殺したはずの相手が生きている?
おれは夢でも見ているのだろうか。
銀髪に赤い角の女サルカズ。あの時、俺を睨みつけていたべっこう色の瞳。
見間違えようがない。こいつは……間違いなくおれが殺した女だ。
「お前は……何なんだ……?」
「……さあ?答える義理がある?」
「状況がわかって言っているのか?」
「……ええ。ほら……好きにすればいいじゃない」
挑発的な、煽るような態度をとる女。恐らくは煽って冷静さを失わせようという魂胆だろうか。
だが、おれの頭はこれ以上になく冷静──いや、凍り付いていたというべきか。
とてもそんなのに構っていられるような状況ではなかった。取りあえず、夢かどうか確かめるため、自分の頬っぺたを思いっきりつねってみる。
「……痛い」
「……あっはっはっは!バカじゃないの!?……こんなバカにしてやられたなんてねえ!」
これは夢じゃない。夢じゃないなら、こいつは、この女はいったい何だ?
……詳しく問い詰める必要がある。……が、ここは場所が悪い。さっきの爆発音からこいつの笑い声といい、そろそろ住人たちがぞろぞろと集まってくる頃合だ。多分、それも計算づくなんだろう。
こいつの挑発に乗って理性を失えば、ハイエナどもがぞろぞろと集まって狩りを始めるだろう。そして、こいつはそんな中で飄々とその場から逃げ出すのだ。その姿は、何故か容易に想像できた。
とにかく、場所を変える必要がある。おれの隠れ家が最適だろうが、入り口はここでないのを使った方がいいだろう。
……そうだ。こいつは確かナイフと爆弾を隠し持っていたはず。
女の身体をまさぐる。その間にも挑発的な言葉を浴びせかけていた女だったが、おれがそのすべてを無視するのを見てピタリと止めた。……ほれみろ。やっぱりなんかするつもりだったんじゃないか。
あまり時間がないので、取りあえずの武装解除を施したおれは、女の手足を縛り、目隠し、猿轡をして担いだ。完全に人攫いとしか思えない格好だが、この際仕方あるまい。
そのまま夜の廃墟を駆けずり回り、付いてくる奴らを撒く。一時間ほどたって、ようやくおれたちは隠れ家へとたどり着いた。
女をイスに縛り付けなおし、目隠しと猿轡をとる。
「ぷはっ……!……はあ……はあ……随分と……扱いが雑ね?」
「……殺しに来た奴のことを丁寧に扱う必要があるか?」
「……で、こんなところに連れ込んであたしをどうする気かしら?」
「聞きたいことがある」
「…………」
「……お前は昨晩どこで、何をしていた?」
「……さっきも言ったけど、答える義理があると思う?」
「別にお前をどうこうする気はない。ただそれだけ答えればいい」
「どうこうする気はない、ねえ。ほんとかしら?その割には随分と手際がいいじゃない」
「…………」
「まるであたしがアンタを襲うことをわかっていたみたいに」
「……カズデルを無警戒で歩くやつなどいない」
「……あっはっは!頬っぺた抓って『痛い』だったかしら?……随分な警戒ねうっ……っ!」
おれは女の襟首をつかんで持ち上げた。
……ああ、そうだ。はっきり言っておれは苛ついていた。
思えば最初からそうだ。凍り付いた脳みそを解凍して考えてみれば、こいつはパスタを爆破したクソガキだ。昨日はうっかり殺しちまった程の奴だ。それだけでも十分なのに、加えてこいつはさっきからよくもまあ人の神経を逆撫でするようなことを言う。苛つくのも当たり前だろう。
……試しに殺してみるか。もしそれで明日に同じような仕事が入らなければよし。今日のことが繰り返されたならまたこいつを捕まえればよし。
……そうだよ。冷静に考えて、こいつをこのまま殺すのが最適解じゃないか。
今日のことは、ちょっとした気のせいだ。偶々同じ様な仕事が入って、偶々同じような奴が襲ってきた。
それで、今日のことはおしまいにすればいいじゃないか。
「……まって!……話すわ。話せば……!」
「いや、いい」
「ふぁぁ、ふぁっへ!ぁふぁ」
そしておれは、女の口に突っ込んだ銃の引き金を
──こんなの……悪い夢だ…………夢だろ?そうだろ?……そうだといってくれ……そうだといってくれよ…………!
