体育祭以降なぜか不安定だった個性も落ち着いた。
あと俺と響香は───付き合った。
それはいい。
とてもめでたいことだ。
だけど……なんだろう。
このなんとも言えない気まずさは。
大半のクラスメイトは俺たちが付き合ったという事実をまだ知らない。
響香も俺も特に言いふらす性格ではないから、それも仕方ないと言える。
俺にいたっては口から出る言葉がすべて魔王っぽくなるという極悪な呪いによって、そもそも誰にも伝えることができない。
『俺たち付き合ったんだよねー』などと言おうものならば『フハハハハハッ! 響香は我が妃に迎えることにした』というとてつもなく誤解をうんでしまう言い方になることは、火を見るより明らかだ。
そしてチラチラと目が合う。
響香はすぐさま目を逸らし、俺は不敵な笑みを浮かべるという奇行をする。
俺たちの日常が今までと変わったところがあるとすればこのくらいだろうか。
目を逸らしたいのは俺だって同じなんだけど、『魔王』はそんなことしないらしい。
なら俺はできない。
これが運命なんだ。
「うひひ〜! 破魔矢〜耳郎行っちゃうよ〜職場体験行っちゃうよ〜声掛けなくていいの〜ねえねえ」
「…………」
とはいえ、この芦戸三奈のように俺たちの関係を知っている奴らもいる。
俺の知る限りだとあとは八百万くらいか。
もしかしたら他にもいるのかもしれないが、俺は分からない。
八百万には響香が言ったらしい。
話の流れで言ってしまったとスマホ越しに伝えられた。
芦戸には言ってないのに野生の勘でバレてしまったようだ。
なんだそれと思わなくはないが、理解できなくもない。
なんかそういう話題大好きそうだもんなー、芦戸。
勘も鋭そうだし。
クラスに一人はいるいかにも女子って感じの女子だわ。
でも実は俺……こういう絡み嫌いじゃないんだよ。
だって本当に幸せなことじゃね?
冷やかすって、冷やかしがいのある奴にしかしないもんだろ?
それだけ俺が充実した毎日を送れてるっことなんだと思うわけですよ。
だからこういう絡みをされた時に『い、いやいいって! んなことできるか……!』みたいな俺の本心をさらけ出すのも偶にはいいと思うんですよ。
青春真っ盛りなんだからいいじゃんか、日常にこういう一幕があってもさ。
「ふむ。それもそうだな」
実際はドギマギするどころか、堂々と手馴れた様子で俺はこう言い放ってしまうんだが……。
相変わらずニヤニヤと楽しそうな芦戸を背に歩き出す。
響香を目指して。
正直、俺の心はやたらとザワついて仕方がない。
歩みを重ねるごとにそのザワメキは大きくなっていく。
付き合った。
ただそれだけで話しかけるという単純な行為の難易度がこれほどまで跳ね上がるというのか。
なんて理不尽な世界なんだ。
そして、更にこの『話しかける』という行為の難易度を跳ね上げている要因がある。
それは今……響香が八百万と会話をしているということだ。
女子が女子と話している。
たったそれだけ。
たったそれだけで話しかけづらさが何十倍にも膨れ上がるのは一体なぜなのだろうか。
この超人社会でさえ未だ解決に至っていない世の中の不条理の一つであると思うね俺は。
はぁ……。
冷や汗をかきすぎてヤバい俺の心とは裏腹に足は進み続ける。
圧倒的に堂々と。
めちゃくちゃ魔王っぽく。
誰であろうと行く手を阻む者は許さないと言ったイタすぎる雰囲気を纏いながら。
あっ。
はい、目が合いました。
響香がこちらに気づきました。
でもすぐ目を逸らされました。
何とも言えない息苦しい空気を俺は敏感に感じ取ってしまう。
もうすでにキツすぎる。
「響香よ。邪魔するぞ?」
「え……あ、うん。別にいいけど」
遠くでニヤケながらこちらを見る芦戸。
やたらと慌てふためく八百万。
そして目を合わせない響香。
何コレ地獄か?
帰りたいんですけど。
「ああああ、ああのっ! 私はちょっと席をははは外しますわね! それではまたね耳郎さんっ! それに破魔矢さん!」
逃げるようにこの場を去る八百万を横目で見ながら、心の中で俺は土下座した。
本当にごめんなさい。
大した用事はマジでないんで、直ぐに退散しますので、どうかお許しください。
「……あのさ」
その時、不意に響香が話しかけてきた。
ドクンと心臓が跳ねた。
言葉は刃物とはよく言ったものだ。
使い方間違ってそう。
「なんかウチの体おかしいんだけど」
「なん……だと……」
唐突な告白だった。
雷に打たれたような衝撃を受けると共に、俺の脳内に疑問符が乱舞する。
え、待って。
体がおかしいって何?
怖すぎるんですけど。
どういうこと。
ヤバいでしょそれ。
なんなんそれ。
……ま、まさかッ!!!!
