魔王の苦悩アカデミア   作:黒雪ゆきは

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005:前日。

 ウチは……やっぱりヒーローになりたい。

 

 ヴィランと出会って、アイツに助けられたあの日。

 たぶん一生忘れられないと思う。

 今までどこかヴィランと戦うのはずっと先のことだと思ってた。

 充分な訓練を受けて、経験を積んで、それから戦うんだって無意識に思い込んでいた。

 

 ヒーローになるって決めた時から覚悟はできてるつもりだった。

 そう、つもりだっただけ。

 覚悟なんて全くできていなかったんだ。

 ヴィランを前にしたときウチの甘い覚悟なんてものは一瞬で恐怖に塗りつぶされた。

 

 ただただ怖くて怖くて仕方なかった。

 

 あの笑い声を聴くまでは……。

 

 アイツの背中はとっても大きくて、頼もしくて。

 分かってはいたけどアイツは強かった。

 本当に強かった。

 それにアイツはヴィランと対峙しても何一つ変わらなかった。

 いつものアイツのまま、笑いながら当然のようにウチを救ってくれた。

 

 本物のヒーローってアイツみたいな人がなるんだなと思った。

 

 ……ウチみたいのじゃなくて。

 

 柄にもなく1週間くらい一人で悩んじゃったのよねウチ。

 何回も何回も自分に問いかけた。

 本当にウチはヒーローになれるのか、って。

 でも答えなんかでなくて。

 仕方なくアイツに聴いてみた。

 

 ウチはヒーローになれるのかな? って。

 そしたらさ、アイツは言ったんだよ。

 

 

『フハハハハハ!! 共になるぞヒーローとやらに!! 我が眷属響香よ!!』

 

 

 この時ばかりはもう一緒になって笑っちゃったねほんと。

 なんじゃそりゃーって感じよ。

 よくよく考えたら全然答えになってないしね。

 

 

 でもさ───

 

 

 ───悔しいけど、めっちゃ嬉しかったんだよねアイツのあの言葉。

 

 

 共になるぞ、か。

 なぜかすっごい嬉しかった。

 すっごいすっごい嬉しかった。

 

 なんかあの時、わけわからんけど涙流れてきちゃってさ、アイツを困らせてマジダサかったわーウチ。

 珍しくオロオロと困ってるアイツを見るのは少しだけ面白かったけど。

 

 ……一人ではヒーローになんかなれないかもしれない。

 でもアイツとなら。

 アイツとならウチもヒーローになれるんじゃないかって思えた。

 

 今はまだアイツみたいに強くない。

 誰かを救えるなんて思うほど自惚れていない。

 でも、あんな怖い思いを他の人にさせない為にもウチは強くなりたい。

 

 

 ────アイツと一緒に。

 

 

 ふと、隣を歩いているやつを見る。

 あ、気づいた。

 

「ん、どうした響香よ? よもや明日に迫るただの通過点に臆してるのではあるまいな?」

 

「べつにー。全く怖くないって言ったら嘘になるけどさー。アンタに勉強もみてもらってきたしね今まで。やれることは全部やったんだから、まあー、受かるっしょ?」

 

「フハハハハハ!! それでこそ我が眷属よ!!」

 

「はいはい、ウチはアンタの眷属じゃないかんねー」

 

 肌寒さを感じながら帰り道を歩く。

 こうしてると時々、またあのヴィランと出くわしてしまうんじゃないかって思う時がある。

 今は魔央がいてくれるから怖くない。

 でも、いつも隣にいるわけじゃない。

 あの時だってそうだった。

 

 それに……いつまでも助けられる側じゃだめだ。

 魔央はヒーローに共になろうって言った。

 だからウチはなる。

 

 

 この、『魔王』の隣で戦えるようなヒーローに。

 

 

 そうこうしてるとウチの家が見えてきた。

 バイバイ、と言って別れる。

 それからウチは玄関を開け───る前にもう一度アイツの方を振り返って、

 

「魔王!! 明日はがんばろうなぁ!!」

 

 ウチは大声で叫んだ。

 すると、

 

「フハハハハハ!! 案ずるな響香よ!! 我らにとって入試など単なるお遊びにすぎんわ!!」

 

 いつものようにアイツのバカ笑いが返ってくる。

 それからウチは静かにアイツの背中を見送った。

 一応、ウチらが受ける雄英のヒーロー科は偏差値79の倍率300倍なんだけど……それをお遊びね。

 でも、アイツが言うと本当にそうなんじゃないかって気がしてくるから不思議。

 

 ここに来るまでウチは色々迷った。

 

 音楽の道ともめっちゃ揺れた。

 

 怖くてヒーローを諦めかけた。

 

 でも───それでもウチはヒーローになるって決めたんだ。

 

 ならさ、

 

「アイツと合格しなけりゃロックじゃないよね」

 

 明日はいよいよ雄英の入試本番だ。

 




お読みいただきありがとうございました。

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