北天に輝く   作:ペトラグヌス

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致死疾病─Despair.-5

 また、戻ってしまった。あいつが、知らないどこかで死んでしまった。

 そのことが、いつになく重苦しく胸に突き刺さる。

 おれはつい先ほど、取り返しのつかないことをしてしまった。ドクターやテレジアの覚悟を無駄にしてしまった。

 だというのに、それがなかったことになった。……おれが、みすみすあいつを死なせてしまったために。

 彼女は、ここまで読んでいたのだろうか。その上で、あんな忠告をおれに残したのだろうか。

 ……一番大切なもののために力を使う。

 おれにとって、バベルはいつの間にか大切な居場所になっていて。オペレーターの面々やケルシー先生、テレジア、そしてドクターだって、みな大切な人たちだ。

 けれども。それよりも、何よりも大切なのは。幸せにしたいのは。やっぱり、あいつなんだ。

 おれの身に起こっているこの現象は、この力は、未だによくわからないけれども、一つだけわかったことがある。テレジアの言うように、きっとこれはあいつのための力なんだ。そのためだけに使うべきものなんだ。

 どんな力があったとしても、人のできることには限りがある。その言葉はきっと、彼女自身にも向けられた言葉だ。魔王を持つ彼女でも、内戦に勝利することはできなかった。その中で彼女は、自分の全てを使って自分にできる精一杯をやった。

 翻っておれはどうだろうか。おれにできる精一杯は、なんだろうか。……おれはそれを、選ばなければならない。今度は知らなかったでは済まされない。自分自身で、彼女らと同じように苦虫を嚙み潰しながら決断しなければならない。

 おれは。おれの、選択は。

 

『オーナー。お早いお目覚めですね』

「……02。クロージャと連絡は取れるか?」

 

 

 

 寝起きのクロージャは、前回と同じく不機嫌だった。

 

「……こんな時間にあたしを起こす用ってなに?警報システムは何も……」

「クロージャ、ドクターの狙いがわかった。それについて話をしたい」

「ええ!?」

 

 おれはこの前、ここでケルシー先生に連絡をとった。あいつも、テレジアも、02も、誰一人死なせまいと思っていた。

 彼女に連絡を取ったことで、付近のオペレーターたちは作戦を中断しロドス・アイランドに集結した。その動きは恐らく、テレシス側にも知られたと考えていい。

 ……その結果、というべきなのだろう。あいつは、襲撃があることを知っていたのにも関わらず1時間以上早く死んだ。身を隠す、逃げることに注力すれば並大抵のことではやられないはずのあいつが。

 ……だから、おれは。

 

「──テレジアに、連絡を取ってくれ」

「テレジアに?何でまた……」

「それに関して、彼女と話さなければならないことがあるんだ。……頼む、大事なことなんだよ」

「……わかった。ちょっと待ってて」

 

 今回、彼女はケルシー先生から依頼されてドクターの監視をしている。そこでおれがテレジアと連絡を取りたいと言えば、なぜここで彼女が出てくるのか疑問に思うのは当然だろう。

 けれども、これは必要なことなんだ。これからおれがやろうとしていることを正当化するために。……そして何より、けじめをつけるために。

 

『……クロージャ?』

「W。繋がったよ」

『あら?』

「……ありがとう、クロージャ」

 

 彼女に変わって、おれは通信装置の前に立つ。

 目の前に映る、まだ生きているテレジア。その表情はつい先程死んだテレジアと同じで穏やかだ。

 

「……すみません、テレジア。こんな時間に」

『気にしないでいいわ。それで、W。用事は何かしら?』

「……おれのこと、視えていますか?」

『…………ええ』

 

 画面越しの彼女が、ゆっくりと頷く。

 それで、おれは前回のことまで彼女が読んだことがわかった。

 ならば、ここで告げよう。おれの選択を。

 

「……おれは、バベルのことを大事な居場所だと思っています。とても大切な……例えるなら、家のような場所だと」

『……!』

「だから、そこにいる人たちのことも、大切だと思っています。ScoutやAce、クロージャ、02、エシオさん、それにテレジア、あなたのことだって……」

 

