魔王の苦悩アカデミア   作:黒雪ゆきは

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043:そして全ては黒に染まる。

「え……」

 

 俺の目の前にあるのは、真紅の絨毯と見覚えのある重厚で豪華な扉。

 相変わらず超巨大。

 そしてこの妙な感覚。

 頭の中で疑問符が乱舞するのは刹那、ここがどこなのかという疑問の答えは既に出た。

 

「まさかの夢……って完全に居眠りしてるじゃねーか!!」

 

 言葉と行動にまるで制約を感じないことからも確定と言っていい。

 学校から帰った記憶がない。

 つまり俺は今、居眠りしている! 

 

「まさか授業中に寝たのか俺は!? ぬわああああ、俺の真面目なイメージがああああ」

 

 最悪だ。

 目立つのが嫌なんだよ俺は。

 このタイミングで居眠りとか……体育祭でちょっと結果だして弛んでる問題児、って認識されて今後教師陣からマークされることになるやん……終わった……。

 

「はぁ……気が重い。……ん?」

 

 未来に意識を向けて落胆していると、違和感に気づく。

 少しだけガヤガヤとした音が聞こえるのだ。

 誰かの話し声のような感じ。

 これはおかしい。

 前来たときはとてつもなく静かだったから。

 

「正直全然入りたくないんだけど……」

 

 ここにいても仕方ない。

 そして音の正体も地味に気になる。

 それにあのじいさんもいないのはなんでだろう。

 あのじいさんにはいろいろ言われたし、やたらと話しかけられて集中力を削がれた。

 文句の1つや2つも言ってやりたい。

 

 いろいろ葛藤はしたが、結局俺はその巨大な扉にそっと触れた。

 

 その重厚さに相応しい速度で、ゆっくりと開く扉。

 

 そして───目撃する。

 

 正しく“カオス”としか呼べない、その状況を。

 

「グハハハハ……ウゥ……まだだ……。これで終わりではないぞ!」

 

「なんだ、また負けたのか?」

 

「フォッフォッフォッ。最近、負けこんでいるようじゃのう」

 

「おぉ! 竜王にデスタムーア! お前たちもたまにはどうだ?」

 

「ふむ、時間もある。やるとしよう」

 

「わしもやろうかのう。暇じゃし」

 

 そう言って、マデサゴーラ、竜王、デスタムーアの3人は仲良くスロットを始めた。

 

「なっ!? 貴様も『進化の秘宝』をつかったというのか!?」

 

「ぐはあああ……! それが、何も覚えていないのだ……。目覚めたとき私の心にあったのは、人間を根絶やしにしなければならないという怨嗟のみだった……」

 

「そうか……それは災難であったな……。実は私もな、気の遠くなるような長い年月を───」

 

 なにやら哀愁漂う雑談にふけっているデスピサロとミルドラース。

 

「……わしはそもそも気に食わなかったのだ。なぜ、お前がいつも奴と話す? 自分が上だとでも思っているのか?」

 

「そんなつもりはなかったが……いい機会だ。余はどちらが上かはっきりさせても一向に構わんが?」

 

「ほう……いい覚悟だ。───我が腕の中で息絶えるがよい!」

 

「あぁ、やだやだ。無駄に争って何が楽しいのかしらね」

 

 今にもガチバトルが始まりそうなゾーマとじいさん。

 それを気にもかけず、鏡を見ながら美容液のようなものを肌につけているオルゴデミーラ。

 

 俺は……目の前の光景を理解できなかった。

 いや、無意識に理解することを拒んでいるのだ。

 体育祭後に見た夢。

 そのとき喋っていたのはじいさんだけで、他の魔王はただ睨んでくるだけだった。

 とてつもないオーラと威厳を感じたけども。

 

 だが、この状況はどうだ。

 なんだ、なにがどうなっている。

 居眠りしただけなのにとんでもない場所に来てしまった。

 俺の中では、いつもこんな騒がしいことが起こっているのだろうか。

 

 ……てかスロットはどこから持ってきた。

 

「あ、魔央ちゃん!」

 

 そして、オルゴデミーラに気づかれた。

 意気揚々とこちらに近づいてくる。

 得体の知れないおぞましさを感じた。

 

「なに?」

 

「ん?」

 

「なんだと」

 

 他の魔王たちの視線も一斉に突き刺さる。

 

「来るなら言ってよ!」

 

 なんでこの人はこんなに馴れ馴れしいんだろう。

 初対面ではないけど喋るの初めてですよね? 

 なんか続々と魔王たちが集まってくる。

 威圧感で潰されてしまいそうだからやめて欲しい。

 

「えっと、オルゴデミーラさんですよね?」

 

「もぅ〜、私のことはデミちゃんでいいわよ!」

 

「…………」

 

 いやこの人なんでこんなに馴れ馴れしいんだろう。

 

「魔央か」

 

 じいさんだ。

 そうだ、俺はこの人に言いたいことがあったんだ。

 

 そう思ったからこそ、この場所に来れたのかもしれない。

 

「じいさん、俺はアンタに言いたいことがあったんだよ」

 

「ふむ、なんだ?」

 

「話しかけてきすぎだわ!」

 

「……む」

 

「気が散る。集中できない。頼むからもうちょい静かにしてて下さい!」

 

「う……うむ」

 

 ふぅ、言いたいことは言えた。

 

「ワハハハハ! 怒られているではないか!」

 

 ゾーマが近づいてきた。

 いや、オーラ半端ない。

 そして妙に寒くなってきた。

 冷気が漏れすぎ。

 全然抑えられてないわ。

 

「魔央よ……素晴らしい『闇』だ。わしは本当にお前を気に入ったぞ」

 

「え……」

 

「だが、闇に呑まれてはならぬぞ? 闇は支配するものだ」

 

 その言葉はストンと心に落ちた。

 理解を置き去りにして納得してしまう。

 そういう言葉だった。

 

 いや、ゾーマの言葉だからなのか。

 

「わしは何者にも縛られぬ。ゆえに、お前に力を求められたときも真に力を貸すことはなかった。まあ、多少は貸してやったがな」

 

 そう言って、ゾーマは笑う。

 

 ん、というか今多少って言った? 

