬意を払う必要もなければ、挑発する意味もない。
「だっておかしいだろてめぇの戦い方……絶対あんなことできるわけがない」
なお信じられないらしい。これだから他の奴らとの共同戦線はいやなんだ。
「なんで眼が見えないのに戦えるんだよ!」
雷が鳴る。
音が大きいから近いらしい。そんなことを心の片隅で考えながら、この考えなしに教えてやる。
「眼が見えないと決め付けるな。ただ眼をつぶっているだけじゃないか。そう考えておけばたいした問題じゃないだろう?」
「はぁ? 余計訳分からねぇよ! だったら何で眼をつぶって戦えるんだよ!」
随分と激情家だ。人間っぽくて、今の私には苦手なタイプだ。
口論も鬱陶しくなってきたから、その場から離れてゆく。
「まさか妖気感知だけで戦ってるんじゃ」
後ろからシンの声がする。
へぇ、良い勘しているじゃないか。
心の中だけでシンに賞賛を送っておく。後ろを振り返りもせずにエルダが消えていった洞窟へと向かっていった。