ワープゲートを抜けた先。
そこは薄暗くてほこりっぽい場所だった。
色んなものが無造作に置かれている。
工事の時に使うであろう重機がいくつかあり、『安全第一』の文字が見えた。
どうやらここはどこかの倉庫のようだ。
だが、異様な点もある。
部屋の隅に並べられた水槽にも似た鉄の箱。
そこには脳ミソが浮かんでいる。
もしかしたら、USJの時に見たあの脳ミソ剥き出しの化け物が入っているのかもしれないと思うと、とてつもなく気色が悪い。
「ごめんね。大したもてなしもできなくて。あ、僕のことは『オール・フォー・ワン』とでも呼んでよ、破魔矢魔央くん」
たった一声。
それだけでもコイツの不気味さが嫌というほどよく分かる。
背筋が凍るおぞましさを感じるだけならまだいい。
ただの凶悪なヴィランだ。
しかし、こいつの声や雰囲気からは安らぎのようなものを感じてしまう。
ありえない。
こんなイカれた状況で安心などできるはずがないのに。
それが逆に恐ろしい。
はぁ……もう嫌や……。
何こいつ。
なんなのこいつ。
ラスボス感エグいんですけど。
俺まだ高一でさ、青春真っ盛りなのになぜ死ぬかもしれない状況になってんの?
ふざけんな。
もしかしたら人生で一番楽しい時期かもしれないのによ。
クソッタレ。
それもこれも何もかも、全て俺の『個性』が悪いに違いない。
マジでやめてくれよ。
そんなことを考えつつ、俺の冷静な部分はこの状況の打開策を必死に模索している。
具体的にはコイツの倒し方だ。
俺に逃げるなんて選択肢はありはしないんだから。
「困惑してるよね? なぜ自分だけがこんな場所に連れてこられたのかってさ」
心を見透かすような言葉を投げかけてくる。
確かに思ってるよ。
「さっさと答えろ。貴様の目的はなんだ?」
本当なら震えて声すら出せないだろう。
だが、そんなのは魔王っぽくない。
ただそれだけの理由で俺は一切恐れた様子なく堂々と喋れる。
「君に夢はあるかい?」
俺の質問には答えず全く関係ないこと聞いてきた。
「僕にはあるよ。叶えたい夢がさ」
「随分と無駄話が好きなようだな」
「フフ、君は嫌いかい?」
コイツと喋っているとほんと調子が狂う。
自分が今どういう状況にあるのかを忘れそうになる。
それがまた異様だ。
そして『オール・フォー・ワン』は何も答えることはない俺に自身の夢を語った。
「僕はね───『魔王』になりたいんだよ」
マジで意味のわからない夢を。
……はい?
コイツ何言ってんの?
こんなこと真面目に言うやついたんかい。
「フッ、面白いことを言う」
「おかしいかい? 僕は本気なんだけどね。実際これまでもずっと、この夢を叶える為に邪魔な人間をたくさん殺してきたよ」
サラっと恐ろしいことを言った。
でも、次に放ったコイツの言葉の方が俺には衝撃だった。
「君の両親も僕は殺したよ」
一瞬何を言っているのか理解できなかった。
なんでコイツの口からそんな言葉が出てくるのか、本当に分からなかったからだ。
「いやぁ、本当に素晴らしかったよ。君の両親は僕をおびき出す為だけに愚か者を装ったんだ。自分の人生を犠牲にしてさ」
俺に両親の記憶なんてほとんどない。
