「なあ、今回の布陣、本当にこれで大丈夫か?」
「これくらい平気よ。それに、こっちの方が効率的じゃない」
「けどなあ……」
「あら、あたしの作戦立案が信用できないの?どこかの誰かさんとは違って”卓越”だけど?」
「……おれは”標準”の誰かと違ってアーツ適正
「……へえ?聞き違いじゃなければ…………やめましょ、キリがないわ」
「……だな。……余計なお世話だとは分かってるけど、おれは……」
「皆まで言わなくてもいいわよ。あんたが心配してくれてるのは分かってるわ」
「……わかった。今回はこれで行こう。ただ、少しでも危険だと思ったらそっちに向かう」
「ええ。その時は頼むわ」
「ん?……なんだ、そこまで織り込み済みか?」
「ふふっ。そこに関しては、あんたのことを信用してるのよ」
「……そんなことを言われたら、おれもお前の作戦を信用しないわけにはいかないな」
「……大丈夫よ。あたしたちならやれるわ」
「……おう」
「……おいおい、あんたら俺がいること忘れてない?」
ロドス・アイランド号に収容されてから3週間後。おれはケルシー先生の助力もあって無事怪我を完治させ、仕事のほうに復帰していた。食料・弾薬の補給もしっかりとできたし、戦闘勘に関してもΩと訓練室でみっちりトレーニングして取り戻すことが出来たので不安はない。
……ちなみに、食料は本当にじゃがいも祭りだった。しかも、他の食材が全く足りないためにひたすら蒸かした芋ばかりが出てくるというヘルウィーク。何でも、大量入荷に合わせてじゃがいも蒸し器をどこかから仕入れてきたらしい。「一度で大量のじゃがいもを甘みを最大限に引き出す最適な時間で蒸すことが出来る、革命的なマシンだよ!」とは仕入れ担当者の言だ。
そんなクソほど要らないものを買うくらいなら、さっさと調理場を完成させてほしい。まあ、優先順位というものがあるのは分かるが、早く何とかしてほしいものだ。テレジアによれば、コンピューター制御やら何やらを組み込んだハイテクなものになるそうなので、そこに関しては期待しておく。
ちなみに、これは余談だが、件の一回使ったらもう二度と使わなそうなマシンには"MADE BY Dr.Wells"との文字が刻んであった。あのアホは軍需品から手を引いたかと思ったらこんなモノ作ってたのか……
さて、今現在、おれたちはロドス・アイランドを離れてカズデルのとある地域を訪れていた。要するに、仕事だ。
これまでいくつかバベルのオペレーター達との顔合わせも兼ねた簡単な任務は請け負ってきたが、本格的なものは今回が初めてになる。
仕事内容は偵察といったところだろうか。現在絶賛進行中のテレシスとテレジアの戦いは、まさにカズデルを二分する内戦。その戦線はカズデル中の至る所に存在している。今回おれたちが訪れたこの場所の近くには、テレジア側勢力の町があり、交通網上比較的重要な拠点の一つだ。以前から何度か襲撃を受けることはあったが、敵も本腰を入れてはいなかったために撃退に成功している。
しかし、トランスポーターの持ち帰った情報によれば、近く本格的な侵攻があるらしい。そのため、詳しい敵の規模や装備、構成を知るべく、おれ、Ω、Scoutの三人がやってきたのだった。
Scoutは既に何度か顔を合わせたことがあるオペレーターだ。初めて会ったのは、延々と続く蒸かし芋に我慢の限界に達したおれたちが、甲板で火をおこそうとしていた時。
初めは止めに来たのかと思い戦闘になりかけたが、芋の被害にあった同志だと言うことが分かってからは早かった。
仕入れ担当者にフルコースをご馳走するという賄賂(空手形)を渡してどうにか手に入れた油を使い、蒸かし芋を潰して円盤状に形成したものを揚げ焼きにして塩をふれば、フライドポテト?の完成だ。
カリカリとした食感が加わるだけで、食卓はこうも豊かになるのか。フライドポテトは、調理という行為の素晴らしさを実感させてくれるような出来映えだった。
Ωなどはいつもの緩々な表情を見せるどころか目に涙まで浮かべ、Scoutも満面の笑みを浮かべていたのだから、やはり料理は偉大だ。
