轟はゆっくりと4階へ進む。
障子もその後に続く。
2人の個性は把握している。
透明化と増強系。
この氷を防ぐ手段はない───
───はずだった。
「……どうやって防いだ?」
轟は眉をひそめた。
「フハハハハハ!! あの程度でこの魔王が倒せると思ったのか? 笑わせてくれる」
ふざけた奴だ、と轟は思う。
目の前の男の口調や態度全てが轟の神経を逆撫でする。
はっきり言って気が合うとは思えない。
だが実力は認めていた。
コイツは何かとふざけた物言いをするが、個性把握テストの時に確信した。
一般入試トップというのは妥当な評価であると。
「透明のやつがいない。警戒してくれ」
「承知」
障子は短く答える。
轟は魔央を見据えて動かない。
それは警戒の表れである。
氷を防いだ手段が不明な以上、どういう個性なのか分からない。
しばらく睨み合いが続くが、それは個性により索敵をしていた障子によって破られる。
「見つけた。もう1人はあの柱の後ろに───」
────『デイン』
魔央がそう呟いた瞬間、雷撃が走る。
「グワァァアアアアア!!!!」
「障子!!」
一瞬で意識を刈り取られた障子はそのまま倒れふす。
それは予想しえない出来事だった。
増強系だと思った相手が雷を操ったのだ。
初見で雷速に対応できる方が不思議というもの。
「フハハハハハ!! ほれ、1人死んだぞ?」
「死んでないからね!? でも確保ぉー!!」
拘束テープがふわふわと移動する。
葉隠だ。
そのまま障子に拘束テープを巻いていくが、轟は即座に意識を切り替え動かない。
相手が雷を操る以上、後手に回ったら終わりだ。
雷を使ってくるタイミングを予測できなければ避けられない。
幸か不幸か、あの雷の能力を使う時にはトリガーとなっている言葉があった。
それら全てがブラフの可能性も考慮しつつ、反撃のタイミングを窺う。
昨日見せた超パワーもあるが、今思い出せばあの能力にもトリガーとなる言葉があった。
ならばブラフである可能性は低い。
だが一挙手一投足、僅かな違和感でも見逃すのは危険だ。
コイツは、それだけの強敵であるのだから。
轟はここまでの結論一瞬のうちに導きだす。
負けられないのである。
彼には決して───負けられない理由があるのである。
(……こんなところで負けられるか)
不敵な笑みを浮かべる魔央。
冷たい表情のまま動かない轟。
両者の睨み合いはしばらく続いたが───
「喜べ、我が力の一端を教えてやろう」
唐突に魔央が喋りだした。
「我が身に纏うは『闇の衣』。能力はあらゆる攻撃に対して強力な耐性を得るというもの。物理攻撃はもちろん、火、氷、雷、あらゆる属性に対してそれは適用される。貴様の初手の一撃を防いだカラクリはこれよ」
魔央は常に身に纏っているそのローブを、見せびらかすようにヒラヒラとさせた。
轟は魔央の言葉を聴き、額に冷たい汗が流れるのを感じた。
ハッタリ……の可能性は低いと轟は直感する。
だが全てを話したわけでもないと思う。
事実織り交ぜ、敵に与えたくない情報を巧妙に隠している。
それでも信じられない。
その理不尽な能力はなんだ。
轟に慢心はなかった。
しかし、轟本人さえ気づかないほどの心の奥底で、自身の氷の能力を揺るぎないものとして絶対視していた。
氷の能力のみで全てをなぎ払えると思っていたのだ。
そしてそれは───魔央の言葉を聴いた後でも変わることはなかった。
「我がなぜこのようなことを貴様に教えたかわかるか? ───抵抗をやめて許しを乞え。勝ち目などないことくらい、貴様なら理解できよう? さあ、頭を垂れてひざまずけ。さすれば我が配下の末席に加えてやろうぞ」
不敵な笑みをたやすことなく、魔央は静かに轟に語りかける。
コイツ本物だ、と轟は思う。
昔聴いたことがある。
これは『厨二病』というヤツだ。
常に一定数の患者が存在し、近年増加傾向にある恐るべき病。
それもコイツはかなり重篤の状態だ。
轟はそんなことを思いながら、口を開いた。
「……その能力は、なんの枷もなく行使できんのか?」
轟の言葉に魔央の目がギラりと光る。
その目に映る色はただ一つ。
───“歓喜”である。
「フ、フハハハハハ!! 素晴らしい、素晴らしいぞ氷を支配せし者よ!!」
手を広げ、オーバーアクションな笑い声をあげる魔央。
なりきってんなコイツと静かに思う轟。
完全に2人の世界入ってるよと思う葉隠。
