「えぇ、申し訳ありません。そういった御要望にはお応えできません。はい、えぇだからですね───」
「うん、君の熱い想いはちゃーんと僕から伝えておくのさ!」
「ソ、ソーリー、ジャスタモーメントプリーズ。───どなたか英語話せる方いますか!?」
「特定ノ生徒ヲ長クテレビデ映ス、トイッタ対応ハ出来カネマス」
「だからゔゔル゛ル゛ル゛ル゛先程も───バウバウッ!! 個人の───バウバウバウッ!! アォォォォオオオン」
手の空いている雄英関係者は今、鳴り止まない電話の対応に追われていた。
教師陣だけではなく、事務員なども巻き込んでまさしく雄英総出である。
だがそうせざるを得ないのだ。
例年では考えられないほど、雄英体育祭を観た者たちからの電話が鳴り止まないのだから。
「根津校長、そろそろ交代しましょう」
「HAHAHAHA! 僕ならまだまだ大丈夫なのさ! なんせ───」
「いいえ! もう2時間も電話の対応しっぱなしじゃないですか! いい加減休んでください! お茶も淹れておきましたから!」
「……す、すごい迫力なのさ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな……」
事務を担当する女性の一人が、半ば無理やりに根津校長を休ませる。
事務員だけでなく教師までもが一つの部屋に集まり、今も電話対応に追われているのを見ると一抹の罪悪感のようなものを抱いてしまうが、丁寧にお茶まで淹れられているので無下にもできない。
専用の椅子に座り、お茶を飲み、一息ついたところで根津は思う。
いや、この現状に対して思わずにはいられなかった。
(……異様、なのさ)
目覚しい活躍を遂げる生徒は毎年いる。
雄英体育祭がテレビで放映され、その活躍を多くの者が目にする以上それに対する反応があるのはある種当然といえる。
だが───今年は異常なのだ。
これほどまでに電話が鳴り止まないような状況になったことは過去に一度もない。
それこそ、『オールマイト』の学生時代でさえも。
雄英体育祭で活躍するだけでは、どこまでいってもただの学生でしかない者にここまでの反応があるわけがないのだ。
それは、今回の原因である『破魔矢魔央』も例外ではない───はずだった。
だが、結果は違う。
最終種目がまだ始まったばかりであるにも関わらず電話は鳴り続ける。
───『破魔矢魔央に応援してると伝えてくれ』
───『もっと破魔矢魔央を映せ』
───『破魔矢魔央について詳しく教えろ』
───『破魔矢魔央は本当にただの生徒なのか?』
───『破魔矢魔央にはなんらかの制限を設けるべきだ』
応援、要望、苦情───破魔矢魔央に関しての電話の内容は多岐にわたる。
明らかにおかしい。
普通ではない。
ゆえに根津は思うのだ。
異様すぎる、と。
だが、根津は既に『ハイスペック』ゆえにその原因に見当がついていた。
破魔矢魔央の個性───『魔王』だ。
未知な要素を多分に含んだこの謎多き個性。
どれほど考えてもこれ以外に考えられない。
そして、根津が導きだした結論は───
(───大衆に影響を与えられる能力、ということだね……)
それがどれほど恐ろしい能力なのかは想像に難くない。
魔央の言葉一つで大衆を扇動できてしまう可能性がある……ということなのだから。
もし仮に魔央がヴィランになってしまったら?
それこそ本当に悪の象徴たる『魔王』になってしまうのではないか?
そんな最悪な考えが過ぎってしまう。
(ちがう! そうならないように、僕たちがしっかり導かないといけないってことなのさ!)
根津は魔央が健全な一生徒であることにほっと胸を撫で下ろし、改めて教育への情熱を燃やした。
++++++++++
「……ねぇマオ、アンタめちゃくちゃ話題になってるよ」
「ん? なんだ?」
「ほら見てこれ。アンタの選手宣誓の動画がめちゃくちゃリツイートされてる。しかも『#雄英魔王』でトレンド入りしてる……」
「……な、なんだと……」
響香がスマホを見せてくる。
その画面を見て、俺は声にならない悲鳴を上げた。
さ、最悪だぁぁぁああああッ!!!!
なんでこんなことになっとるんじゃぁぁああああッ!!!!
「すげぇぇぇ! マジでめっちゃ話題になってんじゃんか破魔矢!」
峰田の驚きの声が、どこまでも現実であるということを俺に突きつける。
「ほんとだわ、すごいわね破魔矢ちゃん」
……やめてくれ蛙水。
「マジかっけぇぜ破魔矢!!」
……やめてくれ上鳴。
「わぁ、すごいや! ほんと破魔矢くんって───」
ぬわああああ!!!
もうやめてくれェェェッ!!!
クラスメイトの賞賛の言葉が無慈悲に俺の心を抉る。
傷口に塩を塗るってきっとこういうことを言うんだ。
ふわふわとした知識が今、実感を持って完璧に理解できてしまった。
『厨二病のイタすぎる奴』ということが、日本全土に知れ渡ってしまった。
この国に、俺が平穏無事に過ごせるような場所はまだ残っているのだろうか?
