魔王の苦悩アカデミア   作:黒雪ゆきは

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039:空への勧誘。

 雄英体育祭は単なる学校行事ではない。

 日本中が注目する大イベントだ。

 それはつまり、体育祭で活躍した者は相応の知名度を得るということ。

 ……いや、否が応でも得てしまうというべきだ。

 

「まったく、やかましいものだ」

 

 ほんとうにうんざりだ。

 頼むからもうちょっとこじんまりとした、家族や身内だけで盛り上がるくらいの催しにしてほしいと思ってしまうのは、俺がやはりヒーローに向いていないからだろう。

 

 体育祭後の2日間の休日。

 うちにはマスコミから取材依頼の電話がひっきりなしにかかってくるため、神楽坂さんの機嫌が常にちょっと悪い。

 俺の機嫌も悪い。

 ガキ共は元気。

 

 しかも当然のようにうちの前で出待ちしている方々は、いったいどういうことなんだろうか。

 真面目に聞きたいわ。

 誰なんだアンタら、てな。

 だけど俺の口からでる言葉は『どけ、目障りだ』なんて辛辣すぎるものだったりする。

 

 なのに……なのになんで嬉しそうなんだろう……。

 

 もう怖いわ。

 怖いわいろいろと。

 

 高校生のガキにこんな暴言吐かれて喜ぶとか……世も末とはまさにこの事。

 

「いってらっしゃい。気をつけて行きな」

 

「うむ」

 

 ガチャり、と玄関の扉を開ける。

 今日は休み明けの登校日だ。

 

「にーちゃん待ってよ! おれも行く!」

 

「あたしも一緒がいい」

 

 ガキ共の声が俺を呼び止めた。

 

 うんうん。

 いつも途中まで一緒に行ってるもんなー。

 ……はぁ。

 

「しばらくは時間ずらして行きな。出待ちしてる連中がうるさいからね」

 

「えぇー!! なんだよそれ!!」

 

 神楽坂さんがガキ共を止めた。

 まあ仕方ない。

 ぶうぶうと文句を垂れているが、こればかりは我慢してもらおう。

 

「また、すぐに我に同行させてやる。それまでしばし待て。できるな?」

 

「……うん。わかったよ。───いってらっしゃい、にーちゃん!」

 

 なんとか納得してもらい、俺は神楽坂さんとガキ共に見送られながら外に出た。

 なんだかんだいい子だ、我が家のガキ共。

 ほんと反抗期とかないよなー。

 いつか来るんかね?

 

 それはそうと、俺は少しだけ不機嫌だ。

 

「あ、出てきた! 出てきた!」

 

「破魔矢魔央くん! 一言コメントもらっていい!?」

 

「今日から学校なんですよね! 体育祭後の初登校ですが、今の心境は!?」

 

「へぇー、最近の若いもんにしては風格あるなぁ。堂々としとる」

 

「魔央くーん!! きゃー、コッチ見た!!」

 

 ……俺が不機嫌なのはコイツらのせいだ。

 ほんと鬱陶しいったらない。

 なんでこいつらのせいで、うちのガキ共が迷惑しなきゃいけねーんだよ。

 相澤先生がマスコミ嫌いってのも今なら凄くわかる。

 まあ、ここにいる連中はマスコミだけではないんだけども。

 

 そして、一つ問題がある。

 俺は負の感情を抑制することができないということ。

 

「道をあけろ。愚か者どもめ」

 

 俺のいつもより少しだけ低い声がやけ響いた。

 本来なら、こんなことを言っても無視されるか、怒られるか、呆れられるかのいずれかの反応しかないだろう。

 

 しかし、

 

「あぁ、素敵すぎるぅ……」

 

「キャー! キャー!」

 

「道をあけろ! いただきました!」

 

「本当に堂々としとる」

 

 モーセが海を割ったように、道はあっという間にひらかれた。

 あまりにも綺麗な動きだ。

 練習でもしているのではないだろうか。

 

 もはやこれは……さすがに普通じゃない。

 いい歳した大人、それもどう考えても通勤途中であろう人までキラキラした目で俺を見てくる。

 はっきり言って気色悪い。

 

 体育祭で優勝したとはいえ、こんなにも、なんというか、なんでも許されてしまいそうな奇妙な雰囲気になるだろうか。

 さすがにないだろう。

 普通じゃない。

 

