「ウィルは行くのか」
「ああ」
「てめえがくたばるのは勝手だが……これから飯が寂しくなるなあ」
「はっ、そりゃうれしいな。舌が肥えた分、苦しさもひとしおだろ」
「このクソ野郎が。……ウィル、簡単にはくたばんなよ。また戦場で会おうぜ」
「おう。そんときゃ敵でも味方でも、とびっきりのおもてなしをしてやるさ」
……先ほどから何度もこのような会話を繰り返している。
やはり、今回の仕事を受けた奴はそう多くはない。この拠点には未だ多くの傭兵たちが残っているのに対して、出ていこうとしているのは限られた少数だ。おれたちはその少数派に属していた。
イネスの口から出てきた”バベル”という言葉。それの意味するところは、やはりヘドリーは殿下の側に肩入れするということなのだろうか。
これまでのらりくらりとバベルと軍事委員会、どちらかに深入りすることを避けていたこれまでのことを考えると、今回は単純にどちらかと言えばバベル寄りの仕事というだけだとも考えられる。
けれども、おれの勘はその考えを否定していた。今回の輸送部隊はレム・ビリトンからくるとヘドリーは言っていた。しかもかなりの規模でだ。わざわざそんな場所から何かをカズデルに運ぼうとしている辺り、バベルの中でも外縁の木っ端の仕事ではない。恐らくはかなり中核部分に近い仕事だ。そこに手を付ければ、ほとんどバベル側と言って差し支えない状態に陥る。
だが、現実問題として仲介人が殺されている以上、これからもこれまでのようなどっちつかずの状態で仕事を得られる可能性は乏しい。結局のところ、おれたちがこの仕事を受けたのはそれが理由だった。
ヘドリーも馬鹿ではない。何の勝算もなくこの仕事を引き受けるわけではないだろう。少なくとも、危険を冒す価値がこの仕事にはあると判断した。
さて、今おれがこうして別れの言葉を交わしているのも、そろそろ出発の時が近づいてきたからだ。
ヘドリーとイネスを隊長として再編されたおれたちの部隊は、順次拠点を出て合流地点へ向かう予定になっている。この拠点については居残り組が使い続けるそうなので撤収の必要はない。
おれはもう準備も終わっていつでも出れるのだが、まだΩがやってこない。荷物をまとめるのに手間取っているのだろうか?おかげでもうおれたち以外はほとんど出てしまっただろう。
まあ、集合ポイントも伝えられているのでそこまで急ぐこともない。気長に待つか。そう思ってコーヒーでも淹れようと立ち上がった、その時だった。
「敵襲だ!敵しゅ……」
誰が言ったのかはわからない。ただ、その声はがやがやと賑やかだった辺りにいやに響き渡り、静けさが場を支配する。直後、ここは怒号飛び交う戦場と化した。
「囲まれてるぞ!」
「クソっ、哨兵は何してたんだ!」
「薄いところを探せ!脱出するぞ!」
「おいおい……!」
敵は一体何者だ?なぜここが分かった?何が目的だ?なぜこのタイミングで仕掛けてきた?