 そこまで言って、言葉が途切れる。口にすると、それがどんなに得難く、どんなにかけがえのないものなのかが実感として湧いてきてしまう。

 これまで過ごしてきた日々が、いつの間にか積み重なって思い出となっていた。それは温かくて、きらきらと輝いていて、バベルが、彼らが、きっと守ろうとしてきたものと同じものなのだろう。

 ……けれども。それらは大切ではあっても、一番ではない。

 

「……けれども、おれはそれらの何よりも、誰よりも。……あいつの、Ωのことが一番大切なんです」

 

 脳裏に浮かぶ、あいつの姿形。さらさらの銀糸、少し高めの体温、生意気な態度、憎まれ口、あっけらかんと笑う姿、飯ができるのを待つきらきらとした琥珀色の瞳、食べているときの緩み切った顔、時折向けられる温かな眼差し。その何もかもが、おれにとって一等大切で、決して失いたくないものなんだ。

 

「……だから、テレジア。どうか、おれがあいつのところに行くことを許してください。……おれが、あいつを選ぶことを許してください」

 

 バベルとあいつ。どちらも大切だけれど、どちらかを選べと言われたら。おれは、あいつを選ぶ。……いや、選んだんだ。

 おれは知っている。ここでおれがΩのところに行くことによって、バベルが崩壊することを。知っていながら、おれはそれを見過ごす。その犠牲を良しとする。

 ……おれはやっと、ドクターやテレジアの痛みがわかった気がした。そして、彼が間違いなくテレジアへ罪悪感を抱いたであろうということも。

 

 今回、おれはケルシー先生からの指示を受けて、ドクターからの指示に背いている。この状況で、おれが合法的にあいつのところに行くためには、権限の拮抗したテレジアからの指示が必要不可欠だ。

 ……バベルは崩壊するだろうけれども、おれも、Ωも、ドクターも、ケルシー先生も、そしてバベルの面々だって、それぞれの人生は続いていく。あいつを助けて終わりではない。おれは、あいつを幸せにしたいんだ。だから、この局面で命令違反をした裏切者候補になるわけにはいかない。

 だからこそ、おれはテレジアに許可を求める。

 ……そして、許しを請う。おれが、バベルを選ばなかったことを。彼女はきっと、それでいいというのだろう。だから、これはただのけじめだ。選んだことに対して責任を負うという。

 

『W』

 

 テレジアがおれの名前を呼ぶ。

 

『私は……この、ロドス・アイランドという船が家であってほしいと願っていたの。……よかった。この船は、あなたの家になれたのね』

「……ええ。テレジア。確かにここは、おれたちの家でした」

『……いいえ、W。この船の旅はまだ始まったばかりよ。仮に出て行ってしまったとしても、家は家だもの。……いつか、辛いことがあったとき。あなたには帰ってこれる場所があるわ。それって、とっても素敵なことでしょう?』

 

 ……そういえば、この船の名前は彼女が付けたのだった。それも、ドクターとケルシー先生の反対を押し切って。いつだったか彼女は言っていた。名前には、想いが込められていると。

 テレジアの名前に託した想い。それは、ここが誰かの家であってほしいという願い。

 ……彼女は、言っているのだ。もしバベルが崩れたとしても、ロドスは残る。彼女の願いを載せたまま、この冷たい大地に温かさをもたらすものとして走り続ける。そのことを、覚えていてほしいと。

 

『……私はここで私にできることをするわ。例えば、あなたへの正式な業務命令書を作ったりね。……だから、あなたはあなたにしかできないことをして』

「…………はい」

 

 おれには、そう返事をすることしかできない。

 そんなこちらの様子を見て、テレジアは柔らかに微笑む。いつものように、いや、いつも以上の暖かさと共に。

 まるで、我が子を送り出す母親のように彼女は言う。

 

『……W。行ってらっしゃい』

「…………行ってきます、テレジア」

 

 その言葉を最後に、通信が終わる。おれが失敗しない限り、もう彼女の声を聞くことはないだろう。

 ……思えば、テレジアは最初から最後までおれたちの幸せだけを願っていた。ドクターの記憶を消したのだって、そのためなのではないだろうか。

 実際のところはわからない。けれども、もしドクターが全てを覚えていたら。彼は、一度ケルシー先生を裏切ったという事実と、テレジアを犠牲にしたという罪悪感の両方を抱えたまま生きていかねばならない。彼女もまた、そのような行動に出た彼に、愛憎入り混じった気持ちしかもはや持てなくなってしまっていただろう。

