「……って、あれ。何してんだっけ俺」
まず俺が違和感を覚えたのは自分の言葉。
その事実が一瞬のうちにいろいろと処理され、とある結論に至った。
これは夢だ、と。
「てかここ、一度来たことあるよなぁ。なんで忘れてたんだろ」
辺り一面暗闇の世界。
赤い絨毯が敷かれた先の見えない通路。
一縷の光もないのに、それだけははっきりと見えるという矛盾に満ちた世界。
うん、間違いなくこれは夢だ。
そして俺は───この場所を知っている。
なぜか、不自然なほどに馴染み深く感じる。
こんな何も無い、辺り一面暗闇の世界であるというのに、異様なほど居心地が良い。
生まれ育った故郷であるかのような、独特の安らぎと静穏があるんだ。
……なんでだよ、よくよく考えたらやばいだろ。
いや、夢なんだからもっとこう……夢に満ちたというか……そういう場所であって欲しいんですけど。
ここ何も無さすぎね?
もうちょっとあれよ、何か。
……これじゃ俺が何もない空っぽの奴みたいじゃん……。
あー、悲し。
「えっと、確か体育祭終わって、過去一で呪文つかって、魔王化もしすぎて、とてつもなくしんどくて、それで……」
あー、響香に家まで送ってもらったんだ。
……青春かよおい。
割とシャレならんくらいダルくて、歩くのってこんなにも大変なことだったのかって絶望した帰り道だったけど───なんならもっかいやったっていいわとか思ってる俺は、やっぱり馬鹿な男子高校生なんだなって思います。
「それから神楽坂さんやガキ共と少しだけ大騒ぎして、即爆睡して……」
んでこの夢の中に俺はいる、と。
まあ……ただの夢ってわけではないけど。
俺は基本的に夢を見ない。
見るとしたらこの夢だけ。
意識が現実と間違うほどはっきりしてる、この夢だけ。
「とりあえず歩きますかね」
ゆっくりと歩き出した。
俺の足音だけが反響する。
「てか、夢でまでこのローブなのやめてくれんかね……」
言葉は普通になったのに、このローブだけは消えない。
まあ誰が見てるわけでもないから別にいいけど。
見てたとしても、もう別にいいやと思えるほど強靭なメンタルではあるけど。
しばらく歩くと、大きな扉が見えてきた。
見たことのない装飾が施された、重厚で豪華な扉だ。
ああ、思い出した。
……以前来た時は、この扉開かなかったんだっけ。
「───器は成った。開くぞ?」
「え?」
まさかの俺以外の奴が居たという。
突然聴こえたその声に、俺は思わず振り向いた。
そこにいたのは……記憶にない、じいさんだった。
え、本当に誰?
魔王は全員把握してる。
その誰でもないんですけどこれ如何に。
俺とは対照的な白いローブを身に纏っている。
見るからに強キャラ感があるんですけど。
こういう老人キャラが一番やばいのよ。
そして魔王っぽい角ね。
俺とお揃いですねー、とか言ったら仲良くなれたりするかな?
なれるかバカタレ。
「いやー、あのー、すいません。どなた様でしょうか? ここ俺の夢のはずなんですけど……」
「さっさと開けぬか」
「…………」
……人の話聞かないタイプだぁぁぁ。
うすうす感じてたよ。
なんていうのかなぁ、これ。
もう雰囲気が天上天下唯我独尊でしかないっていうか。
「……なにをしている?」
苦し紛れにすっごい迷惑そうな顔しておいた。
フ、さっきまでの余裕な態度が僅かにだが崩れたなジジイ!
俺の勝ちだ!
…………。
冗談はさておき、このじいさんほんとヤバそうだから大人しく従おう。
俺は改めて扉の方に向き直った。
とてつもなくでかい。
そしてゴツイ。
開く気せんわこんなん。
「…………」
ちろっとじいさんの方を振り返ってみれば、無言の圧力が恐ろしすぎた。
どうにかしなくては。
ダメ元で思いっきり押してみる……しかないよなぁ。
そう思って、扉に触れれば───重いものを引き摺るような音ともに扉は独りでに開いていく。
「開くと言っただろう」
じいさんがなんか得意げだわ。
だから誰なんだよあんた。
俺知らんのよあんたのこと。
その白いローブはどこで買ったんですか。
なんてしょうもないことを考えながら、俺の視線は開いていく重厚な扉の向こう側へと向けられる。
赤い絨毯は扉の先でも変わりなく続いていた。
ただ、違いがあるとすればその終着点ともいうべきものが存在していることだろう。
無限に続いていると思っていたものにも終わりはあったのだ。
その終着点は───玉座だった。
豪華絢爛を体現したかのような、この世の粋を尽くしたかのような玉座だ。
遠目からでもわかるその美しさ。
これほどのものは歴史的にもそうないだろう。
そもそも、この部屋自体が日常の風景からかけ離れている。
壁の基調は黒。
そこに金を基本とした見たこともないほど精巧な細工が施されている。
天井に吊り下げられた5つのシャンデリアから放たれる幻想的な輝きは、この空間をより一層浮世離れしたものにし、目を奪われる。
まさしく、玉座の間という言葉がこれほど相応しい場所はないだろう。
しかし───そんなものが霞んでしまうほどの事実があった。
玉座の左右に並ぶ化け物の存在だ。
