その全てを呑み込むような炎の旋風。
それを受けたほとんどの者は大火傷やそのショックにより行動不能となった。
だが、辛うじてまだ動ける者もいる。
炎に耐性があるのか、防御力そのものが高いのか。
「フハハハハハ!! 他愛もないわ。しかと見たか? 我の力を。理解したか? 何も恐れる必要などないということを」
改めて魔央の力を、いや『魔王』の力を目の当たりにし、クラスメイトは皆等しく息を呑んだ。
そしてその事実は、恐怖に包まれた心をゆっくりと溶かす。
大丈夫だ、何も恐れる必要はない。
手の震えは止まり、その目にはヒーローを志す者としての意志が戻る。
「よくやった破魔矢」
相澤はそれだけ言うと、残党に向かって走りだした。
魔央も翼を広げそれに続く。
近接主体の相澤。
それを遠距離で援護する魔央。
完璧とまでとはいかないが、見事と言わざるを得ないほどの連携だった。
即席でここまでの連携を可能とするのは、魔央の底知れない情報処理能力と状況分析力があってこそ。
敵が次々と吹き飛んでいく。
その様子を爆豪勝己は静かに眺める。
なぜお前だけ頼られた?
なぜお前だけ特別扱いされた?
そんな疑問を───抱けはしなかった。
(クソが……クソがクソがクソがッ!!!!)
憤怒の歯軋りを止めることが出来ない。
冷静な自分がどこまでも理解してしまっているからだ。
その、圧倒的な実力差を。
そしてその事実を認めてしまっている自分に気づき、また歯軋りの力が強くなる。
まさしく負のスパイラル。
「つ、強ぇ……!! 分かってたけど破魔矢マジでハンパねぇ!! 相澤先生も超強ぇ!! すげぇよ、ヴィラン吹き飛びまくりじゃねぇか!!」
クラスメイトの賞賛の声。
それがまた激しく爆豪の自尊心を抉る。
「うるせェッ!! 分かってんだよンなこたァッ!! ……分かってンだよ」
「お、おい何怒ってんだよ……爆豪?」
だが、状況は終わったわけではなかった。
脳みそむき出しの化け物に庇われ、難を逃れたその男は静かに喋りだす。
底知れない悪意を撒き散らしながら。
「……んだよこれ、早くも計画ご破産? オールマイトいないじゃん。てか何あのチート野郎……あぁもう……ふざけんなよおい……」
その男はガリガリと首を掻き毟る。
出血しても構わず掻き毟る。
「さあみんな! 先輩たちが時間を稼いでいるうちに、ボクたちも移動しますよ!」
13号の声が響く。
「あぁ……クソが───黒霧、早くしろ」
くしくも、その男の声が響くのも同時のことであった。
「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思っての事でして───」
突如、13号の右足……否、両足が沈んだ。
踏ん張ろうとした足が空を踏み抜き、ただでさえ機動性の悪いコスチュームのせいで体勢が完全に崩れる。
(何が……!?)
