───『ドルマ』
黒いエネルギーが音もなくロボットに収束し、そして弾けた。
するとそこに残ったのは腹部をぽっかりと失い、倒れ伏すロボットのみ。
───『メラ』
小さな火の玉がロボットに着弾。
するとその小さな火の玉からは想像ができないほど大きな火柱がロボットを呑み込む。
ロボットは爆発とともに沈黙。
───『デイン』
雷が走る。
視認できた者はどれほどいるだろう。
ピカっと何かが光った。
次の瞬間には雷撃に胸を貫かれ、ショートを起こしながら機能を停止するロボット。
この会場にいる受験生のほとんどはこれらのうちどれかひとつは目にすることになった。
そして絶えず聴こえてくる───
───『フハハハハハ!!』
という笑い声。
それと共に聴こえてくる奇妙なセリフ。
それらが誰による者なのかということを、理解できない受験生はいなかった。
それは彼───『緑谷 出久』も同じ。
(またあの人だ! 凄い個性だ!)
出久は未だ1ポイントも獲得できていなかった。
気持ちが焦って仕方ない。
とにかくまず1ポイント。
1ポイントを獲らなくては。
だけどそれと同じくらい彼のことが気になってしまう。
朝話しかけてきた、ファンタジーの世界からでてきたような彼。
見た目はまさしく魔王。
そして彼は自分のことを勇者と呼んだ。
(僕は……以前どこかで彼と会っていたのだろうか? ───ッ!)
その時、突如暴風が吹き荒れる。
そして───
「フハハハハハ!! 温いな!! 温い温い温い!! この程度で魔王である我を試そうなど、笑止千万!! フハハハハハ!!」
彼の声が聞こえてきた。
なんだと思って目を向ければ、また彼だ。
「あんな上空を飛んでるのに、地上でこんな強い風が吹くのか! 一体どれほどの速度で飛んでいるんだ!! 凄い! やっぱり凄い個性だ! あ、光っ……え、今何をしたの? 彼の個性? 僕にはただ光ったようにしか……まさか! 目に見えない程の速さの遠距離攻撃!? とんでもない個性だ!! あの高速飛行だけでも凄い個性なのに、視認できないほどの攻撃手段を持っているなんて! でもまてよ……さっき僕が見たのは火球だった……つまり攻撃手段を複数持っている! い、いったい幾つ……って馬鹿か僕は!! 1ポイントも取れてないんだぞ集中しろ!!」
首を振り、ほっぺたを自ら叩き、出久は悪い癖が出たと反省する。
悠長なことはしていられない。
まず1ポイント取らなくちゃと気持ちだけが先行する。
だが───
───ッ!!
ズガガンッ! という衝突音と共にまたもや暴風が出久を襲う。
そして、出久は思わず尻もちをついてしまう。
そこにいたのは試験前に説明があった、0ポイントの巨大仮想ヴィラン。
他の受験生が走ってこちら側に逃げてくる。
『残り2分をきったぜッ!!』
同時に聴こえてきたプレゼントマイクの声がさらに出久の心から余裕を失わせる。
「あと2分!?」
無駄になってしまう。
オールマイトがくれた全部。
このままでは全てが無駄に───
「いっち……」
不意に聴こえた小さな悲鳴。
視界に映ったのは試験前に勇気をくれた女の子。
出久は───考えるよりも先に体が動いていた。
++++++++++
俺はあらかたポイントは稼ぎ終え、目下に敵がいなくなったのでいったん空中で止まる。
飛ぶことはもう手足を動かすようにできる。
ふうー疲れた。
そういえば響香と飛ぶ約束してたっけ。
この入試が終わったら誘って───
───ズガガンッ!!!!!