疑問はいくらでも頭に浮かんでくるが、今すべきことは一つ。
生き残ること。それだけだ。
待機していた小隊のメンバーとともに戦場からの離脱を図る。おれは道を塞ごうとする敵を纏めてアーツでひき肉に変えると、ヘドリーに連絡を入れた。
『ウィルか。状況は既に聞いている』
『ならいい。そっちはどうだ?』
『……こちらに敵は来ていない。拠点が狙われたようだな』
『……なるほどな。で、計画に変更は?』
『いや、その必要はないだろう。ウィルには逃げ遅れた部隊の掩護を任せる。指定の地点で集合だ』
『……了解』
……さて。ヘドリーは黒か白か、気になるところではあるがそれも脱出すれば明らかになるだろう。与えられた指示通り、逃げ遅れた部隊との連絡を試みる。何も指示をしっかり聞くお利口さんというわけではなく、うまく囮に使える連中はいないかという事だ。この際使えるものは何でも使う。おそらくは向こうも同じことを考えているのでお互い様だろう。
いくつかの小隊とは連絡が取れなかったが、通信に応じた奴らと情報交換をした限り敵の包囲はまだ不完全らしい。特に南西方向は比較的薄いようだ。
とはいえ、ここですぐに南西へ向かうというのは早計だ。加えておれはΩもきちんと回収してから脱出しなければならない。通信にも出ないし、ほんとにどこにいるんだろうか。
拠点内は混戦状態に陥っている。どうやら敵は包囲を完成させる前に内部へと侵入してきたらしい。後詰めに包囲は任せているのか、かなりの数だ。
そんな戦場をΩを探して奔走しているうちに、だんだんと不安が募ってくる。あいつが滅多なことで死ぬはずもないが、現におれたちの中から何人かが流れ弾で脱落している。このぐちゃぐちゃに入り乱れた状況では何が起こるかわからないのだ。
……また突然に戻されやしないか、もしかするともう戻れないのではないか。そんなことを考えてしまう。おれは嫌な考えを吹き飛ばすように大きな声で叫んだ。
「Ω!!いるなら返事を……!?」
どすっ、という鈍い音が脇腹のあたりから響いてくる。反射的に得物を抜こうとしたが、そこでふと手が止まった。この感覚はよくおぼえがある。
……ゆっくりと首を左後方に回すと、そこには怪訝な目つきの彼女がいた。
「ちょっと、あんた大きな声で何言ってんのよ」
ひそひそと周りに聞かれないように小さな声で話しかけてくるΩ。その顔を見て、おれはようやく自分がかなり焦燥していたことに気づいた。ため息を一つ吐く。
「……すまん。お前がなかなか見つからないせいでおかしくなってたみたいだ」
「そうなの?……へえ………………」
後ろの方は何を言っているのかよく聞き取れなかったがまあいい。とにかく無事合流できたのだから。
目に付いた敵をボウガンでぶち抜いて道を舗装していく。何やら通信機に向かって話していたようだ。おれはまだ使えそうなそれを手に取ると、彼女に尋ねた。
「で、この混戦のなか何やってたんだ?」
「……ねえ、突然の来客とはいえ、おもてなしって必要だと思わない?」
そう言ってにやりと笑うΩ。なるほど、そういうことだったのか……と思いかけてからはたと気づく。それは敵がやってきてからの話だろう。そもそもおれたちが巻き込まれたのはなかなかこいつがやってこなかったせいなのだが、その時は何をしていたのだろうか?
「爆弾仕掛けてたのは分かったけど、その前は何してたんだ?連絡したのに出なかったし」
「……あー、別に何してたって訳じゃないわ」
「いや、絶対なんかしてただろ」
先ほどまでの楽しそうな口ぶりから一転、途端に口が重くなるΩさん。……非常にあやしい。
……それに、さっきまではしていなかったはずのバターの香りがするのはなぜなのだろうか?
硝煙の香りに鼻が慣れたおかげで辺りに漂っていた匂いに気付けるようになった……というわけではないだろう。おれは大きくため息をついた。
「あのなあ……別に何も隠れて食べる必要ないだろ」
「……あんたが悪いのよ。おいしいの作るせいでもっと食べたくなっちゃうじゃない」
