首次接触─First(s) contact
──今日の夕飯はどうしようか。
瓦礫の間を歩きながら考える。
昨日は久しぶりにラテラーノ料理を作ってみたが、やはり美味い。
昨日使ったのは初めて見る種類のパスタだったが、ソースとの絡みが抜群だった。
普段が粗食の分、偶のごちそうのおいしさが殊更に際立つねえ。
ああ、思い出すだけでよだれが垂れてきそうだ。
さてさて、情報によるとこのあたりのはずだけど……
……おっ、いたいた。情報通りサルカズが四人。なんだ、みんなで楽しそうにしちゃって。
……馬鹿さ。ここはもう戦場なんだぜ?
「あっ、それ!」
ホルスターから銃を引き抜いてぶっ放す。それで一人の頭が割れたザクロみたいになった。糸が切れたようにその巨体が倒れ込む。それでみんなぎょっと目をむいて銃撃の方を睨みつけてきた。つまり、おれのことだ。おお、怖い怖い。
考えなしに突っ込んできた脳筋サルカズを圧搾してミンチにする。
そうそう、ちなみに昨日のパスタはアラビアータって感じだったんだけど、おれとしては挽肉たっぷりのミートソースパスタも捨てがたいんだよね。
決めた。次にパスタが手に入ったらミートソースにしよう。おっと、勿論食材はちゃんとした食用の肉でだ。あいつのミンチ、不味そうだもん。
急に仲間が地面の汚いシミになったんで、敵さんはずいぶんとお怒りのようだ。俄然やる気を出して突っ込んでくる。さっきは先走った馬鹿が相手だったからいいけれど、ちゃんと連携して向かってこられるとさっきのようにはいかない。
どうにか斬撃を躱し、有利な体勢で鍔迫り合いに持ち込む──も、それをいなして一歩引くサルカズ。直感に任せて後ろに飛びのくと、上空からの矢が地面に突き刺さった。浮遊したサルカズがこちらに向かって弓を構えている。
おいおい、情報と数が違うじゃないか。危うく殺られるところだった。
……後でこのいい加減な情報を持って来やがったあいつはぶっ飛ばしてやろう。
取り敢えず今は──あいつ、厄介だな。
試しに飛び回る奴の進行方向にアーツを置いてみる。タイミングを計って設置し、スリーカウントで起動。流石にこんな攻撃にあたる機動をする奴はいないと思うけど。
……結果、空飛ぶサルカズは空飛ぶゴミに変貌した。古来より、空飛ぶ
あっけにとられている間抜けなサルカズの頭を銃でぶち抜いて残り一人。おれですら呆気にとられたほどだから、そうなるのも無理はない。
ぼちぼち仕事も終わりだろうか。
……そうだ、夕飯だ。また是非ともパスタを食いたいのだが、あの代物はめったに手に入らない。
昨日は偶々ラテラーノの傭兵がいたから良かったけど、そういるもんじゃない。
そろそろ自分で作るという手段を取るべきかもしれない。そんな訳で、おれのtodoリストの最上位に”次にラテラーノ野郎を見つけたら〆てパスタの製法を聞き出す”が追加された。
「~~~~~~~~っ!」
そうなると、今日はいつも通りにパンと適当な何か──今隠れ家には虫しかないけど──になるのかな。仲間の傭兵連中と一緒に食うんでもいいんだが、賑やかすぎるんでおれはどうにもあの場に馴染めない。いい奴らだとは思うがね。
「うわあああああああああ!」
叫び声とともに、残ったサルカズが大剣を振り下ろしてくる。その顔は涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃだった。
果たして、そんな顔でなおも剣を振るうのはどんな気持ちなんだろうか。おれのことが憎い?自分の無力さが恨めしい?悔しい?
──わかるよ、その気持ち。仲のいい連中だったのか?それじゃあ辛かろうよ。
……ま、尤もおれにこんな経験はないけどな。
──なんで……どうして……
──こんな……こんなの……!
……何だ?
