翌日になると雨は止んでいた。鳥の囀りが聞こえ、日の光を強く感じる。
昨夜の一件からリーンは絡んでこなくなった。任務に支障がないので、特に問題はない。
「今日の夕方には奴のねぐらに着く。気を抜くなよ」
エルダはそう言うと先頭で歩き出した。私たちは無言でそれを追ってゆく。
しばらく歩いてゆくと鳥の囀りは聞こえなくなり、代わりに今までとは違う乾燥した風が吹き抜け、木漏れ日となっていた日差しはジリジリと照りつける日光へと姿を変えた。
どうやら森を抜け荒野に出たらしい。
その荒野を更に歩き続けているとだんだんと大きな妖気に近づいているのが分かる。周囲の緊張感も徐々に高まっていた。
――ただ一人の例外を除いて。
皆心身ともに敵がいつ現れても戦闘に入れる状態にある。
だが一人の例外は不思議な状態だった。身体のほうはいつでも戦闘に入れる身構えをしている。だが心の中では自分の危険などありはしないと感じていると考えられるほど、心穏やかに感じられる。なにやら不気味な感覚だった。
心の中にわだかまりを感じながら、歩を進めてゆこうとしたのだが
「散開!」
エルダの指示通り、一瞬にして四方へと散らばった。
直前まで私たちがいた場所に陽射しを遮るほど巨大なものが降ってきた! 地が抉れる音が響き、砂埃は舞う。
「なんだよこれ……」
リーンが呆然とした声を出す。
仕方ないことかもしれない。過去に一度しか覚醒者狩りに出ただけの者にこの覚醒者はきついだろう。
高さは大体人間六人分、人間が十人分寄り固まったくらいの胴回りって所か。妖気の大きさを踏まえても元No.9番当たりといったところだろう。
「ごきげんよう皆さん」
十字の陣形で覚醒者を取り囲む私達に明るく機嫌が良さそうな声が聞こえる。
「まぁ! 結界のエルダさんまでいらっしゃるのね。ふふっ、私も随分評価されたものね」
降ってきた正面に居たエルダへ軽口を叩き、周囲をぐるりと見渡した覚醒者は矢継ぎ早に話し続ける。
「あらあら、そちらのかたは私のようなのを見るのははじめてなのかしら? 青ざめちゃって……かわいい。あらぁ、そちらのかたは随分と弱そうな方ですね。でも随分私たちに慣れているんじゃない? あの子みたいに青くなってないだけマシよあなた」
相手の隙を伺っているエルダが大剣を構え間合いを図っているのにも関わらず左右に分かれたリーンとシンを見渡し言葉を続ける。
「それに、随分珍しい方もいらっしゃるのね。あなた眼が見えないのに戦えるの?」
でかい割に良く喋る奴だ。
「よけいな心配をする奴だな」
周囲の状況を確認し終わり、一言だけ返事をしてやる。
「だって……久しぶりに後輩に会えたんですもの。少しは楽しませてもらわないと!」
そう言うと、全身から針のようなものを噴出する。
既に奴の首を狙ってエルダは空中にいた。空中で全ての攻撃を大剣で叩き落している。
シンと私はそれらを避けつつ、奴に駆け寄る。
リーンもエルダと同じく空中にいた。彼女は身をよじり、その攻撃を紙一重で避けつつ奴の首へと向かっていく。
リーンの行動は一見勇敢だが、それゆえに彼女の焦りを感じさせる。
「あらあらまぁまぁ~あなたは随分と勇敢ね。でも」
覚醒者は軽口を叩き、余裕を見せつけている。
「つまらないわ」
急に低い声を紡ぐ。それと同時に私たちがよけた針のようなものが空中で制止し奴に引き寄せられるように戻ってゆく。
「なんだと!?」
リーンは驚愕の声を漏らし、その針で全身を貫かれ、地に伏せる。
頭部は無事のようだから、何とかなるだろう。
私はそう判断して、肉薄した覚醒者に大剣を振り上げる。
――サクッ
砂漠の砂に剣を刺したときのような思った以上に軽い感触。
その切り口からは新たに針が噴出しようとしていた。一挙動で右へと回避する。
回避した場所には初めに避けた針が戻ってきている最中だった。それを今度は上空に飛ぶことで避ける。