突如響く轟音。
そこにいたのは、
「あーアイツね。0ポイントって」
空からだとよく分かる。説明してたアイツだ。
でっかー。
そして俺は、こういうのから逃れられない呪いにかかっているわけで。
「フハハハハハ!! 面白い!! 少しは楽しめそうだ!!」
恥ずかしいセリフを吐きながら、俺はそのでっかい仮想ヴィランの方へ引き寄せられるように飛んでいく。
だけどまあいいか。
今出せる最大出力の物理攻撃を試したかったところだ。
なんか残り2分って聴こえたけど、一応あれだけロボット壊したんだから合格ラインは越えた……と思う。
だからちょっとだけ遊んでもいいだろう。
───『バイキルト』
俺は1つの呪文を唱える。
このバイキルトという呪文は強力だ。
効果は単純に身体能力を大きく向上させるという能力。
だけど……意外と使い勝手が悪い。
検証を重ねて分かったんだが、バイキルトは1つの『行為』に対してしか適応されないのだ。
例えば『殴る』という行為を対象としてバイキルトを唱えると、殴るという行為が終了した瞬間バイキルトの効果は失われるのだ。
つまり連続でバイキルトの効果の乗ったパンチを繰り出すことはできない。
だけど───
───指定する行為が被らなければバイキルトは別々にかけることが可能。
そこから導きだされる今の俺の物理最強の一撃。
───『バイキルト』
まず、“飛ぶ”という行為に対して。
───『バイキルト』
そして、“殴る”という行為に対して。
「フハハハハハ!! 鉄の傀儡よ!! この魔王の一撃をもって貴様を屠ってくれるわ!!」
俺は加速する。
先程までとは比べられない圧倒的速度。
いける!!
俺は拳を強く握り───
───誰かが飛び出してきた。
は?
俺は思いっきり翼をはためかせ、急ブレーキをかける。
「SMAASH!!!!!」
あ、朝のアイツだ。
いきなり勇者とか呼んで絡んでしまった緑髪。
アイツの放った一撃は見事に巨大ロボットを粉砕した。
すっげー、オールマイトみたい。
あ、共通点じゃんこれ。
超ヤバイ個性を持ってるやつを俺は勇者って思っちゃうんかな。
知らんけど。
『終了ー!!!』
プレゼントマイクの終了を告げる声を聴きながら、俺はまだあの緑髪から目が離せなかった。
アイツ腕の色ヤバくね?
あれ、てか普通に落下してんだけど。
俺は翼をはためかせる。
空中でキャッチ。
「あ、き、君は……」
「フハハハハハ!! 見事!! 見事だ勇者よ!! 我の目に狂いはなかった!! だがまだ己の力を十全に扱えてはいないようだな?」
「は、はい……個性の……はんど、うで……」
「フハハハハハ!! ならば鍛えよ!! それしかあるまい。自らを鍛えあげ、信頼できる仲間を見つけたのならこの魔王に挑んでこい!! フハハハハハ!!」
「え、まお、う……?」
……相変わらず何言ってんの俺は。
緑髪は体が相当痛いのか声も掠れている。
俺はゆっくりと地面に緑髪をおろす。
てか、とんでもない個性だな。
体の許容量を超えての超パワー。
まったく、お互い難儀な個性をもったな。
少しだけ俺はこの緑髪に親近感をもった。
個性に振り回されているやつは皆同士だ。
「フハハハハハ!! これは餞別だ!! 受け取るといい」
神楽坂さんとの戦闘訓練。
それによって手に入れた新たな呪文。
───『ホイミ』
いわゆる回復の呪文。
でもぶっちゃけ回復量が少ない。
だからあと5回くらい俺は『ホイミ』を緑髪にかけてやる。
「う、うぅ……え、あれ、体が……治っている!? まさか、これも君が!?」
「フハハハハハ!! この魔王にできぬことなど───」
「凄い!! 本当に凄い個性だよ!! もっと詳しく聴かせて欲しいんだ!! 試験中は飛んでたよね!? それにいくつもの攻撃手段を持っていたし!! ねぇ君はあといくつ能力を───」
うん、響香ー、早く来てくれー。
お読みいただきありがとうございました。