 

 ゾーマの力を使ったのは確かUSJの時だよね? 

 今でも鮮明に覚えてる。

 忘れるはずがない。

 俺が自分の力を自覚し、初めての魔王化を果たした日。

 

 ……多少じゃないよ……とんでもない力だったよ……。

 

「だが、もう違う。器は成り、お前はその力を示した。───気に入った。わしの力を、扱えるものならば扱ってみるがいい」

 

 震えるほどの冷たいオーラを放ちながら、ゾーマは獰猛な笑みを浮かべる。

 

 ……なんか気に入られてワロタ。

 

「ちょっと、アンタ話しすぎ! わたしなんか1回も力を使ってもらってないのよ!? わたしも気に入ってるからね魔央ちゃん!」

 

「ぐはあああ……! 私も気に入ったぞ。お前の、あの小娘を守りたいという意志はいい!」

 

「……そ、そりゃどうも」

 

 デスピサロが言う“あの小娘”が誰のことを差しているのか、俺にはすぐに分かった。

 分かったからこそ照れてしまうのは仕方ない、許してくれ。

 オルゴデミーラが「照れちゃって可愛い♡」などとからかってくるのがウザイ。

 

 次々と魔王たちが話しかけてくる。

 気に入っただの、いつでも力を使えだの。

 

「フフ……ずいぶんと騒がしくなったものだな」

 

 そんななか、じいさんが静かに笑っていた。

 困ってる俺を遠目に見て楽しんでるようだ。

 このじいさんは絶対にドS。

 

 見た目はこんなにも化け物で、持ってる力も文字通り化け物な魔王たち。

 

 なのに───なんで昔ながらの友人のように感じてしまうのだろう。

 

 居心地がいい。

 

 とても居心地がいい。

 

 絶対ありえないのに、家族のような安心感さえある。

 

 でも、なんとなくわかる。

 

 この居心地の良さの正体。

 

 ここでは───俺が“異質”な存在じゃないのだ。

 

 同時に自覚する。

 

 俺の本質が、“こちら側”であるということを。

 

 何とも言えない感情になっていると、何かに引っ張られるような感覚がした。

 続け様に体がフワッとしてきた。

 

「あ、目が覚めるんだ」

 

 誰に教わるでもなく理解出来た。

 今起こされてるんだ、誰かに。

 そうだよ、そういえば俺居眠りしてたんだった。

 

「なに!? 余はまだ少ししか話せてないぞ!?」

 

「フォッ、フォッ、フォッ。わしの力もあんなものではないからの、また使うといい」

 

 クワガタのような鎧を着たおじさんは最後まで騒がしい。

 

 あ、もう目覚める。

 

 

「ではまたな、魔央」

 

 

 ++++++++++

 

 

 どうやら俺は、エクトプラズム先生の授業中に居眠りしたらしい。

 でも、エクトプラズム先生は「君ノ状況ハ聞キ及ンデイル。疲労ガ溜マルノモ仕方ガナイ。ダガ、以後気ヲツケルヨウニ」と、理解を示してくれた。

 あったか過ぎて泣けるわ。

 

 そして放課後───響香の姿はなかった。

 

 今日1日、ほとんど話せていない。

 嫌でも意識してしまう。

 考えないようにすればするほど、より一層考えてしまう。

 

 ……俺なんかしたッ!?!? 

 

 もういいや。

 疲れたし帰ろう。

 

「お、帰るのか破魔矢! また明日な!」

 

「またね」

 

「バイバイ♪」

 

 うわー、俺いつの間にこんなに友達できたんだろう。

 元気出た。

 

「うむ、見送りご苦労」

 

 くぅ……死ね、俺!! 

 

 校門も出て、帰り道を歩く。

 やたらと視線を向けられる。

 辛い。

 

「お、おい話しかけろよ」

 

「無理無理! まじ無理だって!」

 

 もう嫌だ。

 俺は話しかけるなオーラを最大限に発しながら、歩みを進めた。

 大通りを歩くと人目がつらい。

 耐えられない。

 

 だから俺は、路地裏に行ったんだ。

 

 そして……見てしまう。

 

 

 響香がヴィランに襲われ───血を流している姿を。

 

 

 それはほんのかすり傷程度のもの。

 まったくもって大怪我ではない。

 

 それでも、俺の善意という光は容易く消え去った。

 

 ごめん、ゾーマ。

 

 俺には無理だ。

 

 心の奥底から溢れた『闇』は、全てを黒に染めあげる。

 

「貴様、何をしている?」

 

「なっ! なんでお前がここに!」

 

 ヴィランが俺を見て声を上げる。

 

「……魔央」

 

 響香のその目を見た瞬間、俺の心は完全に黒に染った。

 

 

 あぁ、だめだ───もう抑えられそうにない。

 




お読みいただきありがとうございました。

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