両親を殺したと言われてもあまり実感がないというのが本音だ。
それでもやっぱり、気分のいい話ではない。
「僕がトップヒーローをあまり狙わないのを知っていたんだろうね。だからこそヴィジランテとなり、個性に溺れる愚か者を装ったんだ。僕を倒すためだけに。本当に凄い、正しく常軌を逸した狂気的正義だよ」
コイツには顔がないから確証はない。
でも、どうにも俺はコイツが楽しそうに笑っている気がしてならない。
「口が達者なヤツよ。そんなに面白いか?」
「面白いよ。君は面白くないかい? ここまで人生をかけてさ、結局僕に殺されちゃったんだよ。あまりにも滑稽な話じゃないか」
やっぱりコイツは悪だ。
少しだけ、俺の中で苛立ちや怒りといった感情がグツグツと燃え始めた。
「でも安心してよ。遺体はちゃんと『脳無』として活用させてもらったからさ。実はそれを見せたくて君をここに招待したんだ。感動の再会だろ?」
そう言って嗤った。
……本当に良い性格している。
「君の両親は強かったよ。僕も死にかけたしね。でも、いい個性も手に入ったし結果的には良かったと思っているよ」
「……なに?」
心で燃える火は即座に鎮火された。
聞き流すことのできない言葉だ。
「貴様は……」
「そう、僕は他人の個性を奪うことができるんだよ」
にわかには信じがたい。
“他人の個性を奪う個性”なんてものが本当に存在するのか。
「君の両親の個性はとても強力だけど精神に影響を及ぼすようなんだ。あの狂気的正義はこの個性によるところも大きいんだね。僕は複数の個性を使ってその精神への影響を抑えているんだけど、もしかして君も苦しんでいるんじゃないかい?」
……何言ってるんだコイツは。
「大丈夫。君が望む力を僕は与えられる。だから君の個性を僕にくれよ。魔王になりたい僕には必要な個性なんだ」
オール・フォー・ワンはゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「何も心配いらないよ」
その言葉で、本当に不安が消えていくような気がするのだから気味が悪い。
確かに俺はこの『個性』が嫌いだ。
本当に悩まされた。
たぶん今後もたくさん苦悩するんだと思う。
でも、俺がこんな『魔王』なんて個性を持っていたからこそ最高な奴らに出逢えたんだ。
かけがえのない存在である響香とも出逢えた。
そしてソイツら全部を守ることのできる力でもある。
だから───
「フッ、馬鹿を言え。誰が貴様などにやるものか」
自然とそんな言葉が出ていた。
「そうか、残念だよ」
だが、運命とは残酷だ。
俺の身体はなぜかピクリとも動かなくなった。
手離したくないと思ったらこれだ。
「個性『金縛り』。僕の認識した人間のうち一人の身体を硬直させ、数秒間完全に身動きを取れなくする個性さ。一日に一度しか使えないし、他にも色々と制約があって使い勝手の悪い個性だけど、僕は気に入っているよ」
ヤバい。
マジで動けん。
うわぁ……死んだかも。
オール・フォー・ワンはゆっくりと歩いてくる。
そして俺の目の前まで来た。
「じゃあもらうよ」
その言葉と共に、俺の頭に右手を優しくのせた。
++++++++++
(……ん?)
