魔王の苦悩アカデミア   作:黒雪ゆきは

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037:それがどうした。

 ……あぁしんどい……。

 

 気を失っている轟に『ベホイム』をかけ、保健室に届けた俺は今とてつもなくダルいので、控え室でぐったりとしていた。

 しんどい、しんどすぎる。

 もう家に帰って眠りたいわー。

 なんであと1回残ってるんだろう。

 

 もうさっきのでいいじゃん。

 なんか決勝の雰囲気あったじゃん。

 だめかー、やっぱやらなきゃだめかー。

 しかも決勝の相手は爆豪ってマジかよおい。

 強いことこの上なしな相手なんですけど……。

 

 はぁ……。

 

 やっぱり『魔王化』は負担が大きい。

 でも前よりではないか。

 しんどいですんでるわけだし。

『MP』もまあ問題ない。

 今のところ、この『MP』の回復手段が“めちゃくちゃ眠る”以外ないってのが課題だよなぁ。

 ま、いいか。

 なくなる気配はないし。

 

 …………。

 

 それにしても、あの“声”はなんだったんだ? 

『魔王化』を使う前に聞こえた、どうも他人とは思えないような気色の悪い声。

 さすがに幻聴じゃない……よな? 

 じゃないと信じたい。

 

『力こそがすべてを司る真理だ』……なんて、イタすぎるわ……。

 でも確かに聞こえたんだよなぁ。

 まぁ考えても分かることじゃないんだけど。

 

 ただ───めちゃくちゃ心地よかった。

 

 そう、あの声のままに力を振るうのは本当に心地よかった……心地よいと思ってしまった。

 まさしくそれが“自然体”であるかのような、どこまでも自由であるかのような……。

 

 ……なら、なんだ。

 

 俺の本質は、もしかして───

 

 コンコン。

 

 嫌な思考に染まりかけたその時、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「ウチだけど」

 

 響香だ。

 思わず力が抜ける。

 

「入れ」

 

 俺の言葉に呼応し、ドアが開く。

 当たり前のようにそこから現れる響香。

 その姿を見ただけなのになぜか安心してしまう。

 

「おつかれ」

 

「ああ」

 

「ちょっと顔見に来た。……あの変身するやつ、USJのときみたいな。アレ負担大きいんじゃないの? 大丈夫?」

 

 素っ気なく、俺の顔を伺うように響香はそう聞いてきた。

 なんだ、心配して来てくれたのか。

 ほんのささやかな心の気遣い。

 言ってしまえばそれだけだ。

 怪我をしたかもしれない友人を心配する。

 それはとても当たり前のことなのかもしれない。

 

 でも、たったそれだけのことが俺は半端じゃないほど嬉しいんだ。

 

「フハハハハッ!!」

 

 そして悲しいことに、俺は嬉しいと高らかと笑ってしまう。

 

「響香よ、我の心配などおこがましいにもほどがあるぞ? あの程度なんの問題もない」

 

 いやおこがましいって言った俺死ねよ。

 

「あっそ。よかった」

 

 俺の言葉をいまさら響香が気にするはずもなく。

 ただ、短い言葉とともに笑った。

 

「決勝も頑張んなよ。応援してる。まあ、アンタが負けるとは思えないんだけどさ」

 

 その言葉がたまらなく嬉しかった。

 負けるはずがない。

 そんなこと言われたら、早く帰って寝たいほどしんどいのに、やる気でてきてしまうじゃん。

 

「なにを当たり前のことを。しかと見ておれ」

 

「うん」

 

 だから、ちょっとくらいカッコつけたくなるのは仕方ない。

 これで負けたら恥ずいなー。

 さすがに嫌だわそんなん。

 爆豪には、何がなんでも勝たせてもらわんとな。

 

 ───コンコン。

 

 響香にいい所見せたくて頑張ろうと思っていると、またドアをノックする音が響いた。

 誰だよまったく、と思ってしまう俺に罪はあるのだろうか───いやない。

 

「破魔矢いるか?」

 

 俺の返答を待たず、そう言って入ってきたのは意外にも轟だった。

 目覚めんの早っ、などと思っていると轟は響香を見て少しだけ驚いているようだった。

 そして何を思ったのか、

 

「わりぃ」

 

