魔王の苦悩アカデミア   作:黒雪ゆきは

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031:記憶の中の。

 物間が魔央に触れた理由は単純。

 強力な魔央の個性を『コピー』するためだ。

 だが、物間は自身の個性の危うさを誰よりも理解していた。

 デメリットさえもコピーしてしまうことの危険性。

 そのリスクが排除できない以上、コピーに成功したとしてもむやみやたらにその個性を使うのは危険だ。

 

 加えて、その個性の本当の持ち主と比べれば熟練度でどうしても劣ってしまう。

 ゆえに魔央と直接対決するのは分が悪い。

 

 (この感覚、とりあえずコピーには成功した。残り時間を考えれば、1000万を狙うのは博打要素が大きすぎるね)

 

 物間は魔央が障害物競走の時に見せた翼による飛行能力、それだけを使うつもりだった。

 魔央の戦闘能力を考えれば、残り1分もないこの状況で1000万を狙うのは難しい。

 だが飛行能力さえあれば、轟の個性によって凍らされ、身動きがとれなくなっている者たちからノーリスクで鉢巻を奪うことが可能だ。

 

「ほんといい個性だよね。炎に雷に氷、それだけでも強力なのに空を飛ぶことだってできるんだからさ。まあ、それすら『コピー』できてしまう僕の個性の方が───グゥ、ガァァアアアアッ!!!」

 

「物間ッ!?」

 

「おい大丈夫か物間!!」

 

 物間の身体がガクガクと震える。

 同時に感じるのは経験したことのないほどの圧倒的不快感。

 吐き気を催すほどの邪悪な存在が、自身を中から食い破ろうとしてるような恐怖。

 ぶわりと嫌な汗が吹きだし、心臓が早鐘を打ち始めた。

 

 (なん、だ……これ、は…………ッ!! ───!? 

お、お前たちは………なんなんだお前たちはッ!!!!)

 

 自身の内側で、おぞましい化け物たちの存在を物間は確かに感じていた。

 

 ただならぬ様子に、それを正面から見据える魔央たちも警戒を強める。

 だが何が起きているのかが全く分からない。

 困惑だけが広がっていった。

 

 突然、震えていた物間の体がピタリと動きを止める。

 虚ろな瞳が魔央達へと向けられた。

 

「は、破魔矢くん……なんだか警戒した方が良さそうだよね」

 

「…………」

 

 魔央はただ静かに物間を見据える。

 明らかに正常ではない。

 何をしてくるか分からないという怖さがより一層の警戒心を高める。

 

 ───突如、魔央にとって誰よりも見慣れたローブが物間を包んだ。

 

 魔央は目を疑う。

 いや、魔央だけではなく、それを目にした者すべてが驚きを隠せない。

 

 そして───

 

「───フハハハハハッ!!」

 

 笑い声が響く。

 魔央を知る者にとってはよく知るその笑い方。

 だが、今回その笑い声の主は魔央ではなかった。

 

「なんたる力だッ!! 止まらんぞッ!! 力が溢れて止まらんぞォォオオオッ!!」

 

「物間!?」

 

「おい大丈夫か!? しっかりしろよ物間!! 残り時間もうねぇんだぞ!!」

 

「うるさい!! 我に指図するな愚か者め!! ───だが、まあよい。我は今気分がいいからなぁ」

 

 物間の豹変に戸惑う仲間たち。

 そして、鋭い視線が魔央へと向けられる。

 だがその視線に魔央が抱いたのは、全く別の感情だった。

 

 (う、うわぁ……他人から見たら俺っていつもあんな感じなんだ……死にたいんですけど……)

 

 生き地獄を味わってるような感覚に魔央は陥った。

 しかし、すぐに切りかえ冷静にこの状況を分析する。

 おそらくこれが物間の『個性』の能力なのだと魔央は瞬時に結論付ける。

 考えるべきは次だ。

 

 どの程度まで自分の能力を扱えるのか。

 もし、威力を含めた全てを扱えるのであれば危険なんてものでは無い。

 あの目を見れば、とても正常とは思えない。

 その事も危険性を高めている要因だ。

 

