日が沈み、辺りが暗くなってきたにも関わらず雄英高校の職員室は未だに明りが消える気配は無く、数名の教師たちが仕事に追われていた。
一年ヒーロー科A組担任の相澤も、その仕事に追われる1人である。
カタカタとタイピングの音が鳴る。
画面には戦闘訓練の様子が流れていく。
相澤はそれを見ながら、1人1人の個性の熟練度合いや咄嗟の判断力、機転の良さなどをデータとして纏めていく。
そして今、第5戦目のVTRを見終える。
その後もしばらくタイピングの音は止まることがなかったが、しばらくするとそれも止まった。
相澤は背もたれに寄りかかり、目薬をさした。
(全体として個性の熟練度は悪くない。ヒーローを志し、幼少の頃から努力してきたことが窺える。まあ、そんなことは個性把握テストの時から分かっていたことだが)
個性の熟練度は評価に値する、と相澤は思う。
だが───
(屋内戦への理解、連携、対人戦の未熟さ、個性の応用力───足りない部分を挙げだしたらキリがない……課題は山積みだな)
そして、相澤はいくつかの資料を取り出す。
4人の生徒のデータが纏められている資料だ。
そこにはそれぞれ『緑谷出久』『爆豪勝己』『轟焦凍』そして───『破魔矢魔央』と書かれていた。
(コイツらは特に癖が強い。緑谷はまた腕を壊したか。強力な個性だが制御できなければ意味が無い。爆豪は総合的に能力が高いが、己のこだわりと自尊心が強すぎるあまり最適解でないと冷静に判断できていても、抑制することができていない部分が目立つ。轟は個性の応用力に難がある。強力な個性ゆえに今まで工夫を必要としなかったのだろう。動きも単調なところが多い)
相澤は冷めてきたコーヒーを口に運ぶ。
それから資料をペラペラとめくり、最後の生徒のデータが載っているページを開いた。
そのまま目を通していく。
(破魔矢魔央……一般入試首席合格者。その強力な個性、それを操る頭脳。戦闘能力という面で抜きん出ている轟や爆豪と比べても、頭一つ抜けていると言わざるを得ない……か。だが、破魔矢の場合選択肢が多いがために判断が遅れている時がある。そして能力を行使する際に一瞬戸惑いを見せている箇所もいくつか見受けられた。恐らく個性の制御にまだ自信がないんだろう。だから人に能力を使うのを一瞬躊躇う。今後の課題だな。───それにしても)
厄介な個性だ、と相澤は改めて思う。
『呪文』を唱えることで様々な事象を引き起こす───発動型。
任意に翼を生やすことのできる───変形型。
一対の角以外は見た目はほとんど人間と変わりがないが、体のつくりそのものが人間と異なり、『魔力』と呼ばれる膨大なエネルギーと人外の身体能力をその身に宿す───異形型。
それら全ての特徴をもつ複合型個性。
極めて強力。
だが、だからこそ使いこなすのも難しい。
そして、目立つ特徴はそれだけではない。
その能力にあまりある───強烈なデメリット。
(意図しない言動や行動の強制。……まったく、本当に厄介な個性だな、ったく)
この超人社会において、個性によって人生を狂わされる者は少なくない。
魔央の持つ個性『魔王』もその一つであると言えるだろう。
言動や行動が制御できなければ社会に馴染むこと自体困難を極める。
端的に言えば───とても『生きづらい』だろう。
ともすれば、魔央がヴィランとなっていた可能性は決して低くない。
むしろ高いと言える。
精神的に弱い者であれば心を閉ざし、最悪の場合自殺なんてことも考えられる。
そんな数多ある最悪な可能性の中から、魔央は『ヒーローになる』という道を歩むことを決め、そして見事その第一歩を雄英合格という形で勝ち獲った。
(精神力はある。ヒーローの資質としては十分だ。───いや、他に心の支えとなるものがあったか?)
どちらにせよいい、と相澤は思う。
魔央のことを学校全体で支えることは出来る。
生徒に理解を促し、魔央を受け入れる体制を整えてやる。
難しいことではない。
だが、それではダメだと相澤は思う。
なぜなら───
(───破魔矢、お前が“ヒーロー”を志したからだ)
ヒーローならば、どんな理不尽も乗り越えていかなければならない。
『Plus Ultra』
雄英が掲げるモットーである。
周りの人間が助けてはならないのだ。
これはヒーローを志す魔央自身が向き合い、乗り越えていかなければならないことなのだから。
(負けるなよ、破魔矢)
かすかに笑みを浮かべながら、相澤は自らの生徒がヒーローとして羽ばたけることを密かに願った。
それから相澤は残りの仕事を終わらせ、帰り支度を始める。
その時、携帯が電話の着信を告げた。
画面を確認し、その着信が誰からのものか分かった相澤は深いため息をつく。
疲れている、出たくない。
だが万が一ということもある。
強力なヴィランを発見したのかもしれない。
そう思い、相澤が電話に出ると───
『HEYイレイザー!! サイコーだぜィエ!! FOO!! 今みんなで飲んでるんだ!! お前も来───』
相澤はすぐに電話を切った。
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