魔王の苦悩アカデミア   作:黒雪ゆきは

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047:魔王誘拐。

 デステゴロは驚きを隠せなかった。

 この驚きはヒーロー名『イヤホン=ジャック』こと耳郎響香のせいだ。

 彼は特に彼女のことを意識していたわけではない。

 実際今回の職場体験も指名したのではなく受け入れただけだ。

 

 だが職場体験3日目にもなれば、嫌でも自身の認識が甘かったと痛感させられる。

 

 個性は『イヤホンジャック』

 

 索敵能力に優れ、自衛手段もある極めて優秀な個性だ。

 しかし身体的な面で特に優れているわけではなかったはずだ。

 だからこそ彼女の雄英体育祭の成績は目立ったものではない。

 そのはずなのに、かなりキツめのフィジカルトレーニングでさえ涼しい顔をしてやりとげてしまう。

 

 デステゴロの事務所に所属するサイドキックとの対人訓練の際も、彼女に勝てた者は一人としていない。

 彼自身が彼女と対峙しないのは、実の所見栄や尊厳を守るためであると言わざるを得ない。

 

 彼女を中心として直径12mの射程を持つプラグが凶悪すぎるのだ。

 間合いに入れば即座にそのプラグが襲いかかってくる。

 それも極めて正確に、防御を掻い潜るように。

 

 対人戦における彼女の戦法は至ってシンプル。

 敵にプラグを挿す、それだけだ。

 それだけで勝負は決してしまうのである。

 

 プラグを人体に挿す事で音の衝撃波を直接流し込まれる。

 するとどうなるかと言うと、脳が揺らされるのだ。

 脳が極度に揺らされれば人間は気絶する。

 

 そのプラグによる攻撃が速すぎるあまり、目で追えないのも彼女の強さを加速させている。

 弾丸の如き速度なのだ。

 躱すことはほぼ不可能。

 

 やはりとても凶悪な個性である。

 

 加えて、単純な聴覚も優れている彼女に死角はないと言っても過言ではない。

 

 コスチュームの特製スピーカーブーツによる広範囲攻撃を使わずにこの強さ。

 

 あれ、無敵じゃね? と人知れずデステゴロは思ってしまった。

 

「……イヤホン=ジャック、卒業後は正式にうちに来ないか? 実力的には既に申し分ないと俺は思っているんだが」

 

「え、あ、ありがとうございます。でも将来のことはまだ……」

 

「そ、そうか。いやすまない。急にする話ではないな。ゆっくりと考えてくれ」

 

「はい」

 

 そうは言いつも、響香はまったく別のことが頭から離れずにいた。

 それは魔央のことだ。

 何故か不安な思いが消えない。

 胸騒ぎと言ってもいい。

 

 だがその理由がわからない。

 だからこそ余計に不安は大きくなる。

 掴みどころのない暗闇が心の奥底に広がっていく。

 

(何もなければいいけど。魔央……大丈夫かな?)

 

 

 ++++++++++

 

 

「常闇君はさ、体育祭を見て損してるなーって思ったんだよね。破魔矢くんには前も言っけど、飛ぶことに関しちゃまだまだって感じ」

 

 これは職場体験初日にホークスが言った言葉だ。

 それから2日間、常闇は単純な飛び方や空中における身体制御の仕方を、俺はより速く飛ぶための翼の使い方を教わった。

 

 

 ───『飛べる奴は飛ぶべきだよ』

 

 

 そう言ったホークスは、飄々とした雰囲気からは想像できないほど熱心だった。

 

 そして今日、職場体験3日目。

 

 俺たちは今ホークスに連れられ街をパトロールしている。

 足ではなく翼を使って。

 先頭を飛ぶホークスはかなり離れており、俺の後ろを飛ぶ常闇もそれなりに離れている。

 

 この2日間での学びは大きかった。

 今まで何となくやっていたことをホークスは改めて言語化してくれ、飛ぶということの意識はかなり変わった。

 それでもやはり、単純な飛行能力だけではホークスには追いつけない。

 

 そしてさらに恐ろしいのが、俺と常闇がついて行くのがやっとのスピードで飛びつつ、ホークスは次々と事件や市民の困り事を解決していることだ。

 視野が広いなんて言葉では収まらない。

 

 全てを凄まじい速さで解決していく。

 

 個性『剛翼』の汎用性の高さとホークスがトップヒーローなのだということを痛感させられる。

 

「ちょっと休憩するー?」

 

「……いらぬ」

 

「ハァ……ハァ……まだまだ行けます」

 

「ハハ、いいね。でも俺が疲れたからちょっと休憩」

 

 この人モテるだろうなって確信してしまうぐらいナチュラルなフォロー。

 男として尊敬するわ。

 ぜひ俺にもアドバイスして欲しい。

 