 それだけを言って出ていこうとしたのだ。

 己の罪を理解したのだろう。

 響香と話してる時間を邪魔するなど、大罪にもほどがある。

 

「ちょっと待って! 絶対なんか誤解してるから!」

 

 響香が慌てて轟を止めた。

 

 ……うん、俺も止めるつもりだったから、ほんとに、いやマジで。

 

「じゃあウチは戻ってるから!」

 

 短くそれだけ言うと、響香はいそいそと出ていってしまった。

 なぜそこまであたふたとしていたのかは分からなかったが、ちょっとだけ轟に不満をもった目を向けてしまう。

 

「……今話せるか?」

 

 えぇ、響香出ていったのになんも気にすることなく話し始めたんですけどこの人。

 超絶マイペースな轟。

 まぁいいか。

 

「なんだ?」

 

「礼を言いたくてな」

 

 何をしに来たかと思えば、礼? 

 いやー、むしろふざけんなってキレられるかもと思ってたんだけど。

 色々ウザイこと言ったしなぁ俺。

 愚か者がー、とか。

 とんだ道化だ、とか。

 

 ……なんか自分にもダメージが。

 

「俺は……周りが見えていなかった。それどころか興味もなかったんだ。目に映るのは憎い親父と、オールマイトに似てる緑谷と───力を証明するうえで邪魔でしかねぇ、お前くらいだ破魔矢」

 

 そう言って、轟は俺を見る。

 

「実は今でもよく分からねぇ。親父のこと、お袋のこと、自分のこと……いろんな感情が混ざって、ぐちゃぐちゃで、ただもどかしくて苦しい」

 

 そんな轟の言葉を俺は黙って聞いていた。

 

「だけど、お前の───全力をださないことで救えない命があるってのは……なんつうか、響いた」

 

 俺にできるのは、轟の言葉を受け止めるくらいだと思う。

 

「……まだ、向き合わなきゃならねぇもんは残ってるが、俺はやっとヒーローへの一歩を踏み出せたのかもしれねぇ。そのきっかけをくれたのはお前だ、破魔矢。だから、礼を言いたかった」

 

「我は全力も出さず挑む貴様を目障りに思っただけよ」

 

 俺の言葉に轟は笑っていた。

 

「わりぃな。力制限して、お前に勝てるはずなんてなかった。……そして、ヒーローになったらそんなヴィランと出会うかもしれねぇ。馬鹿だよな……俺。なんも見えちゃいなかった。俺はこれから、“左”も極める。そしたら、またお前に挑む。───次は勝つぞ」

 

「フハハハハッ!! 面白い!! いつでもかかってこいッ!! 我は───」

 

 

 ───ドン、と扉が蹴り開けられた。

 

 

 なんか凄くいい場面だったと思う。

 こう、なんて言うのか、戦った後に芽生える友情的な……。

 轟が正面から気持ちをぶつけてくれるから、俺もそれに応えたいと思ったんだけど、

 

「あぁん? なんでテメェがいるんだ半分野郎?」

 

 爆豪くんの登場である。

 もう訳が分からん。

 俺からしたらお前が来たことの方が謎なんですけど。

 

 てか……俺の控え室いろんな人来るなぁ……。

 

「……お前こそ何しに来たんだ爆豪? ここは破魔矢の控え室だぞ」

 

「うるせぇッ!! テメェに用はねぇんだよ引っ込んでろッ!!」

 

「そうか……破魔矢に用があるのか」

 

 轟は反論することなく、俺に『またな』と一言呟き、爆豪と入れ替わりで出ていった。

 出ていく時もすごくマイペース。

 

 でもお願い。

 

 俺を爆豪と二人にしないでくれッ!!! 

 

 怖すぎるんですけどッ! 

 なに、なんで来たのコイツ!? 

 マジで分からん! 

 

「俺はお前に宣戦布告しに来たんだよ」

 

 うわぁ……ご丁寧に教えてくれたよ。

 宣戦布告って……そんなことする人ほんとに実在したんだ……。

 てか顔怖ッ! 

 なんでいつも怒ってるんだろこの人。

 

「フハハハハッ!! 我に挑む覚悟は認めよう」

 

「……あ゛ぁ?」

 

 ぬわーッ!! 

