「これを踏まえ、指名の有無に関係なく職場体験に行ってもらう。プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練にしようってこった。職場体験と言ってもヒーロー社会に出ることには違いない。つまり、お前らにもヒーロー名が必要になってくる。まぁ、仮ではあるが適当なもんを付けたら──」
「地獄を見ちゃうよ! この時の名が世に認知されてそのままプロ名になってる人は多いからね!」
ミッドナイト先生が入ってきた。
「その辺のセンスはミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうの出来んからな。将来、自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まり、そこに近づいていく。それが『名は体を表す』ってことだ。よく考えてヒーロー名を付けろよ」
授業が進んでいく。
どうやらヒーロー名をつけなければならないらしい。
俺も考えないと。
ただ、俺の意識は“その声”に向いていた。
『いい加減気づいているのだろう? こんなもの、お前には向いていない。自分を偽っているだけだ』
うるさい。
不思議な声だ。
なぜか、この声を聞いていると内側から自分でもよく分からない何かが溢れてきそうな、そんな感覚がする。
そしてその何かは───きっと良くないものだ。
いつからこんな当たり前のように話しかけてくるようになったんだよ……じいさん。
『これも、貴様の成長の賜物よ』
成長の賜物?
なんじゃそりゃ。
それとうるさくて集中できないから話しかけないでもらっていいですか?
ヒーロー名を考えないといけないんで。
『……目を覚ませ。そして目を背けるな。貴様がやりたいことは本当にこんなことなのか?』
そうだよ、俺はヒーローになる。
決めたんだよもう。
ずっと前に。
『違う、それは貴様の真の意志ではない』
はい?
いやなんでそんなことアンタが決めるんだよ。
俺がなりたいって言ってんだから俺の意志でしょーが。
『───貴様はこの世界を征服し、全てを支配すべきだ』
ドクン。
何故か、その言葉だけは無視できなかった。
心が震えるのを感じる。
即座に返答を返すことができない。
こんな馬鹿馬鹿しいこと笑ってやればいい。
何言ってんだよじいさんって言ってやればいいんだ。
なのに……言えない。
なんでだ。
なんで……俺は…………。
『人間は最低だぞ』
またじいさんの言葉が聞こえた。
なんだよ……それ……。
『貴様が力を貸してやる価値などない。今は貴様を賞賛する。だが、根本的に人間は強大な力を恐れるのだ。平和な世なら尚更な。───必ず、貴様を制御しようとしだすぞ』
……あぁ、なんでこうも納得できてしまうのだろう。
じいさんの言葉には重みがある。
そんなわけがないと思う片隅で、本当にそうなるのかもしれないと思わされる。
『だが、貴様がこの世界の頂点に立てばどうだ? そんなに人間が好きならば、守るのではなく支配すればいい』
確かに、今のこの世界が全て正しいとは言えない。
それは『ヒーロー』だってそうだ。
ずっと考えていた。
なぜ、『無個性』のヒーローがいないのか。
これだけサポートアイテムが充実しているにも関わらず、無個性のヒーローはいない。
武術や格闘技を極めることによってヒーローになることはできないのか?
この事実からわかるのは───『ヒーロー』は純粋な“力”によって選ばれているわけではないということ。
『そうだ。“力”ほど純粋で単純で美しい法律はない。生物すべからく弱肉強食。人間だけが気取った理屈をつけてそこに目を背けておる』
他にも分からないことがある。
『警察』と『ヒーロー』が統合されていないことだ。
ヒーローに逮捕の権限を与えてしまえば済む話じゃないのか。
そう単純な話ではないのかもしれないが、どうしても思ってしまう。
ヒーローの仕事に警察の仕事は内包できるのではないか、と。
……いや、理由はわかっている。
権力の分散だ。
ヒーローに権力が集中することを意図的に避けている。
怖いのだ。
人間は強大な存在が怖いのだ。
だから、ヒーローが今以上の力を手にするのを恐れている。
……それが、人間という生き物。
なぜだ?
なぜ抗う?