 まさか……これも俺の個性のせいだったりするんだろうか……。

 

 いや、もう考えるのはやめよう。

 どーせ考えてもわからん。

 考えるだけ無駄だ。

 受け入れるしかないんだろうからなぁ。

 

 俺は周りからの声を一切無視し、諦めと共に歩を進めた。

 

 はぁ……。

 

 そのとき───バサりという音が聞こえた。

 

「あれ、朝から元気ないね。破魔矢くん」

 

 誰かがふわりと、俺の目の前に現れた。

 周りの人々がざわつきだす。

 さっきまでとは違う種類のざわつきだ。

 

 飄々としたその雰囲気。

 特徴的なその大きな翼。

 どこかで見たことあるんだけど、名前が出てこない。

 たぶん、ヒーローだったような……。

 

「誰だ……貴様?」

 

 声に出してもーた。

 ほんとすみません。

 

「え、もしかして俺のこと知らない? あちゃー、俺もまだまだだねぇ」

 

 少しだけ大袈裟なジェスチャーとともに、軽い雰囲気の翼男はおどけてみせた。

 でも、答えは周りの人々が教えてくれた。

 

「ホークスだ!!」

 

「え、ホークス!? 現ヒーローランキング第3位のプロヒーローの!? ほ、本物!?」

 

「なんでこんなところにいるの!?」

 

 次々と上がる声。

 どよめきがさらに大きくなった。

 なんとなく居心地が悪い。

 もはや今日は学校に行かず寝ときたいまである。

 

「そうそう、俺はホークス。一応プロヒーローだよ。よろしくね」

 

 なんかすっごい要領のいい人って感じがする。

 めちゃくちゃ偏見だけど。

 でもなんていうかなー、こういう人って影で努力してそうでもあるんよなー。

 なんの脈絡もなく突如現れたプロヒーロー、ホークスを目の前にして俺はそんなどうでもいいことを考えた。

 

 というか、周りの声がうるさい。

 朝からほんと騒ぎすぎ。

 

「それで、我に何の用だ?」

 

「おー、テレビで見たまんまだねー。喋り方とかも。そういうの嫌いじゃないよ俺」

 

「さっさと用を話せ」

 

「おーけー、んじゃとりあえず飛ぼうか」

 

「……なに?」

 

 え、飛ぶって言ったのこの人。

 

「学校にはもう許可もらってるから大丈夫。破魔矢くん、飛べるよね? はい、飛んで飛んで!」

 

 そう言って、ホークスはふわりと空高く羽ばたいた。

 何だこの人急に。

 そして、速っ。

 俺も一応飛べるから分かる。

 この人、羽ばたいてから空に舞い上がるまでがめちゃくちゃ速い。

 

 とりあえず、仕方ないから俺も翼を出した。

 プロの方を無碍にはできない。

 

 ガヤガヤとうるさい周りの声を無視して、俺も翼をはためかせ飛び上がった。

 すると、どういうわけかホークスは少し先の方へ羽ばたいて進んだ。

 

「学校まで競走しようよ。いくよー、よーい」

 

 え、何この人本当に。

 

「ドンッ!」

 

 瞬間、ホークスはとてつもない速さで空を舞った。

 

 

 ++++++++++

 

 

「まだまだだねぇ、破魔矢くん」

 

「……速いのだな、貴様」

 

 いや、速いよマジで。

 ハンパない。

 たぶん手加減されてるのに全く追いつけんかった。

 追いつける気配もなかった。

 終始余裕な態度が崩れんし。

 空でこの人に、少なくとも速さでは勝てる気がしないわ……。

 

 そしてあっという間に学校に着いた。

 

「もう着いちゃったかー。本当はゆっくり君と話したかったんだけど、それはまたの機会にするとして本題にはいろうかな」

 

 そう言って、ホークスは俺の方を振り向いた。

 

「破魔矢くん、うちの事務所こない?」

 

 それはあまりにも素直な勧誘だった。

 

「何もこれから始まる職場体験に限っての話じゃないよ? その後にあるインターンもだし、破魔矢くんさえ良ければ卒業後うちの事務所のサイドキックにきてくれても俺的にはいいんだけど、どう?」

 

「……なんだと?」

 

 え、急展開すぎるんだが。

 そんな軽いノリでする話ではないってことは、さすがの俺でもわかる。

 確かこの人現3位のヒーローって野次馬が言ってたよな?

