あのーすいません。
先生ってどのくらい俺の個性のこと把握してるんですかね?
体操服……着れないんですけど大丈夫ですかね?
慌てて更衣室へと向かうクラスメイト達を見ながら、俺は呑気にそんなことを思った。
そろそろ俺も移動を始めましょうかね。
まあ俺は直接グラウンドに向かえばいいわけだから、遅刻する心配ないんだけど。
でもあれじゃん。
早く行き過ぎてあの担任と2人っきりになんのは気まずいじゃん。
だからこのタイミングがベスト。
「あー! 試験のときすっごい速さで飛びまわってバンバンロボット壊してた人だー!」
後ろからそんな声が聴こえた。
え、俺? と思って振り返ると、緑谷と絡んでた丸顔の女子が俺を指さしてた。
隣には緑谷もいる。
そーいえばどっかで見た事あるなー、って思ったら試験のときに見たわ。
「ほう、貴様は勇者に救われていた女か」
「え、ユーシャ?」
「あ、あぁ、う、麗日さん。その、破魔矢くんの言う勇者ってのは、た、たぶん僕の事だよ。……なぜかそう呼ばれているんだ僕」
「なるほど勇者ね! かっこいいじゃん! 確かに凄いパンチだったもんねー、勇者で納得だよ! あ、私は麗日お茶子だよ。よろしくね!」
そう言って丸顔の女子、改め麗日さんはにっこりと笑いかけてきた。
な、なんてコミュ力の高い女子!
こんな意味わからん奴にも分け隔てなく接してくれる懐の深さ。
感服した!!
「我が名は破魔矢魔央。偉大なる魔王である!!」
「へぇ魔王さんなんだ! かっこいいね!」
……し、しかも魔王であるとか完全にイタすぎる発言をスルーしてくれた。
いい子だ。
この子は本当にいい子だ。
「ふ、2人とも、急いだ方がいいんじゃないかな? 厳しそうな先生だったし」
「わ、そうだね! 時間に厳しそうな先生だったもんね。急いで着替えて行こう!」
「う、うん、急ごう」
俺たちは今度こそ教室を出た。
……え、てか俺響香以外とまともに喋れてんじゃん。
奇跡すぎるんだが?
だって俺中学のとき響香以外と喋った記憶といえば、前からプリントがまわってきたときに“ご苦労”、って偉そうに言ったことくらいしかないよ?
よくよく考えたら会話じゃねーし。
てかグラウンドでいったい何やんのかねー。
++++++++++
「……揃ったな。これから個性把握テストを行う」
「ええ!? 入学式は!? ガイダンスは!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る余裕ないよ」
……嘘である。
この男は嘘をついている!!
グラウンドに来る前、盛大に迷って体育館に行ってしまった俺は知っている。
めちゃくちゃ入学式の準備がされていたことを。
「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り。お前達も中学の頃からやっているだろう? 個性禁止の体力テスト。実技入試成績のトップは破魔矢だったな。中学のときソフトボール投げ何メートルだった?」
えー、まさかの話振られたー。
もう人前で喋りたくないんですけど。
しかもなんか今『チッ!』ってド迫力の舌打ち聴こえたし、なんであの人だけ体操服じゃないんだろとかいうヒソヒソ話も聴こえてきたんですけど。
はー、仕方ない。
ここは大人しく答えておこう。
「ハッ、過去の記録などなんの意味も持たない。そうだろう? 先導者相澤よ」
はい、すいません。
「まあそうだな。じゃあ個性を使ってやってみろ。思い切りな」
そう言って、相澤先生は俺にボールを渡してきた。
言葉遣いに対してなんの注意もないってことは、俺の個性についてある程度理解してもらってるということだろうか。
はぁ……それにしても全力ね。
(2位と大きく差をつけての実技試験トップ。推薦組を除き、現在ヒーロー科1年全生徒の頂点に立つわけだが……実技のVTRを見る限り攻撃手段は遠距離主体。近接攻撃の様子を見せたのは後半の0ポイントにのみ。それも緑谷が飛び出したことにより不発に終わったわけだが、如何なものか)
……なんかすっごい見てるわ相澤先生。
やっぱ俺の言葉遣いで怒ってんのかなー。
キレてる理由言わずに教室出ていくタイプの先生だったらマジでどうしよう。
いやまて、今は集中しよう。
中学の頃から本気なんて出したことがない。
俺は角があるだけで人間とほぼ変わらん見た目してるが、しっかりと異形系なんだ。
素の力が人とは比べ物にならない。
だから今まで手を抜いていた。
中学の体育祭のときは、なぜか皆が俺に無言の期待を寄せてくるから1位を獲ってはいたけど。
ボールを強く握る。
そして───
───『バイキルト』
行為指定は投擲。
今なんか言わなかった? とか言って周りの奴らは騒いでいる。
実技1位ということで興味を持たれてるんだろう。
ただでさえ本気だしたことないのに、そこにバイキルトをかけると。
力んで地面にぶち当ててしまったら恥ず。
でもまあやるしかない。
ボールを掴む手に力を入れ、そのまま大きく振りかぶり───
「刮目───せよッ!!」
風を切り裂く轟音。
“刮目せよ”という謎の掛け声。
俺は恥ずかしさに内心で悶えた。
しばらくすると、相澤先生が手に持つ端末を全員に見せる。
そこに示されていたのは───
───『1024.8m』
け、結構飛んだー。
「ヤッバ!!」
「1000m越えってマジ!?」
「いやガチの魔王じゃんやべーって!!」
「実技試験の様子を見る限り増強型に見えなかったが、これは……」
「てか個性思いっきり使えるんだ!! さすがヒーロー科!!」
「なんだこれ! すげー面白そう!」
みんなが騒ぐ。
とりあえず失敗して恥をかくことはなかった。
人知れず俺が安堵の息を漏らしていると、響香が近づいてきた。
「やるじゃん」
短い労いの言葉。
なのに俺はなんか妙に嬉しかった。
だから、ありがとうって伝えたくて。
「フハハハハハッ!! 当然だろう、長年連れ添っているというのに、そのようなこともまだ分からないのか? 響香よ」
……え。
……今俺なんて言った。
その瞬間クラスが静まりかえり、そして───
『えぇぇえええええ!!!!』
という声が爆発した。
「ふざけんな! ふざけんな! お前ら……そういう関係かよ!」
「え! 2人は付き合ってんの!?」
「まったく、雄英生としての自覚が足りていないんじゃないですの? 不純異性交友など」
「意外ね、けろ」
響香は顔を赤くしながら、違う違う付き合ってないって! と誤解を解いていた。
本当に申し訳ありません。
いや、まじでほんとごめんなさい。
俺が完全なる元凶なのに今もフハハハハハと笑っててごめんなさい。
「……お前ら楽しそうだな。ヒーローになる為の3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
盛り上がっていた空気を一刀両断するような、不満に満ちた言葉に一瞬で全員が押し黙る。
「よしトータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
……え。
「これから3年間雄英は全力で君達に苦難を与え続ける。更に向こうへ……PlusUltraさ」
あの、不機嫌になったから言ってるわけじゃない……ですよね先生。
やっぱこの人キレてる理由言わずに教室出ていくタイプの人だ……。
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