「私が跳びまわって、お前が飛びまわる。そうすりゃあ、蹴っ飛ばせるヴィランの数も2倍だ! 私たちにとっちゃ事務所なんてもんは重っ苦しいだけなんだよ! 2人で思う存分───」
いや、この兎姉さんの勧誘はいつまで続くんだろう。
クラスメイト達からの何とも言えない視線がキツいのでもうこれ以上はやめて欲しいです、と素直に伝えられたらどれほど生きやすいのか。
言いたいことを言って生きていけるのは、選ばれた極僅かな人間だけだと思います。
そんなことを考えていると、
「ミルコさん、時間です」
相澤先生がそう言いながら教室に入ってきた。
俺にとって、まさしくヒーローの登場のようだった。
「なんだ、もう時間か」
こうして、ミルコの熱烈な勧誘はようやく終わりを告げた。
ミルコと相澤先生は少しだけ言葉を交わし、ついに俺は解放されたのである。
心の中だけで祝杯をあげた。
「またなイレイザー」
「はい、お疲れ様です」
「それから破魔矢魔央ッ!!」
その迫力ある声に肩がビクリとはねなかったのは奇跡に近い。
それとも、魔王たるもの何事にも動じてはならないという呪いにでもかかっているのか。
……いや、かかっているのだろう。
「私は待っているからなッ!!」
ミルコはびしっと俺の事を指差した。
そして、勝気な笑みを浮かべながら教室を後にした。
なんだろう、ミルコの笑顔ってどこか爆豪と似た怖さがあるんだよなぁ……。
そう考えると、雰囲気もどことなく似てるような気がしてきた……。
「破魔矢くんすっごーい!! プロヒーローが直接勧誘にくるなんてさ!!」
葉隠の声が響く。
それによりどこか緊張感の漂っていた空気は弛緩し、クラスメイト達は風船が破裂したように騒ぎ出した。
「ほんとほんと! やばいよね!」
「さすがだわ! マジで!」
「……チッ」
「闇を総べる王というのは伊達ではないということか」
いろいろな声が聞こえてくる。
口々に俺のことを騒ぎ立てる。
……やっぱり、注目されるのはどこまでいっても苦手だ。
苦手なもんは苦手なんだよ。
慣れはしてるものの。
「……静かに」
分かりやすく不快感のこもった相澤先生の一言が、そんな緩んだ空気を切り裂いた。
ピシャリと静まりかえる教室。
相澤先生は合理性に欠ける系の小言を吐き捨てたあと、いつも通りホームルームを始めた。
ただ、この場のほぼ全員の視線は別のものに注がれている。
それは相澤先生が持ってきた2つの大きな箱だ。
しかしそんなことを全く意に介さず、相澤先生は話を進めた。
「今日のヒーロー情報学はちょっと特殊だ」
その言葉により再び緊張が包み込む。
俺もヒーロー情報学はそんなに好きじゃない。
単純に暗記する量が多くてつまらないから。
特殊、という言葉からテストを想像する者も少なくなく、それゆえのこの空気だろう。
だが───
「『コードネーム』───ヒーロー名考案だ」
『胸ふくらむヤツきたああああ!!』
その不安はいい意味で裏切られ、クラスメイト達は熱狂する。
「静かにしろ……何度も言わせるな」
そんな空気を再び冷ます。
相澤先生はため息をつき、それから説明を始めた。
「先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力と判断される2年や3年から……つまり今回きた指名は将来性に対する興味に近い。卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある」
「頂いた指名がそのまま自身へのハードルになるんですね!」
葉隠の言葉に相澤は頷く。
これはきっかけにすぎず、本番は正しくこれからという事だ。
「そうだ。で、その指名結果がこれだ」
相澤先生が手元のタブレットを操作することでおりてきたスクリーンに、雄英に送られてきた各生徒の指名件数が映し出された。
──A組指名件数──
破魔矢 5288
轟 3287
爆豪 2163
常闇 325
飯田 307
上鳴 201
八百万 81
切島 62
麗日 17
瀬呂 8
「例年はもっとバラけるんだが、今年は3人に偏った」
え、多っ……。
それが俺の率直な感想だった。
むしろそれ以外でてこない。
「うっひゃーっ!! やっぱ破魔矢やべぇっ!!」
「破魔矢ぶっちぎりか〜。でもそんな不思議でもないんだよなー」
「つうか2位と3位逆転してるし」
「……クソが」
ざわざわとする教室。
そんななか、相澤先生は気になっていた箱を2つ持って歩き出した。
それに対する興味により、教室は少しだけ静かになる。
そしてなんでだろう。
相澤先生はその箱を俺の机に置いた。
もう今日は疲れてるんで、できればやめて欲しいんですけど……。
「1つはプロからの指名の手紙。もう1つはお前宛のファンレターだ」
……え。
『ファ、ファンレターッ!?!?』
またもやクラスメイトの声が重なった。
ファンレターってなんなの。
ただの高一なんですけど俺。
意味が分からんし、心の疲労が許容量を越えたのでもう早退したいんですけどいいですか?