 怒らせてもーたッ!! 

 

「……ほんとムカつくぜクソが。周りから聞こえてくんのはテメェのことばかりだ。まだ決勝は始まってすらねぇのに……誰もテメェの勝利を疑ってねぇ……」

 

 単純な苛立ち。

 とはとても言いきれない。

 その目に宿るのは───執念。

 強烈な執念だ。

 

 何としても俺に勝つという。

 

「クソがッ!! クソがクソがッ!! ───俺にも使ってこいッ!! あの変身するやつッ!! ソイツを完膚なきまでにねじ伏せて、俺が一位になってやるッ!!」

 

 やっぱり苦手だなぁ、爆豪。

 でもその、誰よりもトップにこだわる姿勢だけは軽んずることはできない。

 普段の態度見てればわかる。

 何事にも一切手を抜かず、全てにおいて一位を狙っている。

 

 それはきっと、トップヒーローを誰よりも追い求めるゆえのもの。

 才能にかまけることなく弛まぬ努力を続けている。

 

 油断していい相手ではない。

 

 だから俺も、目を見て言わないと。

 

「かかってくるがいい。正面から叩き潰してやろう」

 

 相変わらず俺の口から出る言葉は爆豪に劣らず攻撃的なもので。

 でも爆豪はそんな俺に、獰猛な笑みで応えた。

 

 俺は思う。

 内心で俺がその笑顔にビビり倒してることに気づいてくれる、そんな個性をもった人に悩み相談したいなって。

 

 

 ++++++++++

 

 

『雄英体育祭もいよいよラストバトルッ! 1年の頂点がここで決まるッ! いわゆる決勝戦ッ! ───爆豪勝己 対 破魔矢魔央!!』

 

 会場の人間が一斉に声を上げる。

 待ちに待ったこの一戦。

 だが、最も盛り上がりを見せているというわけでは無い。

 その原因は轟と魔央の対戦が原因だ。

 

 あれほどに大迫力の熱戦を見せられ、心のどこかでそれを上回るものがこの一戦にはないと思ってしまっているのだ。

 破魔矢魔央の勝利は揺るがない。

 ならばどう勝利するのか。

 次は何を見せてくれるのか。

 

 それだけに期待を膨らませる。

 

 その会場の雰囲気を鋭敏に感じ取った爆豪は、苛立ちゆえの舌打ちをした。

 

『スタートッ!!』

 

 だが、試合が始まった瞬間その思考は切り替わる。

 

 ───『勝利』

 

 その為だけに思考は回る。

 

「死ねェやッ!!!!」

 

 開始の合図とほぼ同時に放たれる最大火力の爆撃。

 

 ───『メラゾーマ』

 

 しかしそれは、魔央によって放たれた灼熱の猛火によって相殺される。

 その激しさ故に黒煙が上がり、会場の人間から2人の姿を視認することはできなくなった。

 個性の特性ゆえにスロースターターである爆豪は最初から万全の状態で戦うため、この試合の前に身体を温めてきていた。

 

 そして放たれた最大火力の爆撃。

 

 だが、予想通りに決着はついていない。

 分かっていてもその事実に腹が立つ。

 

 それでも、この状況は爆豪にとって望み通りのものだ。

 

 黒煙のなか爆豪は爆破により加速する。

 

 そう、これは接近戦に持ち込むための布石だったのである。

 

 

 だが───

 

 

 ───『バギクロス』

 

 

 突如、激しい旋風が巻き起こる。

 

「クソがッ!!」

 

 黒煙は一気に晴れる。

 それどころかその暴風により爆豪は吹き飛ばされてしまう。

 それでも爆破と天性の感覚に空中で体勢を整え、なんとか場外を免れた。

 

 その一連の攻防に会場は熱狂する。

 予想を遥かに上回る熱戦。

 興奮しないはずがなかった。

 

(……“風”まで操れんのか)

 

 あといくつ手札を隠しているのか。

 それが分からないゆえに、爆豪の行動は止まる。

 

「『爆破』を操れるのが貴様だけだと思うなよ?」

 

 だが、魔央は待ってくれはしない。

 爆豪が言動とは裏腹にとてつもなく冷静なのを見抜き、それを崩したいと思ったのだ。

 それ故に魔央が選択したのは、

 

 ───『イオ』

 

『爆破』だった。

 

「……は?」

 

 爆豪の目の前にエネルギーが収束し───爆発する。

 

「クソがッ!!」

 

 爆破により、爆豪は紙一重でそれを避けた。

 

(クソが……俺の“爆破”までッ!!)

