魔王の苦悩アカデミア   作:黒雪ゆきは

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040:なぜだ。

「ふっはっはっはっはー!」

 

「違うっての! こうだよこう! ふーははははっ!!」

 

 体育祭の休み明け、学校へと向かう耳郎響香。

 同じく登校途中であろう、ふざけあっている小学生を見ながら彼女はなぜか少しだけ空虚な感覚を覚えてしまう。

 体育祭ではあと一歩のところだったものの、最終種目まで残れなかった。

 

 とはいえそれなりの活躍をしたこともまた事実であり、道行く人々は彼女に声をかける。

 第二種目の騎馬戦にて、他の追随を許さなかった魔央からハチマキを奪ったことが人々の印象に残ったのだろう。

 それでも、それが些細と言えるほど聴こえてくるのは別の声だ。

 

 

 ───『破魔矢魔央』

 

 

 どこに行っても聞こえてくるのは、彼への称賛、羨望、憧憬、そんな声ばかりだ。

 彼女にとって、魔央は幼少の頃からの友人。

 本来なら一緒になって喜ぶべきだ。

 

 そう、本来なら。

 

(なんでだろ……アイツがすっごい遠くに行っちゃったような、そんな感じがしちゃうのは……)

 

 元々、魔央が“とてもすごい人”ということは知っていた。

 それと同時に、彼女は心のどこかでそれを知っているのは自分だけだと思っていたのだ。

 いや、思いたかったのか。

 

 だがそれはもう、思うことさえ許されない。

 破魔矢魔央の存在は多くの者が知っている。

 むしろ知らない者の方が少ないのではと思うほどに。

 

 彼の名はすでに国中に轟いてしまったのだから。

 

「はぁ……最悪。うちって最悪。全然……ロックじゃない」

 

 喜ぶべきことを素直に喜べない。

 それが彼女にとってどうしようもなく“嫌なこと”だった。

 

「おれさ! 大人になったらヒーローなってさ! 魔王軍に入るぜ!」

 

「魔王軍!? なんだよそれ!! やっぱあるのか魔王軍!! かっけー!! 俺も絶対入る!!」

 

 先ほどの小学生たちの声が、再び響香の意識を現実へと引き戻した。

 

「フッ……君たちは甘いですね」

 

 メガネをかけた少年が、クイッとメガネを正しながら自信に満ち溢れた表情で言い放った。

 

「なんだよメガネ! 何が甘いんだよ!」

 

「キモいぞお前の顔! 髪型もダサい!」

 

 どんなに酷い言葉を浴びせられても、メガネと呼ばれた少年の表情は曇らない。

 

「ふっふっふ。僕は魔王軍に入るだけでなく───四天王になります!!」

 

 その言葉に、残り2人の少年は口を開けたまま固まった。

 

 そして───

 

「な、なんだよそれ!!! まじかっけー!! やばい!!」

 

「メガネお前やっぱ頭良いなー!! 四天王はちょーかっけーよ!!」

 

「ふふふ!! そうでしょう!! 四天王になって僕はヴィランに言ってやりますよ! 魔王と戦いたくば、この僕を倒してゆけ!! とね!!」

 

「「おぉー!!!!」」

 

 盛り上がり始めた小学生たち。

 そんな子どもたちを響香は横目で見ながら、クスリと笑って通り過ぎた。

 

「四天王ね。ウチも目指してみよっかなー、なんて」

 

 そんなことを冗談半分に考えつつも、わりと本当にそうなりたいかもと思っている自分に響香はまた笑った。

 

 でも、違う。

 

 違うのだ。

 

(なりたいのは……ウチが本当になりたいのは───)

 

 いろいろな考え、そして妄想が広がり、なぜか耳が熱くなってくるのを感じた。

 耳だけに留まらず、その熱は顔中に広がっていき、

 

「何考えてんだウチは!! ないから!! ありえないから!!」

 

 言葉となって空気中に解き放たれた。

 誰に訴えるわけでもない心の叫び。

 道行く人が驚きのために一瞬歩みを止める。

 そのことに響香もはっと気づき、居心地の悪さから下を向きつつ足早にこの場を離れた。

 

(もう……! なにやってんのウチは……!)