なるほど、一度自分から切り離した部位を自由に操る覚醒者か。なかなかの実力だ。
そんなことを考察していると、エルダが上空から降りてきた。
彼女は地面に着地すると共に声を張りあげた。
「一度、間合いを取れ!」
彼女は地面に倒れていたリーンを担ぎ、相当な間合いを取った。
さすがに覚醒者狩りになれていることだけはあるな。仲間に常時気を配っている。
正面を向いたまま後ろ向きに跳び、エルダへの評価を下す。
シンは私よりも先に後ろへと行き、エルダと合流していた。
それから一呼吸で私もエルダたちと合流した。
「リーン以外は負傷していないな」
無言で頷く私とシン。
「奴の実力はかなりのものだ。だから」
「どうするのかしら?」
エルダの言葉に反応したのは私でもなく、シンでもなく、もちろんリーンでもなく。
眼前へと近づいた覚醒者だった。
エルダはその言葉を聞き、驚愕するどころか楽しそうに愉悦に浸っているかのように笑った。
「私一人でやる」
彼女は愉しそうに嗤う。
その嗤い声は仲間に頼もしさよりも恐怖を与える。エルダからリーンを引き取り、出来るだけエルダと覚醒者から遠ざかる。
「あの……大丈夫なんですか? エルダさん」
距離を十分にとったところでシンが私へと質問を投げかける。
「いくらなんでもあれほどの覚醒者を一人で狩ることなんて……」
「心配するな。彼女の実力は」
いったんそこで言葉を切る。
次の瞬間の激突を確認してから言っておく。
「覚醒者の力を遥かに上回っている」
「随分な自信ね。それともお仲間を逃がすための時間稼ぎかしら?」
「何を言っているんだ? あいつ等の安全なんてどうでもいいんだよ」
金色へと変色した目が、裂けたように釣りあがる唇が、溢れ出す妖気が言葉に偽りがないことを示している。
「ただ、私が力を出したいだけさ」
両者の距離が消失した――
「一体何が起こってやがる……」
気がついたリーンが状況を一目見てから最初に漏らした一言だった。
「見て分からないのか? いや見えてない私が言うのも変だったな。あれは」
激しい妖気のぶつかり合いを感じ取りつつ、言葉を切る。それを受け継ぐかのようにシンがこれ以上ないほど正確な答えを示す。
「一方的な虐殺ですよ」
声を幾分か震わせながらも、落ち着きのある雰囲気で語った。その心のうちにある感情は恐怖だけだった。
あの戦い方を見て脅威を感じないものはそれこそ化け物だけだ。それほどまでに異常な戦い方だった。襲い掛かってくる敵の攻撃を避けるでもなく、弾くのでもなく、全てを相手に叩き返す。それはさながら彼女の周囲だけ反射する結界が張られているが如く、彼女の体に届く前に全ての攻撃が無効化され、あまつさえ相手に攻撃が跳ね返る。
「あれが結界のエルダ……」
リーンが驚愕の声を出す。それもまた仕方のないことだろう。彼女が他の者との共闘することはほとんどないだろう。それは彼女の戦い方が大いに関係している。
「あの結界はなんだ」
「私にも分かりません」
もはや勝敗を見るまでもないと判断したのだろう。二人はエルダの技に注意を向けていた。さらに自分たちではそれが分からないらしく、私にその答えを求めるようにちらちらと横目で視線を送ってくる。
「彼女の結界は当然ながら大剣で起こしているものだ」
仕方なく彼女らの期待に答えてやる。
「それの原理は簡単なものだ。剣を振るい自分の周囲に攻撃が及ばないようにする。ただそれだけのことだ。けれど、通常の戦士にそれが出来ないのは剣速が圧倒的に足らないからだ。つまり彼女のやっていること自体は『高速剣』に近い。そしてそれを可能にしているのが、あの構え方だ」
そう言ってエルダを指差す。彼女は両手で大剣をしっかりと持ち、それを左脇腹で構えるという構えだった。
「あれで腰の回転を加え、大剣を振り回すようにして剣速を瞬間的に高めているんだ。それを他のものが真似出来ないのはニ撃目にと繋げる事が出来ないからだ」