 でも、俺たちが地面に降りるという判断は正しいとはいえなかったっぽい。

 

「え、まってッ!! ホークスだ!! ヒーロービルボードチャートJPで3位ッ!! ウイングヒーロー『ホークス』がいる!!」

 

「キャァァァッ!! 実物めっちゃイケメン!!」

 

「なんでここに!? 九州にいるんじゃなかったの!?」

 

 一瞬で人集りができてしまった。

 まあ有名だよねそりゃ。

 トップヒーローなんてアイドルみたいなもんだし。

 しかも今は夕方。

 仕事から帰宅する人が多くなる時間帯ということもあり、もはやちょっとした騒ぎだ。

 

「あちゃー」

 

 あちゃー、じゃねぇよ。

 

「大ファンです! サインください!」

 

「いいよー」

 

「写メいいですか!?」

 

「もちろん。イエーイ」

 

 めちゃくちゃ手馴れている。

 プロヒーローになったらこういうこともしなくちゃいけないのか。

 嫌だなー。

 絶対苦手な自信がある。

 そして恥を晒すことが確定している。

 

「おい待てってッ!! 魔王様がいるぞッ!! 雄英体育祭で無双してた魔王様だッ!!」

 

 はい終わったー。

 なんか目が完全にいっちゃってる狂信者っぽい人おるー。

 

「あ、常闇踏陰もいるじゃん!! 確か3位の!! 惜しかったねー!!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 やはり体育祭なんて学校内でこじんまりやって欲しいと思ってしまう俺は、プロヒーローにはなれないかもしれない。

 常闇も緊張のあまり厨二病を卒業してしまったよ。

 とりあえずあたりさわりのないことを言ってこの場は乗り切ろう。

 

「フハハハハハッ!! 鬱陶しいぞ愚民共ッ!!」

 

 ……はい、また黒歴史が増えました。

 

「キャー!! ヤバい!! 生魔王様ヤバい!! 生魔王様ヤバい!!」

 

「写メ取らせてください! お願いします! お願いします! お願いします! お願いし───」

 

「サインを、どうかサインを……! このTシャツに直にお願いします!」

 

「保須に魔王様が降臨なされたッ!!」

 

 なんかホークスに群がる人よりヤバそうな奴多くない……? 

 なんなのこの人たち。

 

 騒ぎは伝染していき、人集りはさらに大きくなっていく一方だ。

 必然的に俺の周りの人間も増えていき、比例するように俺の黒歴史が更新され続ける。

 

「2人とも人気者だねー。でもこれもプロヒーローの仕事だからさ、勉強だと思って勘弁してよ」

 

 いやアンタ『ヒーロー殺し』の調査で来てんだよね? 

 狙われるかもしれないんだけど……まあ大丈夫か。

 ホークスのことだから警戒は怠ってないだろって、思っちゃってることが悔しいわ。

 

 まあ俺もヒーローになるって決めたわけだし、頑張らなきゃだよな。

 常闇もぎこちないながら頑張ってるし。

 もう開き直っていこう。

 そうしないとやってられんわ。

 

 それに今頃は響香も───その時、遠くから爆発音が響いた。

 

 土煙が舞い上がってるのが見える。

 

 惨劇の火蓋は本当に突然切って落とされたんだ。

 

 何かあるかもしれないから警戒を怠ってはいけないと言われていた。

 しかし、いざ起きてみれば何をしたらいいのかまるで分からない。

 俺は人々を守るヒーローになるはずなのに、混乱してどうする。

 自分の未熟さが嫌と言うほどわかる。

 

「頭をおさえて!」

 

 ホークスの怒声が響いた。

 気づけばいつの間にか『剛翼』を展開し、警戒態勢をとっている。

 

 これがプロヒーロー。

 

「皆さんは避難を。途中まで俺が誘導します。それからは付近の警察とヒーローの指示に従ってください。破魔矢くん、常闇くん、2人は俺の側を離れずについてきてね。んじゃ、行くよ」

 

 そう言ってホークスは翼をはためかせた。

 空中の方がより広範囲の警戒が可能だからだろう。

 俺と常闇もそれを見て飛び立つ。

 急変する事態をやっとの思いで受け入れつつ、ホークスの指示に従い周囲を警戒する。

 

 避難誘導が終わったタイミングでまたしても響く爆発音。

 しかも今度は複数。

 

 同時多発的に何かが起きていることは明らかだ。

 

「上空から俯瞰する。何度も言うけど俺の側から離れないでね」

 

 そう言ったホークスと共に俺たちは上空へ舞い上がった。

 空からだと事態の深刻さがよく分かる。

 

 

 そして───空を飛べたからこそ気づいた。

 

 

「……死柄木弔!」

 

 常闇が震える声で小さく呟いた。

 とあるビルの屋上、USJで見たアイツの姿がそこにはあった。

 黒い靄の奴も一緒だ。

 確かワープを使う厄介なヴィラン。

 