 けれども、記憶が無くなったことでドクターはそれらの二つを自身の実感として持たずに済む。彼女もまた、新しいドクターのことを受け入れられる日がいつか来るかもしれない。そんな風に思ってしまう。

 やっぱり、そんなテレジアを警戒する必要など、本当はなかったのかもしれない。

 ……いや、そんなことを考えるのは止そう。もし彼女の願う幸せとおれの求める幸せが違ったとしたら、あの魔王がおれに向けられた可能性だってある。苦しみながらも、それをできるのが彼女だ。

 過去も、可能性も、振り返る必要はない。今はただ、テレジアが背中を押してくれた、その事実だけを胸に前に進めばいい。

 そう、思った時だった。後ろから、疑念に満ちた声がかけられる。

 

「……W、どういうこと?君はさっき、あたしにドクターのことでテレジアと話したいって言ったよね?」

「……クロージャ」

「テレジアとしてた話もまるで意味がわからないし、ちゃんと説明してよ」

 

 ……こうなるのは、当然のことだと思う。すべてを知った上で話していたおれとテレジアに対して、クロージャは何も知らない。この後に起こることなど、知る由もない。

 けれども、彼女にそれらを教えるわけにはいかない。そうすれば、きっとテレジアを助けようとしてしまうから。

 

「……すまない。だが、ドクターについては大丈夫だ。あのドクターが、ケルシー先生のことを愛してやまない彼が、彼女のためにならないようなことをするわけないだろう?」

 

 そう言って、おどけて見せる。何の根拠も示さず、大丈夫だということしかおれにはできないから。

 ……最も、これに関しては一点の曇りもない事実ではあるのだけれど。

 

「……言うつもりはないんだ」

「……すまない。だけど、大丈夫だというのは本当のことだ。……テレジアも言っていただろう?自分にできることをするって。彼女がいれば、何も問題はない」

「…………」

「……クロージャ。おれは……行かなくちゃいけないんだ。あいつのところへ。でないと、失ってしまうから。……おれの好きな人を、幸せにしたい人を、一番大切な人を」

 

 おれの言葉を聞いて、彼女は少し驚いた顔をする。

 

「それって……Ωのこと、だよね?」

「ああ」

「そっか。君は…………ああ、もう!わかったよ!」

 

 そう叫ぶと、クロージャは端末の方に向かって何事かを入力し始めた。

 キーボードの打鍵音とともに、独り言のような言葉が聞こえてくる。

 

「……何だかさ、君までケルシーみたいな事をしだしちゃってさ。みんな一人で抱え込みすぎだよ」

「…………」

「……いつになったらちゃんと話してくれるんだろね、ほんと」

 

 いつになったら、か。テレジアにその機会は永遠に訪れず、ドクターもまた抱え込んでいた全てを忘れてしまうのだろう。そして、残されたケルシー先生は……きっと、何も言わないのだろうな。

 だから。せめて、おれくらいは。

 

「……話すよ。全部終わって、ここに帰ってきたら」

「……はいはい。──えっ!?今言ったよね!?話すって!」

「ああ、言った。……だからクロージャ、ロドスのことは任せたぞ」

 

 勢いよく振り返った紅い瞳を見つめながら、告げる。

 この船のことを誰よりも知っているのが彼女だ。彼女に任せておけばこのロドスは、テレジアの想いは、決して潰えることは無い。

 ……少しだけ、沈黙の時間が流れた。やがてクロージャは目を閉じ、そして見開く。

 

「……ロドス・アイランドのことは、このクロージャさんに任せといて!……だから君は、愛しのお姫様を助けに行ってあげなよ。予備の車両も使えるようにしといたからさ」

「……ありがとう、クロージャ」

「……あ、もちろん帰ってきたら両方ともたっぷり話を聞かせてもらうからね!」

 

 両方とも、とは今回のこととΩとのことの両方ということだろうか。相変わらず、がめついというかなんというか。

 でも、色々してもらったことだし、まあそれくらいはいいだろう。おれは苦笑いと共に返事をする。

 