 

 攻撃はそこで終わらない。

 爆豪の避けた先でまたしてもエネルギーが収束し、爆発する。

 それの繰り返しだ。

 

「ほれ、逃げるだけか?」

 

 挑発的な魔央の言葉。

 爆豪の表情が歪む。

 

 それでも───思考が淀むことは決してない。

 

 何としても勝つ。

 

 死んでも勝つ。

 

 その執念だけは決して揺るがないのである。

 

 だが、現実は容赦なく襲いかかる。

 

 爆破だけでは無い。

 

 炎が、氷が、闇が、爆豪を敗北させんと飛び交う。

 それでも爆豪は爆破で防ぎ続けた。

 他者から見ればどちらが優勢かは一目瞭然だ。

 攻める魔央、防戦一方の爆豪。

 

 しかし、爆豪の目は死んでいなかった。

 

 魔央が唱える呪文の僅かな隙。

 その僅かな隙を虎視眈々と狙い続けたのだ。

 ただ逃げ惑うように見せつつ、少しずつ、着実に距離を縮めていく爆豪。

 

 魔央もそれを理解する。

 爆豪の個性を考えれば魔央が接近するメリットはない。

 ゆえに翼を広げる。

 

 だが、その瞬間───

 

 

 ───『閃光弾(スタングレネード)』ッ!! 

 

 

 爆豪が強烈な閃光を放つ。

 それはたんなる目くらまし。

 

 しかし、空中でのそれは効果覿面だった。

 

(……マジかよ)

 

 魔央の方向感覚が失われる。

 今自分がどの方向に飛んでいるのか全く分からない。

 ただ浮遊感だけがある暗闇に落とされたようだった。

 

 そう、これこそが爆豪の狙い。

 

 ありとあらゆる能力をもつ魔央に、『爆破』というたった一つの力で勝つという爆豪の執念。

 

 爆破で飛び上がる爆豪。

 その表情には、耳元まで裂けたような笑みが浮かべられていた。

 

 空中で静止する魔央は、その爆発音を聞いた瞬間呪文を二つ唱えた。

 

 ───『アタカンタ』

 

 ───『マホカンタ』

 

 見えなくてもなんの問題もない。

 魔央に油断などなかった。

 爆破を防ぐだけなら『マホカンタ』だけで十分だが、物理的な攻撃も警戒し『アタカンタ』も唱えたのだ。

 

 それでも───爆豪はそれすら想定済みだった。

 

 魔央のその『バリアのような能力』をすでに見たことがあったからこそ、この場面で必ず使ってくると確信できたのである。

 

「これはテメェをぶち殺す為に作ったとっておきだ。くらいやがれぇッ!!」

 

 

 ───『音響爆撃(ソニックブラスト)』ッ!! 

 

 

 至近距離で放たれた、脳を揺らす爆音。

 ただの爆音ではない。

 確かに『音波』にまで昇華されたその一撃は、魔央の行動能力、思考、感覚、その全てを狂わせた。

 

(いくら万能といえど、やっぱ“音”までは防げてねェ……ッ!!)

 

 まさしく起死回生の一手。

 

 しかもそれは、爆豪さえ意図していない副次的効果を生んだ。

 

 落下しながら、魔央は自身の呪文が発動しないことを理解する。

 しかもすでに発動した呪文さえ解除されている。

 

 ここで発覚した新たな魔央の弱点。

 

 脳が正常でなければ呪文が発動できない。

 

 為す術もなく魔央は落下していき、そのまま地面に激突した。

 

 その光景に会場は息を呑む。

 

「魔央っ!!!」

 

 会場で見守る響香は思わず立ち上がり、その名を叫んだ。

 

 予想とは全く異なるその光景。

 

 脳裏に過ぎるのは“まさか”という思い。

 

 まさか───魔央が負けるのか? 

