少しだけ肌寒さを感じながら俺は目を覚ます。
今日は学校だ。
早くみんなに会いたい。
俺以外に目立った怪我をした奴はいないって響香が言ってたけど、やっぱり心配だ。
…………。
…………。
……なんてことを考えながら、俺は次の瞬間には絶望していた。
───見慣れたローブ。
そう、俺は今とてつもなく見慣れたローブに身を包んでいた。
即座に消そうとして───消せない。
原因は単純。
膨大すぎる魔力。
あれ、寝て起きたらとてつもない量の魔力が溢れてるんだが?
こんなんどうやって制御すんの。
普通に無理なんですけど。
え、昨日のあれはまだ回復しきってなかったってこと?
ふざけんなよボケが。
何が『これからゆっくりと、もどかしかった今までの時間を取り戻していこう』っだよ。
…………。
…………。
ぬぁぁぁぁあああああああッ!!!
なんでだぁぁぁぁあああああッ!!!
「フハハハハハ!! 我、完全復活であるなぁ!!」
黙れ死ね俺ぇぇぇぇぇぇえええッ!!!
++++++++++
臨時休講の翌日。
マスコミの群れを越えて一人、また一人と登校してきては自分たちが経験したヴィラン襲撃という事態の重大さや世間の反応の大きさについて皆が語り合っていた。
だが、時間が経つにつれ、少しずつ不安そうな雰囲気に包まれていく。
「……破魔矢の奴、大丈夫かな?」
「心配……ですわね。昨日お見舞いに伺った際は、まだ目を覚ましていらっしゃらなかったようですし……」
「響香ちゃんもまだ来ないね……」
クラスメイトの会話を聴きながら、常闇は視界に映る空席に目を向ける。
(……未熟。俺は、なんのためにヒーローを志したのか)
常闇は静かに強く拳を握る。
「破魔矢くん……とっても強かったよね。あたし、相澤先生襲われてる時ずっと見てたのに……怖くて……動けなくて……」
「……誰も責めることはできないわ、三奈ちゃん。私も、怖くて動けなかったもの……」
常闇の拳により力がはいる。
次こそは、なんて考えは間違っているかもしれない。
あんなことが起きることを願ってはいけない。
だが、常闇は考えずにはいられなかった。
次こそは───何もできず守られるだけなんて御免だ。
そう思っているのは自分だけではないことを、常闇は敏感に感じとった。
クラスの全員が、その目には戦う意志が確かに宿っていた。
各々が静かに覚悟を決めたその時───
「そう落ち込むなって。ウチからしたら、そっちの喋り方の方が普通だよ」
壁越しに、遠くから聴こえるクラスメイトの声。
その声が誰のものかはすぐに分かった。
───耳郎響香。
そしてすぐに次を考える、考えてしまう。
彼女とよく喋っている、仲のいい人物といえば。
「落ち込んでなどおらぬわ!! 我を誰だと───」
ガラガラと音を立てて扉が開く。
制服とはかけ離れた禍々しいローブ。
特徴的過ぎる喋り方。
その人物が誰なのか、分からない者はこの場に誰一人としていなかった。
『破魔矢ー!!!!!!』
その名を呼ぶ声が一斉に響いた。
クラスの半数以上が突撃する。
普段は見せないような魔央の戸惑いの表情に、常闇は静かに笑みを浮かべた。
「フハハハハハ!! 皆の者、出迎えご苦労!!」
その声を聴き、次の瞬間には『破魔矢完全復活だぁぁあああ!!』という声が響いた。
「うおぉおおん! 破魔矢ごめんねぇぇ!! アタジ何にもでぎなくっでぇぇぇええ!!」
「うぇえぇえええん!! うぇぇええん!!」
「破魔矢くん!! 君、本当に大丈夫なのかい!? 昨日まで目が覚めなかったと聞いたが……きつかったらすぐに言ってくれ!! 保健室まで俺が全力で連れていく!!」
「無事で良かったぁあッ!! 本当に良かったゼ!!」
「破魔矢くん! ほ、本当に大丈夫なの!? でもいつも纏ってるそのローブが消えてたし、個性による能力が消えるってことはかなり使いすぎたってことになるよね。常時発動型の個性が解除されるってのは相当だよ。いやでもその原因はなんだろう? そもそも破魔矢君の個性が何を代償にしてるのかが───」
魔央はかつて経験したことないほど矢継ぎ早に告げられる言葉に、戸惑いを隠せなかった。
どう反応したらよいかがわからない。
思わず、隣で静かに笑っている響香を見た。
「また難しく考えてるでしょ。みんなアンタを心配してたって、そんだけのことだよ」
魔央はよく分からないフワフワとしたものを感じた。
今朝味わった絶望でさえ、もうどうでもよかった。
この感情をどう表現したらいいか分からない。
どうせこのクソ個性のせいで自分の言いたいことは言えないのだ。
とりあえず笑っておこう。
魔央はそう思い───
「フハハ───」
「───うるさいぞお前ら。さっさと席につけ」
突如現れた包帯だらけの男、もとい相澤先生にちょっとした悲鳴が上がった。
++++++++++
HRでは、相澤先生から雄英体育祭の話題が上がった。
警備を例年の5倍にする事で開催が決まったらしい。
さらに、“三回だけしか無いチャンスを逃すな”と、彼なりの激励が送られてHRは締め括られた。
その後、俺は相澤先生から個人的に呼び出され、選手宣誓を務めなければならないことを聞かされた。
とてつもなく憂鬱な気持ちになったのは言うまでもない。
─── そして体育祭までの2週間はあっという間に過ぎ去り、ついに当日を迎えた。
お読みいただきありがとうございました。
この作品の題名は『魔王の苦悩アカデミア』。
彼の苦悩がなくなることはないでしょう。