つまり、こいつはおれたちが待っている間冷蔵庫に忍び込んでケーキを食っていたということだ。おれがこの前使わなかった生クリームとミルクが余っていると聞いて作ったものなのだが……もちろん、彼女はすでに昨日食べている。それも1ホール。常人なら6分の1も食べれば十分なところを、きちんとこの腹ペコガールに配慮して用意してのだが、こんなものでは満足できなかったらしい。まだ食べていない連中の分にまで手を出すとは。大方、連絡しても応答がなかったのは至福の時間を邪魔されたくないとかそんなことだろう。
「ケーキくらいいつでもいくらでも作ってやるから、これからは通信には出てくれよ」
「……今のって、要は一生あたしの専属料理人宣言よね?」
「……」
「……はいはい、すみませんでした。これからはちゃんと出るわよ」
「はあ……」
……少し話が妙なところに行ってしまった。
まあ詰まる所、Ωはおれたちより先に敵とやりあってたらしい。ヘドリーに連絡を入れていたのも彼女だ。奴らが本格的に侵入してきた後は爆弾をあちこちに─居残り組もこき使いながら─設置し、後はおれを見つけて合流したというわけだ。ちなみに、通信に出なかったのは途中で通信機がイカレたかららしい。流れ弾に当たったか何かが原因のようだ。連絡できなかったときはかなりやきもきしたものだが、そういう事ならば被害が機械で済んで良かったというところか。
「それで、あたしたちも南西に?」
「いや、北に向かう」
合流が出来たら後は脱出するのみだ。ヘドリーからは逃げ遅れた部隊の掩護を任されているが、正直この敵の数だと纏まって脱出を試みたところで袋叩きにされて全滅だろう。ばらばらになって各々別々の方向に逃げた方がまだいい。
「けど包囲されてるんでしょ?流石にあたしも骨が折れるわよ?」
「だからちょっとした小細工をする。こいつを使ってな」
指し示したのは敵の通信機だ。先程から使っている奴を探しては殺って奪ってきた。Ωと話している間、何も無闇に駆け回っていたわけではない。おれは通信機を小隊員に手渡すと、自分でも1つ手に取ってスイッチを入れた。
「こちら──南西に敵が──ヘド──」
そこまで言って通信機を地面に叩きつけ、踏みつけて破壊する。これで聞いてる方からすれば敵に襲われて通信機を破壊されたように聞こえるだろう。
「こんな感じで欺瞞情報を流す」
「……でも、結局包囲はされてるんでしょ?足止めくらってる間に敵が集まってきたらあんまり意味は無くない?」
「まあ兎に角やってくれ、大軍を相手にする時は混乱させるに限ると相場は決まってるんだ」
そう促すと、皆思い思いに無茶苦茶な情報を通信機に吹き込み始めた。これらをそのまま鵜呑みにするのならばヘドリーが南西と北から同時に救援に来ていて、脱出しようとする一団は南に集結し、拠点には周囲50kmを消し飛ばす爆弾が仕掛けられていてしかも身の丈程の大剣を振り回して辺りを飛び回る銀髪の化け物が居るらしい。
……後半のいくつかに至ってはもはや御伽噺の世界の話になっているような気もするが、まあいいだろう。とにかくあることないこと言うのが大事だ。それに、おれが最初に言った南西に敵という部分は本当のことだ。嘘をつくコツは真実も織り交ぜること。セオリーに忠実に、じわじわと敵の情報網に毒を垂らしていく。
……そろそろ頃合いだろうか。しばらく通信機を使って暴れ回った後、おれはあるものを取り出した。
「手榴弾……にしては見たことないわね」
「だろうな。こいつはウェルズ博士の特製品なんだ」
この前あいつの工房を訪れた時に貰ったEMPグレネード。周囲数百メートルの源石使用機器を吹き飛ばす優れものだ。ウェルズの奴は原理がどうとかと語っていたが正直よく分からなかった。ただ、こいつが物理的損傷を与えずに機器だけ吹っ飛ばすのは既に実証済みだ。
Ωの爆弾もこれで遠隔爆破は出来なくなるが、化学反応方式の時限装置が組み込んであるので然したる問題はない。そしておれたちの通信機についてはウェルズ謹製の防護ケースに入れておけば大丈夫だ。
「へえ……そんな爆弾もあるのね」
「マーケットには流してないらしいから現物限りだけどな。もうこれで最後だし」
「あら、残念。あたしも使いたかったのに」
「正直こんなものが大量に出回ってたら大迷惑だけどな」
戦場に出る度通信機を吹き飛ばされたんじゃたまったもんじゃない。奴がこれを開発したのが最近のことで本当に良かった。