 『アタカンタ』や『マホカンタ』を使えばこちらの危険はほぼないだろうが、相手の情報が不明瞭なこの状態で反射するのは危険だ。

 下手をすれば相手が大怪我ではすまない。

 魔央はその事をとてもよく理解していた。

 

 ───しかし、状況は急変する。

 

「クク、色々考えているのであろう? そんな時間はやらんわッ!!」

 

 

 ───『メラゾーマ』

 

 

 物間がそう唱えた瞬間、魔央は心臓を握りつぶされたような恐怖を覚えた。

 

 (まずいッ!!)

 

 それが今使える最強の呪文であることを理解してしまっていたからだ。

 この瞬間、物間が魔央の能力をほぼ全て使えることが確定した。

 引き伸ばされた思考の中で、魔央は同じ呪文で相殺するしかないと判断する。

 

 

 物間の指先に魔力が凝縮し───

 

 

 ───ポッ、と握り拳程度のかわいらしい炎が現れた。

 

 

 (……え?)

 

 その炎はふわふわとゆっくり魔央へと向かう。

 

 そして埃を払うように魔央が手を振るえば、簡単に掻き消された。

 

「───な、なんだとッ!?」

 

「…………」

 

 驚愕する物間を見ながら、魔央は考える。

 

 (……なるほどな)

 

 物間の個性について魔央はさらに理解を深めた。

 おそらくコピーするという能力は正しい。

 だが、特性全てをコピーできるわけではないと魔央は考えた。

 

 (最近ようやく分かったが、俺の中には2つのエネルギーがある。呪文を使うための『MP』と、呪文の威力を決める『魔力』。きっとこれは俺だけの特別なものではなく、誰しも一定量持っているものなんだと思う。だから物間は呪文を使えたんだ。だが俺は、その量が人よりも膨大な異形体質。きっとコイツは俺のこの“体質”まではコピーできなかったんじゃないかな? だから呪文は使えても威力が弱い、と。───なら、大丈夫だわ)

 

 ふぅー、と魔央は息を吐く。

 緊張から解放されたことにより、疲れがどっと押し寄せてくるのを感じた。

 

「───案ずることはない」

 

 緑谷たちに向かって語りかける。

 

「偉大なる魔王はただ一人。我をおいて他になし」

 

 麗日を見ればとっくに限界を迎えている。

 今にもぶちまけそうである。

 だが、幸いなことに残り時間は僅か。

 ならやることは単純だ。

 

 (“こけおどし”で十分だよな)

 

 魔央は呪文を使う。

 魔力を多めに込めて。

 

 ───『メラ』

 

 指先から吹けば消えそうな小さな火の粉が放たれる。

 物間によって放たれたそれよりも小さく弱々しい炎。

 それはゆっくりと物間たちの手前へと落ちていき、そして───

 

 

 ───爆炎が吹き荒れた。

 

 

 あまりの威力の違い。

 物間たちが驚愕に目を見開くのも無理はない。

 それはこけおどし以上の成果だった。

 騎馬戦最終盤に見せられたその激しくも美しい炎に、人々の興奮は更なるものとなった。

 

 そんな中、ピリリという鋭い感覚と共に魔央の頭には一つのセリフが浮かぶ。

 魔央はなぜかそれを言わずにはいられなかった。

 

「……今のはメラゾーマでは無い……メラだ……」

 

「───ッ!!!!」

 

 恥ずかしいセリフと共に、勝手にキメ顔をもしてしまう魔央の内心の嘆きを知る者はいないだろう。

 

 ここまでは魔央の思い描いた通りの展開だった。

 だが、次の物間の行動だけでは想定外だった。

 

「……フ、フハハハハハ!! こうなれば、我が真なる力を見せてやるしかあるまい!! さあ!! 刮目せよっ!!」

 

「───ッ!! よせッ!! 愚か者がッ!!」

 

 何をするのか唯一分かった魔央は叫ぶ。

 

 だが、全てが遅かった。

 

 物間の中に、いくつもの声が響く。

 

 

 ───お前程度に世界の半分はやれんなぁ。

 

 ─── 愚か者が、わが腕の中で息絶えるがよい。

 

 ─── ぐはあぁぁぁっ……!