「なんでやつは出来るんだ」
説明を大人しく聞いていたリーンが口を開く。
「妖力を使って内部で筋肉を伸縮させているからですか?」
シンが自分の推測を述べる。シンは妖気を読むことになかなか長けている。全戦士の中でも指折りのものといって差し支えないだろう。
「その通りだろうな。エルダの結界が機能してから特に腰あたりに妖力が集中的に運用されている。腰の辺りにある筋肉を伸縮自在に操ることでニ撃、三撃目へと繋げていく。あの結界の正体は高速の剣が幾重にも奔る事によって生み出されているんだろう。その速さ、力はイレーネの高速剣には幾分か後れを取る……しかし、技の正確さで言えば彼女は高速剣以上の威力を発揮できている」
自分の攻撃によって傷つき、ひどく動揺している覚醒者。あまりにも矛盾している光景だった。本来圧倒的な強さを誇る覚醒者を一人の戦士がそれを凌駕する強さで相手を翻弄している。エルダの表情はいまだに喜び笑っているようにも感じられる。
「おかしいじゃねえか」
何かに気付いたリーンは私へと疑問を投げかける。
「正確ならなんで奴は一人で戦う? 周りに仲間がいても大丈夫なんじゃねえのか?」
――はぁ
思わずため息が漏れる。そこまで思慮が回らないとは本当の直情型らしい。
「分からないか? ならエルダを見ろ。あの無数に襲ってくる攻撃全てを私たちは見切れるか?」
「あぁ? アタシたちは関係ないだろ? あいつは見切れているじゃないか。でなければ、あんなことが出来るわけがないだろ」
「本当にそう思うのか? 彼女も私たちと同じ戦士ということを忘れるな」
「はぁ? 何言って…………もしかして」
ある可能性に至ったのか、目を見開き驚愕の表情を浮かべる。
「ようやく分かったようだな。そう妖気感知だ。彼女は自分の間合いとその先にある妖気に反応して剣を振るっているんだ。つまり仲間がその範囲に入ってしまえばそれを切る。とまでは言わないものの余分に集中力と剣の制御という手間を増やすことになる。だから彼女は一人で戦っている。しかも今回の相手はそれなりに手強い。私たちの危険や相手の実力、自分の能力なども考慮した結果こうしたんだろう」
覚醒者の体は自身が射出した針によって貫かれ、いたるところに穴が開いている。誰から見ても戦況は明らかだった。
「ま、さか……マサカ、コノワタシガ――」
「おかしくも何ともない。彼我の力の差だ認めるんだな貴様の負けを」
金色に光っていた瞳が妖しく光る銀眼へと戻る。その冷たい眼光は相手を射竦め、体長に関係なく相手を見下していた。
「フ、フフフ」
壊れたかのように笑い声をもらす覚醒者。その声は先ほどまでと違い理性を失っている声音だった。
「ソノ、キノユルミガ……ワタシヲタスケルノヨ」
そう言うと最初に現れたときのように高速で遠ざかってゆく。
「あいつ」
リーンはそれを見て追いかけようとしたが、私はそれを止める。
「何すんだてめ」
「行く必要はない」
「あ? なに……」
その言葉が続く前だった。エルダは息を深く吸い込んだかと思うと、顔つきまで変化するほどの妖力開放をしてその場から消失した。
次に彼女の姿が現れたのは覚醒者の目前だった。驚くべきことに彼女はあの場から瞬時に敵の目前まで移動したのだった。
「ナニ!?」
「少々相手が悪かったな」
短くそうつぶやいた。
妖力が開放された両手で大剣を振るう。
その一撃は光が煌くかのような速さで、
敵の喉元に剣が吸い込まれてゆき、
覚醒者の胴体と頭部は切り離され、戦いは終焉を迎えた。
私たちはエルダの元へと集合する。彼女の背には首と胴体が切り離された覚醒者が横たわっている。
「ご苦労だった。これにて今回の覚醒者狩りを」
終了の言葉が紡がれる寸前の出来事だった。彼女の後ろで切り離された頭部の口が開かれ、彼女の頭部へと大量の針が吐き出される。
――間に合うか?