 

 顔の熱は徐々に収まってはきたものの、未だ完全に消えはしない。

 それを発散するように響香の歩みは早くなった。

 気づいたときには学校が見えてきており、その事実に少しだけ呆れてしまう。

 どうも今日は空回りしている気がしてしまい、響香は深めのため息をついた。

 

 見えてくる見慣れた校門。

 だが、見慣れないものも彼女の目には映った。

 

「え……」

 

 それは───魔央とプロヒーローのホークスという、とても見慣れた人物の見慣れない組み合わせだった。

 

 響香の脳裏にぷつぷつと湧く疑問の泡。

 しかし何も分からないうちにホークスは羽ばたき、空へ舞う。

 あっという間にはるか彼方へと消えていくその姿を、ただ唖然としながら見ることしかできなかった。

 

 そのとき、不意に魔央が響香を見つける。

 ほぼ同時に、彼女の視線も魔央へと向けられた。

 唐突に絡み合う2人の視線。

 まばたきをするほどの刹那であるにも関わらず、なぜか響香には時間が凍りついたように感じた。

 

 そしてどういうわけか心臓の音がやけにうるさい。

 息苦しさまで錯覚してしまうほどに。

 それが耐えられなかったのだろう。

 響香はぷいっと視線を逸らしてしまった。

 

 だが、自分の失態に気づくのも彼女は早かった。

 

(なにやってんのウチは……!)

 

 原因は、先ほどまで“妙なこと”を考えていたせいであるとすぐにわかった。

 

「……響香ではないか」

 

 聞き慣れた声。

 彼女以外の者が聞けば、それはいつもと変わらない声なのだろう。

 しかし長い時を共有した彼女には、魔央がほんのわずかに動揺していることを感じ取ってしまった。

 

(そりゃ意味わかんないよね、まじウチって最悪……)

 

 軽く自己嫌悪に陥ってしまう。

 とはいえ、言い訳がましいことをするのも彼女の主義ではない。

 どうしよう。

 何が正解なのか。

 その答えは出ないまま、

 

「おはよ、魔央」

 

 と、言った。

 

 体育祭明けの登校初日。

 彼女と彼の朝は、そんなちょっとしたぎこちなさから始まった。

 

 

 ++++++++++

 

 

 え、なに。

 なにこの地味ーなキマズさは。

 校門で会った時目逸らされたよね俺。

 バッチリ気づいてるからね俺。

 

 ……ちょっと待って? 

 

 俺なんかしたっ!?!? 

 

 いくつもの記憶を一瞬で呼び覚ます。

 自分が何か響香の嫌がるようなことをしてしまったのではないか。

 やらかしてしまったのではないか。

 その答えを見つけるために高速で記憶を巡る。

 だが、どれだけ記憶を巡っても一向に答えは見つからなかった。

 

「ねぇ聞いてる!? 破魔矢ってほんと凄いんだよ!!」

 

 思考の渦の中で突然芦戸の声が聞こえた。

 それによって、自分がだいぶぼーっとしていたことに気付かされた。

 いつの間にか、俺の席の周りには芦戸、蛙水、常闇、尾白、障子、上鳴、峰田が集まっている。

 というよりは取り囲まれている。

 

「……うむ、聞こえておるわ。そう大声を出さずともな」

 

 芦戸三奈……コミュ力化け物系女子……。

 絶対良くないけどどうしても苦手意識がある。

 なんだろう……捕食者というか、生態系のトップというか……。

 そういう風に感じてしまう。

 

「オイラの中学の友達もよー、めっちゃ破魔矢のこと聞いてきたわ」

 

「いやでもぶっちゃけ当然じゃね? あの体育祭の活躍みちゃうとさ〜。ヤバっかったもんな」

 

「……まさしく天下無双の活躍」

 

「テレビでも特集をやっていたな」

 

「うん、ほんとすごかったよね。俺も頑張らなきゃなーってなったよ!」

 

「それわかる!! わたしもわたしも!! なんか破魔矢って、周りにすっごい影響与えちゃうよね! 

 みんなを巻き込むっていうかさ!」

 

「そうね。破魔矢ちゃんの魅力だわ」

 

 ん……でも確かにそれはあるのかもしれない……。

 俺自身というより、俺の個性の力だと思うけど……。

 周りを巻き込む影響力。

 そんなものが俺の個性にあると考えると、やたらと色んな人間が俺の事で騒いでいる今のこの状況も納得がいく。

 

 あ、そういえば。

 

 改めて周りを見た。

 

 目の前の事実と、朝俺の家の前に集まっていた連中に、ホークスのことが重なる。

 

 それらのこと全部ひっくるめて考えると───もしかして、何らかの異形的特徴を持ってる奴らに強く影響を与えてしまう……とか? 