「──まあそう焦らずに。どうか、ゆっくりと……これから始まるショーを、皆さんで楽しんでいってください」
崩されたバランス。
完全に沈んだ両足。
そして、足元から黒靄が吹き出していた。
その奇襲に最も早く反応したのは爆豪であった。
消えない怒りの炎により爆豪は動く。
それを極めて冷静な頭脳が止める。
敵の個性が分からない以上、安易に距離を詰めてはならないと。
しかし、爆豪は止まることができなかった。
13号の制止の声が聴こえていたとしても。
「ダメだ! どきなさい!」
「死ねェクソがァ!!!!」
そして、爆豪に続き切島も動く。
「13号先生から離れやがれぇ!!」
爆豪は掌の爆発による加速から、同じく爆発による攻撃を繰り出した。
それから少し遅れ、全身を硬化させた切島が体当たりを叩き込む。
だが───
「ッ!? ンだコレッ!?」
「なん、だこりゃあ!?」
手応えがなかった。
それどころか、沼に落ちたかのように自分の体が沈んでいく。
「ふふ、危ない危ない……流石は名門ヒーロー校。一年生とはいえ、優秀な人材がいるよう───」
突如、爆豪と切島は救われることとなる。
翼をはためかせた魔央によって。
「フハハハハハ!! その意気やよし!! 見事であったぞ!!」
「破魔矢!! サ、サンキュ助かったぜ!!」
「ダァァァァァッ!!! 離っせやゴラァァァッ!!」
切島が感謝を述べ、爆豪が暴れる。
魔央はそのまま2人をおろし、黒霧と呼ばれた男と向き合う。
「……また貴方ですか。これが生徒だというのだから末恐ろしい。ですが、私の役目はただ一つ。───散らして、嬲り、殺す」
黒霧は黒いモヤを周囲に展開する。
13号は『ブラックホール』で必死に吸い込むが、黒いモヤは一向に消える気配は無く、ついに生徒たちを包み込んでしまった。
魔央は即座に回避不可であると判断する。
ならば次だ。
効果が分からない。
だが自身の『闇の衣』ならば被害を最小限の抑えられる可能性が高い。
つまり、自分が今すべきは一人でも多くのクラスメイトを手繰り寄せ、救うこと。
魔央は近くのクラスメイトに目を向け───
───無意識に響香を探してしまう。
すぐに見つけ、手を引く。
「──っ! 魔央!」
「近くの者は我の元まで来い!!」
突拍子も無い言葉。
だが、この場に魔央の実力を知らない者はいない。
信頼するのに根拠など必要なかった。
魔央は響香を含む数人のクラスメイトを自身のローブで覆った。
「みんなっ!!」
13号が声を上げる。
しばらくして黒いモヤは晴れた。
だが、その場には黒霧と13号、そして6名の生徒しか居らず、魔央を含めた14人の生徒たちが忽然と姿を消してしまっていた。
愕然とする13号と生徒たち。
黒霧が不敵に笑う中、飯田のクラスメイトを探す声が辺りに響いていた。
++++++++++
──暴風・大雨ゾーン──
俺は不快な浮遊感と共に、握っていた響香の手の感覚が消えていくのを感じていた。
そのすぐあと、地面へと叩きつけられる衝撃。
黒いモヤが収まり、徐々に視界が開ける。
そこでようやく、俺は10人以上ものヴィランに囲まれている事に気づいた。
「ククク、やっと来たか。待ちわびたぜまったくよぉ」
……最悪だ。
あのモヤ野郎の個性はおそらく空間転移系。
しかもこの精度で移動先を分けられるのか。
───響香はどこにいった?
血の気が引いていくのがとても明確な感覚としてあった。
俺の心は、感じたことの無いほどの恐怖に支配されていた。
無事なのか?
ふざけんなよクソが。
マジでふざけんな。
───響香を失うかもしれない。
その事実がどうしようもなく怖い。
「……破魔矢、か」
後ろから声がした。
「───常闇、貴様か」
こんな近くに居たのに気づけないほど、俺の視野は狭くなっていたらしい。
「背を預けてもよいのだろうな?」
俺は常闇に問いかける。
「愚問」
そして俺たちは背を向け合い、ヴィランを見据える。
大丈夫、俺は知っている。
常闇は強い。
「クク、ククククククッ!! こりゃあ傑作だぁ!! コイツらたった2人で俺らをどうにかできると思ってやがるぜ!!」
ゲラゲラと汚い笑いが周りから飛び交う。
だが、そんなことはもうどうでもよかった。
一つだけ言う。
俺はぶっちゃけ良い奴だ。
大抵のことは笑って許してやるさ。
だけど───ダメだ。
響香だけはダメだ。
───それだけは、絶対に譲れない。
「時間が惜しい。───一瞬で片をつけるぞ、常闇よ!!」
「御意!!」
ヴィランたちが最後に聴いたのは、たったそれだけの言葉だった。
お読みいただきありがとうございました。