その後、おれたち3人はバカ笑いしながらポテトに齧り付いていたところ、ケルシー先生に発見され連行、ポテトは没収の憂き目にあったのだが、それについては割愛する。
ともかく、Scoutはバベルにやって来てからの短い期間で知り合った、数少ないオペレーターの1人だと言うことだ。
「あー、こちらW。聞こえるか?」
『聞こえてるわよ。そっちで何かあった?』
「座標K2、街道付近に敵影を確認した。詳しい規模は分からないが、少なくとも20人は居そうだ」
準備を終えたのち、おれたちは作戦通り散開して偵察を開始していた。今回は隠密偵察、すなわち敵に悟られぬように行うものだ。そのため、各自隠蔽を行って、風景に紛れ込むようにして配置についている。隠蔽技術の高いΩ、Scoutが通る可能性が高いとされる街道沿いを、おれが高台から俯瞰をといったようにだ。
今、おれの視線の先にはサルカズ傭兵の姿があった。双眼鏡越しでもだいぶ小さく写っているそれらは、恐らくは軍事委員会の手の者たちだろう。ただ、そこら辺に関しては装備も確かめなければ確信は得られないが。
『K2ってことは……残念、Scoutのほうね』
今回の作戦領域には座標を割り当ててある。座標K2は2つある街道のうちの一つ、Scoutが担当している方の近くだ。
通信機越しに彼の声が聞こえてくる。
『了解。引き続き他に部隊がいないかの警戒を頼むぞ、W』
「了解。……Scout、見つかるなよ?」
『おいおい、俺がそんなヘマすると思うか?』
「……ケルシー先生には見つかったよな?」
『……ケルシーさんは別だ。じゃあ、よろしく頼む』
そう言ってScoutはすぐに通信を切った。敵が近いから、傍受の危険があるからなど、理由はいくらでもあるだろうが今のは……
「逃げたな」
『逃げたわね』
都合の悪い話を打ち切るためのものだろう。
おれはフライドポテトの時即座にこっちを見捨てて隠れた挙句、これまた即座に発見されたことをちゃんと覚えてるからな?
『……ま、あっちはほっといてあたしたちは仕事を続けましょ』
「気を付けろよ。おれも何か見えたらすぐに知らせる」
『了解。あんたも気を付けるのよ』
続けてΩも通信を切る。そうして再び、辺りには沈黙が訪れた。
今回の作戦での理想は、戦闘が起こらないことだ。あいつの技術をもってすれば、自分から先制攻撃しない限りそうそう見つかるものではない。だからこうして少人数であっても分散した配置を取っていることは理解している。
……加えて、最悪見つかるのが自分なら後で
ただ、いつまで雇用関係が続くのかは分からないが、おれはバベルにいるうちは巻き戻りを引き起こしたくないと思っている。心情的な部分では言うまでもないが、より冷静な部分でもだ。
この現象が存在していることを、彼らに決して知られてはならない。知られたら最後、それを解明すべく延々と実験されることは目に見えている。おれは、Ridiculousと会ってそれを確信した。
本当に最初の頃のおれであったのならば、具体的には同じ日を何度も繰り返していた頃のおれだったのならば、それでも良かったのかもしれない。それでこの現象の謎が解明できるのであれば、おれは喜んで協力したのかもしれない。
けれども、あいつと「出会って」からは違う。
……正直、おれにとって巻き戻りの謎なんて言うのはもうどうでもいいんだ。それよりもよっぽど大事なものがあるんだから。
実験というのは、それはつまり何度も何度も、何度も何度もあいつを繰り返し殺すということに他ならない。そんなことを許すことなんて決してできないじゃないか。
……心情的なものではない、なんて言った割には結局落ち着くのはそこなのだけれども。
バベルには頭の切れる連中も多い。特にケルシー先生、そしてドクターなどは些細な違和感も見逃さないだろう。彼らに悟られないためには、その些細な違和感すら生じさせないこと、つまりは巻き戻らないことこそが最善だ。
だから、これからの仕事は特に気を付けて行わなければならない。今回は作戦内容とScoutのほうが危険性が高いという算段からこちらが折れたが、いざという時は例えあいつに嫌われようとも止めるべきだろう。
……いや、嫌われるのはやっぱりイヤだわ。