「わかったよ。……それじゃ、行ってくる」

「気を付けてねー」

『オーナー、いってらっしゃいませ。わたくしもここでお待ちしております』

「02も、ありがとう。……また一緒に料理しような」

『ええ。その時は、ぜひΩ様もご一緒に』

「……そうだな。うん、そうするよ」

 

 クロージャと02、二人に見送られておれは工房を後にする。

 二人とも、詳しい事情も何も言わないおれをこうして送り出してくれた。それがとても嬉しく、またとても申し訳なく思う。

 きっと、彼女たちはこの後起こることに悲しむだろう。そして、おれに対して怒りを、恨みを抱くかもしれない。でも、それがおれの選んだ道なのだ。いつか、その責任を果たさなければいけない。いつになるかわからないけれども、必ずもう一度ここに戻ってこよう。

 あいつと一緒に、おれたちの家に。

 

 

 

 車両の運転はバベルにやってきてからそれなりにやったし、同時期に入ってきた連中の中では一番うまい自信がある。こういった乗り物はカズデルでは珍しいが、あのアホが作っていた妙な乗り物を乗りこなしてきた経験が今に生きているようだ。

 そんなわけで、無事にロドス・アイランドを旅立ったおれは車両で荒野を駆け抜けていた。現在時刻は10時半、だいたい4時間ちょっと走ったところで、あいつの作戦領域まではあと1時間ほどだろうか。

 真昼間からの単独行動とは言え、このような何もない場所には敵もいない。だが、そろそろ市街地も近くなってきたことだし、発見される可能性も高まってくるだろう。

 いつ何が飛んできても大丈夫なよう、アーツを起動する準備をしながら運転を続ける……と、前方に何か光るものが見えた。

 

「っ!」

 

 咄嗟に車両の前方に展開したアーツが何かを消し飛ばす。恐らくは擲弾の類だろうか。だが、これが一発で終わるとも思えない。

 おれは進行方向を少し変えると、一気にアクセルを踏みぬく。すぐにクロージャご自慢の自動変速機が作動し、源石エンジンが唸りを上げて車両は急加速を始めた。

 見つかってしまった以上、止まったら最後囲まれて袋叩きにされる。ならば、このまま速度で振り切って強引に市街地に突入する他ない。現に轍に次々と擲弾が着弾し、源石爆薬の花を咲かせている。

 時折飛んでくる狙いのいい奴を叩き落とし車両への致命的なダメージをどうにか防ぎながら、遠景に見え始めた街へとおれは急いだ。

 

 

 

 カズデルによくある、多数の源石結晶が出来損ないのオブジェみたいに生えた街。おれはそこにどうにか忍び込むことに成功していた。

 囮に使った車両は……まあ廃車確定だろうが、あいつの乗ってきた車両があるはずだし、脱出の足はあるから問題ない。

 本当の問題は、ここからどうやってあいつのいる場所に向かうかということだろう。作戦目標は外れにある物資集積所と輸送システム、平たく言えば鉄道関連設備の破壊なのだが、先程受けた攻撃のせいでかなり離れた場所に来てしまった。

 幸いと言うべきか、こちらはこちらで前々からの拠点が近くにあるはずなので、まず先にそちらを訪れることにするか。

 恐らくこの時間ならそこにいるということはないと思うが、残っている人員からもう少し具体的なことも聞けるかもしれない。

 

 というわけで拠点に向かって移動を開始する。

 如何せん装備のせいで街に溶け込むのは難しそうだったので、隠れながらといった感じだ。かなり劣化した建物ばかりだが、それでも街と言える程度には建ち並んでいるので、それを使うことにする。

 人間、意外と視界の端でコソコソ動いているものにも気づけるものだが、範囲外ならばそう気づくことは無い。眼の構造からして、水平方向には強く、垂直方向には弱いのだ。

 つまり、おれは建物の屋上を経由して移動していた。眼下に広がる街にはおおよそ活気と言えるものは存在していないが、時折テレシス陣営の傭兵と思しき姿が見える。練度は低そうに見えるが、やはりここで敵地であることは間違いない。灰色の外套で曇天に紛れているとはいえ、注意した方がよさそうだ。おれの隠密・隠蔽技術はあいつほどは高くないのだから。