──また……ないてる……
──………………!
──アンタって……けっこう…………なきむしよ………………ね…………………………
「……はっ……はっ……」
床に何かが落ちる音がする。
……おれの銃だ。
おれは女の襟を手放した。
椅子が音を立てて倒れる。
……撃てなかった。何故かはわからない。
でもおれは撃てなかった。撃ちたくなかった。
おれは、あいつを
「死ね!」
おれの眼はすべてを見ていた。
やめろ。
どうやってか腕の縄をほどいた女が、銃でこちらを狙っていた。
やめてくれ。
殺気のこもった視線でこちらを睨み付け、引き金を引く。
嫌だ。
その瞬間に、空間がぐにゃりと歪む。アーツだ。おれが発動したアーツだ。反射的に発動したアーツだ。
見たくない。
その歪みは放たれかかった銃弾を飲み込み、そして彼女を飲み込み、
おれの目の前で彼女はにくへ
目が覚める。見慣れた天井。ここは俺の隠れ家だ。
急いで部屋に向かう。昨日使ったあの部屋へ。
果たして、そこに肉片はなかった。
数週間使わずにいたそこは、そのことを証明するかのようにうっすらと埃が積もっている。
それでもおれはまだ確信が持てなかった。
リビングに戻り、通信を待つ。
こんなに真剣に通信を待ったのは初めてかもしれない。
「おいW、さっさと来い。今日は仕事だ」
「……なあ。昨日の仕事はなんだった?」
「は?お前何言ってるんだ?」
「……頼む。教えてくれ」
「……昨日はラテラーノの行商の襲撃だ。今日に向けて英気を養うために、うまいもん食おうって隊長が言ってたろ。……付き合いの悪いお前は一人で帰ったけどな」
「……そうか。そうだ、そうだったよな」
「なあ、お前マジで大丈夫か?頭でも打ったのか?」
「いや、大丈夫だ。集合は21区の30番だよな」
「なんだ、覚えてんじゃねえか。余計な心配かけさせやがって」
「悪い。すぐ行く」
「おうよ」
「…………………………」
「…………ふふふ……はは、ははははははは!」
こいつは夢だ。悪い夢なんだ。
同じ一日を繰り返す?冗談だろ?
朝起きて夜に寝て、目が覚めたら同じ朝?悪い冗談以外の何物でもないじゃないか。
死んだはずの奴が生き返り、殺したはずの奴が生き返る。
一度通ったその道を、もう一度通る。ぐるぐると円を描くように、何度も何度も。
輪形彷徨、リングワンダリング。霧の中を彷徨うおれは、時の遭難者だとでもいうのか?
そんなバカな話があるか。ふざけた話があるか。
こんな悪夢は、さっさと終わらせてやる。
ホルスターから銃を引き抜き、頭に当ててみる。
夢ならこれで目が覚めるはずだ。引き金を引きさえすれば、この悪夢は終わるはずだ。
引き金を引けば……!
