魔王の苦悩アカデミア   作:黒雪ゆきは

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021:破魔矢魔央:オリジン

「ダークシャドウッ!!」

 

『アイヨッ!!』

 

 闇を纏った巨腕が2人のヴィランを押しつぶす。

 

「クソクソッ!! チクショウがッ!! なんだよこれ!! 楽に甚振れるってんで来たのによォッ!!」

 

 常闇の背後から、ほとんどヤケになりながら大男のヴィランが突っ込んでいく。

 

 しかし───

 

 ───『ヒャド』

 

「───ブギャアッ!!」

 

 大岩のような氷塊が着弾。 

 そのままヴィランは壁に激突し、凍りついた。

 

「フハハハハハッ!! 少々力加減を間違えてしまったか。まったく、貧弱で困る」

 

 念の為『ホイミ』をかけてやる。

 

「これで最後。……我々の敵ではなかったということか」

 

「そのようだな。───ッ」

 

 俺は鋭い頭痛を感じた。

 それと同時に自身のなかにあるエネルギーが、かつてないほどに減っていることを自覚する。

 なんとなく分かっていた。

 俺は無限に呪文を唱えられるわけではない。

 ゲームのMPみたいなもんが存在しており、それがなくなれば俺の能力の大半は失われる。

 

 そして今、俺は経験したことないほど連続で呪文を使用したことでそれが著しく減っている。

 でもまあ問題はない。

 まだまだ呪文は使える。

 響香を救えるだけの力は残っている。

 

「常闇よ……耳郎響香は知っているか?」

 

「あぁ、耳郎か。当然知っている」

 

「……我の眷属なのだ。その力はまだまだ不甲斐ないもの。だが、素質はある。ここで捨てるには惜しい」

 

「フッ。回りくどい言い方をするな破魔矢。───助けに行きたい。ただそれだけ言えばいいだろう」

 

 いや俺だって素直に言いたいよ。

 言えないのよ困ったことに。

 だが、今は───

 

「急ぐぞ、常闇!!」

 

「御意!!」

 

 俺と常闇は駆け出した。

 この雨降ってるエリアがどの辺りなのかは知らんが、とりあえず外に出るべきだ。

 出口はすでに把握している。

 

 戦闘をしている間は紛れていた。

 だがそれに一段落したことで、また恐怖が俺の心を呑み込んでいく。

 響香を失う……。

 ダメだ。

 思考が乱れる。

 今は目の前のことにただ集中しよう。

 

 そう決めて俺は出口をくぐった。

 

 そして───見てしまった。

 

「……相澤、せん……せい」

 

 常闇の震えるような声が聴こえる。

 それも仕方ないことだろう。

 そこに広がっていた光景は、それほどまでに惨たらしい光景だったのだから。

 

「個性を消せる。素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前ではつまりただの無個性だもの」

 

 “手”を体中に身につけた男が楽しげにそう言う。

 脳を剥き出しにした黒い大男が相澤先生の頭を何度も地面に叩きつけていた。

 何度も、何度も、何度も……。

 掴まれている右腕もありえない方向に曲がっている。

 

 あぁ……本当に。

 本当につくづく思う。

 

 

 俺は───ヒーローに向いていない。

 

 

 この光景を見ても俺は、取り乱すわけでも、激しい怒りに胸を締め付けられるわけでもないのだから。

 俺はどこまでも静かな心で、淡々と勝てるかどうかのシミュレーションを始めていた。

 だが恐怖を抱かないわけではない。

 

 すでに俺は、コイツに立ち向かうと決めてしまうほどには恐怖を感じている。

 

 響香に……そして、俺を受け入れてくれた友人たちにあの暴力が向けられることがどこまでも怖い。

 これはただの私情。

 困っている人を救う、なんて高尚なヒーロー精神ではまったくないんだ。

 自分勝手な奴だなお前は本当に。

 やっと手に入れたんだから失いたくない、っていうガキみたいな感情しか抱けないんだから。

 

 

 ───やっぱ俺はヒーローに向いていない。

 

 

「常闇、響香を頼むぞ」

 

「は、待て破魔矢!! お前はどうするつもりだ!!」

 

「決まっておろう。あの戯け者を滅ぼす」

 

「やめろ危険だ!! よく見ろアイツのちか───」

 