 ビルの隙間を飛び越え、大きな間隙はロープを使って、おれは埃っぽい街中を行く。と、ふと前方が大きく開けた。確か、そろそろ拠点があったはずの場所だ。

 

「……これは…………」

 

 それは、例えるならば爆心地だった。周囲数ブロックに渡って瓦礫の山が広がっている。もしかすると、埃っぽいと感じたのはこれの粉塵だったんだろうか。……それに、こんな破壊の後のわりには嫌に静かだ。

 ……何か、嫌な感じがする。うなじに、冷たいものを感じる。

 大きく息を吸って、それから吐く。二回ほどそれを繰り返して、どうにか心を落ち着かせる。

 おれはロープで地面に降りると、瓦礫の山の方に向かった。四方八方に散らばったそれらには、何やら黒ずんだ焦げ跡が見える。……それが、おれの動機を加速させる。

 静かなのは、無事に終わったからだろう。襲撃してきた敵を消し飛ばしたからだろう。だって、まだ全然時間には程遠い。まだ大丈夫なはずだ。まだ……

 

「っ」

 

 何やら、山の向こうから声が聞こえる。気配からして二人ほどだろうか。息を殺しながら、おれはゆっくりと向こう側に回り込む。

 ……いた。やはり二人だ。身に着けた装備からして恐らく敵の傭兵。周囲の様子を窺うが、取りあえず二人以外の人影は見受けられない。

 

「……さっきの女、すごかったな」

「だな」

「!」

 

 ……詳しい事情を聴く必要がありそうだ。そう思ってから行動は早かった。

 余計なことを言われる前に片方の奴の口を頭ごと消し飛ばす。残ったもう一人の片腕を落として、足を払って拳を口に突っ込む。残ったほうの肩を踏みつけながら、おれはそいつの首元に刀を突き付けた。

 

「~~~~~~~~!!」

「喚くな」

「!…………!!」

 

 比較的若いのだろうか、目の奥に怯えが見える。まあ、先ほどまで話していた奴がスプラッターになればそれも当然か。

 恐慌状態に陥って喚き散らされても困るので、釘を刺すと同時に努めて優しい声色で語り掛ける。

 

「騒いだ瞬間首を落とす。……安心しろ、これからする質問に答えれば殺さないでやる」

「!…………」

「言っておくが、お仲間が来たとしても少なくともお前は殺れる。お互いまだ死にたくはないだろう?……で、返事はどうだ?」

「……!……!」

「……よし」

 

 ぶんぶんと勢いよく縦に振られた首を見て、おれはため息混じりに拳を口から引き抜いた。恐怖や圧迫感でいっぱいいっぱいだったのか、サルカズ傭兵は荒い息をつく。

 それを尻目に、おれは質問を投げかけた。

 

「はあ……はあ……はあ……はあ……」

「それじゃあ、最初の質問だ。お前がさっき言ってた女というのは、銀髪のサルカズか?」

「……っ、そうだ。Ωだよ、爆弾の……お前……!」

 

 そこまで言って、おれが誰だかわかったようで眼が見開かれるがどうでもいい。

 ……問題はやはりあいつがここで戦闘を行っていたらしいことだ。内心の動揺を隠しつつ、おれはそのまま質問を続ける。

 

「余計なことは言わない方がいい。……で、そいつは今、どこにいる?」

「し、知らない。俺はただ遠目に隊長とあいつが…………隊長!!助け」

「……クソ!」

 

 首を落とした後、その勢いのまま身体を回転させて後ろに向き直る。

 ……気付かなかった。それは純粋におれの落ち度だが、こちらは気を抜いてなどいなかった。それなのに気付かなかったということは、恐らく隊長とやらは相当の手練れのはず。一体どんな……

 

「……遅かったな」

 

 どんな──

 

「────隊長?」

「…………お前はまだ、私のことを隊長と呼ぶのか」

 