……頭が痛てえな、畜生。
「……悪いな。お前を見てるとなんか気分が悪くなんだわ」
泣きわめく声がうるさくて頭がガンガンするので、適当に風穴を開けて黙らせた。
戦場でワンワン泣いちゃって、情けないったらありゃしない。傭兵失格だ、失格。
こういう弱い奴を見てると、虫唾が走るぜ。
……ま、取りあえずはお仕事完了か。
今回は形が残った奴らもいたので、色々と物色させていただく。医薬品一式に食料少々……おっ!パスタじゃないか!
どうやら、こいつらもラテラーノの傭兵とやりあってこいつをゲットしたらしい。なんともありがたい限りだ。
こういう風に戦利品を物色するのは、傭兵稼業の中で最も楽しい瞬間ではないだろうか。少なくともおれはそう思う。あんまりいい趣味とは言えないだろうが、殺しを楽しんでいる同業者連中よりはよっぽど健全だと思うね。
……まっ、おれも多少は楽しんでるけど。
そのくらい狂ってなきゃ、この世界では生きていけないだろ?
「ザ──ザザ──おい──」
「ん?もしもーし。聞こえてますよー」
「──敵部隊は──撤退──俺たちも──する」
「了解。場所はブリーフィング通りの場所で?」
「そうだ。ザ──ご苦労、W」
ある日、目が覚めたら違う世界にいた。そんなことを言うと、お前は何を言っているんだとみんなが言う。
でもおれは本気だ。この世界は狂ってる。狂っているのに気づいていない奴、狂っているのに気づいてないふりをしている奴、みんな狂人だ。戦って、戦って、戦って。閉じた円環の中をくるくると回り続けている。回し車の中のハムスター。自分のしっぽを追いかける犬。そんなのばっかりだ。
でもおれは生きてる。この狂った世界で。生きたくて生きてるわけじゃない。生きてしまっているからおれは生きているんだ。
おれは死にたくない。冷たいのは嫌だ。一人なのは嫌だ。
たまに夢を見る。おれが死ぬ夢だ。おれはおれが死ぬのをおれの隣で見ているんだ。羨ましいよ、こんな狂った世界から解放されるなんて。
目が覚めると、おれは生きている。死んでないからだ。
だからおれは生きていく。死にたくないからだ。
狂って見せよう。精一杯。
狂ってしまえば楽になれる。普通の世界と狂った世界の差異を無くすことができる。
普通の世界の狂人の世界は狂った世界だ。
狂った世界の常人の世界は狂った世界だ。
狂った世界の狂人の世界は普通の世界だ。
おれは普通だ。普通なんだ。
学校に行き授業を受ける。授業をさぼって龍門風積み木で遊ぶ。放課後にグラウンドでキャッチボールをして、帰りにファストフードを食う。家に帰って母さんの飯を食べて、ふかふかの布団で寝るんだ。
戦場に行き銃撃を受ける。銃撃を回避してアーツを叩きつける。戦闘後は戦場で死体から戦利品を手に入れて、雇い主から戦いの報酬を得る。家に帰ってオリジムシを食べて、固い床に転がって寝るんだ。
……ほら、普通だろう?
ケチ臭い雇い主がお賃金を出し渋ったのを除けば、今日は実に最高の日だったといえるのではないだろうか。まあ、そういう面倒くさいのは全部他の奴に丸投げしてるからおれは嫌な思いしてないけど。
何せ、今日もパスタが手に入った。こんなことは今までにない。大体手に入れたその日に食い切っていたから、二日連続などほぼ初めてではないだろうか。
そんな訳で、おれは今ウキウキしながら隠れ家に向かっている。あいつらがいるとおれの分まで食われそうだからね。今日も一人でのんびりたっぷり、パスタをいただこうじゃない。
おれの隠れ家は、がれきに埋もれた廃墟の一角にある。ここら辺は結構な数の奴らが住み着いているんで、木を隠すなら森の中、ってね。
だから、ここら辺は夜でも賑やかだ。勿論、明かりなんてないし、月には雲がかかっているからパッと見ただけではわからないが、幾つもの息遣いを感じる。大方、住人同士で物資の奪い合いをしているのか、はたまた迷い込んだかわいそうな誰かをつるし上げているかのどちらかだろう。みんな生きていくのに必死だ。最も、生きていったところで何があるわけでもない……いや、生きていればパスタも食えるか。
毎日の小さな幸せを大事にする。これがおれの生きていくコツだ。十年後の成功よりも明日の稼ぎ。明日の稼ぎより今日の晩飯。特に何も意味のない人生、これくらいのほうが生きやすいというものだ。
足取りを弾ませながら路地を行く。この路地を抜け、右に曲がってからの突き当りに入っていけばもう隠れ家だ。
そう思ったそのとき、空気が動いた。ほのかに聞こえる風切り音──手榴弾だ──に反応して、素早く背嚢を投げつけると地面に身を投げ出した。ワンテンポ遅れてやってくる爆音。チリチリと背中に痛みが走る。
──浮かれすぎていた。周囲の確認を怠ったのはそうとしか言いようがない。戦場でないからといって、このカズデルに真の意味で心休まる場所などないというのに──!