「貴様と議論している時間はない。すでに我は行くと決めたのだからな!!」

 

 俺は翼をはためかせ、その脳をむき出した男へと向かう。

 

「待て破魔矢ッ!! ───クッ、耳郎のことは任せろッ!!」

 

 俺は思わず笑みを浮かべる。

 みんな良い奴だ。

 本当に良い奴だよ。

 

 

 ───『バイキルト』

 

 

 俺は使い慣れた呪文を“飛翔”に使う。

『ルカニ』という防御力を下げる呪文を覚えた事で、この呪文の認識を間違えていたのではないかと思った。

 身体強化、などという大雑把なものではなく、この呪文は『攻撃力』を高めるものではないのかと。

 攻撃力を上昇させるために、筋力などのあらゆる身体機能が高められる。

 移動速度の向上はその副産物なのではないか。

 ……いや、今はどうでもいい。

 

「破魔矢くんッ!?」

 

 どこからか緑谷の声が聴こえた。

 だが今は構ってる暇がない。

 

 

 ───『バイキルト』

 

 

 “殴る”に対して。

 脳むき出しの男が目の前に迫る。

 

「───失せろ」

 

 俺の拳がその大男の顔面に突き刺さる。

 そのまま弾丸のような速度で飛んでいき、轟音と共に壁に激突した。

 俺はすぐさま相澤先生を回収し、緑谷の元まで連れていく。

 

「す、すごいね破魔矢くん」

 

「やっべーよ破魔矢!! あの化け物倒しちまったのかよ!!」

 

「けろ、相変わらず無茶するわね」

 

「フハハハハハ!! 我には造作もないことよ!!」

 

 だが妙な手応えだった。

 戦闘不能にできたか分からない。

 呪文は使えるようにしとくべきだ。

 俺は完全に気を失っている相澤先生に『ホイミ』を2回かける。

 まだまだ重症だが、恐らくもう命に別状はないだろう。

 

「は? またアイツかよ……。脳無を吹き飛ばすパワー。炎だけじゃないんだ。……あぁ、なんだよそれ。イライラするなぁもう……チート野郎が……」

 

 全身に手を身につけた男が呟く。

 ガリガリと首を掻く。

 俺も視線を向け警戒する。

 

 そう、警戒していたんだ。

 

「……でも関係ないや。───あのガキを殺せ、脳無」

 

 突如響く爆音。

 それが地を蹴る音だと理解できなかった。

 ソイツを認識するまで。

 

「破魔矢くんッ!!!」

 

「破魔矢!!!」

 

「破魔矢ちゃん!!!」

 

 今度はみんなの声がした。

 よく叫ぶなお前らは、なんて呑気なことを思った。

 妙にゆっくりと目の前に迫る、クソでかい拳を見ながら。

 

 やばい。

 

 ───『アタカ……クソ、間に合わ……

 

「───グハッ」

 

 今まで味わったことの無いほどの激痛。

 全身がバラバラになるような感覚を味わいながら、俺は吹き飛ばされ壁に激突する。

 意識が遠のくのを感じた。

 

「まだだ脳無!! ソイツは癇に障る!! 入念に殺せッ!!」

 

 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。

 砲弾のような重い拳が何度も何度も俺を貫く。

 痛い、痛すぎだろ。

 寝ぼけて足の小指を角にぶつけた、ってのが俺の今まで味わった最大の痛みなんだ。

 大きく更新しすぎだろ。

 

 これは死ぬかも。

 そう思ったとき───

 

「SMAAAAAAASH!!!!!」

 

 掠れる視界に、大男を吹き飛ばす緑谷が映った。

 

「みど……り……」

 

 声が出なかった。

 嘘だろ本当お前。

 あんなの見たあとに飛び出してきたのかよ。

 そんな、めちゃくちゃ仲良いってわけでもない俺のために。

 

「大丈夫破魔矢くん!! 必ずオールマイトが助けに来てくれるはずだから!!」

 

 そう声をかけてくる。

 そして俺は唐突に理解した。

 入試のとき、なんでコイツを『勇者』であると思ったのか。

 まさしくそうなんだ。

 コイツは俺とは根本的に違う。

 考えて行動しているわけではない。

 勝てると踏んでこの場にでてきたのではない。

 