 心臓が、ひときわ大きく跳ねる。

 隊長。おれが以前所属していた傭兵団の、おれの隊の隊長。おれやあいつ、モローたちの上官だった人。

 彼は、年老いたサルカズだ。髪の毛や蓄えられた髭は白いものの方が多くなっていて、その肌には無数の皺と傷跡とが刻まれている。

 彼はかつて、戦争を戦ったことがあると言っていた。在りし日のテレジアたちを、その目で見たと。戦争は、200年前のことだ。あまつさえ、テレジアが語っていたその過酷な戦場を生き残り、それから200年に渡って傭兵として生き残っている。そこから導き出される答えは、ただ一つだ。

 彼は──強い。それもこの上なく。

 

「……そうでしたね。あなたはもう、おれの隊長ではない。では、なんと呼べば?今も隊長をしているようですが」

「……そうだな。今は……ただのヨシュアだ」

 

 首筋を冷汗が流れる。

 何故ここにいるのか、などと聞くつもりはない。彼がかつて傭兵団を裏切り、あのサルカズが隊長と呼んでいた。それだけで十分だろう。

 以前、殺されかけたとき。おれには、何が起きたのかよくわからなかった。前回テレジアがそうしていたのと同じように、過程がわからないまま、あいつが死んだという結果だけが残っていた。

 圧倒的な格上。それも、テレジアに近しいステージに立つレベルの相手。……正直、おれには勝てない。

 

「……でしたらヨシュア、Ωのことを知りませんか?恐らく、近頃会っていると思うんですが」

「……Ωか」

 

 同時に納得した。あいつが殺られたのは、彼がいたからだ。そうでもなければ、あのΩが簡単にやられるわけがない。

 幸い、今回は間に合った。今頃あいつはどこかに隠れているに違いない。2対1ならやりようはある。彼を倒すことはできなくとも、逃げることくらいなら。

 そんな思考を巡らすおれに、ヨシュアは告げる。

 

「……W。お前は……遅すぎた」

「……は?」

 

 ふと、向き合って立つ彼の向こうの景色が目に入ってくる。

 相変わらず広がる瓦礫の山と、源石爆弾由来と思しき焦げ跡の黒。それに──赤。

 

「……いや。違う」

 

 ペンキだろうか?それにしては少々赤黒い。まるで、おれにもよく馴染みのある液体のような色だ。人の身体を循環するそれは酸素を運搬する他様々な役割を担っていて、生命に直結するもので。

 

「違う。絶対に違う!」

 

 それが、血が、撒き散らされているというのは、ちょっとまずい状況なんじゃないだろうか。ましてや、それがその赤色の中心に横たわる人物から出たものだなんて。

 

「だって!まだ!」

 

 だから、あそこに倒れているのはあいつじゃないだろ。あいつじゃないはずだろ?

 

「……彼女は、良い傭兵だった。あの若さでよくぞあそこまで練り上げたものだ」

「…………ヨシュア」

「……だが、残念だ。若い芽を摘むのは、いつだってな」

「ヨシュアあああああああ!」

 

 殺す。絶対に殺す。

 アーツを最大威力で前方に解き放つ。ノーアクションで不可視、攻撃範囲だって半径数メートルに及ぶ。流石に手足の一本は…………

 

「遅いな、全てが」

「っ!」

 

 次の瞬間、おれの身体から右の手足の感覚が無くなった。ぐらりと傾きながら向けた視線の先に、そこにあるべき手足は……ない。

 ぐちゃり、とまともに受け身もとれず地面に倒れこむ。間髪入れずに、残る手足も取れた気がした。

 

「っが、があああああああああああああ!」

 

 叫ぶ。叫ぶ。痛みをアドレナリンで誤魔化して、意識を保つ。まだだ、まだ終わりじゃない。手足がもげたって、おれにはアーツがある。これであの野郎を消し飛ばして……

 

「……ふむ」

 

 おれが狙いを定めようとした瞬間、視界がスイッチを切ったかのように真っ暗になった。暗くて、何もわからない。どこに何があるかも、ヨシュアがどこにいるかも、何もかも。

 

「…………ちくしょう」

 

 多分、目をやられた。眼球が弾け飛んだか、視神経が逝ったかは知らないが。

 もはやおれには、芋虫のように地面を這いつくばることしかできない。まるで、それを見届けたかのようにして、彼の足音が遠のいていく。恐らくは、Ωの方へと。

 

「……っ、やめろ!そいつはいいだろ!」

 

