クレイモア~ライアーズ~   作:霧崎蒼華

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SCENE3 嘘つきたち

――夜。

煌々と輝く星。ある少女が森の中を突き進んでいる。

その尋常でないスピードは人間には捉えられるものではなく、そのようなことが出来るのはこの世界で妖魔か銀眼の魔女と呼ばれるものたちだけである。

少女の動きは何かから逃げているようでもあり、何かを追っているかのようでもある。

その動きが不意に止まる。少女の正面に現れた人影が行く手をさえぎったのだった。

 

「追いかけっこはここまでにしよう」

 

私は行く手を遮りながら優しく諭してやる。対して相手は何か驚いているようだ。

 

「これ以上先に進んでも彼女に殺されるだけだ」

 

一際大きく光っていた星が雲から解き放たれ、少女の姿を照らし出す。

 

「組織のNo.26、シン」

 

シンは光に照らし出されながら私に対して取り繕う。

 

「な、何のことですか? 私はこっちの方向に妖魔の気配を感じて追いかけてきただけですよ。それともロージさんは感じないんですか?」

 

彼女は軽い驚きを含めた言葉で応答した。やや早口なのが彼女の焦りをしっかりと表している。

 

「確かにこちら側に妖気を感じるな。質からして戦士のものではない」

「でしたら」

「その妖気はお前から発せられているんだよシン」

 

「…………いつから気付いていたのですか?」

 

先ほどの焦りが嘘のように底冷えするような声が響く。人間らしい感情を全てこそぎ落した人には到底出せない声。それこそが彼女の変貌を物語っていた。

 

「一番最初に気になったのは妖気の小ささだ」

 

手向けの花のために彼女の希望にそうことにする。

 

「覚醒者狩りは通常No.一桁が数名、そしてNo.10番代からNo.20番代がそのサポートにつく。作戦によって合計の人数は変わりこそすれ、余程の事情がなければこの基本が崩れることはない。そして当然ながらNo.と妖気の大きさは大抵一致する。上位No.の中には覚醒者を上回る妖力開放が出来る者さえいる。そんな中お前の妖気の大きさとNo.はそぐわないんだ」

「けれどそれはあくまで通常はということでしょう?」

「あぁ、その通りだ。『微笑のテレサ』のように妖力開放をしないものもいるから完全に妖気の大きさを測ることは難しい、さらに言えば妖気が小さいとしても能力しだいでは上位No.になるものもいる。私にはお前の能力を知る機会もなければ妖力開放をした状態を知らない。だから最初は多少の疑問を持っただけだった。その疑問が膨らんだのが覚醒者に出会ったときだ」

「……」

「お前は今回が初めての覚醒者狩りだと言った。だが、覚醒者が現れたときのお前の反応は初見のそれではなかったんだ。まるで他の戦士にでも会った時のような反応だった。冷静すぎたんだ。疑問が疑念へと変わった。それが主な原因だ」

「それだけで決め付けたわけじゃないですよね?」

「当然だ。これだけだったら組織に報告するだけに止めただろう。余計な手間をかけるのはあまり好きじゃないんでな」

「ではやはり」

「あぁ、そうだ。疑念が確信になったのはあの時だ」

「あなたさえいなければ、エルダさんは死んだのでしょうね」

「さあな? そんな仮定に意味はないし興味もない。あるのは起きたことだけだ」

「ふぅ……」

「いくら覚醒者と言えど胴体から切り離されてあそこまで長く生きながらえるものはいないんだよ」

 

この時期の夜風は冷たい。戦士である私たちには関係のないことだが。

 

「私の敗因はあなたがいたことでしょうか? それとも事を急ぎすぎたことでしょうか?」

「それ以前だと思うがな。強いて挙げるなら今回の任務を与えられてしまったことじゃないか」

「そうですか……」

 

風に揺られて木々がざわめく。雲の流れは早く星々の明かりは途切れる。

 

「あーぁ。この生活も嫌いじゃなかったんだけどな」

「知ったことか。誘惑に負けたお前に同情するほど私に余裕はない」

「それで? どうするつもりですか」

「黒の書を渡してもらうと楽なのだけどな」

「それはできない相談だと思いませんか」

「だろうな。なら……」

 

右手で大剣を引き抜き構える。

 

「これより覚醒者シンを討伐する」

 

少しの間沈黙。それからくすくすと笑い声が聞こえてきた。

 

「ふふ、あなた一人でですか? 目の見えないあなたが」

「……まぁ、私一人というのは間違いないが」

「あっははははははははははははははは!」

 

大声で笑い出した。先ほどの感情が消え失せたというのが嘘のように大笑いしている。体を曲げて腹を抱えて馬鹿のように笑っている。

 

「いやー面白すぎて笑えるわ。あの瞬間まで私の正体に気付かなかったあなたが?」

 

まだ笑い声が漏れ出ている。完全に私より優位に立っていると思っている証拠だった。

 

「調子に乗るんじゃないよっ!」

 