内心で疑問を抱きつつも、私は瞬間的に妖気を高め、足にへとそれらを回した。
爆発的な速度を経てエルダの背後に移動し、彼女の頭部に迫る針の軌道を大剣で弾きそらす。
十、二十と襲い掛かってくる針を弾き続ける。止め処なく続く攻撃を防ぐことが現状では精一杯だった。今までとは妖気の流れが微妙に違う。まるで外部から妖気を与えられているかのような、経験したことのない流れに戸惑いを持ちつつ攻撃を捌き防戦一方となってしまっていた。
「……ご苦労」
不意に一言耳元で声がした。エルダは一陣の風が吹いたような速さで私の脇をすり抜け左手で大剣を真横に薙いだ。踏み込んだ左足が地面を抉り、凄まじい鋭さをもって覚醒者の頭は半分に切り分けられた。
後ろにいるリーンとシンは息を呑み、状況にただ驚いている。何よりシンの動揺はリーンよりも激しい。一方、止めを刺したエルダは精神的にはこの場に居る誰よりも落ち着いている。私自身は決して良い気分ではなかった。
確かに彼女の命という重要なものを守りきれはしたが……
彼女の右肘から下はまったく妖気が通っていない。否、存在していない。切断ならばまだしも、肘から手首までの部分をごっそりと失ってしまったらしい。手の残骸が私の後方でかろうじて妖気を放っている。
「貴様に命を救われたな。礼を言う」
大剣を仕舞い、利き腕を失ったことをまるで気にしていないかのように私へのねぎらいの言葉を掛ける。
「……申し訳ない」
「私が礼を述べる理由はあれ、貴様に謝られる覚えはない」
謝罪を述べると、実に淡々とした口調で返事をする。
「そうだぜ。てめぇに非はなかった。あるとすれば何も出来なかったアタシ達にある」
気にするなという風な気遣いをあのリーンが送ってくる。それに多少驚きながらもやはりこの淀んだ空気は振り払うことが出来ない。
「とにかくだ。今回は色々とあったがこれをもって任務終了とする。貴様らの働きご苦労だった」
そう言うと一人私たちに背を向けて去ってゆこうとする。その背にシンが声をかけた。
「あの……」
「なんだ? 何かあるのか」
足を止め振り返るエルダ。失った右腕からはいまだ血がにじみ出ている。
「これからどうするんですか……その…………片腕で」
ここにいる誰もが聞きたくて、誰も聞けない質問だった。間違いなく今のNo.ではなくなってしまうだろう。さらに言えば、利用価値のない戦士として組織から何からかの命令を受けるかもしれない。
「片腕? ……なるほど、そういうことか」
当の本人は私たちの雰囲気などどこ吹く風といったようにやはり淡々とした口調のまま語る。
「私は防御型の戦士だ。だからこの腕は修復可能だ」
驚愕そして愕然。それ以外に今の私たちの心境を説明する正確な言葉はないだろう。あそこまでの攻撃力を誇りながら、攻撃型の戦士ではなく防御型の戦士だという。あまりに不可解すぎる。重苦しい空気は既に霧散していた。
「じゃ、じゃあなんで結界を作ることが出来るんだ? 防御型のあんたが」
「ふむ。それじゃそれをどのように私がやっていると思ったのだ?」
「それは、内部の筋肉を伸縮させて腰の回転を使うことによって高速の剣を生み出しているんじゃないのかよ?」
「なるほど、そこまでは考え付いたわけだ。まぁ、貴様がかどうかはしらんが」
私のほうに視線を向け、話を続ける。
「その考えのほとんどは当たっている。しかし、私には伸縮という行為はあまり得意ではない。もともと腕の伸縮などは妖力を限界近くまで開放しなければ出来ないものだ。伸縮のみであの結界を起こせるほど私は器用ではない」
何故か今までよりも饒舌になっているエルダを私たちは見つめている。
「そこで私が行っていることは防御型ならではだ。内部の筋肉を伸ばした後、元に戻すのではなく内部で破壊している。そしてすぐさま修復。そうすることによって伸縮のスピードを早めているのだ。とこれで納得できただろう」
彼女は何気なく語ったが、それは通常の戦士には不可能な行為だった。修復するための妖力の瞬間的な上昇の激しさと共に、常に破壊の痛みを耐えなければならない。どちらか一方で精一杯、いやどちらか片方でも非常に難しい行為だといえるだろう。
私は改めて確認をした。今世代のNo.一桁勢は化け物ぞろいだと言うことを。
「これで質問の答えになったな? ならば私は通常の任務に戻り腕の修復に当たりたいのだが」
「何でそんなことを私たちに」
シンがさらに質問を浴びせる。
「今の私は少々気分がいい。命を救ってもらった恩もあることだ。だから聞かれたことには答える。
それにだ、貴様らが私の真似が出来るとは到底思えない」
非常に簡潔且つ自信たっぷりな答えが返ってきた。それに軽い嫉妬のようなものを感じる。
「他には何もないようだな?」
念押しのような一言。私とリーンはその言葉に頷き、疑問が残っていないことを示す。
「それじゃもう一つだけ」
そう切り出したのはまたもシンだった。
「その腕はどれくらいで治るんですか?」
「そうだな……今日は少々疲れている。明日あたりから治すだろう」
妙にシンはエルダの腕のことを気にする。それに対して、やや饒舌気味なエルダが応対する。
「そうですか。お気をつけて」
そう締めくくった。それを合図とするかのように去ってゆくエルダとシン。私とリーンはしばらくそこにとどまっていた。
「その……」
ある可能性を検討していた私に声が掛けられる。
「何かようか?」
「…………悪かった」
一言そう告げると逃げるように去ってゆくリーン。その言葉を聴いて微笑がもれる。
やはり人間というのは面白いな。
そう感じ、新たに浮上した仕事を片付けるために私もこの場を離れた。