 もう自分でも何を言っているかわからない。でも叫ばざるを得ない。

 おれがこうして達磨にされた理由はなんとなくわかる。ロドス・アイランドにきたサルカズが言っていた、Wは捕獲対象だという言葉。それがそのままこの状況に当てはまる。

 

「あんたの狙いはおれじゃないのか!?」

 

 そもそも、彼がここに来たのもそれが目的なのではないか?もともと、ここに派遣される予定だったおれを狙って。奴らは、あのサルカズが驚いていたことからもわかるように、おれがこっちに来ると思っていたはずだ。

 だから、もういいだろう?おれを連れてけばそれでいいだろう?

 

「……ならなぜ戻ってきた。モローはうまくやっただろう」

「…………それは」

 

 おれの言葉に、ヨシュアは足を止めて質問を投げかけてくる。

 

「……おれたちには、これしか」

「違うな。お前たちはただ、一番楽な道を選んだだけだ」

「……!」

 

 彼の指摘が、胸に突き刺さる。図星を貫かれたようだった。

 戦うしか能がない。おれはずっと、自分にそう言い聞かせていたけれども。

 そもそも人間は、能力があるからその仕事をするのか?仕事をするうちに、それに必要な能力が備わることだってあるのではないか?

 それに、おれは料理だってできた。ロドス・アイランドでだって、最初のころは厨房に立っているのはおれだった。エシオさんにも、それなりの腕だと言われるくらいには。 

 なのにどうして、おれは傭兵を選んだのか。

 

 遠くから、彼の声が聞こえる。

 

「……W。恨めよ」

 

 果たして、それは自身をということか、それともおれの選択をということか。

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい厨房の一角で目が覚める。

 おれはまた、戻ってきた。

 

 

 




音声記録No.10223422

「なあΩ、パスタ食うか?」
「パスタ!?……やっぱりトマトもいいけどクリーム、いやオイル系も捨てがたいわね……」
「もう食うのは前提なのな」
「当たり前でしょ?あんたの作るものをあたしが食べないことなんてあるわけないじゃない」
「……そりゃ、どうも」
「で、今回は何にするの?」
「今回は……ナスがあるし、ちょっと変わり種を作ってみるか。ちょうど最近、龍門の調味料が手に入ったらしいからな」
「変わり種?……それだったら、あたしも厨房で見てようかしら」
「いいんじゃないか、レパートリーも増えるだろうし。それじゃ、行くか」


「まずこうやって、オイルでニンニクにじっくり火入れすると」
「そこは他のパスタとも同じね」
「だな。で、出来たニンニクオイルで乱切りしたナスを揚げ焼きにする」
「あー、あんたが前に作ってた麻婆茄子みたいな感じ?」
「やっぱり油との相性がいいからな。しっかり吸わせるとジューシーでめちゃくちゃおいしいぞ」
「……ちょっとこれだけ食べてもいいかしら?」
「もうちょっと我慢してくれ。ナスが柔らかくなったらここでオイルを全体に馴染ませて……ベーコンを投入する」
「まあやっぱり欲しいわよね。パンチェッタとかないの?」
「贅沢言うなよ……こんな風にベーコンに火が通ったらこの脂もナスに纏わせてっと」
「まだ?」
「まだだ。というかパスタすら入ってないだろ」
「もうナス炒めでよくない?」
「よくありません。そしたらナスはいったん取り出して、醬油、味醂、水、あとは鱗獣出汁の粉末を加える」
「……においがもう最高ね」
「ここからさらに良くなるぞ?ここにちょっと硬めに茹でたパスタを入れて汁気をちょっと飛ばして……茹で上がったところに────バターだ」
「!!!!!!!!!」
「皿に盛りつけてナスを戻してっと……よし、完成だ!」
「……………………最っ高!このナスがたまんないわ。噛むと油と出汁とが溢れ出てくる感じで完全に主役張ってるわね」
「…………うん、味も結構いい出来だな。味醂由来の甘さがあるのもいい」
「あとはやっぱりバターね。これを入れたら正直なんでもおいしい気がするけど」
「それを言ったらお終いじゃないか?……おかわりは」
「もちろん!」
「相変わらず……作りがいがあるよ、ほんと」





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