突然怒り猛った口調に変容し、凄まじい速度で肉薄する。

両手に握っている大剣を振り下ろし、私の胴体を切り裂こうとしている。

とっさに右手で持っていた大剣でその斬撃を受け止める。

予想以上の衝撃が私の体を襲った。両足で踏ん張らなければ力負けしただろう。

右手の大剣で押し返そうとするといきなり負荷がなくなった。

後ろへと跳び下がったシンは木々の間を跳び交いながら、いくつも斬撃を浴びせかけれてくる。

 

――ガキ、キン、ガッ、キン、キン、ガッ。

 

いくつも切り結ぶ重たい音が夜闇に鳴り続ける。

シンは己の脚力にものを言わせて素早く剣を振り続ける。

 

「私はっ! あなたの、ようなっ! 余裕……、たっぷりのっ、奴が! 嫌いなのよぉ!」

 

木々の幹を跳び移りつつ罵詈雑言を吐く。

体全体を縦に空中回転させながら、一際重い一撃を受けた。

右手に持っていた大剣がその重みに耐え切れず吹き飛ばされる。

 

「……っ!」

 

次に来るであろう斬撃を避けるために大きく跳躍する。

真下を通るはずだった彼女の妖気は不意に私の後ろに現れた。

 

「がはっ!」

 

腹に蹴りを受けてしまい、地上へと急降下してゆく。

 

――ドガァッ!

 

シンの蹴りの分加速した落下は私を地面に強く叩きつけた。

 

「あらあらぁ~やっぱりあなたは一人じゃ何もできないんですね」

 

私を見下ろしている。蹴りをある一定期間ごとに加え、じわじわといたぶっているのを楽しんでいるように。

 

「なのにっ! あなたはっ!」

 

――ドガッ、バキッ。

 

「さっきのっ! 任務のとき! 私よりも! 強い! 私よりも! 優れている! 私よりもっ! 頼りになる!」

 

――ドガッ、バキッ、ドゴッ。

 

 「そうっ! 思っていたんでしょう!? 私を! 見下して! いたんでしょう!」

 

――ドゴッ、ダンッ!

 

「ぐっ」

 

ご丁寧に最後は腹の上へ垂直に足を踏み降ろした。そのまま腹の上で足をぐりぐりと捻り続けている。

 

「それにっ!」

 

――ドガァッ!

 

蹴り上げられた足は、私の顎を正確に捉え体を浮き上がらせた。

頭に強い衝撃を受け、頭の中が白一色に染め上げられる。

髪を掴み空中に浮かび上がった私の体を半立ちの状態にさせる。

 

「私なら一人で狩れると思っていたんでしょう?」

 

今までにないやさしげな声で語りかける。

 

「ふざけるんじゃないわよっ!」

 

その一言を境にまたもや怒り狂ったように私の腹を殴り続ける。

そのまましばらく暗い森には殴打の音が響き渡った。

 

「はぁ、はぁ」

 

一方的な殴打で疲れたのだろう。覚醒者である彼女が軽く息切れをしていた。

 

「みじめですね」

 

気が済んだのだろうか私を放り投げた。

 

「これで分かりましたか? あなたは私よりもはるかに劣っているのですよ。それを認めたら、楽に殺してあげますよ。どうですか、認めますか?」

 

悦楽に浸っているのだろう。先ほどの怒りよりも優越感がにじみ出ている口調だった。それが気に食わなかった。

 

「…………別に」

 

出てきたのはその一言だけだった。

 

「どういう意味ですか?」

 

期待通りの返答が返ってこなかったことにいらだっているのだろう。先ほどの口調よりも蹴っているときの口調に近かった。何故だか今の私はそれすらも気に食わなかった。

 

「別に生死に興味はない。だが、お前の言うとおりにするのは非常に不愉快なだけだ」

 

体に力を入れると簡単に立ち上がることができた。

 

「……ふふふっ、そうですか。あなたはそういう人ですか」

 

シンは私の姿を見て、不気味に笑い出した。やはり気に食わない。

 

「簡単には殺しませんよ。彼我の力の差に絶望してからゆっくりと死んでいただくことにします」

 

これ以上喋るな。虫唾がはしる。

 

「ねぇロージさん。あなたは私たちの妖気の流れを先読みすることで攻撃を防いでいるのですよね?」

「……」

「でしたら、相手が悪かったですね」

 

そう言うと妖気がさらに小さくなってゆく。これでは訓練生以下だ。

 

「私の能力は妖気制御。相手の意思があると防がれる弱い能力かもしれませんが、死体や自分に使う分には全く問題はありません」

 

さらに小さくなってゆき、ほとんど感じなくなった。かろうじて感じられる程度の妖気で、私には位置が分かっても攻撃を読むことまではできなくなるほどの小さいものだった。

 

「だからこそ私は今までばれずに組織で活動できたんですけどね。食事は周りの妖魔のせいにすればいいですし」

 

そこで一つの可能性に思い当たった。シンに話しかけるのは嫌な事だが、確認しないほうが更に気に入らない。

 

