東京喰種―ご飯を食べよう― 作:金木姉
美味い飯を食って生きたい。
誰だってそう思う。
たまに食に無頓着なやつはいるが、好き好んで不味い飯を食おうとはしない。明らかにゲテモノでもそいつからすれば珍味なのだ。
肉のジュウジュウと焼ける音がする。
「ふぁ~美味しそう」
美味い飯を毎日たらふく食って寝る。それはとても素晴らしいことに違いない。
だが、美味い飯を食うには金が必要で、片親の俺はお世辞にも裕福とはいえなかった。
それもこれもあのクソ女のせい……と、まぁ金が無いなら自分で工夫してそれなりのものを用意するしかなかったわけだ。
「ほらよ、研」
スーパーの特売で割引されていたひき肉を使った煮込みハンバーグ(ソース特製)を俺、母、そして弟の金木研に渡す。
「「「いただきます」」」
目を輝かせて、だらしなく涎まで垂らした我が弟は両手を合わせると忍を思わせる俊敏な動きでハンバーグを頬張り、興奮に叫んだ。
「旨い!!!」
「うるせえっての。少しは落ち着いて食べたらどうだ?」
「だって、れんちゃんの料理とっても美味しいんだもん!
お母さんもそう思うよね!!!」
「……えぇ。
添え物のベランダのプランターで育てたじゃがいもの蒸かしを口に含んだ母は研の言葉に頷いて俺の料理を誉める。
働き詰めで段々と表情の乏しく瞳に暗いものを宿いていった母だが、最近になって食事中に笑顔を見せることも多くなった。
「いつの間にか追い越されちゃったね」
優しい手つきで俺の頭を撫でる。
「…………べつに」
俺はその誉め言葉に、照れ臭そうに返事してハンバーグを口に運んだ。
そして顔をしかめる。
恐ろしいほど……『普通』だと。
不味くもなく、美味いともいえず、最低限食材の価値を引き出して形にした50点の料理。
(焼き加減も、ソースの味もよかったってのに、どうしてこんな中途半端な味なんだ?
分からねぇ……やっぱ、素材を活かしきれてないのか)
心のメモに思いつく限りの失敗理由をあげる。
これを失敗などととんでもない。母はそんなことはないというが、妥協はしたくなかった。
「俺の夢は全ての人間が美味しいといえる料理を作ることだ。お袋、研……いつか頬が溶け落ちる最高に美味い飯を作ってやるから、それまでつまらねぇことで死ぬんじゃねえぞ?」
将来は店をもって色々な人に美味しい料理を食べてもらって、その儲かった金でもっと美味しい料理を食べて、それを糧に精進してもっと美味い飯を作って、食べてと、そうして至る俺か俺以外の誰かが作った最高の料理を食べてみたい。
俺、金木憐は
「……けど、才能の限界かねぇ」
数年の月日が経って、弟の研が大学生活を満喫しているころしがない街の飯屋の店主としてひっそりと城を構えた俺は、自身の料理に限界を感じていた。
「不味くはない、そこらのファーストフード店になんて負けない旨味もある。
だが、普通だ。星持ちに比べ品がなく家庭料理というには巧みである。いい加減、変なプライド捨てて僕の経営する五つ星レストランで働けばいいのに」
はぁ、と息を吐くのは銀縁の眼鏡を掛ける初老の男性。
この店の常連であり、嘘か本当かあの月島財閥の総括だという自称グルメ評論家である。
「前にも言いましたが、いくら金が入っても同じメニューばかりじゃ成長出来ない。自宅で作る分にはいいが、それだと客の意見が聞けなくなるでしょうが」
俺が作りたいのは万人が美味しいと言われる最高の飯だ。
独善料理なんてやってても、空しいだけだろうし、そんな物を作るぐらいならお袋や研に作ってやっている方が百倍ましだ。
「そうかい?
君の一声さえあれば、月島財閥はどんな支援だって惜しみ無いというのに……」
「だーかーら、俺は適度に稼げて客の意見をストレートに聞ける現状で満足してんですよ。弟子入りとか高級料理店なんてのは性にあわないですって」
「ま、強引に勧誘して君の料理の腕に何かあっても大変だ。
…それはそうと、今度僕の息子を連れてきてもいいかな?」
「メニューはこっちが決めるスタイルだ。それに文句を言わねえなら誰だってかまいませんよ」
「そうか!
それなら日曜日にしよう。いや~習君の度肝抜く様が今から想像出来るよ!」
ルンルンと小躍りする常連さん。
普通だって自分で言うのに何でそんなに楽しそうに出来るのか。
本当に月島財閥の総括なら俺より美味い料理を作るコックなんて両手で数えるのもバカらしいぐらい抱えているだろうに、やっぱ、この人の感性は理解出来そうにねぇ。
嘆息する俺はその件の息子、習君にどんなのを食わせてやろうかと今から想像する。