強い者に従う、それはとても自然なことなのに。
『そうだ……! 力こそがすべてを司る真理だ!』
黒い感情が俺を埋め尽くす。
今の俺は、本当の俺なのか。
もしかしたら、本当の俺は───
「……くん。……やくん。───破魔矢くん!」
ミッドナイト先生の声が聞こえた。
というか、いつの間にか目の前にいる。
クラスメイトの視線がぶっ刺さってる。
きつい。
「大丈夫? 破魔矢くんの番だけど……」
「……あぁ」
どうやら心配させてしまったようだ。
俺は立ち上がり、教壇に向かう。
ヒーロー名はすでに決まっている。
ってか、なんだったんだ今の。
ふざけんなよボケが。
んなこと……自分が恵まれた側だから言えるんだろうが。
あんなのは俺じゃない。
俺のはずがない。
いや───
───あれも、俺の一面なのかもな。
きっかけがあのじいさんだったってだけ。
教壇についた俺はボードを皆に見えるように置き、それを読み上げた。
───『魔王』
ならやっぱり、俺にはこのヒーロー名がお似合いだ。
++++++++++
……ウチ、最低だ。
魔央が凄いことなんて知ってたのに。
どんどん凄くなっていっちゃう魔央と自分を比べて、勝手に劣等感いだいちゃって……勝手に態度悪くなっちゃって……。
ほんと……最低。
そんなことを考えていると、魔央が教壇に立った。
「───『魔王』……我に相応しい称号は他にない」
最近、魔央のオーラというか迫力が一段と凄くなった気がする。
ただヒーロー名を発表しただけなのに、教室が魔央に呑まれていく。
「やっぱそうだよな!! かっこいいぜ!!」
「けろ、ぴったりね」
「ヒーローっぽくはないけど破魔矢らしいわ!」
みんなが口々に魔央を褒める。
ウチもぴったりだと思う。
逆にそれ以外思いつかない。
……でも、なんでだろう。
なんか……少しだけ悲しそうに見える……。
「……オールマイト、奴はよくやった」
魔央がクラスに向かって話し始めた。
「だが、奴に頼りきっている連中には反吐が出る。守られることが当たり前だと思っている連中にもなぁ」
「……え」
魔央の強い言葉に、教室の空気が少しだけ困惑の色に染まる。
「それでも……守ってやらねばならない。だから我がなろう。ヴィラン共にとっての絶望の象徴───『魔王』にな」
『おおおおお!!!!』
万雷の拍手が教室を包む。
結局目は合わせられなかったけど、ウチも拍手した。
きっと、魔央はウチが想像もできないような、とってもロックなヒーローになるんだろうなって思いながら。
その後、他のクラスメイトたちのヒーロー名も次々と決まっていき、命名の時間は終わった。
タイミングを見て寝袋の中から相澤先生がモゾモゾと這い出てくると、再び教壇に立ち、本題の説明を始めた。
「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すから、その中から自分で選択しろ。指名のなかった者は予めこちらからオファーした全国の受け入れ可のヒーロー事務所40件。この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なるから良く考えてから選べよ」
相澤先生がそう言って生徒たちにプリントを渡し終えた所で、一限目終了のチャイムが鳴った。
「いや、ヤバイだろ破魔矢のリストの量!!」
「しかも直接勧誘の手紙まで来てるんだろ!? 選びほーだいじゃねーか。羨ましいぜ〜」
魔央の席の周りはすぐに人集りができていた。
この微妙に気まずい空気が嫌で、ウチもどさくさに紛れて行こうと思ったけど、結局行けずに2限目が始まるチャイムが鳴ってしまった。
そして、結局今日一日ずっと魔央とは話せず、自分でもなんでか分からないまま足早に教室を出て、帰路についた。
「……ほんと、なにやってんのウチ」
歩きながら、思わずそんな言葉が零れる。
最低の気分だ。
「全然……ロックじゃない」
こんなんじゃダメだ。
うじうじしていても仕方がない。
頑張るしかないんだ。
そう、わかっている。
わかっているけど……だからといってすぐに前を向けるほど、ウチは単純じゃない。
単純に……なれない。
いつもより暗く感じてしまう帰り道。
何か重いものを引きずっているような気持ちで、足元を見つめながら歩く。
そんな時だった───
「よぉ、探したぜ? ダチが世話になったなぁ」
その『ヴィラン』が姿を現したのは。
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