気づけば彼の目の前には重厚で豪華な扉があった。
とても大きな扉だ。
まるで理解不能な状況。
しかし、彼は直感的に理解した。
ここが破魔矢魔央の個性によって作られた精神世界であると。
彼がこの事実を直感的に理解できたのは『個性因子に干渉できる個性』を生まれ持ったからなのか、はたまた別の要因なのか。
それは誰にもわからない。
ふと後ろを振り返る。
そこには無限に続く赤い絨毯と全てを飲み込む暗闇だけが広がっている。
どうやら彼が求めるものはこの扉の先にしかないようだ。
「開くかな?」
そう言いつつも、開かないわけがないという確信のようなものが彼にはあった。
これまでに思い通りにならなかったことなど、たった一つを除けば何もありはしなかったのだから。
そっと扉に触れる。
やはり重い扉であり簡単には開きそうにない。
それでも少しずつ着実に扉は開いていく。
そしてついに、完全に開いてしまった。
「ほらね」
ゆっくりと扉の向こう側へと歩き出した。
「ほぅ、珍しい客が来たものだ」
扉を抜けた先。
そこには九つの玉座があった。
だがそのうち八つはすでにうまっている。
この世のものとは思えない異形の存在たちが鎮座しているのだ。
一つの玉座だけが空席である。
九つの玉座の中央にある、一際豪華な玉座だけが空いているのだ。
「僕が奪うべきはそれだね」
中央の玉座に向かって一歩踏み出した。
その瞬間、異常なほど濃厚な殺気がいくつも突き刺さった。
「どうするつもりなの? ねぇ、聞かせてくれる?」
「ぐはあぁぁぁっ……!」
「フォッ フォッ フォッ。……虫ケラが図に乗りおって」
「わしがやろう。未来永劫凍りつかせてくれる」
「グハハハハハ……! 余の力を見せてやろう!」
「まぁ、待て。話を聞いてみるのも一興ではないか?」
不快な存在に敵意を剥き出しにする魔王たち。
だが、ただ一人だけが違っていた。
「面白いではないか。久しく見ていない“魔王”を望む者。───果たして貴様に、魔央以上の器があるか見ものだ」
この状況でさえもオール・フォー・ワンは笑っていた。
「それほどまでに破魔矢魔央くんは君たちのお眼鏡にかなっているのかな?」
「さぁ、どうだろうな? だが特異な存在であることは確かよ」
「特異? どういう意味かな」
「彼奴は“魔王の器”でありながら“勇者の心”を持っているからな。フフ、余たちが争うことなく存在しているのも、知らぬ間にその影響を受けているからであろうな」
その老人は少しだけ自虐的に笑った。
「……へぇ」
彼が最初に連想したのは魔央の父親だった。
魔央の父親の個性『勇者』。
彼が奪った個性でもある。
「しかし、“勇者の心”を持つとはいえ彼奴の本質は魔王。勇者の力も多少使えたようだが、魔王としての器が成った今それはもう失われた。貴様が望むように、この世界の魔王として君臨する道もあったのだ。まあ、“あの少女”との出逢いが彼奴の運命を変えたのだがな」
呆れたような、満足しているような。
そんな柔らかい表情で老人は笑った。
「さてどうする? あの玉座に座りたいのであろう? 余は止めんぞ」
老人の表情は一転し不敵な笑みへと変わった。
オール・フォー・ワンと呼ばれ、全てを支配してきた彼さえどうすることもできないと言わんばかりの嘲りに満ちた笑みだ。
(新鮮だなぁ)
それに対して、彼が苛立ちを覚えることはない。
抱くのは物珍しいことへの好奇心のような感情だ。
「じゃあ試してみようかな」
とはいえ、他の魔王は老人の言葉に従う気などありはしない。
従う必要もない。
不快なものを我慢する必要が一体どこにあるというのか。
オール・フォー・ワンが玉座へと近づくけば近づくほど、彼に注がれる殺気は大きくなる。
「ここは余の顔を立ててくれんか?」
今にもこの不快な存在を亡き者にすべく動きだしそうな魔王達を老人は止めた。
「……何故そこまでする?」
そう問いただしたのは闇の冷気を纏うゾーマだった。
「どうしても余には思えんのだ。彼奴の覇道がここで終わるとはな。だから試してみたくなった。それだけのことよ」
「…………」
これ以上、反論の声は上がらなかった。
(とても信頼されているんだね)
そんなことを思いつつ彼の歩みは止まらない。
ついにその玉座の前へとやってきた。
その瞬間はもうすぐ訪れる。
全ての魔王たちが見守るなか、彼はそっとその玉座に触れた。
自分自身が『魔王』となる為に───。
「…………」
だが、運命は魔央を祝福したようだ。
(……今の身体では容量が足りないね)
これほどまでに大きな個性であることに驚きつつ、納得もしていた。
(簡単にはいかないなぁ)
「どうした? 座らないのか?」
見透かしたように老人は笑った。
「また必ず来るよ」
「いつでも来るといい。逃げも隠れもせんわ」
++++++++++
動……けるッ!!