グレネードの一部を強く押し込む。プシュ、という音とともに押した部分が陥没してタイマー音が聞こえてきた。
「……よし、あと1分で作動だ。さっきも言った通り、北から脱出するぞ!」
ドサッ、と土に何かが転がる鈍い音がする。命を噴水のようにして胸と口から吐き出したそいつは、そのまま息絶えた。
「これで最後……おーい、そっちも片付いたか?」
「ええ。結構しつこかったわね、こいつら」
Ωと二人で辺りを見回す。倒れているのは拠点からここまでおれたちをおってきた奴らだ。EMPで通信機を殺したあと、行く手を遮る連中を文字通り吹き飛ばしながら脱出したのだが、包囲を抜ける際に追跡してきた連中がいた。追ってきたところで連絡が取れないので、さっさと諦めればいいのにと思っていたのだが、予想以上に敵さんの頭は軽かったようだ。結局、複雑な地形に誘い込んでからの奇襲で全滅してしまった。
……まあ、どの道追いかけてこないで拠点に留まっていても爆弾で吹っ飛んだんだけどね。
さて、余計なおまけも着いてきたがこれでどうにか脱出に成功したと言っていいだろう。他の部隊も巻き添えでEMPをくらっているだろうが、敵があの混乱ぶりならば脱出できているはずだ。
ヘドリーから仰せつかったのは逃げ遅れた部隊の掩護という無理難題も、まあ及第点を貰えるくらいにはやれたんじゃないだろうか。そもそもヘドリーが信用できるかどうかもまだ微妙な線なので、我ながら相当うまくできたと思う。
脱出に成功して追手も退けた今、次にすべきは本隊との合流だ。ただ、その前に少し考えなければならないことがある。今回の襲撃についてだ。おれは一通り部隊員に気になることを聞いた後、Ωを呼び出した。
「何かしら、話したいことって?」
「今回の襲撃、どう思う?」
「……そうね、随分とタイミングが良かったんじゃない?ちょうどヘドリーが出発した後で、あたしたちが残ってるときに襲ってくるなんて」
「……そうだな。それはおれも考えた。裏切りは傭兵の日常茶飯事だしな」
今回の事では誰が狙われていたのか。結果だけ見ればそれはおれたちだろう。ただ、ヘドリーの元へ最近やってきた新入りに差し向けるにしては大規模すぎる。その点、WとΩを始末しに来たというのならまだ納得だ。ウィルとザラがWとΩということを知っているのは一人しかいないはずなので、自ずと犯人は断定できる。はず、と行ったのは誰かにばれた可能性も考慮してのことだ。ただ、これまでは得物まで変えて偽装に努めてきたので、なかなかそうと気づいた奴はいないだろう。……今日はちょっとポカしかけたけど。
「……ただ、今回はヘドリーではないだろうな」
第一に動機がない。今度の任務は相当に危険なもので、実際人数にも不安がある状況だ。そんな中、手持ちの戦力の中でもかなりの実力を持っているであろうおれたちをこのタイミングで殺るだろうか?もともとあまり分はよくなさそうな依頼だ、そんなことをしたら自分の命も危うくなるだろうに。おれだったら、普通だったら、任務を無事に終えた後に始末する。
通信したときの態度もそうだ。あの時、ヘドリーはこちらに敵は来ていないと言っていた。おれたちを嵌めるつもりならそんなことを言う理由はない。通信に出ないか、出たとしてもこっちも襲撃されていると返すだろう。わざわざ下手人と疑われるような下手な真似をする必要性が感じられない。
何よりの決め手は襲ってきた連中に心当たりがあることだ。
僅かに感じた既視感から隊の人員に聞いて回ってみたが、やはり敵さんの使っていた一部の装備はこの前のヘドリー襲撃の時に使われていたものと同じように思われる。具体的には通信機や信号弾などの品々だ。となると、この二つの襲撃のバックは同一の存在である可能性が高い。ヘドリーが自作自演までしていたならばお手上げだが、あれはそんな器用な男ではないだろう。
「じゃあ、あいつらは何で襲ってきたのかしら?」
「これに関しては推測だけど……」
「…………バベル、でしょ?あたしもそう思うわ」
「ああ。話が漏れたのはたぶん……トランスポーターまわりだろうな」
……つまりさるお方はおれたちが何に参加しようとしていたかを知っていたわけだ。その上で輸送作戦を潰そうとして今回の襲撃をしたのならば……。