にんし───
「いやなんて言うか。個性が強くなってるって言うかさ。運動神経的なのも良くなってるんだよねウチ。もしかして、これもアンタの個性なの?」
「……そうか」
…………。
…………。
……何勘違いしてんだ俺は恥っず。
んなわけねぇだろうが。
あの日以降、手すらまともに握ったことないってか半径1m以内に近づいたことも数える程しかないんだぞ。
馬鹿すぎて笑うわ。
脳ミソ入っとらんのか。
「いや、それは我にも分からん。己が力を我自身も全て把握しているわけではないのでな」
しかし、だとすれば響香のこの異変はなんなんだろうか。
まったくわからん。
できることなら答えてあげたいんだけども。
「ふーん、そっか」
「うむ」
「…………」
「…………」
はい気まずいー。
地獄のような空気ー。
悪いのは俺じゃなくて、俺の個性だ。
もし俺がこんな個性を持っていなければ、もっとたくさんの友達がいて、その分いろんな人とコミュニケーションをとっていたに違いない。
そうすればこんな気まずい空気にならずにすんでいたはずだ。
もう嫌だ。
この状況を打開するための俺のコミュ力が圧倒的に足りない、足りなすぎる。
「お前は強い。だが、決して油断してはならんぞ。我々の敵は忌まわしき勇者共だけではないのだからな」
くぅぅぅ、辛いッ!!
訳の分からないセリフと共に俺はローブを翻し、響香から離れるように歩き出す。
誤解しないで欲しい。
俺はただ気をつけてね的なことを言いたかったんだよ。
勇者なんちゃらなんて言いたかったわけではないんだよ。
今日職場体験当日だけど、正直もう帰りたい。
とりあえず1回寝てメンタルをリセットしたい。
「まって」
そのとき、誰かに袖を掴まれた。
いや、誰に掴まれたのかはわかっている。
俺はゆっくりと振り向いた。
「アンタも気をつけなよ。なんか、ちょっとだけ嫌な予感もするし……そ、それじゃ」
響香はそれだけを言うと、若干小走りで俺から離れていった。
俺は上手く言い表せないフワフワとした感情となり、何も言えなかった───わけではない。
「フハハハハハッ!! 案ずるな!! 我は魔王!! 何人が立ちはだかろうとも返り討ちにしてやるわ!!」
俺のバカ笑いに周りからの視線が集まる。
響香の逃げるような歩みが加速する。
今日も俺は無事恥を晒しました。
……あとで謝ろう。
++++++++++
「飯田君……本当にどうしようもなくなったら言ってね、友達だろ」
「ああ」
目的地が同じだったり、近い人同士は当然だが乗る電車は同じだ。
正直俺は電車にあまり乗らないし、乗りたくもない。
あんな密な空間では俺という存在の奇妙さがより際立ってしまうからだ。
今は体育祭のせいで知名度が上がっている。
なおさら乗りたくない。
だからこそ、一緒に乗ってくれる友人がいるのはとてつもなくありがたいんだ。
「俺たちも行こう、終焉の場所へ」
……常闇くん。
俺は君のこと嫌いじゃないよ。
でもなんか最近、君の厨二病は悪化してるんじゃないかと心配してしまう。
しかも俺と出会ってしまったことが原因なのではないかと思わずにはいられないんだけど。
ねぇ、終焉の場所ってどこなの?
本当に俺と同じ目的地なのか不安になってきたんですけど。
常闇と職場体験先が同じって聞いたとき俺は嬉しかったし安心したんよ。
よく喋るしさ、少なくとも俺は仲良いと思ってるよ俺は。
ただ、気になるのはココ最近俺と喋る時だけ厨二病が悪化すること。
……それだけが心配だよ。
「仲良いなお前ら」
ちなみに、今話しかけてきた轟も俺たちと目的地は同じだったりする。
というのもホークスが『ヒーロー殺し』の調査中というのが原因だ。
そんな大切な調査を俺を勧誘するための言い訳に使い、尚且つ職場体験を受け入れるのはどうかと思うが、まあホークスはマルチタスクの化け物みたいな人だから大丈夫なんだろ。
知らんけど。
そこで調査の拠点として場所を提供してくれたのが『エンデヴァー』らしい。
必然的に俺たちの職場体験先もそこになる。
轟が今同じ電車に乗っている理由がこれだ。
やっぱトップヒーロー同士交流があるものなのだろうか。
……てか、エンデヴァーさんには顔合わせづらいんだけど。
体育祭のときすっごい生意気なこと言っちゃったし。
「今日は合同でやんのか? 俺そのあたり何も聞いてねぇが」
ふと、電車に揺られながら轟が聞いてきた。
「我は何も知らぬ」
「俺もだ」
そういえばどうなるんだろ。
分からないわー。
まあ俺は何事もなく終わってくれればそれでいい。
というか、今も周りから向けられる多数の視線が苦痛すぎて正直なところ会話の内容が右から左に抜けていっている。
その事をカミングアウトした方がいいかどうか迷ってんだけど。
でもまあ、友達と何気ない会話をするのはやっぱり楽しい。
もしかしたら職場体験に向かう過程が一番楽しいのかもしれないと思い始めていると、あっという間に事務所まで着いてしまった。
ヒーローランキング2位『エンデヴァー』のヒーロー事務所だ。
とてつもなくデカい。
「ふむ、小さき城だ」
何言ってんの俺は。
轟と常闇も当たり前のことのように流すのやめてもらっていい?
「え、でもこっちは1位と3位の2人ですよ? これ俺の勝ちじゃないですかねー」
「一時の結果だけに囚われ、将来を見据えることができんとはなホークス」
「もちろん将来を見越した上での発言だったんですけど」
「……ほぅ」
そのデカすぎる建物に入ったら、とても仲がいいとは思えない雰囲気の2人がちょうどこちらに歩いてきた。
どうやら合同などではなさそうだ。
お読みいただきありがとうございました。