魔王の苦悩アカデミア   作:黒雪ゆきは

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030:対等な奴ら。

『HAHAHA!! 1000万を持つ破魔矢チームッ!! 逃げるどころか攻めまくりッ!! すでに5本の鉢巻を取り、強すぎて誰も近づかなくなっちまったぜッ!! こいつはシヴィーッ!!』

 

 会場の歓声がうるさい。

 でも、今のところはっきり言って上手く行き過ぎてるくらいだ。

 この、誰もが警戒し容易に近づけないって状態を作りたかったんだ。

 

 なぜなら───

 

「辛いか麗日?」

 

「うぷっ……だ、大丈夫……」

 

「麗日さん……」

 

 麗日が今にも食べた物全部ぶちまけそうな顔をしている。

 事前に聞いていた麗日の個性の弱点。

 自分に対して個性を使うとその反動が大きい。

 だが、緑谷の高速移動を騎馬全体で使うなら麗日の個性を使って全員を浮かせるしか無かった。

 

「だが、見ろ。派手に暴れたおかげで敵が近づいてこない。───破魔矢、お前の狙いはこれだったんだな?」

 

「フハハハハハッ!! 情けない者ばかりでつまらんわッ!!」

 

 残り時間はだいたい後4分くらい。

 

 大丈夫、このままいけば───

 

「───やっぱ強いね魔央」

 

 響香の声が聴こえた。

 油断などしていなかった。

 それでも、考えた策があまりにも上手く行き過ぎたがゆえにほんの少しだけ心が緩んだ。

 きっとそれは俺だけじゃなくて、緑谷や常闇、麗日も同じだったんだ。

 

「チッ!! 常闇ッ!!」

 

「ダークシャドウッ!!」

 

『ヨッシャ!!』

 

 伸びてきた響香のプラグを常闇のダークシャドウが間一髪で弾く。

 しかし、それは一本だけの囮だった。

 本命のもう一本のプラグが俺へと迫る。

 

 マジかよ!! 

 

 だが『ピオラ』によって強化された俺の反射神経で躱せないほどではない。

 そして瞬時に呪文は間に合わないと判断。

 左手で自身の鉢巻を守る。

 

 ───次の瞬間、俺が見たのは一つの鉢巻を持っていく響香のプラグだった。

 

 何が起きた……いや、そうか。

 俺は理解した。

 死角を使われたんだ。

 俺が額の鉢巻を守るために左手を掲げたことで視界が塞がったその一瞬、狙いを額の1000万から首に巻かれている鉢巻に変更。

 見事にやられた。

 

 ……やっば。

 

「すごいよ耳郎ちゃんっ!! 破魔矢くんたちから鉢巻とったよ!!」

 

「1000万は無理だったけどね」

 

「いやそれでもすげぇよ! あの破魔矢から鉢巻取ったんだぞ! もっと喜べよ!」

 

 すぐに離れていく響香たち。

 その去り際にチラリとこちらを向き、響香は小さく笑ってみせた。

 

 ははっ。

 

 ───『アンタに挑むよ』

 

 騎馬戦が始まる前に響香が言ったあの言葉。

 それは嘘なんかじゃなかったんだ。

 

 本当に響香は俺に───

 

『やりやがったーッ!!!! 無敵かのように思われた破魔矢チームに、葉隠チームが一矢報いやがったぜェッ!!!!』

 

『今の攻防の中にはいくつもの読み合いがあった。破魔矢たちが油断しているところを狙ったのも良かったな』

 

 湧き上がる会場。

 

「耳郎さんのイヤホンジャック! 正確さと不意打ちの凶悪コンボが強み!」

 

「やられた! でも1000万は大丈夫だよね!」

 

「すまない破魔矢。俺も油断していた」

 

 チームのみんなには本当に申し訳ないんだけど、俺は笑わずにはいられなかった。

 

「フフ、フハハハハハッ!! 見事ッ!! 見事だ響香よッ!! ───本当に見事よ」

 

 俺に対する大抵の人間の態度は極端だ。

 畏怖か、侮蔑か。

 なのに、響香だけは昔からずっと俺と対等に接してくれていた。

 上でも下でもなく、対等に。

 

 ───それにどれだけ俺が救われていたか。

 

 たぶん響香は知らないだろうけど。

 

「破魔矢くん! うぷ……大丈夫! 取り返そ! 私のことは気にしなくていいよ!」

 

「うん! すぐに追いつくよ! ───『フルカウル』ッ!!」

 

「───まぁ、待て」

 

 俺は残り時間を見る。

 緑谷と麗日が戸惑いの表情で俺を見てくるが、ここは感情で動いてはいけない。

 なぜなら一人、ずっとこちらを狙ってきている奴がいるからだ。

 冷たい瞳をしたソイツ。

 

 ───轟だ。

 

「くれてやればいい。アレは響香の成した偉業。素直に褒め称えるとしよう」

 