「一つ聞いておくことがある」

「いいですわ。最後の頼みぐらい聞いてあげましょう」

「今回の任務の発端である村人を食った覚醒者はお前だな? あのでかぶつがそれだけで事足りるわけがない」

「えぇ、そうですね。覚醒者がいることが分かったからちょっと食べすぎたんですよ」

悪びれもせず罪を告白する。

「それだけですね? なら殺してあげます」

 

そういうと先ほどのように木の幹を蹴り木々の間を高速で跳び交う。

その速さで位置の補足は曖昧になり、今のままだと切り殺されてしまうだろう。

 

――はぁ

 

大剣を地面から拾うと、つい溜め息が漏れてしまった。

自分の無力さに、

遠すぎる彼女の実力に、

結局は今までの成果がこの程度だったことに、

それらが入り混じった自分への失望に近い気持ちから溜め息が漏れてしまった。

だが、それよりも今は気に入らない眼前の敵を切り伏せることにしよう。

 

――キンッ!

 

「なっ!?」

 

スピードの乗った一撃は先ほどの私ならば切り伏せるに十分なものだった。だが、今の私には通用しない。

 

「なんで」

 

――ガッ!

 

「なんで」

 

――ガキッ!

 

「ナンデナンデナンデ」

 

――ガッ、ガッ、キンッ!

 

いくつも襲い掛かる斬撃。しかしそれら全ては私の大剣によって防がれている。

 

「タァァァッ!」

 

回転運動のかかった必殺の威力を秘めた一太刀。左手に携えていた大剣でそれをいなす。

 

「……ッ!」

 

それこそ止めを刺すつもりで放ったのであろうそれは苦もなく受け流された。そのことがあまりに不可解だったのだろう。動きを止めてしまうシン。左目だけで彼女の姿を確認する。

両足が人間のそれではなく、動物のそれに変化している。顔は醜く歪み、濁った金色の瞳が私を注視している。全身の筋肉が彼女と言われるのを憚られる体に見せる。纏めている銀色の長い髪と戦士の装備だけが彼女を組織の者だと認識させる。

――総評としては妖魔に毛が生えた程度の低級な覚醒者。

 

「ナンデ?」

 

その醜い怪物が私に声をかけてくる。

 

「私より弱いあなたが生きているの?」

 

ゆらりと歩み寄るモノ。

 

「私は弱いから虐げられた。なりたくもない戦士にさせられて、その上でも上位No.からは見下され、下位No.に追い抜かされ馬鹿にされる。だから強くなった。なのに、なんでアナタハソウジャナイノヨォォォォ!」

 

それは水平に跳躍するかのように大地を蹴り、距離を詰める。そのまま振りかぶった大剣を振り下ろす。

 

「簡単なことだ。私がお前より遥かに強いからだ」

 

右脇腹に構えていた大剣を切り上げ、その切っ先をずらす。

そして伸びきった右脇腹の筋肉を破壊。すぐさま修復。続いて左脇腹の筋肉を縮め、振り切った勢いを腰の回転へと持っていく。

修復の終わった右脇腹の筋肉を捻る。

初撃の威力を保ったままニ撃目の横一閃。

吸い込まれた剣は相手の変形した両手首を切り離す。

紫色の血が切り落とした手首から吹き出す。

右脇腹の筋肉組織を破壊。左脇腹の筋肉を完全収縮。

体勢を大きく崩した斬撃。しかし、先の速さを殺さずに繋げた一太刀。

渾身の一撃は敵の両足を完全に破壊した。

 

「くっ」

 

全身を痛みが覆う。慣れない瞬間的な妖力開放と共に内部組織だけとはいえ、再生を繰り返したために体へのダメージはそれなりにある。

 

「全くこんなことをよくやっていられるな」

 

現在のNo.6への畏怖と敬意が思わず漏れた。眼下で這い蹲る醜いそれに視線を移した。

 

「ナンデ……ワタシハカテナイ」

 

人間らしく喋ることすらできなくなったそれに嫌悪と少しの同情から言葉を掛けてやる。

 

「お前が弱かったからだろ化け物」

「アナタ、ソノメ」

 

両目を開けてしまっていた私を見てガタガタと震える。

闇の中を射抜く金色の眼を湛えている右目。

星の光を照らし返す銀色の眼を湛えている左目。

通常ではありえない不安定な両目。

それを見てしまった哀れな怪物は身動きができずにいる。

 

「ウフフッ、アナタノホウガヨッポドバケモノジャナイ」

 

精一杯の強がりだろうか震える唇でそう答えた。

 

「今のNo.Ⅵ番以上は私以上の化け物だ」

「ケッキョクワタシハチッポケナソンザイダッタノネ」

「その姿になったことでお前の限界が決まった。それだけのことだ」

「ドコデマチガエタノカシラ」

「戦士になったこと。これが私たち全員の間違いだ。そしてお前の間違いは安易な力の入手法としての覚醒だろうな」

「ソウ……」

 

「言い残すことはないな」

「エエ」

 

大きく振りかぶったクレイモアはその体を縦に切り分けた。

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