「え……」
俺の目の前にあるのは、真紅の絨毯と見覚えのある重厚で豪華な扉。
相変わらず超巨大。
そしてこの妙な感覚。
頭の中で疑問符が乱舞するのは刹那、ここがどこなのかという疑問の答えは既に出た。
「まさかの夢……って完全に居眠りしてるじゃねーか!!」
言葉と行動にまるで制約を感じないことからも確定と言っていい。
学校から帰った記憶がない。
つまり俺は今、居眠りしている!
「まさか授業中に寝たのか俺は!? ぬわああああ、俺の真面目なイメージがああああ」
最悪だ。
目立つのが嫌なんだよ俺は。
このタイミングで居眠りとか……体育祭でちょっと結果だして弛んでる問題児、って認識されて今後教師陣からマークされることになるやん……終わった……。
「はぁ……気が重い。……ん?」
未来に意識を向けて落胆していると、違和感に気づく。
少しだけガヤガヤとした音が聞こえるのだ。
誰かの話し声のような感じ。
これはおかしい。
前来たときはとてつもなく静かだったから。
「正直全然入りたくないんだけど……」
ここにいても仕方ない。
そして音の正体も地味に気になる。
それにあのじいさんもいないのはなんでだろう。
あのじいさんにはいろいろ言われたし、やたらと話しかけられて集中力を削がれた。
文句の1つや2つも言ってやりたい。
いろいろ葛藤はしたが、結局俺はその巨大な扉にそっと触れた。
その重厚さに相応しい速度で、ゆっくりと開く扉。
そして───目撃する。
正しく“カオス”としか呼べない、その状況を。
「グハハハハ……ウゥ……まだだ……。これで終わりではないぞ!」
「なんだ、また負けたのか?」
「フォッフォッフォッ。最近、負けこんでいるようじゃのう」
「おぉ! 竜王にデスタムーア! お前たちもたまにはどうだ?」
「ふむ、時間もある。やるとしよう」
「わしもやろうかのう。暇じゃし」
そう言って、マデサゴーラ、竜王、デスタムーアの3人は仲良くスロットを始めた。
「なっ!? 貴様も『進化の秘宝』をつかったというのか!?」
「ぐはあああ……! それが、何も覚えていないのだ……。目覚めたとき私の心にあったのは、人間を根絶やしにしなければならないという怨嗟のみだった……」
「そうか……それは災難であったな……。実は私もな、気の遠くなるような長い年月を───」
なにやら哀愁漂う雑談にふけっているデスピサロとミルドラース。
「……わしはそもそも気に食わなかったのだ。なぜ、お前がいつも奴と話す? 自分が上だとでも思っているのか?」
「そんなつもりはなかったが……いい機会だ。余はどちらが上かはっきりさせても一向に構わんが?」
「ほう……いい覚悟だ。───我が腕の中で息絶えるがよい!」
「あぁ、やだやだ。無駄に争って何が楽しいのかしらね」
今にもガチバトルが始まりそうなゾーマとじいさん。
それを気にもかけず、鏡を見ながら美容液のようなものを肌につけているオルゴデミーラ。
俺は……目の前の光景を理解できなかった。
いや、無意識に理解することを拒んでいるのだ。
体育祭後に見た夢。
そのとき喋っていたのはじいさんだけで、他の魔王はただ睨んでくるだけだった。
とてつもないオーラと威厳を感じたけども。
だが、この状況はどうだ。
なんだ、なにがどうなっている。
居眠りしただけなのにとんでもない場所に来てしまった。
俺の中では、いつもこんな騒がしいことが起こっているのだろうか。
……てかスロットはどこから持ってきた。
「あ、魔央ちゃん!」
そして、オルゴデミーラに気づかれた。
意気揚々とこちらに近づいてくる。
得体の知れないおぞましさを感じた。
「なに?」
「ん?」
「なんだと」
他の魔王たちの視線も一斉に突き刺さる。
「来るなら言ってよ!」
なんでこの人はこんなに馴れ馴れしいんだろう。
初対面ではないけど喋るの初めてですよね?
なんか続々と魔王たちが集まってくる。
威圧感で潰されてしまいそうだからやめて欲しい。
「えっと、オルゴデミーラさんですよね?」
「もぅ〜、私のことはデミちゃんでいいわよ!」
「…………」
いやこの人なんでこんなに馴れ馴れしいんだろう。
「魔央か」
じいさんだ。
そうだ、俺はこの人に言いたいことがあったんだ。
そう思ったからこそ、この場所に来れたのかもしれない。
「じいさん、俺はアンタに言いたいことがあったんだよ」
「ふむ、なんだ?」
「話しかけてきすぎだわ!」
「……む」
「気が散る。集中できない。頼むからもうちょい静かにしてて下さい!」
「う……うむ」
ふぅ、言いたいことは言えた。
「ワハハハハ! 怒られているではないか!」
ゾーマが近づいてきた。
いや、オーラ半端ない。
そして妙に寒くなってきた。
冷気が漏れすぎ。
全然抑えられてないわ。
「魔央よ……素晴らしい『闇』だ。わしは本当にお前を気に入ったぞ」
「え……」
「だが、闇に呑まれてはならぬぞ? 闇は支配するものだ」
その言葉はストンと心に落ちた。
理解を置き去りにして納得してしまう。
そういう言葉だった。
いや、ゾーマの言葉だからなのか。
「わしは何者にも縛られぬ。ゆえに、お前に力を求められたときも真に力を貸すことはなかった。まあ、多少は貸してやったがな」
そう言って、ゾーマは笑う。
ん、というか今多少って言った?