「見事な慧眼よ誠に。───貴様の読み通り、枷はある。それがいかなる枷なのかは、敬意を評し口を閉ざすとしよう」
お前の実力を認めてるからこそ弱みは話さないのだと魔央は言う。
「してどうする、我が配下に加わるか?」
轟はそんな魔央の言葉に薄く笑う。
純粋な動機のみでここに立っているわけではないことを、轟自身がよくわかっている。
だが、それでも────
「ヒーローがヴィランに屈しちゃあ……終いだろうが」
その言葉に、魔央は満足げな笑みを浮かべた。
「フハハハハハ!! ───後悔するなよ、氷を支配せし者よ!!」
その言葉が開戦の狼煙となった。
地面を蹴り、一気に距離を詰める魔央。
魔央の超パワーは昨日見ている。
すぐさま轟は魔央との間に厚い氷壁を作り出した。
そして、豪音とともに容易くその氷壁は砕かれる。
「無駄だと言っておろうが!! 貴様には、はなから勝ち目などないのだ!! 諦めろ!!」
「……チッ」
魔央の次の一撃がくる。
その前に轟は氷の棘をいくつも床から生やすことで距離をとる。
───『デイン』
距離をとればすぐさま雷撃が飛んでくる。
だが、距離をとると決断した瞬間から轟の脳裏にはここまでのシナリオが出来上がっていた。
想定の範囲内。
なら避けられる。
避けつつ氷をお見舞いするが、すぐさまそれは砕かれる。
近接戦を得意とする者でも、轟と容易に距離を詰めることは出来ない。
氷をその身に受ければ、著しく運動性能を失うことになるからだ。
だが、『闇の衣』の能力がある限り魔央にその心配はない。
だからこそなんの憂いもなく距離を詰められる。
そこからは膠着状態であった。
距離を詰める魔央、距離をとる轟。
だが、極めて戦闘能力の高い2人。
屋内での戦闘という選択肢が限られている状況ということもあり、決着はつかない。
そのとき葉隠は、柱のそばに隠れながら2人の入り込む余地のない戦いを見ていた。
様々な感情を抱きながら。
(チッ……埒が明かねぇ)
轟は次で終わらせることを決める。
魔央は氷が効かないわけではない。
無効ではなく耐性。
なら凍らせられる。
凍るまで凍らせ続ければいい。
建物を半壊させてしまうかもしれないが、そんな悠長なことも言っていられない。
「貴様、何かするつもりだな?」
魔央は轟の雰囲気が変わったのを敏感に感じ取っていた。
「あぁ……いい加減時間も迫ってるしな。───次で決める」
「ハッ面白い。やってみるがいい!!」
轟は少しだけ溜めを作る。
そして───
───放たれた圧倒的質量の氷により、全てが呑み込まれた。
もはや耐性など関係ない。
フーッと冷たい息を吐き出す轟。
音はなく、一面が銀色の世界と化した。
完全に沈黙している。
なんとか難を逃れた葉隠がそのあまりの寒さにガクガクと震えているが、轟は一瞥すると興味を失った。
核兵器を回収して終わり。
轟は歩を進め───
────『メラ』
炎が吹き荒れた。
轟は目を見開き、咄嗟に作った氷壁で身を守る。
(炎も使えんのか……)
「フハハハハハ!! 効かぬな!! 効かぬ効かぬ!! ───さて、どうするヒーロー?」
魔央の笑い声だけが響く。
「氷を支配せし者よ。なにゆえもがき生きるのか? 滅びこそ我が喜び。死にゆくものこそ美しい。さあ、我が腕の中で息絶えるがよい!!」
───『バイキルト』
何か来る。
轟は身構える───が、全てが無意味。
爆発するような地を蹴る音。
その爆音が耳に届くその時には、すでに魔央の拳が轟の目の前に迫っていた。
轟は濃厚な死の気配に呑まれ、そして───
『タイムアァァァァァップ!! 勝者!! ───ヴィランチィィィィィィィィム!!』
すんでのところでその拳は止まる。
暴風が吹き荒れた。
轟が思わず後ろを振り向けば、もはやそこに壁や天井はなく、綺麗な青空だけがどこまでも拡がっていた。
「フハハハハハ!! 命拾いしたな、氷を支配せし者よ。だが見事!! いつでも挑みにくるがいい!! 我は逃げも隠れもせん!!」
圧倒的な力を轟は見た。
これほどの男に自ら『縛り』を作り、戦いを挑んでしまったことがあまりに恥ずかしく、敗北の悔しさを感じる余地すらなかった。
そして、轟は『魔王』の力に魅せられた。
だから去っていく魔央を思わず呼び止め、こう言ったのだ。
「轟焦凍だ。……よろしく頼む」
お読みいただきありがとうございました。