「……今回の仕事は相当面倒なことになりそうね」
「……だな。……やめとくか?」
「今更?もとより危険は承知だし、それに……」
隣に座っている彼女がこちらを向く。つられるようにしておれも顔の向きを変えると、お互いがお互いをのぞき込むような形になった。ふっ、とどちらからともなく自然と笑みがこぼれる。
「……あんたとなら、きっとやれるわ」
それだけ言うと、Ωはぷいっと顔を背けた。普段言わないようなことを言ったせいで気恥ずかしくなったんだろうか。おれは彼女の背中に向かって返事を返す。
「……ああ。お前がいれば大丈夫だ」
……なんかこっちまで恥ずかしくなってきたな、これ。
それからしばらく、おれたちはそっぽを向きながらあれこれと話したのだった。
ヘドリーとあれこれ連絡を取りながら進むこと半日。おれたちはどうにか集合地点までたどり着いた。同じように脱出した部隊の姿もちらほらと見える。
おれたちを見つけた連中からはやれよく脱出できたなやら巻き込みやがってふざけんなやら、まあ色々とコメントを頂いた。みんな元気そうで何よりです。
彼らと適当に会話しながら進んでいくとヘドリーのテントが見えてきた。一声かけてから部隊員と共に中へはいる。
「ご苦労だった、ウィル、ザラ」
「ええ、まあ結構な苦労でしたよ。……それでもいくらか取りこぼしはありましたがね」
「……通信ができない以上、しばらく待ってもたどり着かなかった部隊は捨ておくしかないだろう」
「……EMPのことですか」
ヘドリーの表情が若干陰りを見せる。
……援護しろという命令もそうだが、この男はどこか甘いところがあるような気がする。最近は自分も丸くなった方だとは思うが、それでも割り切るところは割り切らないと大切なものを失うのがこの場所だ。曲がりなりにも長いこと傭兵をやっているのだし、彼とてわかっているだろうに。
おれがそうやって反論しようとしたその時、横槍が入った。
「あれは妥当な判断だったと思うわ。まともに脱出しようとしても全滅していたでしょうし」
発言したのはイネスだった。なるほど、彼女はヘドリーとは違ってシビアなものの見方をしているらしい。ヘドリーとイネス。あまり気の合いそうな二人ではないのだが、これまで長いことやってこれた理由がわかったような気がする。凸凹コンビとでも言おうか、人を惹きつけるところがあるが甘さもあるヘドリーと人を寄せ付けない感はあるが、非情かつ合理的な判断を下せるイネス。まるでお互いがお互いの持ち合わせていない部分を補い合っているようだ。
「……そうだな。どのみち誰かが犠牲になる必要はあった。……今回はそれが彼らだったという話だ」
ヘドリーは努めて冷徹にそう言い放った。まるでもう何も気にもしていないかのように。あたかも鼻から割り切っていたというように。
……なかなかお似合いの二人というわけだ。
「余計なことを考えるのはやめなさい、ウィル。私の目は誤魔化せないわ」
「あ、すみません」
……流石に鋭いですね、イネス隊長。
何はともあれ、イネス様のおかげでおれはお咎めなしという事になった。
となればおれたちとしては聞きたいことをさっさと聞いてしまいたい。おれたちで今後のことは聞いておくので先に休んでおくようにと言って部隊の連中をテントの外へ追い出すと、残ったのはおれとΩにイネス、そしてヘドリーだけだ。
「……仕事についてだが……」
「ああ、それは後でいい」
「あたしたち、あんたに聞きたいことがあるのよね」
「……」
怪訝な顔をするヘドリー。対してちらりと見たイネスは微妙な表情をしている。アーツを使っているのかどうかは知らないが、まあいい。ここで聞けばわかることだ。
一拍を置いたのち、口を開いてその言葉を音にする。
「バベル」
「…………」
「知らないとは言わせないぞ。確かにイネスが言っていたからな」
「……夕食を持ってきたときね」
「イネス……!」
「そろそろ、私も教えてほしいと思っていたわ。……前も言ったけれど、あなた一人で抱える必要はないじゃない」
……彼女にも言っていなかったのか。ただ、話からするにやはりヘドリーは何かを知っているらしい。
「……今回の仕事、それから襲撃。バベルの
