『悪夢のような光景! 突如として神野区が半壊滅状態となってしまいました! 現在、雄英体育祭にて活躍した破魔矢魔央くんが元凶と思われるヴィランと交戦中です! また、保須市と神野区を中心に凶悪ヴィランが多数出現し、プロヒーローの対応が遅れているようです!』
上空のヘリから撮られた目を疑うような現実は、全国各地に報道された。
『凄まじいの一言に尽きます! 我々は神話の世界に迷い込んでしまったのでしょうか! 破魔矢魔央くんの姿が次々と変わり、炎、氷、雷、闇といった様々なものがぶつかり合っております! 対峙するヴィランも凶悪そのもの! ご覧いただけているでしょうか! この信じ難い幻想的な光景を! ───あ、ここで続報です! 現在、雄英付近に出現した極めて危険な2人のヴィランとオールマイトが交戦中とのことです!』
テレビに映るその光景は見る者を釘付けにした。
強者と強者の闘いはそれほどまでに人を惹きつけるのだ。
しかし、当然それだけではない。
プロヒーローですらない学生が凶悪すぎるヴィランと戦っている。
ヒーローは何をやっているのか。
そんな不安と不満が広がっていく。
保須市と神野区を中心に凶悪ヴィランが同時多発的に多数出現しているという報道はすでになされている。
皆分かっているのだ。
破魔矢魔央を救いたくても救えない残酷な状況であるということは理解している。
それでも誰かのせいにせずにはいられない。
これまで少しずつ積み重ねられた鬱憤をここぞとばかりにぶつけてしまう。
この光景を彼女───耳郎響香もまた見てしまった。
見てしまったがゆえに考えるよりも先に身体が動いた。
今の彼女に制止の声など届くはずがなかった。
「魔央……!」
向上した身体能力を活かし彼女はこの不穏な夜空を駆ける。
嫌だ嫌だ嫌だ……。
そんな思いに心が埋め尽くされる。
行ってもできることなどありはしない。
でも彼女にはわかってしまったのだ。
テレビに映る彼はいつものように笑ってはいるが、その表情にはまるで余裕がないことを。
だから走る。
一刻も早く、大切な彼の元へ向かう為に───。
++++++++++
「ハァ……ハァ……」
「フフ、随分と苦しそうじゃないか。だいぶ無理しているんじゃないかい?」
まったく……その通りだよクソッタレ。
ここまで神経張り詰めっぱなしでしんどすぎるわボケが。
一手ミスるだけで致命傷となる攻撃の応酬。
なんで俺こんなことしてんだっけ。
あー、帰りたい。
帰ってあったかいベッドで眠りたい。
「助けは来ないよ。僕が脳無をたくさん送っておいたからね」
「フ……フフ……フハハハハハッ!! 笑わせるな。魔王であるこの我が助けを求めるだと? ───図に乗るなよ」
えぇぇぇぇ…………。
助け来ねぇのかよぉぉ。
ホークス来ないのッ!?
オールマイトはッ!?
もういよいよ死ぬよ。
俺死んじゃいますけどッ!!
はぁ……切り替えろ。
そうだよな。
ヒーローは困っている人を無視できない。
しちゃいけない。
コイツが言っていることが事実なら、助けが来ないのも道理だな。
ならもう───やるしかねぇわけだ。
もう一回気を引き締め直そう。
コイツをぶちのめすことだけを考えよう。
良かった、まだ集中できそうだ。
雑念が消えていく。
波ひとつない水面のような心。
改めてオールフォーワンとかいうクソ野郎を見据える。
「ここまで戦ってみて分かったんじゃないかい? 君に勝ち目はあるのかな」
確かに、魔王の力をフルで使っても決定打を与えられない。
むしろおされているのは俺の方だ。
今までは相手を傷つけ過ぎないように力を抑えることに必死だった。
なのに、コイツには力を完全に解放してなお届かない。
分かってる。
俺がまだまだ『魔王』の力を扱えていないんだ。
本当の『魔王』の力はこんなものじゃない。
はぁ……マジでふざけんな。
俺の親から奪ったという『勇者』の力。
それに加え『空気を押し出す』『衝撃反転』『転送』を初めとした複数の個性。
ほんと嫌になる。
ガチの化け物なんですけど。
でも……不思議と恐怖はない。
こんなにも死を間近に感じているというのに、俺は臆してなどいないんだ。
あるのは安堵。
俺で良かったという安堵だ。
大切なクラスメイトたちがコイツに狙われなくて良かった。
何より───コイツと対峙するのが響香じゃなくて本当に良かった。
俺の人生で初めてできた『友人』と『恋人』。
マジで、どれだけ救われたか。
今の俺に全人類を分け隔てなく守りたいなんて崇高な信念なんてねぇ。
だけどあるんだぜ。
俺にも守りたいもんが。
これからなんだよ。
これからもっと楽しくなる。
こんな所でこんな奴に終わらされてたまるかよ。
「ベラベラと口が達者な奴よ」
