「───これが、俺が“左”を使わない理由だ。それでも、俺が間違ってると思うか……?」
響香と楽しいランチタイム。
と思いきや、なぜか緑谷を連れた轟に呼び止められた。
そして今、俺たち以外誰もいないこの通路で轟の壮絶な過去を知ることとなったのである。
とてつもない過去だ。
分かってはいた。
不幸な人間はどこにでもいるということを。
決して自分だけが特別じゃないってことを。
「…………」
緑谷は黙っていた。
ただ静かに耳を傾ける。
「あの時……俺はお前らに何かを感じた。テメェの制約を破っちまうほどの、得体の知れない何かを」
自身の左手を見つめながら轟は苦しそうに呟く。
轟の言う“あの時”とは、一瞬だけ炎を見せた騎馬戦の時のことだろう。
「……すまねぇな。別になにか言って欲しいわけじゃねぇんだ。ただ、聞いて欲しかった。オールマイトの何かを持っている緑谷と、俺より上にいる破魔矢には。……俺は左は使わねぇ。左を使わずにお前らを越える。それしかねぇんだ。あの糞親父の積み上げてきた全てを否定し、母さんに報いるためには……それしかねぇんだよ。……俺にとってはそれが全てなんだ」
轟の瞳はどこか悲しげで、それでいて怒りと憎悪に濁っているように見えた。
……何か言えるのか?
俺はかける言葉が見つからなかった。
どうせ、見つかったとしても言えやしないが。
───ただ、思うところがないわけではない。
「……2人とも時間とらせて悪かったな」
全てを言い終えた轟は、俺たちに背を向け歩き始めた。
だがそれと同時に緑谷は静かにその口を開いた。
「僕は!! 僕はずっと助けられてきた。……僕は、誰かに救けられてここにいる」
俺は緑谷を見る。
その目には確かに強い意志が宿っている。
そう、この目だ。
どこまでも真っ直ぐで眩しいその目。
やはり───緑谷は特別だ。
「……笑って人を助ける最高のヒーロー、オールマイト……彼のようになりたい。その為には1番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたら些細な動機かもしれない。でも、僕だって負けられない。僕を救けてくれた人たちに応える為にも……! さっき受けた宣戦布告、改めて僕からも。僕も君に……いや、君たちに勝つ!」
緑谷は俺と轟に向けて言い放つ。
これが……ヒーローだ。
俺にはない意志や覚悟の表れ。
こうはなれないなと、改めて思わされる。
ほんと、コイツには周りに大きな影響を与える力がある。
実際俺も、その影響を受けている。
「フハハハハハッ!! 見事よ緑谷!! さすがは勇者の資格を持つ者!! ───さて、轟よ。我からも一つだけ言わせてもらおう」
俺が言えることなんてほとんどない。
緑谷とは違う。
俺は本物のヒーローにはなれない。
だが、それでも。
「先も言っただろう? ───貴様は誰を相手にしているのか、本当に理解しているのか? この愚か者めが」
こんなことしか俺には言えない。
ただ、そこには俺の意思も確かにある。
「───良かったな、我が貴様の本当の敵ではなくて」
俺は踵を返す。
全てを救う本物のヒーローに俺はなれない。
だが、だからこそ俺は客観的に判断できる。
ヒーローとは、どういう存在なのか。
轟、お前は今のままでは俺と同じで本物にはなれないと……思う。
……いや、俺なんかが偉そうにしてほんとすんません。
俺は心の中で謝りながら、この場を後にした。
++++++++++
昼休み。
せっかく響香とご飯食べられると思ったのに、まさかの事態にそれはご破算となってしまった。
久しぶりにぼっち飯かと悲しみに暮れていたのだが、そんな俺を上鳴と峰田が一緒に食べようと誘ってくれたのだ。
持つべきは友達なんだと深く理解した。
内心では泣きそうなくらい嬉しいのにフハハとただ笑うことしかできないのをもどかしく感じながらも、談笑を楽しみつつ昼食をとった。
控えめに言って最高の時間。
これをリア充と言わずなんというのか。
そんなとき、何人かのチアリーダーの衣装を着た女子たちが通った。
見るからに外国人だ。
俺たちは健全な男子高校生。
当然目を奪われる。
そしてそれを見た峰田はひとつの悪巧みをし、俺たちに聞かせてくれた。
上鳴もそれに賛同した。
当然俺も友達の頼みを断れるはずがない。
個人的にもすごくいいと思った。
何よりもこんな愉快で良い奴らなのだ。
俺にできることならなんだってしてやりたい。
と、言うわけで俺たちは今───
「───八百万、耳郎」
「ん? 何か用ですの?」
「魔央もいるじゃん」
響香たちのところへ来ていた。
そう、全ては計画通りに。
「いや、クラス委員だから知ってると思うけどよー、午後は全員あの服装で応援合戦しなきゃいけないんだって」
「えぇッ!?」
「……そんなイベントがあるなんて聞いてませんけど」
「う、嘘じゃねぇぜ。な、そうだろ破魔矢」
おろおろとした目で峰田が俺に助けを求める。
ふ、任せろ。
堂々と言い放つのだけは、俺の専売特許だぜ!!
「───そんなことはどうでもいい」
「……え?」
え?
いや俺がえ? だよマジで。
困惑する八百万。
その5倍困惑する俺。
自分が何を口走るのか。
俺は嫌な予感がしてならなかった。
だが、気づいた時には俺は───八百万の肩にそっと手をのせていた。
「我が見たいのだ。そなたらがあの服装で応援している姿をな。───理由など、それで十分であろう?」
……カハッ。
俺は心の中で吐血した。
恥ずかしすぎるセリフ。
悶え死にしなかったのは奇跡だ。
上鳴と峰田がなぜか勇者を見るような目で見てくる。
やめて死にたい。
死にたいからほんとやめて。
「……え、えぇ……そ、そうです……わね……」
……なんか納得してるんですけど。
なにこれ。
もう訳がわからない……。
「ちょっとアンタはまたッ!! ヤオモモしっかりして!! 気を確かに!!」
響香が俺の手を払いのけ、八百万の肩を揺する。
「……は! 私は一体……」
ここが勝負所、と判断したのか峰田は矢継ぎ早に捲し立てた。
「と、とりあえずよ! オイラは相澤先生から言伝受けたんだ。忘れてるかもしれないから、一応教えてやれって。信じねぇのは勝手だけどよ、オイラは確かに伝えたからな」
そして、俺たちは足早に立ち去った。
昼休みも残り僅かとなるこのタイミングで伝えることで、考える時間をそもそも与えない。
疑念を抱きつつも、それを払拭する手段も時間もないというこの状況。
まさしく完璧、見事な作戦である。
峰田はやはり天才だ。
当然、この作戦は実を結ぶ。
峰田と上鳴と俺は、密かにその喜びを分かちあった。
なぜか俺だけは響香にプラグを巧みに使った凶悪な攻撃を受けたのだが、チアリーダーの衣装を着た響香を見れたのだからお釣りがくる。
その攻撃を俺は甘んじて受け入れた。
───そんな中、プレゼント・マイクの声がスタジアムに響き渡る。
『さァさァ、皆楽しく競えよレクリエーション!! それが終われば最終種目!! 進出4チームからなる総勢16名からなるトーナメント形式!! 一対一のガチバトルだ!!』
期待を抑えられない観客たちの声が、やけにうるさく響き渡った。
お読みいただきありがとうございました。