 麗日の様子を見るに、浮遊はあと数回しか使えない。

 翼で空に逃げるという手もあるが、ルールが不透明すぎてどこまで認められているのかが分からない。

 最初の俺や爆豪はテクニカルだからOKという謎の理由で認められたが、この終盤ではできればそんなリスクは背負いたくない。

 

「───ッ!! 破魔矢!! 轟たちが何かするつもりだ!!」

 

 常闇の声に俺は意識を向ける。

 確かに、見れば上鳴がバチバチとしている。

 ……なるほど。

 

「しかも、騎馬の3人は何かを被ってる! 八百万さんの『創造』だ! 何か来る!!」

 

「ダークシャドウッ!!」

 

 俺が呪文を使う前に、常闇がダークシャドウで守りの姿勢をとる。

 

「しっかり防げよ、轟!! ───『無差別放電130万ボルト』ッ!!」

 

 ほぼ全てのチームが電撃を浴びる。

 俺たちはダークシャドウによってその難を逃れた。

 いやー、凄まじいなダークシャドウ。

 防御性能ハンパない。

 

「悪いが、我慢しろ」

 

 とか思っていると更に轟の追撃。

 地面が凍っていく。

 他のチームは為す術なく凍りつくが、常闇のダークシャドウはそれすらも防ぎ切る。

 

「フハハハハハ!! よくやったぞ!! 見事だ常闇ッ!! そしてダークシャドウッ!!」

 

「あぁ、だが上鳴とは相性が悪い。ダークシャドウも及び腰になってしまっている」

 

『ウゥ……暴力反対……』

 

「凄いや常闇くんのダークシャドウ!」

 

「うぷっ……」

 

 轟がすぐさま俺たちの逃げ場を無くすように、氷の壁を作り出す。

 他のチームは身動きがとなくなってしまっているので、完全に轟たちとの一騎打ち。

 炎を壁にして逃げる……なんてことができたらどれほどいいだろう。

 

「愚か者めが。我らに挑む気らしい。───面白い。かかってくるがいいッ!!」

 

「迎え撃つか。これも修羅の道を往く者の宿命」

 

「おっけい! ……うっ」

 

「『フルカウル』ッ!!」

 

 皆が臨戦態勢をとる。

 残り時間は少ない。

 ここが勝負所ってわけか。

 轟のラスボス感ハンパないんですけど。

 

『おぉっと、ここで破魔矢チームと轟チームの一騎打ちだァッ!! これは激アツだぜェッ!! YEAH!!』

 

 会場の歓声が一段と大きくなった。

 

 

 ++++++++++

 

 

 轟のチームと魔央のチームの一騎打ちは、膠着状態となった。

 轟の氷結を魔央が『メラ』の炎で相殺する。

 そしてそれはどれも大規模なものである。

 炎と氷の応酬。

 それは見るものを魅了するほど激しくも美しいものであった。

 

『スゲェなッ!! なんかこう……綺麗だぜッ!! とにかくスゲェなッ!!』

 

 プレゼントマイクが観客の心を代弁した。

 観客たちはそれが単なる騎馬戦であることを忘れ、その壮絶な戦いに呼吸すら忘れただただ見入った。

 

「……チッ。これもダメか」

 

 そんななか轟の苛立ちは大きくなる。

 魔央が炎を使う以上、氷だけではどうしようもない状況。

 打開できない。

 それではダメなのだ。

 

(クソ親父が見てるってのに……)

 

 だが、苛立ったところで状況は変わらない。

 

「フハハハハハ!! 呑気に考え事か? 貴様は誰と戦っているのか、本当に理解しているのか? この愚か者めが!!」

 

 魔央の怒気を孕んだ声が響く。

 それでも轟の意思が変わることはなく、互角の攻防により時間だけが過ぎてゆく。

 いや、互角ではない。

 氷を扱っているために、少しずつだが飯田の機動力が落ちてきているのだ。

 それを理解しているがゆえに、轟の苛立ちはより大きなものへとなっていく。

 

「皆、聞いてくれ!!」

 

 そんなとき、自身のことを最も理解している飯田が声を上げた。

 

「最後の攻撃を仕掛ける。この後俺は使えなくなるが、頼んだぞ!」

 

「……飯田」

 

「取れよ、轟君!! ───しっかり掴まっていろ!!」

 

 

 ───トルクオーバー『レシプロバースト』ッ!! 