「分かった。2人は少し離れいて。俺が───」

 

「まあまて、ホークスよ。ここは我がやろう」

 

 俺も力になりたい。

 何かできることはないか。

 常にそう考えていたからこそ、ほとんど無意識に出てきた言葉だった。

 

 生意気にもプロヒーローに意見した俺を、ホークスは静かに見ていた。

 

「……何かいい案があるんだね、破魔矢くん。リスクはどのくらい?」

 

「ゼロだ。もし失敗し気づかれたならば、貴様に任せてやろう。そのようなことはありえないがな」

 

 きっと俺は自信に満ちた笑みを浮かべているのだろう。

 正直なところ不安しかないというのに。

 今から使う呪文は初めて使うものだ。

 何となく感覚で効果は理解しているが、本当に有効かどうかはわからない。

 まだまだ理解の浅い呪文だ。

 

「分かった、任せるよ」

 

 ホークスは短くそれだけを言った。

 そこには確かな信頼の色がある。

 

 ありがたい。

 

 応えたいな。

 

 その信頼には。

 

 俺はゆっくりと呼吸し意識を集中する。

 大丈夫、失敗なんてしないさ。

 例え失敗しても、こっちにはホークスも常闇もいるんだ。

 絶対に負けはしない。

 気楽にいこう。

 

 俺は覚悟を決め、そして俺は呪文を唱えた。

 

 

 ───『ラリホーマ』

 

 

 敵を眠らせる呪文だ。

 でも、この呪文は確実なものではない。

 失敗する可能性があるものだ。

 だからこそ不安もある。

 

 しかし……バタリと倒れる2人を見るに、どうやら成功したようだ。

 

 ふぅぁぁぁ、よかったぁぁぁぁ……。

 

「フッ、たわいない」

 

「相変わらず凄いね、何をしたか聞いてもいい?」

 

「何、眠らせただけよ」

 

 俺たちは死柄木たちの居たビルの屋上に降り立つ。

 どうやら本当に眠っているみたいだ。

 マジでよかったわー成功して。

 

「とりあえずこの───」

 

「やあ、ホークス。こんばんは」

 

 その声を聞いた瞬間、心が凍りついた。

 いつからそこにいたのか。

 まるで気配を感じなかった。

 初めからそこにいたかのようにソイツはいた。

 

 ゴツゴツとした歪なマスクを身につけた、顔の無い男がそこには居たのだ。

 

 ヤバい奴だってのが人目でわかる。

 味方じゃないことも明らかだ。

 

「……誰? 初対面だと思うんだけど」

 

「ごめんね。弔を渡すわけにはいかないんだ」

 

 そのマスクをつけた男は不意に腕を向けた。

 

 

 ───常闇に。

 

 

 直感的にヤバいのが分かった。

 でも目の前のコイツに圧倒されてしまったせいか、反応が僅かに遅れ体が動かなかった。

 

「常闇くんッ!!!」

 

 ホークスが常闇を庇うのが見えた。

 見えた同時に2人は吹き飛ばされる。

 凄まじい暴風が俺の肌を切り裂いた。

 掠めただけでこの威力。

 

「貴様……」

 

 これじゃ2人は───

 

「大丈夫。2人は生きているよ。フフ、やっぱり優秀だね。咄嗟に直撃は免れていたよ」

 

 ……本当になんなんだコイツは。

 今までのヴィランとは明らかに違う。

 連合との関係も不明だ。

 なんで突然現れた。

 何もかもがわからない。

 

「さて、どうしようかな。うーん、予定より早いけどまあいいか。───破魔矢魔央くん。君は僕と来てもらうよ」

 

 そう言いつつ仮面の男は死柄木弔を抱え、よく分からない黒い触手のようなものを黒い靄のヴィランに突き刺した。

 すると突然ワープゲートが現れる。

 

 いったいどんな個性なのか。

 

「もし断るならこの下にいる大勢の人間が死ぬことになるけど、どうする?」

 

 仮面の男は不気味に笑っていた。 

 人を蔑み嘲笑っている。

 俺が断れないことなど初めから分かっているのだろう。

 悔しいが従うしかない。

 

 他人の命を犠牲にする決断なんて俺にはできないから。

 

「ふむ、いい度胸だな。この我を脅すか。……フッ、気に入ったぞ。では行くか」

 

「動揺した様子がまるでないね。さすがだよ」

 

 馬鹿言え。

 

 内心ビビり倒してるよ。

 

 もう死ぬかもと思ってる。

 

 でも、諦めねぇよ俺は。

 

 そう簡単に死んでたまるかよ。

 

 震えるような恐怖と絶対に諦めないという覚悟とともに、俺はその黒い靄の中に足を踏み入れた。

 




ヒロアカ魔王の登場でございます。

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