 

 会場に広がるその異様な空気。

 だが、そんなもの知るかとばかりに爆豪は加速する。

 

「ハッハ!! これで終わりだ死ねェやッ!!」

 

 重力と爆破による圧倒的加速。

 その膨大なエネルギーから放たれるは爆豪の正真正銘の必殺技───『榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)』である。

 これを正面から受ければいくら魔央とてただでは済まないだろう。

 

 勝利のために、この世の全てが爆豪を祝福する。

 

 神でさえも爆豪の勝利を望んでいるのでは? と、ボヤけた思考の中で魔央は思った。

 

 だがそのとき、

 

 ───それがどうした。

 

 またしてもあの声が聞こえた。

 

 ───神が祝福している? それがどうした。

 

 あぁ、そうだ。

 それが一体どうしたというのか。

 魔央の表情が歪み、嗤う。

 

 ───神など、この手で殺してしまえばいいッ! 

 

 その通りだ。

 魔央から溢れるただならぬ黒きオーラ。

 爆豪はそれを感じとるが、

 

「俺が勝つんだよッ!!!!」

 

 脳裏に過ぎった不吉な考えを怒声とともに吹き飛ばした。

 

 そして、放つ。

 

 ─── 『榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)』ッ!! 

 

 その瞬間、爆豪は確かに見た。

 歪な笑みを浮かべる、魔央の姿を。

 

 そう、発動できないのは呪文。

 

 ならば思考など必要としない、手足のように扱える『魔王』としての本来の力で全てを蹂躙してしまえばいい。

 

 ただそれだけだ。

 

「フハハハハッ!!!!」

 

 高らかと笑う。

 

 そして、

 

 ───『竜王:第二形態』

 

 魔央が魔王化を発動するのと、爆豪の榴弾砲着弾が直撃するのはほぼ同時のことであった。

 

 強烈な爆発音と共に再び黒煙に包まれる会場。

 結果はどうなった? 

 どちらが勝った? 

 その答えを知るために目を凝らす。

 

 爆豪も確かな手応えを感じていた。

 

 だが───黒煙が晴れるにつれて現になるその巨体。

 

「ンだよ……それ」

 

 思わず爆豪は呟いた。

 

 それに応えるのは、

 

「グルガァァァアアアアッ!!!!」

 

 生物として根源的恐怖を感じてしまうほどの凄まじい咆哮だった。

 

 そこに現れたのは神話の存在───ドラゴン。

 

(……何とかなってよかったぁ、マジでヤバかった……)

 

 魔央は普段とは異なる高い視点に戸惑いながら、そんなことを思った。

 そして見据えるは爆豪。

 この理解不能な現実を脳が理解することを未だに拒んでいるが故に、爆豪の体は動かない。

 

『ど、どど、ドラゴンだァァァッ!! なんだそれッ!? なんなんだそれッ!! なんでもアリにもほどがあるぞ破魔矢ッ!!』

 

 息を呑み、言葉を失った会場は、プレゼントマイクの実況とともに決壊し、歓声が爆発した。

 

 そんななか、またしても魔央は考える。

 身体の勝手が変わり、動かしにくいなと思いながら。

 

(そぉーっと、やさしく、やさしく……)

 

 混乱している今がチャンス。

 そう考えた魔央は限りなくやさしく尻尾を振った。

 だが、それは魔央の期待に応えることなく爆豪を弾丸のように吹き飛ばしてしまう。

 

(……あ)

 

 固まる魔央、そして会場。

 それはあまりに呆気ない幕切れだった。

 

『ば、爆豪くん場外ッ!! 勝負アリッ!!』

 

 ミッドナイトが勝負の決着を宣言する。

 

「グルガァァァアアアアッ!!!!」

 

(やってしまったぁぁあああ!!!!)

 

 過剰な力で爆豪を吹き飛ばしてしまった。

 

 その魔央の嘆きは竜の咆哮へと変わり、会場に響き渡る。

 

 だが、耳にする者からすればそれは正しく勝利の咆哮。

 

 そして───魔王の存在を世界に知らしめるようでもあった。

 




お読みいただきありがとうございました。

ついに体育祭編も終わりましたね。
改めて、ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
そしていつもたくさんの感想をありがとうございます。
とても励みになっています。
これからもマイペースに書いていきますので、暇なときにお読みいただけると嬉しいです。

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