任務は至極順調に進行していた。Scoutは見事に敵の装備、規模、編成の詳細の情報を得ることに成功しており、それらは全て町の防衛部隊のほうに連絡済みだ。
敵はやはりテレシス側の傭兵で、重装備の剣士を中心に少数のボウガン持ちからなる部隊だった。市街戦仕様の、至近距離での戦闘をメインに考えられた編制だ。この情報を事前に得られたことで、防衛成功の確率はかなり上昇したことだろう。
……ただ、少々町一つ攻略する割には兵力が少ないのもあり、追加の情報収集を行う事となった。戦力の分散は悪手というが、優勢であるテレシス陣営のことだ。こちらを上回る規模の部隊を逐次投入、波状攻撃を仕掛ける可能性もある。ScoutとΩの見解は、それはないと切って捨てることはできない、というものだった。
辺りは既に真っ暗だ。僅かな月明かりだけの闇夜に紛れて、密かに進んでいる敵がいるかもしれない。
おれは僅かな光、動く影も逃すまいと辺りに目を凝らす──
──と、その時だった。視界の一角、真っ黒な風景の中に鮮烈な光があらわれる。
「爆発……?」
果たして、その推測は正しかった。数瞬の時を置いて、静まり返った辺りに爆音が響き渡る。間違いない、源石爆弾の爆発音だ。つまり、それが意味するところは──
「Ω!」
おれは手元の通信機に向かって叫んだ。敵にこちらの存在が感づかれるだとかそんなことは頭にない。もはや反射とも言うべき行動だった。
『感知系アーツよ!……ちっ、こんなことならもう少し埋めとくべきだったわ!』
その甲斐あってか、通信機の向こうからはあいつの元気な返事が返ってくる。断続的な爆発音も引き連れてはいるが、とにかく無事ではあるようだ。
しかし、感知系アーツか。どうして彼女が発見されたのだろうと思ったが、厄介なのがいたものだ。直接的に戦闘能力に寄与するアーツではないためにカズデルではほとんど見かけず、専らラテラーノの連中のものだと思っていたのだが……バイアスがかかってしまっていたのだろうか。
しかし、相手もまた混乱しているはずだ。潜んでいた敵の居場所を暴いたと思ったら、それが大立ち回りを始めたというのだから。隠蔽技術はあいつの持つ能力の一つというだけで、それだけが売りな訳ではない。むしろ純粋な戦闘能力こそが脅威なのだ。闇夜という条件も、感知系アーツがあるとはいえ一対多というディスアドバンテージを緩和してくれているだろう。
見つかってしまった以上、最早隠密偵察という任務は全うできない。であるならば、プランBに移行すべきだろう。即ち──
『……ここからは威力偵察よ!こいつらをぶちのめして情報収集するわ!』
「……正直おれはなんかそうなる気がしてたぞ」
『うっさいわね!……あ…………B9まで誘導するわ。そこで合流しましょ』
「……?……了解。……途中で転ぶなよ?」
『ふっ……あんたこそ!』
暗闇の中の戦闘で、何が一番怖いか。部隊として動いているときならば、それは同士討ちだ。
摂政王側の連中も、恐らくこの状況で戦闘を行う気はなかったはずだ。大方、アーツで位置を把握した上での一撃で、完封することを目論んでいたのだろう。
しかしながら、現実として奇襲は戦闘にまで発展してしまっている。Ωが目に付く連中は全員敵だと思えばいいのに対して、あちらは逆に大勢の中から一人の敵を見つけなければいけないのだから、かなり苦労していることだろう。
夜の闇の中を駆けながら、おれはそんなことを考える。……ちなみに、この同士討ちの危険というのは何も相手方に限ったことでは無い。おれとΩだって、合流すれば同士討ちの可能性は出てくる。
にもかかわらず、なぜおれたちが合流しようとしているのかと言えば、一つはこの条件下でも、まともに戦うのは悪手だから。誰かと誰かが戦っているところを、両方とも殺れば少なくとも敵も巻き込める。そんな風に、素直に戦うのはリスクが高い。
その点、今回のように、合流地点に加えて誘導するということまで教えてもらったのならば、後はおれのアーツでまとめて死体に変えることが出来る。
そしてもう一つ。
おれとあいつがお互いを敵と間違えることなんてないんだから、一人よりは二人で戦った方が楽に決まってるだろ?