 

 ───泣くがいい! 叫ぶがいい!

 

 ───フォッ フォッ フォッ。

 

 ───オホホホ、美しくないぼうやね。

 

 ─── ここまでくると自分の才能が恐ろしいな!

 

 

 格の違う存在。

 物間が薄れゆく意識の中理解できたのは、それだけだった。

 

 

『貴様は、余たちの器足りえん。───消えろ』

 

 

 最後のその声は、やけに鮮明に聞こえた。

 

 

「グワァァアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

 物間が発狂と共に気を失ったのは、騎馬戦終了のブザーが鳴り響くのとほぼ同時のことだった。

 

 

 ++++++++++

 

 

「わあー!! まおうさま勝ったー!!」

 

「ねぇねぇ! 最後凄かったね! 大きな火がぶわって!」

 

「にいちゃんはやっぱめちゃくちゃカッコイイぜ!! 俺も絶対にいちゃんみたいに強くなってやる!!」

 

「まおーしゃま……いないぃ。───うぇぇええええん!」

 

「あー、ほらほらおいでー。魔央のやつならもうすぐ帰ってくるさ。こんなことで泣くんじゃないよ」

 

 神楽坂たちは孤児院にて、魔央の活躍をテレビで見ていた。

 そこに映るのは、障害物競走に続き騎馬戦でも目覚しい活躍をした魔央の姿。

 子供たちは大盛り上がりである。

 

 魔央がここにいないことで泣いてしまった子供をあやしながら、神楽坂は静かに微笑んだ。

 

 (たくっ、立派になりやがって。───なぁ、お前らもどこかで見てんのか?)

 

 神楽坂はとある2人のことを思い出す。

 

 

 ───魔央の両親だ。

 

 

 神楽坂が2人と出会ったのは、彼女がまだプロヒーローとして一線で活躍していた時のことだった。

 今でもその記憶は鮮明だ。

 “ヴィジランテ”として活躍していたその2人は、あまりにも強烈だったのである。

 

 

 ───『“ギガスラッシュ”!! ワハハハハ!! 俺が来たからにはもう悪さはさせねぇッ!!』

 

 ───『あぁ、もうっ!! “バギクロス”!! アンタはいつも目立ちすぎなのよ!! もうちょっと慎みを覚えなさい!!』

 

 

 魔央の両親というだけあり、なぜヴィジランテであるのか不思議なほどの実力を持っていた。

 その実力は、それこそトップヒーローにだって引けを取らない程。

 ひょんなことから2人と仲良くなった神楽坂は、もちろんなぜプロヒーローにならないのか聞いたこともあった。

 

 だが、返ってきたのは───

 

 

 ───『だって俺たちは……この世界が好きだからな』

 

 

 という、理解できないものだったのだ。

 

 (……わけのわからん奴らだったな)

 

 子供ができたと報告を受けた時は、神楽坂も自分のことのように喜んだ。

 

 しかし、別れは突然だった。

 

 ある日、大量の血痕とともに2人は姿を消したのだ。

 

 捜索はかなりの期間で行われたが、結局2人が見つかることはなかった。

 

 それでも、神楽坂は2人が死んだなどとは思えなかった。

 

 この目で死を確かめるまでは生きてると信じる。

 

 それは神楽坂が平静を保つために、無理やり心をねじ曲げた結果だった。

 

「あれ、ママ……? 泣いてるの……?」

 

「んあ? あぁ、ちと目にゴミが入っちまってな。心配しなくていいぞー」

 

「ほんとー? よかった!」

 

 神楽坂は笑う。

 

 (魔央のことは心配すんな。お前らが帰ってくるまで、責任もって守ってやるよ)

 

 2人のことを想いながら、神楽坂はさらに笑ってみせた。




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