「本来、こういうものは個人的に渡すものだ。だが、あえてお前らにも見せておく方が合理的だと判断した」
そう言って、相澤先生は少しだけ真剣な表情でクラスメイト達を見渡した。
「ミルコさんに教室で声をかけるようお願いしたのも、お前らに見せておきたかったからだ。───これが、お前らがなろうとしてるプロヒーローの世界だってことをな」
クラスメイト達の目にも真剣な色が宿る。
「プロの世界は完全な実力主義。ある者は輝かしい道を歩み、またある者はヒーローを続けることさえ困難となり辞めていく。そういう世界だ。生易しいものなんかじゃ決してない。ヒーロー飽和社会などと言われてる今はそれがより顕著だ」
そして、相澤先生が俺に目を向けた。
「こんなこと俺はあんまり言わないんだが───破魔矢は間違いなく逸材だ」
その言葉はなぜか妙に心に響いた。
素直に嬉しかった。
純粋に認められた気がしたから。
「ハッ、何を当然なことを言っておる。我は魔王。有象無象が我にひれ伏すのは至極当たり前のことだ」
そんな温かい感情を一気に塗りつぶす発言が俺の口から飛び出た。
死にたくなった。
この真面目な空気で何言ってんの俺マジで。
死んでくれよマジで。
だけど、相澤先生は気にすることなく話を続けた。
「プロから直接勧誘させてくれという依頼の電話があまりにも多すぎたため、手紙という形をとってもらった。その時点ですでに学校側から許可を出してしまっていたホークスとミルコ以外の全てを断った。お前の意見を聞いてやれずすまんな、破魔矢。だがこれも経験しておくべきことだと俺は判断したんだ」
まじか。
そんなに声がかかっていたのか。
相澤先生の言葉でようやく少しだけ実感がもててきた。
俺が、多くの者に注目されているという事実を。
「お前らの世代は、常に破魔矢と比較されることになると思え。それがどういうことかは言わなくても分かるな? 生半可な結果じゃ誰も見てくれないということだ。───焦れよ、お前ら」
『はいッ!!!』
クラスメイト達の目には闘志が燃え上がっている。
えぇ、なんかしれっと俺のハードルも上げるのやめてほしいんですけど……でもまあ、やるしかないわな。
最初は、仕方なくヒーローになろうと思った。
俺の個性はめちゃくちゃ特殊で、ヒーローになる以外に道はないと思ったから。
でも、それじゃ誰も守れやしないと知ったんだ。
そんな覚悟じゃいざというときブレる。
USJでそれを肌で感じた。
きっと───命を懸けないといけない時がくる。
こなけりゃそれでいい。
でも、たぶんくる。
なぜか確信があるんだ……これだけは。
そのとき俺は、死の恐怖を克服できるだろうか。
できる、なんて簡単に断言するほど俺は馬鹿じゃない。
それでも、本当にヒーローになるなら克服しなくちゃいけないんだ。
『魔王』なんてふざけた個性で、ヒーローになるには。
───笑わせてくれる。
そのとき、俺の覚悟を嘲笑う暗い声が聞こえた。
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