合流地点であるB9までの距離は、Ωよりもおれの方が近い。先んじて到着したおれは、ただ静かに待っていた。
暗順応を終えた目にぼんやりと浮かび上がる夜の景色。立ち並ぶ木々たちが視界を遮るが問題は無い。見えなくとも、アーツを放つことはできる。
……そう。
「今!!」
……こんな風に、あいつの声が聞こえてくれば。
合図の聞こえてきた場所、まさにその地点の周辺にアーツを展開する。そこから間髪入れずに起動すれば──
「」
「うぐっ……!」
「ぐあああああっ!」
「……何だ!?」
──御覧の通り、彼女に引き続いてやってきた連中を一網打尽と言う訳だ。
巻き込まないためにアーツの規模は控えめにしたが、それども運悪く首から上を持っていかれた奴、脇腹を抉られた奴、腕を捥がれた奴など、追い立てるようにして奴らの背後で上がった爆炎がその無残なシルエットを闇夜に浮かび上がらせる。
加えて生き残った敵さん方に関しても、自分たちの身に突然起こった出来事に対して動揺を隠せていない。そして、それを見逃すΩではなかった。
「さっきまであんなに必死に追いかけてたのに、もうあたしのことを忘れたの?」
「!?」
声に反応した彼らの眼前に、手榴弾が迫る。飛び散った破片ではなく、爆炎と爆風によって殺傷するタイプの源石手榴弾は接触と同時にその身を炸裂させ、飛び込んできた使い手を傷つけることなく、その敵二人を爆散させた。それに続いて、爆炎を目くらましに突進したΩがナイフで敵の喉を引き裂いていく。
爆弾を利用した近距離戦闘。そんな彼女の戦闘スタイルは、あの地獄のようなロドス・アイランド護衛作戦を経てより洗練され、一つのアクションを次のアクションへの布石とする、無駄のない効率的な殺傷手段へと昇華していた。
「いやー、えげつないなあ」
「死ねぇ!」
そんな風に吞気に彼女の戦いざまを見物していると、よそ見をしていると思ったのか大剣を振り下ろしてくる敵の姿が。
……何も、あの作戦を経て成長したのはあいつだけではない。おれもまた、多くの経験を積んだ。……それこそ、あいつ以上に。
その中でおれは、これまでのおれの戦い方の中で最大の弱点であったことを克服することに成功していた。
それは、アーツのコントロール。今まではその威力故に、自分もまきこまれる恐れのある近距離では使う事が出来なかったが、限界を超えてのアーツの使用によって何かを掴めたようだ。
「!?」
剣を振り下ろしたサルカズ傭兵が啞然とした表情をする。
それもその筈だろう。何せ、確かに切りつけたはずの刃がスクラップと化して地面に落ちているのだから。
身体からほんの僅かに離れたところに置いておいたアーツ。それは必要最小限の破壊のみをもたらし、おれを巻き込むことなく敵の攻撃を無力化する。言わば、不可視の防壁のようなものだ。
今はおれの周囲に展開して使ったが、もちろんそれ以外の周囲にも展開させることが出来る。
……これまでは何かを壊すことにしか使えなかったおれのアーツが、何かを守ることに使えるようになったんだ。
「ちょっと、あんたのそれ反則じゃない?」
「まあな」
そんな彼女からの言葉に、おれはニヤッと笑って返事をする。
実のところ、このアーツの使い方はまだだいぶ不完全なところがある。あくまでアーツを身体の近くに置いているだけなので、もし身体を動かしたのならば、再度置きなおさなければならない。つまりは近接高速戦闘には対応していないという事だ。
とは言え、立ち止まって防御を固めればほとんど無敵に近い。元々おれたち二人が得意としている中距離戦闘では、おれが防御で体を張り、あいつが攻撃を担当することによって更に戦いやすくなるはずだ。
……体を張ると言っても、これならまた大怪我してあいつを悲しませるようなこともないだろうし。
「こいつ……Ωだけじゃねぇ!Wもだ!」
「金貨20枚の獲物がもう一人……!」
やがて敵の傭兵もこちらの正体に気付いたようだ。ちょっと前のヘドリーが金貨10枚だったので、おれたちは随分な人気者になっていたらしい。まあ、傭兵が形骸化した現状にあっては、テレシスからの追加ボーナスくらいの意味しかなさそうではあるが。