 

 ───ただ俺が、助けを必要としていると思ったから飛び出してきたんだ。

 

 

 そうかなるほど。

 お前はすでに、誰よりもヒーローだったということか。

 そういう奴を俺は『勇者』と認識するのかもしれないな。

 まったく、難儀な個性だ。

 

 

 ───『ホイミ』

 

 ───『ホイミ』

 

 ───『ホイミ』

 

 

 俺は立ち上がる。

 たぶん重要な臓器は大丈夫。

 命はまだ消えていない。

 なら戦える。

 俺は口に溜まった血を吐き出した。

 

「まったく。お前には驚かされて……ばかりだなぁ、勇者緑谷」

 

「え、立って大丈夫なの!? あ、そうか!! 破魔矢くんは回復もできるのか!!」

 

「よくやった。───だが下がっておれ」

 

「えッ!? は、破魔矢くん、だって……」

 

「案ずるな。先は不覚をとったが、問題はない。我は偉大なる魔王、あのような小物に二度と後れはとらん」

 

「……何か、策があるんだね……破魔矢くん」

 

 俺はとりあえず笑っておいた。

 そんなものはないけど。

 

「分かったよ……。でも僕は、破魔矢くんから見たら凄く弱いかもしれないけど……危ないと思ったら、また助けにくるからね!!」

 

 そう言って緑谷は離れていく。

 信じてくれたのか。

 ……恵まれてるよ俺は。

 この個性には散々悩まされたけど、今は良かったと思ってる。

 大切なもんを守れる力なんだから。

 

「……かっこいいなぁ、さすがヒーローの卵。ガキだからって侮っちゃいけないね。───殺せ、脳無」

 

 また轟音と共に向かってくる脳むき出しの男。

 さっきとは違う感覚で、やけにゆっくりとした世界で俺は考える。

 そもそもなんでコイツらはヴィランなんてやってるんだ? という場違いな思考。

 オールマイトという平和の象徴がいるにも関わらず、相変わらずヴィランはいなくならない。

 

 それじゃ困るんだよ。

 俺の数少ない大切なもん、壊そうとすんなよ。

 

 ───そうか。

 

 分かった。

 怖くないんだ、コイツらは。

 悪事を働く、その行為になんの恐怖もないから躊躇うことなく実行出来るんだ。

 

 

 なら───俺がなればいい。

 

 

 全てのヴィランが犯罪を犯すことを躊躇うほどの───恐怖の『魔王』に。

 

 

 思えば俺はずっと受け身だった。

 個性のせいで仕方なくヒーローになる、なんて甘ったれた考えじゃ、何も守れやしないのに。

 

 

 目の前のコイツを倒せやしないのによッ!!!! 

 

 

 ───その時、脳に電流が走ったような感覚に襲われた。

 そして突然、大量の情報が流れ込んでくる。

 それは無意識に押さえ込んでいた、能力の解放であると瞬時に理解した。

 

 

 ───『竜王』

 

 ───『ゾーマ』

 

 ───『デスピサロ』

 

 ───『ミルドラース』

 

 ───『デスタムーア』

 

 ───『オルゴ・デミーラ』

 

 ───『マデサゴーラ』

 

 

 これこそが俺の個性『魔王』の真髄なのだと本能で分かる。

 今まで使っていたあの強力な力でさえ、おまけのようなものでしかなかったんだ。

 脳が割れそうになりながら理解した。

 だが、悠長にしている暇はない。

 すぐそこまで拳が迫る。

 急げ。

 現状を打開できる能力を探せ。

 

 

 そして───

 

 

 ───『ゾーマ』

 

 

 俺は選択する。

 

 その瞬間───俺の纏うローブが変わった。

 

 いやそんなことは些細なものだ。

 

 何でもできる、と思えるほどの膨大な力が身体を駆け巡る。

 

「フハハハハハ!!」

 

 思わず笑う。

 そして一つの呪文を唱えた。

 両手を脳無に向け。

 

 

 ───『マヒャド』

 

 

『ヒャド』とは比べ物にならないほどの、圧倒的質量の氷塊が脳無を押し潰した。

 

 

 ++++++++++

 

 

 個性『魔王』

 

 能力:魔王っぽいことができる。

 




お読みいただきありがとうございました。

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