「緑谷、いけるか?」
「正直分からない……でも、やるよ!! 絶対成功させてみせる!!」
───『フルカウル』
俺の言葉をきっかけに緑谷が思いついた技だ。
今まで局所的に使っていた力を、常時身体全体に張り巡らせるというもの。
なんか緑色の電気みたいなのがバチバチしてるんだけど、俺はもちろん麗日や常闇も別に感電した様子はない。
何コレ。
「フハハハハハ!! よくぞ言った!! これは我からの餞別よ、ありがたく受け取るがいい!!」
そう言って俺は一つの呪文を唱える。
───『スカラ』
「な、なんか身体が……何をしたの破魔矢くん?」
「なに、多少丈夫にしてやったまでよ。お前はよく自分の身体を壊しているからなぁ」
「そんなことまでできるの!? ほんとに凄いね破魔矢くん!!」
防御力を上げる呪文を緑谷にかけてやる。
もっと早めにこの呪文を覚えていれば緑谷の怪我も減ってたのに。
こいつ毎回ヘビーな怪我するからなー。
体育祭までの2週間で少しは制御できるようになったらしいけど、どうだろう。
まあ、万が一には備えておこう。
───『ピオラ』
自分に対して素早さを上げる呪文を唱える。
全員に効果を発揮するタイプもあるんだけど、いきなり速くなったことで騎馬が崩れたら意味が無い。
ただでさえ緑谷が高速移動に挑戦しようとしてんのに。
というか、素早さを上げたくて使ったわけではない。
この呪文は神経伝達速度さえ向上させる。
これが『バイキルト』との違い。
要は反射神経が良くなり、対応できることが増えるのだ。
単純だがこの『回避率』の上昇は、こと騎馬戦ではかなりのアドバンテージだろう。
緑谷がミスって誰かに超スピードで突撃しようとしても、翼で急ブレーキかけられるしな。
『15分のチーム決めと作戦タイムを経て、フィールドに11組の騎馬が並び立った!! さぁ上げてけ鬨の声!! 血で血を洗う雄英の合戦が今!! 狼煙を上げる!! 準備はいいかなんて聞かねえぞ!! いくぜ!! 残虐のバトルロイヤル、カウントダウン!!』
気が付けばディスプレイに映るタイマーは残り数秒。
いよいよ始まるようだ。
緊張してきた。
「緑谷、麗日、常闇───我と組む意味を理解しておるな?」
あぁ、俺はなんでこんなことしか言えないんだろう……。
「うん!」
「フッ……何を今更」
「やったろ!」
うわー、みんなの笑顔が眩しくて直視できない!!
良い奴しかいねーよまったく。
『START!!!!』
こんな俺と組んでくれたコイツらを、負けさせるわけにはいかないよな。
───たまには『魔王』たるこの力、見せてやろう。
++++++++++
「実質、それの争奪戦だ!!」
「破魔矢くんっ!! いっくよーっ!!」
当然の如く、開始と同時に1000万を有する魔央のチームに狙いが集中する。
障害物競走で2位となった緑谷までもが同一のチームであるのだから尚更だ。
数多のチームが魔央達に向けて駆け出すなか、勢いよく2つのチームが飛び出す。
葉隠と響香のチーム、そしてB組の鉄哲チームである。
「いきなりの襲来とはな。まずは2組……追われし者の宿命。選択しろ破魔矢!!」
「選択……」
「破魔矢くん! ここは逃げの───」
緑谷は魔央に逃げることを提案しようとした。
当たり前だ。
1000万を有する以上攻める必要はない。
逃げに徹することがもっともリスクが少ないのは明白である。
しかし───
「馬鹿を言え。───蹂躙だ。全てを蹂躙する。この魔王たる我に逆らったこと、地獄で悔い改めるといい!!」
(ギャーッ!!!! 騎馬戦でも俺は逃げられないんかーい!!!!)