ただ、流石はサルカズ傭兵。こちらの首の値段を知るや、それまで以上に果敢に攻め寄ってくる。さっさと死んだのは経験の浅い連中だったのか、未だに生き残っているのはそれなりの腕前の様だ。術師が多いのか、遠距離からのアーツ攻撃とアーツを纏わせた重い一撃が襲い掛かってくる。金で目がくらんでいるのか、フレンドリーファイアもお構いなしだ。
こうなってしまうと、頭数を減らしていかなければ不利となるのはこちらだろう。おれは刀を抜くと、アーツの飛んできた方向に向かって袖に仕込んだボウガンを打ち込む。何かが刺さった音と断末魔とを聞き流しながら、おれは猛然と前方に向かって突進していった。
暗闇から、ぬるりと人影があらわれる。おれはそのまま黒塗りの刃を構えて、鋭く首元を狙って突き出した。
人影に命中する刹那、風で木々がそよぎ、雲の切れ間から月が顔を出す。
正面にいたのは、Ω。こちらを見る彼女の琥珀色の瞳が瞬いた。
その手に握られていたのは、月光を反射して輝く白刃。言葉一つ発する間すらなく、それは手首のスナップによって投げ放たれた。
飛び散る血液。生温い温度のそれが背中を濡らす。
ドサリ、という音が正面と背後の二か所から聞こえてくる。
おれとΩ、二人の刃は、確かにお互いの背後にいた敵の急所を捉えていた。
「同士討ちするとでも思ったか?」
「おかげ様で楽に正面から奇襲できたわ。ありがと……って、もう聞こえてないかしら?」
お互いがお互いの肩越しに、倒れる敵に向かって声をかける。
ニヤリと笑って横に顔を向ければ、同じく獰猛に笑う彼女の姿が。
……ここからの戦いは楽ではないだろう。けれども、不思議と、いや、必然とばかりに負ける気がしなかった。何せ、ここにいるのはおれとあいつの二人なんだから。
額を突き合わせるような姿勢から、お互いの腕を取ってくるりと回り、態勢を背中合わせに変える。背中に体温を感じながら、おれは眼前の術剣士に刀を向け──
──そしてそいつが突如額に穴をあけて倒れ伏した。
「そいつで最後だ。残りは全部俺が片付けておいた」
そう言って、倒れ伏したサルカズ傭兵の向こうから歩いてきたのはScoutだ。全く気配を感じなかったのは、流石バベルのオペレーターと言うべきだろうか。
「Scout?持ち場はどうしたのよ?ほら、さっさと帰りなさい」
「いや、あれだけ派手に爆破してたらもう偵察は無理だろ……」
シッシと手を振るΩに対してため息交じりで返答する彼を見ていると、とてもそんな風に思えないのだから、人間見た目にはよらないものだ。
「それにしても、片づけたってことはこれでこの部隊は全滅ってことか?」
「少なくとも周囲の敵は。俺以上に隠れるのが上手いやつが居れば話は別だけどな」
「……結構信用度低くないか?」
「だから!ケルシーさんは別だって!」
冗談はこのあたりにしておいて。実際、先ほど全く分からないレベルの隠蔽技術を見せたScoutがそういうのなら、恐らくもう周りには敵は居ないのだろう。つまりは、無事に威力偵察成功というわけだ。
……成功なのか?
……作戦立案者に聞いてみるとしよう。
「なあ、威力偵察ってこれでいいのか?」
「……ええ!敵の規模も、術師を主とした構成ってこともわかったしね」
いやに力強く頷くΩ。確かに言っていることはその通りなんだが、じゃあそれで得た情報を一体どうやって生かすんだろうか。
おれが尋ねる様子を見て、Scoutもまた何かに気が付いたようにして口を開く。
「それにしても、何でΩはあんなに追い回されてたんだ?普通、こんな闇夜の遭遇戦ならすぐに退くもんだろ」
「それはおれも少し思った。撤退支援かと思ってたんだが、誘い込むって言われてな」
感知系アーツがいることで、敵が一人だと分かった。それで処理しようとした。
敵のその考えは分かる。ただ、あのようにかなり前がかりになって追ってきた理由が分からない。奴らも作戦のために移動中だったのだろうし、そこまで深追いしなくてもいいと思うのだが。
そんな風に二人がかりで質問をぶつけていくと、やがて彼女はお手上げというように手を挙げた。
「……最初の爆弾で敵の隊長を消し飛ばしちゃったのよ」
「「ああ……」」
なるほど、最初の連絡の時に何か言い淀んでいたと思ったらこれだったのか。
部隊の指揮をできる能力を持った傭兵というのは、実際かなり少ない。テレシスのように傭兵を兵士として編成しているのならば、少なくとも一人はその能力を持つ人材を入れているはずだが、それが失われたらどうなるか。先ほどの戦いの中で金の話で目の色を変えたように、ベテランの傭兵は金との付き合い方をよくよく分かっている。一人でいる高値のついた首を、放っておくわけはないだろう。
