耳郎響香が安心感を感じた理由は明確に存在する。
それは『魔王のオーラ』である。
勇者に人を惹きつけるカリスマがあるように、魔王にもそれはある。
本人すら気づいていない個性『魔王』の能力。
周りの人間を惹きつけ、無意識下で彼による被支配を望ませてしまう恐るべき能力である。
だからこそ実は、彼に好意を寄せる人間は性別を問わず少なくないのだが、いかんせん近寄り難い雰囲気のせいで本人は未だ気づいていない。
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カキンッ、と音をたててナイフが弾かれたのを見て、俺は内心ほっとする。
俺が使ったのは頭の中に浮かぶ3つの呪文のうちの1つ。
───『アタカンタ』
いわゆるバリアだ。
詳しくはまだ把握出来ていないが、多分バリアで合ってると思う。
良かったー成功してー。
まじ怖かったわー。
ナイフってこんな怖いんか〜。
……やっぱ俺ヒーロー向いてねぇわ。
───さて。
「あれれぇぇええ? お友達かなぁぁああ?」
怖い怖い、と思いながらもどこか冷静な自分がいる。
……それどころかむしろこの状況に昂ってる自分がいてドン引きしてる。
あれ、俺こんな戦闘狂だったの?
いや絶対ないって。
え、これも個性のせい?
だったらまた嫌いな理由が増えたが!!
そんな思春期真っ盛りな少年が苦悩と葛藤に苛まれていたとしても、俺の口は自然と恥ずかしいセリフ吐き始める。
「フハハハハハ!! これは滑稽だ!! 喋れるほどの知能があったとはな!!」
「あ゛ぁ??」
蛇男が青筋を浮かべる。
沸点が低すぎて笑う。
だけどな───
────キレてんのはこっちの方だっての。
ハハっ、人に言っときながら俺も沸点低いわ。
横目で後ろにいる響香を見る。
その瞳から痛いほどに伝わってくる恐怖。
……マジふざけんなよボケが。
コイツはなぁ、出会って間もないのに眷属呼ばわりしてくるイカれたクソ野郎とも喋ってくれたんだよ。
こんな恥ずかしい見た目してる奴とも一緒に居てくれたんだよ。
───俺がどれだけ救われたか。
マジでさ、お前───
「……生きて帰れると思うなよ戯け者めが」
「うひゃひゃひゃ!! ウヒャヒャヒャヒャ!!!!」
気持ちの悪い笑みと共に全力疾走し、その勢いのまま岩でも軽くくだけそうなパンチを高速で繰り出してくる。
俺は迷う。
避けようか、受けようか。
……あれ、何故だろう。
めちゃくちゃ遅く感じるんだが?
まあいいや。
とりあえず受けてみようか。
いい機会だから『アタカンタ』がどの程度まで許容できるのか試してみよう。
───『アタカンタ』
俺の手前で拳が止まる。
そして───
「うぎゃぁぁぁぁああああ!!!」
……え?
見ればアイツは自分の拳を押さえながらのたうち回っている。
え、そんな痛いの?
いやそんなはずない。
異形系の拳が自らの反動に耐えられないほどヤワではないのは俺がよく分かってる。
だとすれば……もしかして『アタカンタ』ってただのバリアじゃなくて───“反射”とか?
えー、思わぬ収穫なんですけど。
「て、てめぇぇ!! ただのバリア系の個性じゃねぇなぁ!! 何をした!!」
「フッ、本当によく喋る奴よ」
「クックソがァァ!!!」
蛇男は叫びつつもこちらに近寄ってくる気配はない。
敵がバリア系の個性と判断し、自分からは近寄らない。
それだけの判断を下せる理性はあるようだ。
だが───俺は走る。
「ッ!?!?」
困惑の色が奴に浮かぶ。
当然と言えば当然。
攻撃手段を持たないと思っていた敵が距離を詰めてきたのだから。
さて、俺に残された呪文は2つ。
1つは『バイキルト』。
これは身体能力を強化する呪文。
もう1つは『ドルマ』。
これがいわゆる遠距離攻撃が可能な魔法。
だが───どれも却下だ。
理由は単純。
威力が強すぎるから。
俺はまだこの魔力の扱いに慣れていない。
要は威力を抑えることができないのだ。
『バイキルト』を使えば、元の身体能力が既に高いからぶっちゃけデコピンで奴の頭は吹き飛ぶ。
『ドルマ』も同じ。
奴の腹にポッカリ穴を空けてしまう未来しか見えない。
だから俺に残されたのは───シンプルにぶん殴るッ!!!
「ひやぁぁぁああああッ!!」
高速で距離を詰める俺に蛇男が苦し紛れに拳を振るう。
ぶっちゃけ遅すぎワロタ。
俺はその拳を躱し、奴の懐へ───
……本当は思いっきりぶん殴ってやりたい。
コイツは俺の唯一の友人に恐怖を与えた。
だが、俺の力は素でも人を殺してしまう可能性があることを自分自身がよく理解している。
だからギリギリだ。
ギリギリ殺さない程度でぶん殴る。
───手加減してやるけどな、死ぬほど痛てぇから歯食いしばれよボケがァッ!!!!
「ッ!!!!!」
俺の拳が蛇男の腹に突き刺さる。
しばらく硬直したあと、蛇男は白目をむいて気絶した。
はぁ疲れた。
俺は後ろを振り返る。
そこには色んな感情が入り乱れ、ただ唖然とする響香の姿。
こんな時、できる男は優しく声をかけるんだ。
肝心なのはまず危険が去ったことを伝え、安心させてあげることだろう。
だから俺はもう大丈夫だ、と言おうとして───
「フハハハハハ!! 他愛ない!! 他愛ない!! 魔王であるこの我に歯向かうなど愚の骨頂よ!! フハハハハハ!!」
もうなんでこんなことしか言えねぇんだよ俺はぁぁあああ!!!
恨むぞ個性!!
呪うぞ俺の人生!!
……笑い声とは裏腹に俺が内心で己の不幸を嘆いていると、不意に響香がヒョコっと立ち上がった。
そのままゆっくりと俺の方に歩いてきて───
───倒れるように、俺の胸にもたれかかった。
そのまま静かに涙を流しながら、
「……アリガト」
響香はしばらく動こうとしなかった。
お読みいただきありがとうございました。