「フハハハハッ!! 我の偉大さにようやく気づいたというわけだなッ!!」
虚勢の笑い声を上げながら、俺は心で泣いた。
++++++++++
夢現。
まさしくそんな状態でフラフラとしていたら、いつのまにか俺の次の試合の時間となっていた。
『第2回戦ッ!! 第1試合ッ!! この雄英体育祭ッ!! 両者トップクラスの成績ッ!! 緑谷 対 破魔矢ッ!!』
だが、切り替える。
これは真剣勝負。
油断できないってのはよくわかってる。
そして相手は───緑谷。
出会った頃から妙に意識してしまう奴。
客観的に考えれば俺の方が実力は上だと思う。
だが、コイツがいると何かが起きるのではないか? と思わされるんだ。
『スタートッ!!』
賽は投げられた。
「序盤に魔王に出会ってしまった勇者がどうなるか知っているか?」
同時に何か語り出す俺。
……もういいや、どうでも。
「───必ず負けるんだよ」
「っ! ……そんなの、やってみなきゃわかんないよッ!」
───フルカウル5%
緑谷が急速に距離を詰める。
やっぱ使えるようになってたのか。
緑谷のことだからたぶん飯田と俺の試合もしっかり観察し、対策を練り、考えに考えたうえでの選択なんだろう。
緑谷の遠距離攻撃と言えば、心操戦でみせた指をぶっ壊すデコピンのみ。
だが、それで俺と撃ち合うのは愚策すぎる。
俺の呪文を使える回数を緑谷が知るはずないからだ。
だから緑谷は俺との距離を詰め、接近戦に持ち込むしかない。
間違いなく正しい選択だと思う。
……ただ、遅すぎる。
───『アタカンタ』
振るわれた緑谷の拳が俺の前で止まり、衝撃が反転する。
「ぁぁぁああああッ!!」
緑谷が叫びながら吹き飛ぶ。
ステージの真ん中辺りで止まり、震えながらなんとか立ち上がるがその右手は変色している。
「ほれ、一本つかえなくなったぞ?」
これで棄権してくれる……なら楽だったんだけど、そんな奴じゃないよなお前は。
でもそれじゃ無理だぜ緑谷。
飯田の方が圧倒的に速かった。
俺が対応できないとすればあのくらいの速度が必要だ。
まだ、足りないんだよ。
「僕、は……」
待ってやるほど俺は優しくない。
続けざまに呪文を放つ。
───『メラ』
緑谷のデコピンによって相殺される。
───『メラミ』
また、相殺される。
───『メラゾーマ』
拳を振るうことで消し飛ばした。
死なないように威力をかなり制限したとはいえ、風圧だけで『メラゾーマ』さえも相殺するのだから本当にすごい。
あれが直接当てられたらと思うともはや恐怖だ。
……だが、終わりだ。
緑谷の両腕は壊れた。
青黒く変色している。
「どうする、勇者よ。いいかげん諦めたらどうだ?」
「ハァ……ハァ……本当に、君は強いね……破魔矢くん……」
緑谷の目に宿る闘志の炎は消えていない。
「でも、僕だって負けられない。───だからッ!!」
俺は翼を広げて空へ。
緑谷にもう遠距離の攻撃手段はない。
これで詰み───
───俺は目を見開いた。
瞬きをした次の瞬間には───緑谷が目の前にいたのだから。
何者をも寄せ付けないその圧倒的速度。
呪文など間に合うはずもなかった。
「SMAAASH!!」
「───カハッ」
緑谷の拳がモロに俺の腹へと突き刺さり、吹き飛ばされる。
なんとか俺は翼をはためかせ、空中で何度も回転してようやく止まった。
慌てて緑谷を探せば───
『緑谷くん戦闘不能! 勝負あり!』
ミッドナイト先生の宣言と共に、大歓声が上がった。
見れば緑谷はステージで動けなくなっていた。
両足がありえない方向に曲がっている。
当然のように両手も壊れている。
……本当に危なかった。
もし空中ではなく、踏ん張りのきく地面であの威力の攻撃をモロに受けていたら?
緑谷の手が万全なら?
しかも恐らく……今の威力でさえ万が一がないよう手加減したものだ。
ははっ。
やっぱ強いな、緑谷。
俺は翼をはためかせ、ゆっくりと緑谷の近くに降りる。
「……は、破魔矢、く……」
痛さでその表情は歪んでいた。
俺はすぐに、今使える最大の回復魔法を唱えた。
───『ベホイム』
改めて思う。
本当にお前は勇者なんじゃないかって。
「ほら、立てるか勇者緑谷」
「ありがとう、破魔矢くん。……ゆ、勇者はやめてくれないかな」
「フハハハハッ!! 見事な一撃であった!! あの一撃を放ったお前を勇者と呼ばずしてなんと呼ぶ!!」
「あはは……」
「本当に見事であった。またいつでも挑んでくるがいい」
「───うん。次は、僕が勝つからね」
そう言った緑谷の目はどこまでも真っ直ぐに俺を見据えていた。
そんな俺たちに観客から万雷の拍手が注がれた。
『シヴィーッ!! 負けはしたが、マジでかっこよかったぜ緑谷ッ!! さぁ、次の試合にいこうぜッ!!』
こうして、俺の2回戦は終わった。
++++++++++
注目を一身に浴びる魔央に一撃を入れた緑谷。
それを見た者の反響も当然大きなものとなる。
そして誰かが言った。
───『勇者』じゃね? と。
雄英の魔王を倒せなくとも見事な一撃を入れた緑谷は、多くの人々の目に勇者として映ったのだ。
誰かが言ったその一言は共感の嵐を呼び、緑谷は『勇者』として認知されていくこととなる。
それが運命であるかのように。
お読みいただきありがとうございました。
主人公補正により緑谷には頑張ってもらいました。
そして前回、緑谷が『勇者』と呼ばれるようになる流れを感想欄で完璧に予想していた方がいてシンプルに驚きました。