 ということは、有名人なうえにすごい人ってわけだけども……。

 

 いや、やっぱりどう考えてもこんな軽いノリでする話ではない。

 この人おかしい。

 おかしい人だ。

 

「あ、でも破魔矢くんはさすがに自分の事務所持つだろうし……お、そうだ。俺が君のサイドキックなろうか! いやでも……さすがにそれは怒られるかな……うるさいもんなぁ、あの人たち……」

 

「待て」

 

 何言ってんのこの人ほんとに。

 こんな人気のプロヒーローが高一のガキに何言ってだよマジで。

 俺のサイドキックなるとか、ホークス側にメリットがないどころの騒ぎじゃない。

 

「貴様……何が狙いだ?」

 

「狙い? 狙いもなにも、俺は勧誘にきたんだよ。どーしても君にはうちの事務所に来て欲しくてね、来ちゃった」

 

 わざわざ福岡からね、とホークスは相変わらずヘラヘラと笑いながら答えた。

 え、もうマジでついていけない。

 福岡から来たの?

 俺の勧誘のためだけに?

 

「まぁ一応は、最近何かと話題に上がるヒーロー殺しの調査って名目で来たんだけど」

 

 と、ホークスは付け加えた。

 それでも俺は到底納得できない。

 できるはずがない。

 

「……なぜ貴様はそこまでする?」

 

 それは、俺の心からの疑問だった。

 確かに俺は体育祭で優勝したわけだけど……ここまでする!?

 いやありえんわ。

 現に他のプロヒーローはこんなことしてないし。

 なのにこの人は福岡からわざわざ勧誘に来るという、理解できないことをしている。

 

「そうそれ! 俺にも分からないんだよね。後進育成なんて全く興味なかったんだけど、なんでだろ?」

 

 そう言って、ホークスはハハハと軽く笑った。

 

「…………」

 

 知るかー!

 なんでだろ? じゃねーよ。

 もういやだこの人……。

 

「でもまあ───」

 

 ホークスの目に少しだけ真剣な色が宿った。

 

「心動かされちゃったから、ってのが本音かな」

 

 なぜかその言葉に嘘はないってのが、ものすごく伝わってくる。

 

「破魔矢くんの体育祭の活躍を見て思ったよ。──もしかしたら、君なら本当に俺の夢を叶えてくれるかもしれない、ってね」

 

「……夢、だと?」

 

「そう、俺の夢。『ヒーローが 暇を持て余す世の中にしたい』っていう夢さ」

 

 ……へぇ。

 

 いい夢じゃん。

 

「でも!!」

 

 ホークスはこれまでとは一変し、少しだけ声を張り上げた。

 

「“翼”の使い方がまるでなっていない。途中からはそればっかり気になっちゃって、逆に見てて苦しかったよ」

 

 肩を竦め、呆れたようにため息をつかれてしまった。

 

「飛ぶとき直線的な動きが多すぎ。速度もまだまだ。全体的に空中での動きがぎこちない。飛ぶことに関しては、ダメだししだしたらキリがないね。まあ、君みたいな多彩な能力を持つ個性だったら、仕方ないっちゃ仕方ないけどさ」

 

 い、言われたい放題だ……。

 でも……確かに言い返せない。

 単純に、制空権ってのはとてつもないアドバンテージだ。

 なのに俺は、いろんなやつに攻撃を当てられた。

 呪文や魔王化の扱いにばかり目がいき、翼にまで気が回っていなかったんだ。

 

「断言するけどさ、君がその翼をもっと自分のものにしたら、プロになってから救える命が格段に増えるよ」

 

 もはや、ホークスについ先程までのふざけた雰囲気は微塵もなかった。

 

「君が学ぶべきはヴィランの撃退よりも、いかに速く多くの命を救うか、ってことなわけ。───つまり、俺でしょ」

 

 そう言って、ホークスは笑った。

 

「うちにおいでよ、破魔矢くん。君なら俺に追いつける」

 

 

 ───これが、俺とホークスの出会いだ。

 




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