 

 いやー、わからんな。

 こればっかりは調べようがない。

 

「あの程度、造作もない」

 

 とりあえずそう答えると、周りはそれに対してまた騒ぎ立てる。

 その……キラキラした目で俺を見るのやめてくれないだろうか。

 慣れてないんで。

 

 上鳴と峰田はわかる。

 以前から絡んでた。

 でもそれ以外はそんなに絡んでなかったもんな。

 体育祭を経て、個性が強くなった影響なんか……? 

 いや……純粋に俺と絡みたくて絡んでくれてる可能性だって、ほんのわずかに残ってるけども……。

 

 そんなことを考えていると───

 

 唐突に、バンッ! という音ともに教室の扉が開かれた。

 

 教室にいる生徒全員の目が自然とそこにいる人物に向けられる。

 それはあまりにも意外で、なんの脈絡もない人物であり、誰しもが瞬時に理解することはできない。

 だが、知っている人物。

 ヒーローに憧れるものであれば、彼女のことを知らない者の方が少ないだろう。

 

「破魔矢魔央はいるかッ!!!」

 

 迫力のある声が響き渡る。

 その声に真っ先に反応したのは、呼ばれた俺……ではなく、

 

「ら、ラビットヒーロー“ミルコ”ッ!!!!」

 

 目を輝かせた緑谷だった。

 ざわざわとしだすクラスメイト達。

 緑谷はそのままミルコと呼ばれた、恐らくプロヒーローである彼女の情報を話し始めた。

 いつもの癖だ。

 

「は、破魔矢呼ばれたよな……?」

 

「……あぁ」

 

 峰田だけは冷静だった。

 

「う、羨ましいぞどちくしょうがァァアアアッ!!!」

 

 冷静ではなかった。

 

「プロヒーローが、しかもあんな美人なプロヒーローがわざわざ学校まで来るってどういうことだぁぁあああッ!?!?」

 

「いやでもマジハンパねぇわ、破魔矢……これはガチだわ……」  

 

 こっちが聞きたい。

 なんで来たんだろこの人。

 

 すると、その鋭い眼光は俺へと向けられた。

 

「見つけたぞッ!! お前だなッ!!」

 

 一直線に俺の方へ向かってくる。

 怖い。

 なんか怖い。

 金出せって言われたらどうしよとか思ってしまう。

 万が一言われたら迷わず今ある全財産出したいのに、個性的に出せないだろうから困るんですけど。

 

「お前、ウチに来いッ!!」

 

 俺の目の前まで来たミルコは、その勝気な表情でそう言い放った。

 

「……貴様もか」

 

 俺は小さな声でそう呟いてしまう。

 どうやら彼女は、わざわざ学校に許可をもらってまで俺に会いに来てくれたらしい。

 職場体験の勧誘のためだけに。

 

 いや、だけじゃない。

 

 ミルコもホークスと同じだった。

 

 卒業後は一緒に活動しようとか言い出し、クラスメイトたちにさらなるどよめきが走る。

 

 ミルコの怒涛の勧誘は相澤先生が現れるまで続いた。

 もともとそういう約束だったらしい。

 

 俺は耳が長いミルコを見ながら、やっぱりさっき考えたことは正しいのかもしれないと思った。

 異形的特徴のある人間に対して強い影響力を与える。

 もはやそう考えないとおかしすぎる。

 

 ホークスといい、ミルコといい。

 俺は知らなかったがトップヒーローらしいではないか。

 明らかに異常なんだよ。

 そんな人たちが、たかが俺みたいな一生徒にあんなに熱心になるなんて。

 

 なんだか朝から疲れたなと思い、ため息が出てしまった。

 すると、ふと視線を感じ振り向いた。

 

 視線の先にいたのは響香で───またぷいっと目を逸らされてしまう。

 

 勧誘とかクソどうでもいい。

 

 なぜだ。

 

 なぜ目を逸らすんだ……!! 

 

 誰かマジで響香が目を逸らすようになった理由を教えてくれ!! 

 

 いろんな衝撃な事が起きた朝だったが、結局俺の頭を埋め尽くすのは響香が目を逸らす理由、ただそれだけだった。

 

 




お読みいただきありがとうございました。

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