 

 

 その圧倒的超加速は炎すら切り裂き、魔央の鉢巻を掴み取った。

『ピオラ』の呪文で強化された反射速度を持ってしても、対応できないほどの速度。

 正しくそれは、必殺技の名に相応しいものだった。

 

『なァーッ!!! 何が起きたッ!? 速、速ッ!! 飯田!! そんな超加速があるなら、予選で見せろよ!!』

 

 盛り上がる会場のなか、魔央は静かに思う。

 

(マジかよオイ……)

 

 純粋なる驚愕。

 だが、それとは全く別の感情も湧き上がる。

 

(響香といい、轟といい、飯田といい……やってくれるよマジで。───やっぱ雄英、来てよかったわ)

 

 自身と対等に向き合ってくれる人間がこんなにもたくさんいる。

 それがどうしようもなく嬉しかったのだ。

 

 しかしそれと同時に、冷静な頭で魔央は現状を考える。

 残り時間は僅かだ。

 魔央は己の弱点を理解していた。

 それは、攻撃に『ラグ』があること。

 呪文を唱える、という工程を挟む以上どうしても対応に遅れが生じる。

 

 これまでは驚異的な身体能力もあり弱点とはなりえなかったが、飯田のような速度を持つ者であれば話は別である。

 麗日を温存していたのも良くなかった。

 もっとも、麗日が個性を十全に使用していたとしても、緑谷があの超加速に反応できたかはわからないが。

 

 そこまで考え、魔央は静かに息を吐き出す。

 

 そして───

 

「───フハハハハハ!!!!」

 

 笑う。

 高らかに笑う。

 

「素晴らしいッ!! なんと素晴らしいんだッ!! その刃は確かに届いたッ!! 魔王たるこの我にッ!!」

 

 八百万の『創造』、飯田の『エンジン』そして上鳴の『帯電』。

 改めて、本当に隙がないと魔央は思う。

 それに加えて轟がいるのだから笑えてくる。

 実際、あれから1000万を取り返す必要なんてないのだ。

 なぜなら鉢巻ならまだ4つある。

 問題なく通過できるだろう。

 

 だが───

 

「敗北したままで終わるつもりはない。そうだろう?」

 

「……うん! 取り返そう!」

 

「苦難上等。闇は全てを呑み込んでこそ闇」

 

「やったろ!! よっしゃーっ!!」

 

 魔央は呪文使う。

 

 ───『ピオラ』

 

 自分に対して。

 

 ───『スカラ』

 

 緑谷に対して。

 

「緑谷、身体を更に丈夫にしてやった。あの速度を越えろ。───できるな?」

 

「……分かった。やるよっ!! 絶対取り返そう!!」

 

「よく言った」

 

 魔央は更に呪文を使う。

 

 ───『ドルマ』

 

 それによりダークシャドウの力を強める。

 今のままでは八百万の『創造』による防御を突破できないと判断したからだ。

 

「……グッ。破魔矢、これ以上は……制御が……」

 

「制御してみせろ。それに案ずることはない。───我に逆らうほど、愚かではなかろう?」

 

『……チッ、ウッセェナ。ワカッタヨ』

 

「ほれみろ、従順なものよ」

 

「ダークシャドウが大人しくなった……まさしくこれは破魔矢の闇との共鳴。さしずめ『共鳴する闇の終焉』とでも言うべきか」

 

 魔央は最後に麗日を見る。

 麗日の負担も軽減してやりたいが、あいにくそんな呪文はなかった。

 

「……心配せんでいいよっ!! こんくらい平気!! 最後でしょ、やったるっ!!」

 

「フハハハハハ!! 心配などしておらんわ。皆ここまでよく戦った。だが、我が敗北に終わるなどありえんッ!! ゆくぞッ!!」

 

 麗日が最後の気力を振り絞り、自身を含めて『無重力』を発動する。

 

 ───『フルカウル30%』ッ!! 

 

 今まで、直線的な動きでようやく5%を制御していた緑谷。

 いきなり30%なんて無茶もいいところだ。

 しかし、友達の飯田があれだけのものを見せた。

 ならば魔央の期待に応える為にも、自分も限界を越えてやろうと闘争心に火がついたのである。

 

 緑谷が一気に加速する。

 

「───ッ!!」

 

 轟は並々ならぬものを感じ、反射的に左から炎が溢れ出る。

 だが、迷いのある状態で対応できるほど緑谷の速度は甘くない。

 それでも、八百万の『創造』により予め作られていた大きな盾が緑谷の進行を妨げる。

 しかしそれは、これまでとは比較にならないほどの攻撃力をもったダークシャドウによって、容易く突破されてしまう。

 

 ───轟が首元に何かが触れた感触を味わった頃には、全てが遅かった。

 

 頬を撫でる風を感じながら振り向けば、そこに映るのは走り去っていく魔央たちの姿と、掲げられた右手に握られた1000万の鉢巻。

 

「取り返すぞッ!! 追えッ!!」

 

「ダメですわ! 凍らされています!」

 

「───ッ!」

 

 見れば八百万たちの足は凍らされている。

 胸中にあるのは底知れない悔しさ。

 

 そして───

 

(こんなときに……俺は……)

 

 未だ迷いの拭いきれない己への苛立ちだけだった。

 

 

 ++++++++++

 

 

「───この時を待っていたんだよねッ!!」

 

 残り時間1分を切ったその時。

 全てを出し切り失速した魔央たちに、背後から不意をつくように迫ったその少年は、鉢巻ではなく彼の肩にそっと触れた。

 




お読みいただきありがとうございました。

ありがたいことにファンアートのお話をいただいております。
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