相手もおそらく殺れていないことには気づいているだろう。ならば勝負は次の一手。
立ち上がりざまに右手でサブマシンガンを引き抜き、そのまま引き金を引く。
消炎器越しの微かなマズルフラッシュで、うっすらと銀髪が暗闇に浮かび上がった。
繰り出された火線を掻い潜って、敵が左手から突っ込んでくる。
柄に左手をかけた瞬間、風切り音が耳に飛び込んできた。敵の左手から放たれた投擲。
その正体は爆弾だろうか。にも拘らず敵の動きは止まらない。右手のナイフがきらりと光る。
前方から爆弾、左方からナイフ。絶体絶命の状況。
そんな中で、おれは迫った来る爆弾を無視して左手に力を籠める。
余りにも割り切りのいい、だが自殺的なその行動に、薄闇の中の襲撃者の表情がわずかに揺らいだ。
そして、爆弾が爆発し──その爆風もろとも圧搾されてぺちゃんこに潰れた。
「なっ……!」
おれはそのまま逆手で抜刀し、ナイフを持つ腕ごとぶった切る──のを試みたが、カランという澄んだ音とともにナイフだけが吹っ飛んでいった。
柄から手を離し、剣を放り捨てる。自由になった左腕を振り下ろして、銀髪の側頭部に肘をお見舞いした。
「うっ……!」
敵が初手で手榴弾を使っていたことから、それに類似するものを使ってくるのではと最初から思っていた。
だから、予め正面にアーツを設置しておいたというわけだ。手榴弾だったら爆風と破片を纏めて圧搾すればいいし、仮にそのまま突っ込んできたらシンプルに潰せばいい。おれのアーツはこういう狭い場所でこそ輝く。
……そう考えると、昼間の飛び回ってたやつはアホだと思う。開けた場所で当たるのはいくら何でもアレでしょ。
話を戻すと、だからおれは銃弾をばらまいて攻撃のくる方向を制限しようとしたわけだ。まさか自分自身も一緒に突っ込んでくるとは思わなかったけれど、まあ備えはしてたし。
さて、そんなこんなでようやく下手人とご対面だ。
「か……は……」
首元を締め上げて持ち上げてみると随分と軽い。漏れ出てくる高いうめき声はガキか、女か、そのどちらかだろう。背嚢からライトを取り出──そうとして背嚢が消し飛んでいたことに気が付いた。
……おれのパスタと一緒に。
「ひゅ……」
あ、やべ。怒りのあまり握りつぶしちまった。色々と聞いてみようと思ってたんだが、おれもまだまだ感情のコントロールが甘いね。……ま、人の幸せを奪いやがったクソ野郎だ。こうなっても仕方あるまい。
その時、雲の切れ間から月光が差し込んでくる。今日は満月で、その光はいやにまぶしかった。
キラキラと光を反射し、銀髪が輝く。銀髪で、赤い角の女サルカズ。
それがおれを襲ってきた奴の正体だっ
──女だったか。
──殺るなら……はやく……しなさいよ……
──どうしておれを襲った?
──理由が……いる……かし…ら?
──………………ヘビだ。
──……?
──……むかし飼ってた……すごくむかしに……
──目がすごくきれいだった。……そうだよ、父さんが買ってきたんだ。
──な……にを……
──すごくうれしかった。いつもいつもながめてた。母さんに呆れられるまで
──見つめあってたんだ。きれいな目と。
──なに……ない……てんのよ……
──……父さん……母さんごめん。狂っちゃったよ……おれ。
──げほっ、げほっ……ちょっと……!
