「それじゃあ1位の生徒、破魔矢くんからクジを───」
「あの……すいません。俺、辞退します」
名前呼ばれたなー、とか思っていたらなんか最終種目を辞退する生徒が現れた。
しかも、ウチのクラスの尾白くんというね。
続いてB組の人も辞退した。
なんか、記憶があやふやだからー、とか、プライドがー、とか言っていたけど……正直俺にはよく分からない。
体育祭は重要なアピールチャンスだと相澤先生は言っていた。
理由がどうあれ、掴んだチャンスは全力で生かすべきなんじゃねーの? ヒーローになるって簡単なことじゃないんだから……なんて思ってしまうのは、俺がヒーローに対する強い思い入れみたいなのがないからだろうか。
まあいいや。
他人には他人の考えがあるわけだし。
多少のごたごたがあったものの、それ以降は滞りなくクジ引きは進んでいった。
そして、ミッドナイト先生が宣言する。
「鉄哲くんと塩崎さんが繰り上がって16名が揃ったわ! 全員にクジを引いてもらい、組み合わせはこうなりました!」
++++++++++
──Aブロック──
緑谷 対 心操
飯田 対 破魔矢
瀬呂 対 轟
塩崎 対 上鳴
──Bブロック──
常闇 対 八百万
芦戸 対 青山
切島 対 鉄哲
爆豪 対 麗日
++++++++++
う、うわぁー……。
一番苦手なスピードタイプの人きた……。
弱点なんだよなぁ……速い奴。
個性の特性上、俺の攻撃って全部“呪文”っていうラグがあるからさぁ……。
しかも初見だったとはいえ、あのビュンって速くなるトルクなんちゃらは『ピオラ』のバフありきで対応できなかったんですけど。
でも翼さえだせれば……いや、俺が飯田なら初手からあのトルクなんちゃら使うわ。
間に合わない可能性がある。
なら試合開始前にバフを盛りまくっとく?
なんなら『アタカンタ』も……いやー、ダメだー、俺がそんなのは『姑息』と思ってしまってる時点で使えないー。
……真剣にどうしよう。
「破魔矢くんッ!!」
俺がいろいろと頭を悩ませていると、ご本人登場である。
「君は誰もが認める強者だ!! だが俺も負けるわけにはいかない!! 全身全霊、本気でいかせてもらうッ!!」
飯田の熱い視線が俺に突き刺さる。
……こういうのに対し、俺の“個性”が反応しないはずがないわけで。
「フハハハハハッ!! 面白いッ!! やってみるがいいわ。───その全てをねじ伏せてやろう」
しばらく視線が交錯した後、飯田は鼻息荒く去っていった。
はぁ……気が重い。
というか、2回戦には緑谷もいるじゃん。
順調にいけば轟と当たる可能性もめちゃくちゃ高い。
優勝までは険しい道だわ。
なんか今もチラチラと緑谷が見てくるし。
───とは言っても、負ける気なんてさらさらないけど。
神楽坂さんやガキ共、そんで響香も見てるからさぁ……かっこ悪いとこ見せられないというね。
++++++++++
1回戦、緑谷の辛勝。
いやー、恐ろしい個性だったわ心操くん。
洗脳なんてやばいじゃん、下手したら無敵じゃねーのそんなん。
なんであんなヒーローとしてとてつもないポテンシャル持ってる奴が普通科なんかね。
せっかくヒーローになりたがってるのにさ。
……あー、そっか、人にしか効かない系だったら入試の実技はキツかったんか。
ヒーローが戦うのってほぼ人間なのに……。
───待て、集中しよう。
次、俺だし。
でもまあやることは決まってる。
今さらあれこれ考えてもな。
俺はゆっくりと会場へと向かった。
++++++++++
『次はこいつらだぁぁああ!! ザ・中堅って感じッ!? 頼れる委員長とはコイツのことだッ!! 見せてくれよジャイアントキリングッ!! ヒーロー科!! 飯田天哉ッ!! ───
飯田が入場する。
それと同時に歓声が響く。
『障害物競走1位ッ!! 騎馬戦も1位ッ!! ここまで圧倒的すぎるぜッ!! 誰かコイツを止めてくれッ!! ヒーロー科!! 破魔矢魔央ッ!!』
魔央が姿を現す。
その瞬間、飯田の時を上回る割れんばかりの歓声が響き渡った。
これまでの他の追随を許さない魔央の成績。
会場の期待も当然のものと言える。
だがそれとは裏腹に、飯田も魔央も静かだった。
(轟くんのような遠距離特大範囲攻撃。それに加え、空をも自由に飛べる。飛ばれては為す術がない。だが……その全てにほんの僅かだが“遅れ”がある。───ならばッ!!)
飯田の目が静かに燃える。
その目に映るのは不敵な笑みを浮かべる魔央の姿。
気を抜けば、他のクラスメートとは明らかに違うその独特な空気に呑まれそうになってしまう。
無意識に勝利を諦めてしまいそうになってしまう。
それでも、飯田は諦めない。
(兄さんのような───ヒーローにッ!!)
歓声に包まれるなか、賽は投げられる。
『レディィィ、スタートッ!!』
その瞬間、飯田は加速する。
───トルクオーバー『レシプロバースト』
それはもはや瞬間移動の域に達していた。
騎馬戦の時よりも明らかに上がっている速度。
数多のプロヒーローが集まるこの会場でも、それを目で追えたのは極僅かだろう。
(さらにトルクの回転数を上げた。エンジン停止まで5秒もないッ!! 一気に決めるッ!!)