エゲツないダメージに身体が軋む。
辛すぎて倒れてしまった方が楽なんじゃないかと思う。
それでも───俺は倒れんよ。
「さぁ、続きをしよう。さっさとかかってくるがいい」
「まったく強情なところはアイツにそっく───ん?」
その時、不意にオールフォーワンは俺から視線を逸らし別の方向を見た。
最高の好機。
容赦なく攻撃を仕掛けるべきだ。
しかし胸騒ぎがする。
俺もそちらを見ずにはいられなかった。
───『子供』
逃げ遅れたであろう子供が瓦礫の間で気を失っている。
嫌な予感がした。
コイツがニヤリと笑ったような気がした。
「君もヒーローをめざしてるんだったね。───じゃあやっぱり守るのかな」
頭で何かを考えたわけではない。
───『考えるより先に身体が勝手に動いていた』
子供に向けて奴が容赦なく放った『ギガブレイク』は俺に襲いかかった。
「グワァァァァァッ!!!!」
自分が今生きているのか、死んでいるのか。
それすら分からなくなるほど意識が明滅する。
身体がバラバラになるほどの激痛。
かろうじて直撃は避けられた。
それでも大量の血が地面に滴り落ちた。
『異形の進化』によって再生すべきだ。
でもそうすれば魔力は完全に失われ、どのみちコイツに殺される。
そう……詰みだ。
「終わりだね」
奴はふわりと浮かび上がった。
俺はこの場を動けない。
後ろには子供が倒れているんだから。
まったく……死にかけてるってのに、俺も随分とヒーローぽくなったもんじゃないの。
打つ手もねぇのによ。
「交渉はもう意味ないよね。だから確実にここで殺すよ。───『魔王』は二人もいらないからさ」
まだ言ってんのかよ。
そんなしょうもないことを。
「だから貴様は『魔王』になれんのだ」
「……面白いことを言うね」
初めて、ほんの少しだけコイツが不愉快そうな声を発した。
それが少しだけ嬉しいと思ってしまったわ。
ざまぁみやがれクソ野郎が。
「君の個性は未知が多い。だから油断はしないよ。『筋骨発条化』『瞬発力』×4『膂力増強』×3『増殖』『肥大化』『鋲』『エアウォーク』『槍骨』そして───」
───『ためる』
───『バイキルト』
「確実に殺す為に今の僕が掛け合わせられる最高・最適の“個性”たちで───君を殴る」
うわぁ……何あのグロテスクな右腕。
俺すでに死にかけてんのよ?
オーバーキルすぎんか。
ヴィランなら慢心して油断しなさいよ。
お約束でしょうが。
現実は甘くないね。
これはさすがに……無理だなぁ……。
あーあ。
悔いしかないわ。
ほんと、ふざけんなよクソッタレ。
景色がゆっくりと流れる。
色んな思い出がこれでもかというくらい蘇る。
完全に走馬灯で笑う。
俺まじで死───
『随分と苦戦しているようだな』
そのとき、じいさんの声が聞こえた。
結局アンタの正体もわからずじまいかよ。
『本当はまだ早いのだ。しかしそうも言ってられんのでな、余の力を“解放”するとしよう』
は、いったい何を言って───
───脳に電流が走った。
大量の情報が流れ込んでくる。
前にも味わった感覚だ。
───『大魔王バーン』
これが……アンタの正体だったんだな。
この土壇場になるまで黙ってるなんてよ、じいさん本当いい性格してるわ。
『余の力は貴様と最も相性がいい。ゆえに力も膨大となる。生半可な器では収まらないのだ。しかし、今の貴様ならばおそらく受け止められるだろう』
あっそ。
なら最期の大博打といかせてもらうわ。
だからさ、じいさん。
頼むよ。
───もう一段階“解放”してくれ。
今なら分かるぜ。
まだ先があるんだろ?
じいさんの“真”の力はさ。
『……死ぬやもしれぬぞ?』
負ければどのみち死ぬでしょ。
だから無理するなら今しかないって。
それに───『魔王』が勇者以外のこんなクソ野郎に負けるなんてありえないだろ?
『フフ……フハハハハハッ!! よかろうッ!! 貴様の意志を尊重してやるッ!! ───余の力を使うのだ、死ぬのではないぞ』
ありがと、じいさん。
やれるだけやってみるわ。
ドクン、ドクン。
心臓が大きく跳ねた。
───『真・大魔王バーン』
俺は選択する。
その大きすぎる力を。
「グウゥゥゥヮァァァァァッ!!」
内側から身体が爆発しそうになるほどの膨大なエネルギーの濁流。
何とか内側へ、内側へ。
押し込めるのではない。
廻すんだ。
この力を循環させろ。
大丈夫、できるさ。
この力は敵じゃない。
そう、俺が負けるはずなんてねぇんだよ。
だって俺には───本物の『魔王』たちがついてんだからなァッ!!
「……フハハハハハッ!!!」
白銀の長髪が風になびく。
「───天地魔界に恐るるものなしッ!!!!」
お読みいただきありがとうございました。