「しかし、そこからよく作戦変更できたな」
「そこは咄嗟の判断ね。どう?卓越は伊達じゃないってわかったかしら?」
ふふんと鼻を鳴らして胸を張るΩ。字面だけでもドヤ顔が滲み出てきているが、実際には全身から「すごいでしょ?褒めてもいいのよ?」と言わんばかりのオーラを発している。
彼女がすごかったのは実際事実だ。それじゃあ、おれはその言外の期待に応えてやるとしよう。
「……ああ。よくわかったよ。やっぱりすごいな、お前は」
「……ふん」
サラサラの銀色をした髪を撫ぜれば、ぷいっと顔を反らし、けれども気持ちよさそうになされるがままのΩ。表情は分からないものの、白い頬は確かに赤く色づいている。
……やっぱり、こういうところが可愛いんだよな。特に最近は、服もこの前着ていたジャケットにスカート、タイツからなるコーディネートをしているため、ドキリとさせられる場面が多い。
なぜ服装を変えたのかと聞いても気分としか教えてくれないし、ならなぜ継続しているのかと聞いても気に入っているからとしか返ってこないのだが、正直勘弁してほしいものだ。
手から伝わる少し高めの体温に、おれは心拍数が少し上がっていることを感じた。
「……もう二人で勝手にやっててくれ……」
さて、威力偵察という名の強襲で見事敵増援部隊を撃破することに成功したおれたち三人。明け方には、町の方からも敵の撤退を確認したとの連絡があった。
どうやら敵は重装備の鈍重な戦力を前面に押し出すことで野戦にこちらを引きずり出し、そこを術師部隊で叩きのめす算段だったらしい。
生き残った敵兵に懇切丁寧に質問したところ、喜んで答えてくれた。拠点侵攻という釣り針で抵抗勢力を吊り上げ、撃滅していくというのがテレシス側の当面の基本方針だそうだ。大人しく拠点を明け渡せば当然こちらは苦しくなるし、防衛に徹してもジリ貧。思い切って反転攻勢に出れば伏兵も絡めて殲滅。嫌になる程システマチックかつ有効な戦略だ。
対するテレジア側の軸となるのは、やはりロドス・アイランドだろう。あの巨艦を拠点として使えるのは、戦略上大きな利点がある。各種製造設備も拡充していけば、物資の面での心配も少なくなるはずだ。
やはりこの戦い、そう簡単に決着は付きそうにない。お互いの勢力は拮抗し、押しつ押されつの動的平衡状態が当面は続くことだろう。
だから、おれたちのやることも依然変わりはない。傭兵として、仕事をこなしていくだけだ。
「本艦の方に連絡をとった。任務終了、帰投せよ、だってさ」
先ほどからバベルの方へ色々と話していたScoutがこちらを向き、端的に結果を伝えてくる。色々あったが、これでお仕事は一先ず完了だ。
……しかし、頭を失った集団というのは脆いものだ。それがよくよく分かった任務だった。
「それじゃ、帰りましょ」
「……あー、ちょっと待て」
「どうしたScout?まだ何かあるのか?」
さっさと帰ろうと踵を返したΩのことを、Scoutが呼び止める。まだ何かあるのか、おれがそう口にして彼の方を見ると、何やら後頭部を搔きながらニヤニヤしていた。
「……実は、町の防衛部隊の連中が歓迎したいって言ってるんだが……どうする?」
「「行く!!」」
おれと彼女の声が重なる。なんだ、また面倒な任務の話かと思ったが、そんないい話もあるんじゃないか。
任務前に一度立ち寄った町はのどかな雰囲気で、ちょっとした農業や酪農も行っているようだった。任務前なので自重したが、渡りに船だ。
そんなおれたちの声に、Scoutは脅すように聞いてくる。と言っても、彼も笑みが隠せていないのだが。
「……ケルシーさんに絞られるかもしれないぞ?」
「大丈夫よ、あのクソ女だってそんな口出ししないわよ。もう任務は終わってるんだし」
「そうだそうだ。もし仮に何か言われても、その時はおれたちで断固抗議するぞ」
「……だよな!よし、それじゃあ行くぞ!」
Scoutの掛け声に呼応するように、森に二つの声が響いた。
意気揚々と町に向かって歩くおれたち三人。その未来に何が待っているのか、その時のおれたちはまだ知る由もなかった。
ちなみにだいたい予想は付くと思うが、待ち構えているのはもちろんケルシー先生だ。