リスクを冒すことなく、魔央を倒すなんてことはできるはずがない。
それが、短い時間とはいえ魔央を見てきた飯田が出した結論だった。
未だかつてない程の速度で魔央へと距離を詰める。
狙いはひとつ───頭だ。
脳震盪を引き起こし、一気に場外へと運ぶ。
何もさせずに勝負を決める。
手札が多すぎる魔央に勝つにはそれしかない。
(いけるッ!!)
呪文を唱えることなどできないほどの刹那。
飯田の剛脚が魔央へと振るわれ───
───防がれる。
「なッ!!」
驚愕を隠せず、飯田は思わず声が出る。
「───見事ッ!!」
呪文など何一つ使わず、魔央の両腕はしっかりと飯田の剛脚を受け止めていた。
そしてすぐさま掴まれる。
『う、受け止めたァァァッ!! どういう反射神経してんだよ破魔矢ッ!! ヤベェなッ!!』
『……いや、今のは反射というより予測だな』
常に期待を上回る展開に会場の熱がさらに増すなか、相澤がボソリと呟く。
そしてそれは実際に正しかった。
魔央は見えてなどいない。
あらゆる選択肢のなかで、最も可能性が高い結論を導き出したのである。
「くッ!! まだだッ!!」
握力が強すぎて引き剥がせない。
すぐさまそう判断した飯田は、捕まれていないもう片方の脚で蹴りを放つ。
だが、それすら予期していたかのように躱され───体勢が崩れた飯田の腹に魔央の蹴りが突き刺さる。
「───グハッ」
吹き飛ばされながら、飯田の視界には翼で飛翔する魔央の姿が映る。
実質的に、勝負は決した。
会場の大半の人間にとって、それは当然結果でしかない。
だが、当の本人の心情はまるで違う。
(はァァァッ!! やばかったァァァッ!! 全然見えないって!! 飯田速すぎて笑うんですけど!! しかも腕めっちゃ痛い……ジンジンする……。俺じゃなかったら絶対折れてた。あー、深呼吸しよ。すゥー、はァー。緊張したー。予想が当たってほんとによかった。───でもまあ、俺の勝ちだわなぁ)
実際、呪文など間に合わないという魔央の事前の考えは正しかった。
ほんの少しでも呪文や翼を出すことに意識を割いていれば、今頃地べたに転がっているのは自分だったかもしれない。
いや、間違いなくそうだ。
魔央にはその確信があった。
飯田の初手を防ぐことのみに全神経を集中させる。
その選択は正しかったのである。
魔央は呪文を静かに唱える。
終わらせる為に。
───『マヒャド』
魔央の指先に小粒ほどの氷が現れる。
そしてそれはみるみる大きくなり、巨大な氷塊へと姿を変えた。
(まあ、最悪『魔王化』っていう手もあったんだけど……負担が大きいからな。やっぱ優勝を狙うなら、こんなところで使えない)
飯田へのもうひとつの対抗策に魔央は思いを馳せる。
『超巨大な氷の塊だァァァッ!!!』
『大きさだけじゃない、とんでもない冷気だ。……これを落とす気か? 制御できるんだろうな破魔矢……』
不測の事態に備え、相澤はいつでも『抹消』を発動できるよう身構えた。
一度発動されてしまった呪文が『抹消』によって消えるのかは不明であるが。
審判を務めるセメントスやミッドナイトもその寒さに身体を震わせながら、気を張りつめる。
飯田はすでにエンジンが停止し、空中に浮かぶ巨大な氷塊をただ眺めることしかできなかった。
「くっ、届かなかったか……」
己の運命を悟る。
魔央は飯田に応えたかった。
飯田の全力に対して、自分も全力をもって応えたかったのだ。
勝負を決めるだけならどうとでもなる。
だが───
(───今俺が使える最大の呪文のひとつで決めるわ。大丈夫、絶対に制御できる。氷は2番目に得意だから)
あとは氷塊を落とすだけ。
なのに、なぜかまた魔央はよく分からないセリフを吐き始めた。
「確かに見事な一撃だった。だが、魔王であるこの我に単独で挑むなど片腹痛いわッ!! パーティを組んで出直してこい愚か者がァァァッ!!」
そして放たれる巨大な氷塊。
それが落ちてくるのを眺めながら、飯田は叫ばずにはいられなかった。
「ど、どういう意味なんだぁぁあああッ!!!」
(俺も知りたいわァァァッ!! なんだパーティってぇぇえええッ!!)
地面にぶつかると同時に、巨大な氷塊は弾け、冷気へと変わる。
それは全てを凍らせた。
プレゼント・マイクの勝負アリ宣言が響く。
++++++++++
薄暗い部屋。
いくつものモニターの光。
椅子に腰かけながら、男は雄英体育祭を見ていた。
いや───聞いていた。
「ドクター、やっぱりいい個性だよね。───破魔矢魔央くん。しかもあの2人の子供というのだから、運命を感じちゃうよ」
「……ほぅ、懐かしいな。忌々しい記憶じゃわい」
男は今なお身体に深く残る傷をそっと撫でながら、楽しそうに薄く微笑む。
「ふふ、実はもう彼に会いに行く計画は立てているんだ。もうちょっと先だけどね。弔が精鋭を集めてからだ」
「奪うのか?」
「さぁ、どうだろう。───でも、殺しはするよ。だって、魔王は一人でいいだろう?」
男の手には魔央の詳細が載っている紙が握られていた。
そこには当然の如く記されている。
魔央の個性『魔王』について。
「はやく会いたいなぁ。僕は我慢するのが苦手なんだ」
楽しい。
楽しくて仕方がない。
まだ見ぬ未来に想いを巡らせながら、男は冷たく笑った。
お読みいただきありがとうございました。