……
……
……
……
……
……
……やめだ。引き金なんて引けない。引けるはずがない。
手は小刻みにプルプルと震え、背中を冷たい汗が伝って落ちる。グリップを握る手は汗でべとべとで、心臓が壊れそうな速度で波打っている。
……怖い。
死ぬのは怖い。
おれは、意気地なしだ。死ぬ勇気なんてない意気地なしだ。
……だったら俺は、生きてくしかない。初めからずっと、そうだったじゃないか。
死にたくなければ、生きているしかないんだ。
状況をまとめよう。まず一昨日──いや、一回目の今日、おれはここで目を覚ました。
戦利品のパスタをここで食って寝ていたんだ。そして仕事に行き、サルカズをぶっ殺してパスタを手に入れた。浮かれて帰ってきたおれは、あそこの路地で襲われた。……あの女に。
おれは襲撃を退け、女の首を絞めつける。そしてそのまま……殺した。
そこで一回目の記憶は途切れている。その後に何があったか、おれは覚えていない。
次に目覚めたときは、もう二回目の今日だったからだ。
二回目の今日も、やはりこの場所から始まった。
一回目との違いは……そう。連絡だ。仕事があることを知らなかった俺は、連絡が来て初めてそのことを知った。それで、おれはここを出た。
仕事の内容はほとんど同じ……多分、一つ一つの計画自体は同じだったと思う。だが、人員配置が違うような気がした。これはおれが連絡があるまで仕事に行かなかったのが理由かもしれない。
そして仕事が終わった後、おれは再びあの女の襲撃を受けた。
今度はその場で殺さず、生かしたままおれの隠れ家に連れ込んで昨日──つまり一回目のことを聞き出そうとした。
だが、結局は失敗し、おれはアーツであの女のことを殺した。その後のことはわからない。
だが、目が覚めたらまたここにいた。……3回目の今日に。
分かったことは二つ。
一つ目、俺の行動次第で状況が変わっている可能性があるということ。
二つ目、あの女を殺した後、目が覚めると今朝に戻っているということ。
この二つだ。
……二つ目だ。まず二つ目のことを確かめる。つまり、あの女を殺さなければおれは明日にたどり着けるのかどうかということだ。
……おれは今日、あの場所へは行かない。あの女には会わない。……そうだ、偶には傭兵団の連中と飯を食おう。それで、そのまま隠れ家には帰らずに寝るんだ。それで明日になっていればよし。明日になっていなければ……いや、そのことを考えるのは止そう。
今はとにかく、あの女と会わないことを考えればいい。
「しっかし、お前が来るとは珍しいなあ」
「悪いかよ」
「いやいや、人付き合いの悪い奴だからな、お前は」
「ひでえ」
「事実だろ?」
「……まあな」
「はっはっはっは、まあほら、今日は飲め。せっかく敵の頭を打ち取ったんだからよ」
今回の仕事で、おれは敵の本隊を叩くのに回された。まあ、今までで一番大変だったとはいえ、無事に仕事は終わった。今回はおれのアーツを使いやすい場所だったし、まあこの傭兵団の力ならこんなものだ。実際、ほぼ全員無傷だったしな。ちなみに、例外は隣で馬鹿笑いしてるこいつだ。一番怪我をした奴が一番元気ってどういうことだよ。
今、おれは傭兵団の連中と打ち上げのようなことをしている。団長が蓄えていた食材を放出したらしく、いつになく飯が豪華だ。もう日が沈んでから随分と時間がたっている。多分、今までの3回の中では一番遅くまで起きているんじゃないだろうか。
ああ、そうだ。今寝れば最高に気持ちよく眠れるだろう。程よくアルコールが入り、いい気分だ。
それで目が覚めてみれば、きっと明日になってるはずだよな。
この時、おれはもうあの女のことなどあまり気にしていなかった。そもそも、ここと隠れ家とでは20km近く離れている。こんなところに、あの女がいるはずなんてないじゃないか。
段々と頭がぼうっとしてくる。隣でしゃべりかけてくるこいつには悪いが、おれはそろそろ寝るとするか。
席から立ち上がり、仮眠室の方へ歩いて行く。その道中、やけに慌てた様子のウェイトレスがこちらに突っ込んできた。慌てて身をかわす。
「あら、ごめんなさい」
そう言ってその場を立ち去るそいつは
「!?」
一瞬で眠気が吹っ飛ぶ。何故あの女がここにいるんだ!?
「おい!待て!」
慌てて女を追いかけ始めたその時、後ろからおれの気持ちを代弁したかのような声が飛んできた。
走って女を追いかけながら、追いかけている奴らに話を聞く。
「おい、なんであの女を追ってる!?」
「なんか怪しいことしてたんだよ!」
「怪しいこと!?」
「ああ!団長の机の周りをウロチョロと……」
その言葉を聞き終わるか聞き終わらないかのその時。背後で大きな爆発音がした。
全員の足が一瞬止まる。
俺たちがさっきまでいた建物が、消し飛んでいた。
あそこにいた奴らは、多分、死んだ。
「あの女を逃がすなああああっ!」
通信機に誰かが怒鳴りつける。飛び交うアーツ。矢。銃弾。
……仮説その一だ。俺の行動が変われば、周りの状況も変わることがある。
今まではおれがあの女を殺していたのに、今回は殺さなかったから。
状況が変わった。あいつも、あいつも、あいつも。死んだ。
乱舞するアーツが一点に着弾する。
今、あの女も死ん
目が覚める。見慣れた天井。ここは俺の隠れ家だ。