──ごめん……ごめん……ごめん……
──……何なのよ……
目が覚める。見慣れた天井。ここは俺の隠れ家だ。
昨日、あの銀髪を殺してからの記憶が曖昧だ。パスタが消し飛んだ腹いせに酒でも飲んだのだろう。
ちょっとくらい手榴弾の影響が残るかと思ったが、綺麗さっぱり完治した自分の治癒力に感心しつつ、黒パンを取り出す。ナイフでかっ割いてよくわからん葉っぱと油漬けオリジムシを挟めば特性サンドウィッチの完成だ。うん、我ながらいい出来だと思う。
サンドウィッチをぱくついていると、連絡が入った。
「おいW、さっさと来い。今日は仕事だ」
「仕事?そうだったか?」
「何寝ぼけてんだ。さっさとこい」
「場所は?」
「21区の30番だ。わかるな」
「はあ……昨日と一緒ですかい」
「は?お前何言ってんだ?」
「はいはい、行きます行きます」
何か言いたそうな声を遮って通信を切る。まさか今日も仕事だったとは。昨日の仕事ででかい山は終わりのはずだったんだが、今日はいったい何だというのだろう?小銭稼ぎだろうか。
まあいい。今日も俺は生きるだけだ。
……あと、出来たらラテラーノ商人の襲撃したいわ。パスタ食いたい。
今日の仕事は──ああそうだ、全く小銭稼ぎでも何でもなかった。
昨日と同じような──ほぼ同じといってもいいような──作戦。
おれの担当箇所は昨日と違うけれど、大まかなプランはどこかで聞いたようなのばっかりだ。
それを副隊長に言ったら、本気で頭の心配をされた。失礼な。おれは正常に狂ってるというのに。
昨日サルカズの女を一人ブチ殺したことはしっかりと覚えているし、何よりパスタを消し飛ばされた悲しみはバッチリ残っている。
……だが、この作戦。どこかデジャブを感じるのは気のせいだろうか。
別にどうということのない戦闘だった。普段通りに敵を潰して、撃って、斬った。残念ながら今日の敵はパスタを持ってはいなかったので、またの機会にお預けだ。つくづく昨日の油断が悔やまれる。
昨日と同じ雇い主が昨日と同じように金を出し渋った後、おれは今、あの場所に向かっていた。
何かが引っかかる。おれは普段から日誌をつけるような甲斐性はなかったから、日付なんて然したる意味を持たなかった。日が昇って沈めば一日。ここではそれがすべてだった。
おれには日付を知る手段がなかったからわからなかったが──いや、誰にも聞かなかっただけか。
日誌をつけている奴はいる。あの几帳面な副隊長やら、何やら、何人か知っている。その日誌とおれの記憶を突き合せれば何かがわかったかもしれない。
けど、おれはそれを知るのが怖かったんだ。
早鐘を撃つ心臓を抑え、歩く。今朝は違う出入り口から出ていったからわからなかっただけだ。
あそこにはちゃんと残っているはずだ。成れの果ての源石が残っているはずだ。
路地の入口に立つ。背嚢から震える手でライトを取り出し、祈るように点灯した。
光が出て、足元を明るく照らす。そこから広がった明かりが路地の奥の方までをぼんやりと照らしていく。
おれのいかれた考えはやっぱり杞憂で、そこにはほら、ちゃんと源石が
なかった
「……!」
背後からの物音。投げつけられた手榴弾を
「はあ……はあ……」
おれはそのままマウントポジションを取り、腕を押さえつけた。投げつけたライトは壊れたのか、辺りに明かりはない。
二人分の荒い息が、無限の暗闇へと消えていく。
そうして、やがて月がその姿を雲間から表した。路地の向こう側から、光がすうっと差し込んでくる。
高めの体温、丸みを帯びた形状、しなやかな肉、ほの高い息遣い。
何かの間違いであってくれ、そう思い続けた。
だが、夜の女王は無慈悲にも全ての真実をその威容の下にさらけ出す。
……思えば最初からわかっていたのだろう。だからおれはアーツを設置していたのだ。
月光を放つ銀髪。頭に生える赤い角。べっこう色の瞳の女サルカズ。
殺したはずの存在が、そこにいた。