じっと俺のことを見ている。
そこに言葉はなく、何かを見定めるようにただ静かに見ている。
本来なら恐ろしくてしかたないだろう。
普通の人間であれば真っ先に逃げ出すだろう。
……そのはずなのに、
「なんだ、恐ろしいか?」
じいさんが、タイミングを見計らったように声をかけてくる。
俺はその問いに言葉を返すことなく、もう一度改めて化け物たちを見た。
…………。
やはり、俺はこの化け物たちを知っている。
とてもよく知っている。
───『竜王』
───『ゾーマ』
───『デスピサロ』
───『ミルドラース』
───『デスタムーア』
───『オルゴ・デミーラ』
───『マデサゴーラ』
いつも俺の中にいる───魔王たちだ。
奇妙な気分だ。
どう見たってヤバすぎるのに。
絶対に良い奴って感じはしないのに。
……家族のような親近感がある。
俺は気づいたら歩き出していた。
そうすべきだとなぜか思った。
そうしなければならないと思った。
魔王と俺の距離はゆっくりとなくなっていく。
そして、あっという間に玉座の前へとたどり着いてしまった。
当然、魔王たちと俺も目と鼻の先だ。
7つの視線がこれでもかと突き刺さる。
だが、やはり感じない。
欠片ほどの悪意も感じない。
「当たり前だ。言っただろう、器は成ったと」
じいさんが見透かしたように喋りだした。
俺は振り返り、またしてもじいさんを見る。
「皆、お前を認めている。───その玉座には余が座ろうと思ったが、まあよい」
「いや、あの本当に誰なんですかねじいさん」
俺はここにいる魔王たちを知っている。
だけど、このじいさんだけは知らない。
マジで誰なんだよあんたは。
「その玉座に座る前に聞かせろ」
「…………」
ほんと、こっちの質問には一切答えないの。
「なぜ、おまえは他を優先する?」
「……はい?」
俺は質問の意図が分からなかった。
「それだけの力がありながら、お前は自身より他を優先している。なぜ、弱者を気にかける? 取るに足らない有象無象などどうでもいいではないか。なぜ、その力を己がためのみにつかわん? それが、それだけが余には理解できん」
な、なんだその魔王すぎる思考回路は……。
「その力を振るい、この世界を我がモノにしたいとは思わんのか? そのための力だろう。ここにいる者は皆、お前を認めてはいるが、本心ではそれを望んでいる」
えぇ……マジかよ。
いやまあ見た目的にはそんな驚きはないんだけども。
「強き者がくだらんしがらみで潰れていくのは見るに堪えん。故に聞かせろ。なぜ、おまえは他を優先する?」
なんで、なんでねぇ……。
そんなこと考えたこともなかった。
てか俺、そんなに他人を優先してるかね?
でも、まあ───
「俺がそうしたいから、かな」
俺の言葉に、じいさんは少しだけ虚をつかれたようだった。
一切の隙を見せない強キャラ感ハンパないじいさんのその目を丸くした顔は、なんだかしてやった感があり嬉しかった。
「フッ、フフフッ……!! フハハハハハハッ……!!!!」
僅かな沈黙の後、じいさんは高らかと笑った。
「なるほどな。理解はできんが、それがお前のやりたいことであるならば仕方あるまい」
カッコつけたけど、単純に友達が欲しいってだけです。
そして響香に嫌われたくないです。
なんか気に入られたみたいでよかったけど。
「その玉座に座るといい」
じいさんは相変わらず静かな目をしている。
怒らせたら怖いタイプの目でもある。
「忘れるな。器は成った。だが、まだまだ脆く弱い。さらなる力を欲せ。力への渇望を絶やすな」
「あ、はい。分かりました。それであの……いいかげん教えて欲しいんですけど、じいさんは誰なんですかね?」
俺は、座っていいと言われたのでとりあえずその豪華すぎる玉座に座った。
ゴツゴツしてて意外と座り心地は良くなかったが、気分は悪くない。
「いいだろう。教えてやろう。余の名は────」
「え、なんて!? 全然聴こえなかったんですけど!!」
++++++++++
俺は突然目が覚めた。
窓から陽の光が差し込み、すっかり朝になっていた。
でも、頭の半分はまだ温かい泥のような無意識の領域に留まっている。
なんか下から神楽坂さんの声が聞こえる。
体が鉛のように重く、どう考えても体育祭の疲れが抜けきっていない。
扉を開け、部屋から足を一歩踏み出せばいつもの見慣れたローブへと変わった。
ガキ共が走り回っているのか、ドタドタという音が聞こえる。
朝からやかましい奴らだまったく。
そして、今回ははっきりと夢のことを覚えていた。
魔王たちのこと、玉座のこと、そして謎のじいさん。
結局あのじいさんが誰なのかは分からなかったけど、なんとなく敵ではない気がする。
「まあよい。いずれ分かるであろう」
相変わらずの自分の口調にうんざりしながら、夢は夢でしかなかったんだなってことを実感した。
それから、じゃれついてくるガキ共が持っていた金メダルを見て、そういえば体育祭優勝したんだってことを俺はなんとなく思い出した。
お読みいただきありがとうございました。