ゾーマの力を使ったのは確かUSJの時だよね?
今でも鮮明に覚えてる。
忘れるはずがない。
俺が自分の力を自覚し、初めての魔王化を果たした日。
……多少じゃないよ……とんでもない力だったよ……。
「だが、もう違う。器は成り、お前はその力を示した。───気に入った。わしの力を、扱えるものならば扱ってみるがいい」
震えるほどの冷たいオーラを放ちながら、ゾーマは獰猛な笑みを浮かべる。
……なんか気に入られてワロタ。
「ちょっと、アンタ話しすぎ! わたしなんか1回も力を使ってもらってないのよ!? わたしも気に入ってるからね魔央ちゃん!」
「ぐはあああ……! 私も気に入ったぞ。お前の、あの小娘を守りたいという意志はいい!」
「……そ、そりゃどうも」
デスピサロが言う“あの小娘”が誰のことを差しているのか、俺にはすぐに分かった。
分かったからこそ照れてしまうのは仕方ない、許してくれ。
オルゴデミーラが「照れちゃって可愛い♡」などとからかってくるのがウザイ。
次々と魔王たちが話しかけてくる。
気に入っただの、いつでも力を使えだの。
「フフ……ずいぶんと騒がしくなったものだな」
そんななか、じいさんが静かに笑っていた。
困ってる俺を遠目に見て楽しんでるようだ。
このじいさんは絶対にドS。
見た目はこんなにも化け物で、持ってる力も文字通り化け物な魔王たち。
なのに───なんで昔ながらの友人のように感じてしまうのだろう。
居心地がいい。
とても居心地がいい。
絶対ありえないのに、家族のような安心感さえある。
でも、なんとなくわかる。
この居心地の良さの正体。
ここでは───俺が“異質”な存在じゃないのだ。
同時に自覚する。
俺の本質が、“こちら側”であるということを。
何とも言えない感情になっていると、何かに引っ張られるような感覚がした。
続け様に体がフワッとしてきた。
「あ、目が覚めるんだ」
誰に教わるでもなく理解出来た。
今起こされてるんだ、誰かに。
そうだよ、そういえば俺居眠りしてたんだった。
「なに!? 余はまだ少ししか話せてないぞ!?」
「フォッ、フォッ、フォッ。わしの力もあんなものではないからの、また使うといい」
クワガタのような鎧を着たおじさんは最後まで騒がしい。
あ、もう目覚める。
「ではまたな、魔央」
++++++++++
どうやら俺は、エクトプラズム先生の授業中に居眠りしたらしい。
でも、エクトプラズム先生は「君ノ状況ハ聞キ及ンデイル。疲労ガ溜マルノモ仕方ガナイ。ダガ、以後気ヲツケルヨウニ」と、理解を示してくれた。
あったか過ぎて泣けるわ。
そして放課後───響香の姿はなかった。
今日1日、ほとんど話せていない。
嫌でも意識してしまう。
考えないようにすればするほど、より一層考えてしまう。
……俺なんかしたッ!?!?
もういいや。
疲れたし帰ろう。
「お、帰るのか破魔矢! また明日な!」
「またね」
「バイバイ♪」
うわー、俺いつの間にこんなに友達できたんだろう。
元気出た。
「うむ、見送りご苦労」
くぅ……死ね、俺!!
校門も出て、帰り道を歩く。
やたらと視線を向けられる。
辛い。
「お、おい話しかけろよ」
「無理無理! まじ無理だって!」
もう嫌だ。
俺は話しかけるなオーラを最大限に発しながら、歩みを進めた。
大通りを歩くと人目がつらい。
耐えられない。
だから俺は、路地裏に行ったんだ。
そして……見てしまう。
響香がヴィランに襲われ───血を流している姿を。
それはほんのかすり傷程度のもの。
まったくもって大怪我ではない。
それでも、俺の善意という光は容易く消え去った。
ごめん、ゾーマ。
俺には無理だ。
心の奥底から溢れた『闇』は、全てを黒に染めあげる。
「貴様、何をしている?」
「なっ! なんでお前がここに!」
ヴィランが俺を見て声を上げる。
「……魔央」
響香のその目を見た瞬間、俺の心は完全に黒に染った。
あぁ、だめだ───もう抑えられそうにない。
お読みいただきありがとうございました。