緑谷が驚きと困惑の表情で魔央を見る。
魔央の内心の嘆きを知る者はいない。
「御意。お前ならそう言うと思っていたぞ」
「そうだね。破魔矢くんが逃げるなんて似合っとらんもん!」
だが、彼らはヒーローを志す者たち。
この程度で折れたりはしない。
「……うん。ごめん! 僕は弱気になってたよ!」
覚悟を決める。
それは魔央も同じだった。
内心で土下座をしつつ、前を見据える。
このクセの強すぎる個性と誰よりも長く付き合っているのは魔央だ。
逃げられないことに嘆きはしても、その可能性は考えていた。
だからこそすぐさま行動できた。
魔央は冷静に一つの呪文を唱える。
───『ギラ』
「なッ! 炎だ!」
「熱いデース!」
「なんと悲しいことでしょう。炎は私が最も苦手とするものです」
「突破できない!!」
炎の壁が立ちはだかる。
1000万ポイントを狙っていた全てのチームが足を止めてしまう。
「フハハハハハ!! この程度の炎をも越えられぬとは、我に挑む資格すらないわッ!! ───ほれ、闇がいるのだろう」
魔央は右手に『ドルマ』を発動する。
「すまない破魔矢」
『アンガトヨッ!』
強い光に弱い、という事前に聴いていた常闇の個性の弱点。
だが魔央といる限りそんなものはないに等しい。
むしろ逆に、ダークシャドウが強くなりすぎないように気を遣わねばならないほどだ。
魔央の炎により開幕の急襲は防げた。
実のところ呪文には得手不得手が存在する。
魔央にとって『雷』が最も苦手だ。
しかし、『炎』は『闇』と並んで最も得意である。
強力な炎熱系の耐性でもない限り突破できないよう、絶妙に調整した。
それでも油断はない。
この場にいる全員の個性を把握できているわけではないからだ。
そう、油断などなかった。
「し、沈むッ!?」
「うぅ……動けへん…!」
「たぶん誰かの個性だ!」
突如の異変。
地面が沼のように変化し、足を取られる。
『おぉーッと破魔矢チームッ!! いきなり大ピンチだァ!!』
不安を煽る実況。
第1種目で圧倒的な勝利をおさめただけに、その反響は大きい。
会場の歓声がより大きなものとなる。
「案ずるな。我を誰と心得る」
魔央は翼を広げる。
そのどこまで静かな声は、緑谷たちに平静を取り戻させた。
「───麗日」
「もう触ったよ!」
「フハハハハハッ!! よくやった!! 振り落とされるでないぞッ!!」
魔央は力強く翼をはためかせ、重力から解放された騎馬ごと一気に空へと舞い上がる。
『破魔矢チーム飛んだーッ!! 窮地脱出ッ!!』
『破魔矢が麗日をチームに入れたのは、今のような回避をするためか。麗日の個性があれば、騎馬の機動力を格段に上げる事が出来るからな』
実況の声が響く。
予想だにしない行動に、会場はより一層の盛り上がりをみせた。
「漆黒の翼による飛翔。……さながら、堕天使の翼」
「すごいよ破魔矢く───」
───BOOM!!!!
響く爆発音。
誰よりもその音を聞き慣れた緑谷が、いち早くそれが誰によるものなのか気がついた。
「デクとクソローブッ!! 調子乗ってんじゃねぇぞクソがッ!!」
「かっちゃん!!」
爆風と共に、単独で攻撃を仕掛けてくる爆豪。
(またお前かよォォォッ!! 怖いんだよだからもうッ!!)
魔央は内心ビビり倒しながらも、その意思に反して表情には余裕の笑みが浮かぶ。
「ハッ! また貴様かッ! いいだろう、我自ら───」
「待て破魔矢。───ダークシャドウッ!!」
『アイヨッ!!』
魔央が呪文を唱えようとした瞬間、常闇がそれを制する。
『死ねェッ!!』という怒声と共に放たれる爆破。
しかし、その攻撃は常闇のダークシャドウにより完璧に防がれる。
常闇の個性を把握していなかった爆豪は、その光景に驚きを隠せなかった。
「なんだ……コイツ」
「破魔矢に挑みたければ、まずは俺を倒すんだな」
(な、なんかドヤ顔してる……でもナイスッ!)
常闇のドヤ顔に見下ろされながら、爆豪は瀬呂のテープによって巻き取られ騎馬に戻っていった。
「よくやったぞ、常闇」
「フッ、俺を選んだのはお前だ破魔矢。俺とダークシャドウ、上手く使いこなしてもらおう」
魔央は空から次の獲物を探す。
『魔王』として、逃げて勝つなど許されない。
見れば、今の攻防を見た大半のチームがしり込みしている。
狙いどころだ。
「緑谷、仕掛けるぞ。いけるな?」
「……ッ! う、うん! でもまだ複雑な動きはできない! できれば直線的な動きがいい!」
「それで十分よ。地面に着地したのと同時に仕掛ける。麗日は浮遊を続けろ。常闇、獲れるものは獲れ」
「おっけい!!」
「御意!!」
魔央は地面へと向かう。
多くの者がその姿を見ていることしかできない。
───フルカウル!!
緑谷は全身に力を巡らせる。
魔央の何気ない発言により見出した新しい力の使い方。
チーム交渉時の僅かな時間しか練習できていないのだ。
上手くできる自信などあるはずがない。
ただ、自分自身さえ理解できないが───緑谷はどうしようもなく魔央の期待に応えたかった。
(やってみせるよ、破魔矢くん!!)
緑谷は『魔王のオーラ』に当てられていたのだ。
それは麗日も常闇も同じであった。
魔央に期待を寄せられることに、言い表しようのない高揚が湧き上がる。
地面が近づく。
緑谷はより一層集中力を高める。
そして───
───疾風が駆け抜けた。
あまりの出来事に誰もが唖然とする。
そんななか、異変に気づく者もいる。
「あ、あれ……俺の鉢巻がねぇ!!」
「私のもないっ!?」
視線は再び魔央へ注がれる。
そこで気づく。
魔央の手に1つの鉢巻が握られていること、そして常闇のダークシャドウも別の鉢巻を咥えていることに。
「争奪戦、と言ったな。───それは違うぞ?」
凍えるような魔央の声が響く。
底冷えするような圧倒的迫力に、多くの者が固唾を呑んだ。
「───これは蹂躙。魔王たる我の蹂躙でしかないわッ!! フハハハハハッ!!」
またしても会場の歓声が爆発した。