「…………すまないが、言えない」
「どうして?何か不都合でも?」
「……必要なことなんだ。悪気があってのことではないとわかってほしい」
……たぶん、これはダメなやつだ。この件に関して、ヘドリーはどうやっても口を割らないだろう。付き合いが長いはずのイネスにすら隠していることだ、おれたちが加わったとて何かを話してくれる望みは薄い。それどころかこのまま押し問答になれば疑心暗鬼に陥って仕事に影響が出る可能性すらある。
この時点でおれは直接このことについて聞き出すのは諦め、違う聞き方をすることにした。
「……わかった。言えないってならそれでいい。ただ、これだけは答えてくれ」
「……なんだ」
「この仕事の先にはおれたちの……傭兵の未来ってのはちゃんとあるのか?」
正直なところ、現状おれたちはチェックをかけられている状態だ。まだ多少は足掻けるだろうが、それは袋小路を行き止まりまで歩むのと同じ所業、実質的にはチェックメイトだ。
だからこそほとんどのサルカズはリザインしたのだろうが、おれたちは、そしてヘドリーはそれを是とはしないはずだ。
この詰んだ盤面を抜け出す手段。それこそ、駒からプレイヤーに成りあがるような極大の一手。この仕事こそがそれならば。
まっすぐにヘドリーを見つめながら、そう問うてみる。
今度の彼は一片の淀みすらなく頷いた。
「もちろんだ」
あの仮の拠点を引き払った後、おれたちはイネスとおれの部隊に分かれて行動し、指定のポイントで再び合流した。なぜヘドリーではなくおれなのかといえば、彼が何かしらをしようとしていたからだ。ここ最近の秘密主義にイネスは心底うんざりしていそうだったが、仕方あるまい。この分散行動などもはじめに部隊を分けすぎたせいで幾らかを失ったのを受けての策なのだろう。とにかく目立たないようにしたいという強い意志を感じる。まあ、襲われる心当たりはかなりあるので用心するに越したことはない。
あと、この部隊分けにあたってウィルとリザはWとΩに戻った。
理由としては襲撃続きで下がった部隊の士気の向上、クライアントへのアピールといったところか。ただ、一番大きいのは最早隠している意味がなくなったというところだろう。かつての傭兵団は壊滅しているし、バベル寄りのこの仕事をする以上どの道襲われる。
これでおれもアーツを大っぴらに使えるようになったし、Ωも爆弾で大暴れ間違いなしだろう。そういう意味では戦力増強にもなったかもしれない。
さて、イネスとの合流も済んだ今、あとはヘドリーが到着するのを待つだけだ。ということで、おれはちょっとした軽食を作っていた。そんなような含みを持たせていたあたり、恐らく彼が合流した後はいよいよ本格的に仕事が始まるはずだ。ならば少しでも英気は養っておいた方がいい。ありあわせのもので作るのでそれ程凝ったものは作れないが、それでも温かいスープでも飲めば身体もリフレッシュできるはずだ。
材料は干し肉に乾燥野菜、それと粉になっているマッシュポテトだ。やはり現地調達できない分、日持ちに重点を置いた食材には多少寂しさを感じるが、逆にここが腕の見せ所だろう。
今回作るのはポトフ風のスープだ。まず、鍋に水を入れて沸騰させる。普通のポトフならばここで根菜類を加えて煮始めるのだが、今日はちょっと違う。
お湯と練って粉からマッシュポテトを作ったのち、小麦粉と隠し味の粉チーズを加えて再び練る。細長く伸ばしてからひと口大に千切れば準備は完了だ。先ほどの沸騰した鍋にこれを加えて茹でていく。つまり、ポテトニョッキを作ったと言う訳だ。本当だったらジャガイモが欲しいところなのだが、重いし嵩張るしで行軍に持っていきたいものではない。そこで、有り合わせの粉モノを使ってこいつを作ってみた。ジャガイモのホクホクした食感とはまた違うが、モチモチとしていて食べ応えもあり、なかなかいいんじゃないだろうか。
ゆであがったニョッキを一度取り出し、再び鍋を沸騰させてからブイヨン、干し肉を入れる。その後乾燥野菜を入れたら、干し肉が多少柔らかくなった辺りでニョッキを加え、塩コショウで味を調える。
最後の仕上げは特製オイルだ。ニンニクとじっくり炒めて香りを付けたオリーブオイルを器によそった後に垂らす。パセリを振りかければ、シェフの気まぐれスープの完成だ。