その瞬間俺は手を払い除け距離をとった。
身体の中に魔力の存在を感じる。
何よりもこの見慣れたローブが消えていない。
つまり、個性は奪われていない。
「いい個性だね。余計に欲しくなったよ」
俺の中にコイツが入ってくるようなあの気色の悪い感覚。
たぶんコイツが『個性を奪う個性』を持っているってのは本当だ。
でもどういうわけか失敗したらしい。
「だから僕の準備が整うまで、君を冷凍保存でもしておこうかな」
コイツまじで何言ってんの。
サイコパスすぎるんですけど。
「でも君は抵抗するよね。だから見せてあげるよ。君の両親の個性を」
そして、コイツは言った。
───『そうび』
意味は分からない。
───『ぎんがのつるぎ』
でも、とてつもなくヤバいことだけはわかる。
突然コイツ手に現れた剣を見てその直感は確信に変わった。
「他にもいろいろとあるんだけど、どういうわけか僕の手元に現れてくれなくてね。───それじゃあ、いくよ」
───『ギガスラッシュ』
雷を纏ったその鋭い剣撃に容易く俺の左腕を斬り飛ばされた。
一瞬何が起きたのか理解できなかった。
遅れて、強烈な痛みが俺を襲う。
「グアァァァァァッ!!」
途方もない喪失感。
意識が混濁し乱れる。
ふざけんな。
なんで俺がこんな目にあわなきゃなんねぇんだよクソが。
「フフッ……いい一撃だ」
何強がり言ってんだか。
気を失った方がマシと思える程の痛みだ。
ほんと死ねる。
でも───俺の中の『魔王』たちが言うんだわ。
「軽いな。あまりにも軽いッ!! 貴様のそれは『勇者の一撃』などでは決してないわッ!!」
やってやるぞクソッタレがッ!!
今までの全てをもって俺はコイツを倒してやるッ!!
───『デスピサロ』
俺のローブが緑色の甲殻のような鎧へと変わった。
すぐさま能力を発動する。
───『異形の進化』
俺の左腕が再生される。
そして今まで以上に自身の能力が向上しているのを感じる。
だが、この能力は使い過ぎれば化け物になってしまう力だ。
何度も使うことは避けなければならない。
今はどうでもいい。
次だ。
───『マデサゴーラ』
金色の鎧へと変わる。
そして即座に能力を発動させる。
───『加速する世界』
まだだ。
まだ終わらない。
───『オルゴデミーラ』
俺の肌は薄い緑色へと変わり、ムカデのような尻尾が生えた。
手加減などしない。
そんなことをすれば死ぬのはこちらだ。
だからこそ俺は容赦しない。
してはならない。
───『デビルズスペル』
コイツが『マホカンタ』を使えることを考慮し、反射不可の大技だ。
倉庫ごと完全に吹き飛んでしまった。
辺り一面に土煙が舞う。
だが油断などしない。
───『ゾーマ』
またしても俺のローブは変わる。
今最も俺の力を発揮できる形態で迎え撃つ。
死んでたまるかよ。
なんとしても生きてやる。
「さあ、かかってくるがいい」
怒涛の伏線回収でございます。
今回の話は独自解釈をかなり含んでおります。
身体機能である以上、どんな個性でも制限があるというのが私の見解です。
それは『オール・フォー・ワン』も例外ではありません。
私が考えるAFOの制限はキャパシティの概念があることです。
つまりストックできる個性の数に限界があるということですね。
加えて個性にはそれぞれ情報量のようなものがあり、それも関わってくると思っています。炎を出せる個性と、炎と氷を出せる個性ならば明らかに後者の方が情報量的に大きそうですよね。そんな感じです。
以上が個性『魔王』が奪えなかった理由になります。
ご納得の上で楽しんでいただけたら幸いです。