周りにいた連中に軒並みよそって配り終わったところで、焚き火のそばで何やら話しているΩとイネスにも運んでやることにした。
「おーい、飯できたぞ」
「そろそろ持ってきてくれると思っていたわ。さっきからいい匂いがしていたもの」
「またあなたが作ったの?いいわね、ありがたく頂くわ」
持ってきた器を二人に手渡す。手に取るや否や大量に入れておいたニョッキに食らいつくΩと、じっくりと味わうようにしてスープを口にするイネス。何とも対照的だ。
「このマカロニみたいなやつ、美味しいわねえ。チーズとか入ってる?」
「お、よくわかったな」
「ふふっ、伊達にあんたの飯を食べてきたわけじゃないわよ」
隠し味を見抜かれるとは。まあ、おれの飯を一番食べてきたのはこいつだろうからな。舌も生ハムを知らなかったあの頃から随分と肥えたことだろう。専属シェフを務めてきた甲斐があったというものだ。
「おいしい……」
Ωとそんなやり取りをしていると、ふと隣から思わずといったようにこぼれた言葉が聞こえてきた。
「おいしい?そりゃよかった」
「あっ、ええ。あまりまともな食材もないと思うのだけど、それでもあなたは美味しいものを作れるのね」
「そう言ってもらえるとは嬉しいな。食材がない時こそ腕の見せ所なんだ」
「フフ、これからも楽しみにしているわよ」
この間は期待していると言われたが、今度は楽しみと来たか。どうやらおれの料理はイネスさんにいたく気に入ってもらえたらしい。なんだか、ここ数日で随分彼女に関する印象も変わったものだ。Ωのことも見ていると、やはりこの傭兵という職業には仕事とそれ以外でのオンオフをはっきりさせるのが大事なのかもしれない。あんまり普段から殺伐としてばかりだと精神を病みそうだからな。おれのこの料理人的立ち位置も、まあそんな二面性の一端なのかもしれない。
彼女との会話からそんなことを考えていると、背中から剣吞な視線が突き刺さる。振り返ると、Ωがややむくれた顔をしてイネスにかみついた。
「ちょっと、あたしの専属シェフを取らないでくれるかしら?」
「専属シェフ?……そんなに慌てることでもあるの?」
「……とにかく──アーツで見るのはやめて。悪趣味よ」
「フフ、アーツで見るまでもないわよ」
そう言ってイネスはこちらに意味ありな視線を投げかけてくる。
……まったく。
おれはため息を一つつくと二人を─主にΩを─制止する。
「まあまあ。専属シェフかどうかは知らないが、別にお前と離れる気はないから安心しろ」
何せおれの命運はある意味彼女が握っているのだ。逆に彼女の命運をおれが握っているとも言うが。
理由はわからないが、おれたちは一蓮托生の存在なわけだ。この謎がどうにかならない限り、彼女と離れようはずもない。……少なくともおれは、そうでなくとも変わらないが。
「……なら別にいいのよ、別に」
おれの言葉を聞くと、Ωは俯いてそう言い放った。なんだろう、不機嫌なんだろうか?
その場の空気が微妙になりつつあったその時、周囲から何かの音が聞こえてきた。
敵襲?……いや、これは車列だろうか。ということは……
「すまない。ルートを変更したせいで遅くなった……何かあったのか、イネス?」
「別に何も?」
「……この雰囲気で何もなかったようには思えないんだが……」
「ヘドリー、これが護衛対象か?」
本当にちょうどいいところに来てくれた。ヘドリーが余計なことを聞いて状況を拗らせないよう、仕事の話を振る。彼もおれの意を汲んでくれたのか、それ以上の追及をやめて任務について説明し始めた。
「……ああ、そうだ。我々の任務は目標を守ること。それだけだ。……準備は出来ているな?」
「ええ。食事まで済ませてあるわ」
「Ωは……」
「もちろん。爆弾を使ってもいいのよね?」
「……くれぐれも目標を吹き飛ばさないようにしろ」
……いよいよか。引き連れている部隊の数から考えるに、恐らく今までで一番大きな仕事。尚且つ、今までで一番危険な仕事。
「W、お前は?」
「準備万端だ。やるぞ、ヘドリー。」
「ああ。……この峡谷には誰も近づかせるな。怪しいものは問答無用で撃て。……以上だ。質問は?」
「……作戦開始」